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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
五十日目~六十三日目 漆黒の街ウィスタリア
201/208

200 紫の試練

 ウィスタリカの街に着いて一週間と五日。俺たちはモーヴェットの塔を登り、PCさんに万全な状態で挑めるよう調整を行っていた。

 全ての試練を突破して塔を登るより、事前に塔を登り終えた状態でテントを使い、ダンジョン内でのログアウトを行う。そうやって最後の紫の試練突破を待つのが得策だった。

 ここまでの戦いで俺のレベルは59から61へと上がっている。それにより、この場面で新たな技スキルの習得した。

 ロボットをバーサク状態にする【制御不能ランページ】。戦略で戦う俺のスタイルには合っていないので、正直使いたくないスキルだ。まあ、一応存在だけは認識しておくことにしよう。




 塔の探索を続けていると、やがて一枚の扉が立ち塞がる。そこには七つの宝石があしらわれ、そのうち六つが各色で光っていた。

 ためしに扉を押してみるがびくともしない。やはり、七つの宝石全てが点灯しないと扉が開かれないという事だろうか。

 リュイとアスールさんはその扉を慎重に調べていく。


「ここから先は進めないみたいですね」

「見ろ、赤、橙、黄、緑、青、藍の宝石が光っている。あとは紫の試練を突破しろって事だ」


 紫の試練はこの【ヴァイオット大陸】、ヴァイナス城で行われている。挑戦者はクロカゲさんたち【漆黑しっこく】だ。

 しかし、あのギルドは橙の試練も行っていた。ルール上、あちらの試練を行った者は紫の試練に調整できない。だからこそ、諜報員のマーリックさんも試練に挑戦しているんだ。

 それでも、ヴィオラさんは全く心配していない様子。よほど、クロカゲさんが強いということだろう。


「クロカゲはまあ、大丈夫でしょ。メンバー絞って縛りプレイやってるぐらいだし」

「でもでも、ニーズヘッグくんは魔王ちゃんの側近らしいよ? 一番強いかもよ?」


 ノランの言うように、敵のニーズヘッグは他のボスモンスターとは設定が違う。最終大陸の試練であることを考えると、他より頭一つ上だと見ていいだろう。

 しかし、それにしても俺たちに出来ることはない。準備が整った今、あとは待ち続けるだけだった。


「ど……どうせ待つことしか出来ない! レベルを少しでも上げるぞ!」

「そうですね。行きましょう」


 ルージュとアイは道を引き返し、モンスターの元へと歩きだす。本当に血の気の多い奴らだ。

 それにしても、この扉の先でPCさんが待っているのか……本当に、ここまでの旅路は長いようで短かった。俺の全ての因縁はここでようやく終わるんだな。

 目的の達成まであと少し、だけどその後はどうするのか。目的を失った俺は普通にゲームを楽しめるのだろうか?

 自問しながら、俺はルージュとアイの後を追った。















 【ヴァイオット大陸】、ヴァイナス城の最深部

 

 赤いカーペットに黒い壁。悪趣味な悪魔の石像が置かれた玉座の間。敵の魔術によってダンジョンと化した城を進み、クロカゲたち【漆黑しっこく】は最終試練に到達していた。

 ニーズヘッグの野望を暴いたことにより、魔族の王は幻影から開放される。彼は床に倒れ、部下の魔族たちに介抱されていた。当然、協力してくれるはずがない。

 計画を潰されたニーズヘッグは、最終手段として力ずくの行為へと及ぶ。


「お前たちによって計画は台無しだ。極刑に値する」

「ヘイ! 勝手なこと言ってくれるネ! スキル【変わり身の術】!」


 執事のような服装に片眼鏡をかけた竜人族の男。彼が放つ鉤爪による攻撃をクロカゲは【変わり身の術】によって回避する。

 変わり身である丸太が切り裂かれ、その隙に彼はクナイによる攻撃を行う。クリティカルポイントである顔面を狙う刃。しかし、それはニーズヘッグの牙によって受け止められてしまった。


「一人でレイドボスである私と拮抗するとは……お前、ただ者ではないな?」

「お眼が高いネ。これでも俺は【ディープガルド】で最強のプレイヤーってつもりだヨ。スキル【火遁の術】!」


 クナイに噛み付き、攻撃を止めたニーズヘッグ。そんな彼に向かって、クロカゲは容赦なく灼熱の炎を放つ。右手でクナイを握りつつ、左手でスキルの印を結んだのだ。

 火炎の直撃を受け、ニーズヘッグは口を開いてしまう。同時に、クロカゲのクナイが敵のクリティカルポイントを切り裂いた。やはり、この男の強さは他とは別格だ。


「おいおい、クロカゲさんが一人で無双始めたぞ……」

「これはこれは、流石は最強と言われるプレイヤー。わたくしどもが不甲斐なくとも、充分に拮抗できるという事でしょうか」


 召喚士サモナーのプレイヤーと道化師ジェスターのマーリックは唖然としていた。紫の試練に選ばれたレイドメンバーは、殆どが橙の試練から残った者ばかりだ。だからこそ、攻略がここまで遅れてしまったのだろう。

 しかし、それらのプレイヤーをカバーするほどクロカゲは強かった。

 このままでは勝てない。そう思ったのだろうか。ニーズヘッグは歪んだ笑みを零し、右手を額に当てる。それにより、彼の体に凄まじいほどの魔力が集まっていった。


「強さを認め、改めて名乗らせてもらおう。私はニーズヘッグ、魔王様の側近というゲーム設定だ」


 基本、NPCは自身がゲームの住民だと口にしない。この仮想世界の雰囲気を壊さないために、運営がそうデータを組み立てたのだ。

 しかし、このニーズヘッグは自らをゲーム設定と呼んでいる。魔王であるPCの影響を受けたのか、他よりも進化したNPCと言っていいだろう。

 そんな彼は深い闇の魔力に覆われ、やがてその体を肥大化させていく。爪と牙が伸び、頭からは角が生える。背中からは大きな翼が広がれ、体は真っ黒いうろこに覆われた。

 現れたのは魔竜ニーズヘッグ。この真っ黒いドラゴンの姿こそが、彼の本気という事だろう。


『魔王様のために、お前たちにはゲームオーバーとなってもらう。再び私は魔族を操作し、この【ディープガルド】を混沌に導くのだ』


 理由のない暴力だ。この世界を混乱させることで何が変わるというわけでもない。この男はPCの作り出したゲームによって操られているだけだった。


「哀れなものだネ。そうやってゲーム設定に動かされて、決められた行動しかとれないなんテ」

『聞き捨てならないな。お前たち現実世界の人間は、当たり前のように人間らしい生活をし、当たり前のように人間らしい一生を終える。それらと私たちNPCの運命に何の違いがある? 神が作ったか、人が作ったかの違いだけではないか』


 魔竜は咆哮を上げ、両翼を大きく広げる。


『私はNPCとして生まれ、魔王様の配下として生きることに誇りを持っている。それがお前たち望む設定であったとしてもだ』

「ソーリー、哀れなのはオレの方だったネ。さっきの言葉は撤回するヨ」


 敵の意思も本物だ。だからこそ、戦う意味がある。

 同時に、クロカゲは安堵した。彼のような魂持ちが立ち塞がった場合、確実にレンジというプレイヤーは躓くだろう。やはり、自分がこの試練に臨んだのは正解だったとクロカゲは確信した。

 しかし、現状はあまり喜ばしい状態ではない。ニーズヘッグの額に輝く水晶から、凄まじい威力の【闇魔法】が放たれようとしているのだから。

 回避策を練ろうとした時、後方から支援魔法がかけられる。どうやら、動きを止めたことで周りが付いて行けるようになったらしい。


「カー助! 【防御魔法】シェルリジョンオール!」

「スキル【属性付与魔法】光の印! 僕たちもクロカゲの足を引っ張るわけにはいかない!」


 召喚術士サモナーが操るカーバンクルによって、前衛プレイヤー全員の魔法防御力が上昇する。それと同時に、附術士エンチャンターの【属性付与魔法】によって、クロカゲのクナイに光属性が付与された。

 ニーズヘッグは闇属性のため、光属性の付与はありがたい。もし、召喚術士サモナーがリフレクトオールを指示していれば、この付与魔法まで反射していただろう。レイドメンバーのチームワークは完璧だった。

 しかし、それ以上にニーズヘッグは強く、そして何より賢い。この高度なAIプログラムこそが紫の試練という事だろう。


『悪いが、前衛は無視させてもらう。後衛の魔法職、消えてもらうぞ』

「シット……! まさに人間だね……」


 翼を羽ばたかせ、黒竜は空中へと飛び上がる。そしてクロカゲたちを素通りし、最後方の魔法職の前に降り立った。

 魔導師ウィザードは必死に属性魔法を放つが、敵は全く怯まない。尻尾を振り回し、ヒーラーを集中的に蹴散らしていった。

 ニーズヘッグはこちらが一番嫌がる行動を理解している。すぐにクロカゲは後ろへと走るが、既に何人かゲームオーバーにされているようだ。このままでは支援プレイヤーを全て潰されてしまう。


「あいつ、オレと面と向かって戦わない気だネ。ならこっちにも考えがあるヨ。スキル【忍び足】」


 強いプレイヤーと認識され、自分が避けられていると感じた彼は忍びとしての行動に出る。普段、クロカゲがあまり行わない行動。陰に潜み、標的に気づかれないよう近づいて討つというものだ。

 この策略を成功させるには囮が必要。彼がそう思った時、一人のプレイヤーが目の前に現れた。


「クロカゲ氏、わたくしが敵の的となりましょう。スキル【ジャグリングボール】!」

「頼んだヨ。スキル【煙玉】」


 マーリックは八色のボールを取り出し、それを使って華麗にお手玉を行っていく。やがて、彼はその中から青色のボールを掴み、それをニーズヘッグにぶつける。ぶつけられたボールから発動されたのは【水魔法】アクアリスだった。

 黒竜が水流を受けたのと同時に、クロカゲは【煙玉】の煙幕の中に紛れる。あとは攻撃のチャンスを待つだけだ。

 クロカゲが動きやすくなるよう、マーリックは積極的にスキルを使っていく。出来るだけ運の要素が少ないスキル、確実に機能するスキルを選んでだ。


「スキル【ダイスロール】! 1から6の数字で発動される効果が決まります!」


 道化師ジェスターはサイコロを握り、それを床に転がした。6の目が出れば、敵に向かって【星魔法】メテオストームが発動される。威力、範囲、文句なしの最上位魔法だ。

 しかし、サイコロが止まり、表になっていたのは1の目。1の目はスカ、つまり何の魔法も発動されない。


「くっ……運に見放されましたか……」

『そこのお前、何を狙っている? 何かをしでかす前に消えてもらう』


 スキルは不発に終わった。だが、この意味のない行動が逆にニーズヘッグを警戒させる。結果として、囮になるという目的は遂行されることになった。

 黒竜は尻尾を振り回し、それをマーリックの腹部に叩きつける。巨大な図体に加え、スピードも速い。こんなモンスターと拮抗していたクロカゲはやはり異常だった。

 大ダメージを受けた道化師ジェスターだが、すぐに受け身を取る。今行える行動は運を信じ、博打性の高いスキルを使う。それによってひたすらに粘るのみだった。


「スキル【バトルスロット】! 絵柄が揃えばコインが押し寄せますよ!」

「マーリック、俺たちも支援する! スキル【守護の盾】!」


 巨大なスロットが現れ、三つの絵柄が回転していく。同時に戦士ナイトのプレイヤーがニーズヘッグの爪を受け止めた。

 一つ目の絵柄、7の数字が止まる。続けて、二つ目の絵柄も7が揃う。大当たりまでリーチだった。

 他のプレイヤーたちも一所に集まり、それぞれの攻撃を行っていく。しかし、ニーズヘッグは口から黒い炎を吐き、それらを焼き払っていく。ここで何か仕掛けなければ、一気に全滅だろう。

 スロットは回転を続ける。やがて、最後に止まった絵柄は……


「やはり、幸運の女神は私たちに微笑んでいます」

『す……スリーセブンだと……?』


 7の数字が三つ揃う。マーリックは全く運の補正を受けていない。この大当たりはまさに奇跡だった。

 スロットから大量のコインが流れだし、敵であるニーズヘッグを押し流す。レイドボスのライフを一気に削る驚異の威力。低確率のスリーセブンだからこその力だ。

 そして、マーリックの作った大きな隙によって、クロカゲに攻撃チャンスが巡ってくる。彼はコインを弾き飛ばす黒竜にクナイを振りかざした。


「ハロー、久々だネ。ようやく、面と向かって戦えるヨ」

『くっ……お前には絶対的有利な状態で挑みたかったのだがな……』


 クロカゲはクナイの連撃によって敵のライフを削っていく。だが、ニーズヘッグも負けておらず、鋭い爪を使ってのライフを削っていった。

 両方一歩も譲らない互角の戦い。だからこそ、ニーズヘッグは周りのプレイヤーを全滅させたかったのだろう。ただでさえ強いクロカゲに支援が加われば、自身に勝ち目はないと分かっていたのだ。

 しかし、これはレイドバトル。当然、こうなれば支援も入るだろう。


「スキル【マジックトランポリン】! どこに飛ぶかは分かりませんが、運試しにどうでしょうか?」

「マーリック、ナイスな演出だネ。気に入ったヨ!」


 マーリックはランダムでマップ上のどこかに飛ぶ【マジックトランポリン】を出現させる。遊び好きのクロカゲは、なんの躊躇もなくそのトランポリンに飛び乗った。

 やはり幸運の女神が付いているのか、飛び上がった場所はニーズヘッグの真上。そこからクロカゲは一気に右足を振り落した。


「終わりダ」

『グゴォォォォ……!』


 かかと落としを脳天に受け、黒竜はそのまま床へと叩きつけられる。ダメージが重なっていたこともあり、ついに敵のライフは限界となった。

 変身が解け、ニーズヘッグは元の竜人へと戻る。彼は膝を落としつつ、金色の瞳でクロカゲを睨み付けた。敗北が決定しても、全く退く気はない様子だ。


「お前の負けだヨ。さあ、大人しく観念することだネ」

「言っただろう……私にはNPCとして、魔王様の側近としての誇りがある……」


 竜人は何らかの魔法を詠唱する。すると、彼の体から無数の光が発せられていく。まるで強大なエネルギーが内部から溢れているかのようだった。

 すぐにマーリックは気付く。この男が一体何を考え、この先どうなってしまうのか……


「皆さん、伏せてください!」

「魔王様に栄光あれェ……!」


 瞬間、無数の光は眩い光へと変わり、やがてニーズヘッグの体は巨大な爆発を引き起こした。

 【漆黑しっこく】のメンバーはその場に伏せ、爆風から身を守る。魔王の下に付き、その全てを彼女にささげた男。彼の最後はあまりにも壮絶なものだった。

 クロカゲは立ち上がり、跡形もなく消えた宿敵を見る。そこにあるのは、無残にも抉れた床だけだった。


「自爆ネ……最後まで生真面目な奴だったヨ……」


 目を細め、クロカゲはそう言葉をこぼす。これで紫の試練は突破となり、七つの試練全てはクリアされた。

 もう、彼らに行える事はない。ただ、レンジたちの健闘を祈る。それだけだ。

 忍者ニンジャは無言でワープの魔石を使用する。本当にこれで最後。数々の因縁、今までの全てがレンジたちの戦いに集結される。


 彼はただ、その感傷に浸るだけだった。 

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