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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
五十日目~六十三日目 漆黒の街ウィスタリア
200/208

199 黄の試練

 ウィスタリカの街に着いて一週間と四日。俺たちは最後のダンジョンであるモーヴェットの塔を探索していた。

 出てくるモンスターはダークインプ、ゴブリンクラウン、ケットシー、ライトフェアリー。そして、真っ黒い影のようなモンスター、ナイトメアだ。

 ダンジョンの壁を作っているのは積木で、所々にぬいぐるみが置かれている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなダンジョンで、その子供らしい雰囲気からは狂気を感じてしまう。どこかPCさんの心の中を現しているようで胸が痛かった。

 このダンジョンを歩いているとアイの部屋を思い出す。完全にトラウマになってるが、たぶん本人が一番辛いのだろう。


「おい、大丈夫かアイ」

「何がですか? 私がモンスターごときに負けるはずがありません」


 彼女はすました様子でケットシーを倒していた。ああいう異常な環境というものは、本人にとってすれば気にする事ではないのかもしれない。まあ、それはそれで問題があるんだけど。

 いや、もしかしたら無理をしているのかもしれない。俺はためしに彼女の手を握り、こんなことを言ってみる。


「このダンジョン、あの狭い部屋を思い出すだろ。辛いのならいつでも相談してくれ、俺がお前を守ってやるからな」


 俺たちが両思いなのは事実。アイの心が以前より和らいでいるのなら、ここで何らかの反応を示すはずだ。

 例え、こいつの意識が現実に存在しなくとも、俺は見捨てたりしない。そんな俺の意思に対し、お前はどう答える?


「な……!? 何を言っているんですか! く……屈辱です!」

「あーはいはい、俺が悪かったよ」


 アイは顔を真っ赤に染めて、すぐに手を振りほどく。素直じゃないが、以前よりは丸くなっていて安心した。

 彼女が扱う魂持ちの人形、スプリも元気に戦っている。以前なら、確実に使い捨てていただろう。

 大丈夫だ。アイの瞳は輝き、心の淀みは晴れている。まあ、以前として悪の華は捨てていないみたいだけどな。

 俺たちがそんな会話をしていると、ヴィオラさんが割って入る。どうやら、一つ気になることがあるようだ。

 

「そういえばアイちゃん。お店を作る夢って嘘だったの?」

「嘘に決まっています。私は戦いこそが全てなのですから」

「でも、ヒスイから熱心に経営について聞いていたわよね?」


 そう聞かれると急にアイは焦りだす。


「え……演技です」


 うん、演技じゃないな。本当に演じるのが下手なやつだ。

 自分で壊した人形を自分で直していたし、元々裁縫には興味があったのかもしれない。周囲から疑いの目を受けないよう生産職を選んだんだろうが、結果として新しい趣味になったようだ。

 ヴィオラさんの口からヒスイさんの名前が出たことにより、彼らが試練を突破していないことを思い出す。女ノランも心配した様子だ。


「ヒスイくんやミミちゃんたち、大丈夫かな?」

「正直、一番心配なんだよな……」


 ヒスイさんたちは生産職だ。レベルは上位プレイヤーと同じだが、戦闘技術の方は素人からスタートだろう。

 実際に、他のプレイヤーたちより試練の突破が遅れている。やはり、彼らの試練が一番心配だった。














 



 【イエロラ大陸】、ガンボージ遺跡の最下層。


 古代の壁画が一面に記され、数々の石像が置かれた王の間。【ROCOロコ】と【7net(セブンネット)】はこのダンジョンのボスモンスターと対峙していた。

 女性の顔にライオンの体というビジュアルのスフィンクス。彼女はガンボージ遺跡の守護者で、本来は人を襲ったりはしない。

 しかし、ある盗賊団が遺跡を荒らしたことにより、王の怒りに触れてしまう。盗賊はスフィンクスによって始末され、収まらない怒りは大陸に渇きを与えているという設定らしい。

 水の少ないこの大陸からオアシスが消えれば、甚大な被害が出るだろう。大勢のNPCのためにも、彼らは負けられなかった。


「さあ、観念してオアシスを返すっすよ! スキル【解体テイキング】!」

『汝、ならばその力を示せ。王の怒りは強き意思によって静まるであろう』


 【ROCOロコ】の機械技師メカニック、イリアスの巨大ロボットが標的を潰そうと腕を振り落す。しかし、その攻撃はスフィンクスの爪によって防がれてしまった。

 敵は【土魔法】と素早い攻撃を得意としている。本来は素人に倒せる相手ではないが、奇跡的にこのレイドパーティーは対抗できていた。

 【7net(セブンネット)】のギルドマスターヒスイは、完璧なメンバーを構成していた。生産ギルドやお遊びギルドの中にも物好きな戦闘狂はいる。彼らの力を借りれば、それなりの戦力を作ることが出来たのだ。

 また、ヒスイ自身も決して弱いプレイヤーではない。


「スキル【なすりつけ】! わいへのヘイトはイリアスやんに向かわせるわ」

「えー、良いっすよ」


 ヒスイは商人マーチャントだ。商人マーチャントスキルの大半は、NPCとの交渉スキルとアイテムドロップスキルで構成されている。戦闘用スキルは片手で数えるほどしか存在しない。

 しかし、彼はスキル【なすりつけ】によってモンスターの注目を他に移し、その間にアイテムでサポートを行っている。また、数少ない戦闘スキルも最大限に利用していた。


「スキル【応援】! がんばってやー!」

「はいはい、スキル【バトルスロット】!」


 【応援】の効果によって攻撃力上昇を受け、道化師ジェスタープレイヤーが巨大なスロット出現させる。スロットは回転を開始し、やがてスイカの絵柄が三つそろった。

 すると、スロットから大量のコインが流れだし、スフィンクスへと放たれる。大当たりとは言えないが、【応援】の効果もあってダメージはまずまずだ。

 しかし、そんな戦闘の中。ミミは一人敵モンスターに【交渉】を持ちかけていた。


「私は生産市場ギルド【ROCOロコ】のミミと申します。この度は私たち人間が王の宝を狙い、誠に申し訳なく思い……」

「ミミやん! それはボケなんか!? 本気なんか!?」


 当然、ヒスイが鋭い突っ込みを入れる。戦闘中にいくら【交渉】しても無駄だろう。

 それ以前に、黄の試練という大舞台で敵モンスターを懐柔できるはずがない。やはり、ミミの思考は他よりずれていた。

 だが、この【交渉】が効いたのか、あるいは敵のライフが三分の一を切ったからか。ここでスフィンクスは新たな動きへと移る。彼女は大きく飛びのき、部屋の奥に置かれた棺桶の前に立った。

 ヒスイとイリアスは警戒し、一歩後ろに下がる。しかし、スフィンクスの口から出た言葉は驚きの内容だった。


『試練を与えよう。第一問、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生きもの。これはなにか?』

「……は?」

「……へ?」


 その場の空気が制止する。

 何故、急になぞなぞを出題されたのか理解しがたい。レイドメンバー全員が呆然と固まってしまい、誰一人として彼女の問いに答えようとしなかった。

 しかし、それが最悪の事態を招く。よりにもよって、一番答えさせてはいけない者が口を出してしまったのだ。


「簡単です。エーリアンですね。きりっ」

『不正解。裁きを受けよ!』


 ミミがふざけた回答をした瞬間。彼女の頭上にピラミッドを構成するブロックが落下する。どうやら、天井から外れて攻撃として落ちてきたらしい。

 そのスピードはとても避けれるものではなく、一瞬にしてミミは潰されてしまう。ライフは大きく削れ、満タンだった体力は一気に限界となる。恐ろしいほどの威力だった。


「むぎゅ……」

「ミミっちー!」


 すぐにイリアスがロボットを動かし、落下したブロックを破壊する。正しい回答をしなかったため、ミミは大ダメージを受けてしまったのだ。

 この時、ヒスイは敵の攻撃を理解する。スフィンクスは謎かけが好きな魔物だ。その設定がゲームに反映されているなら、この前代未聞の攻撃方法も理解出来る。

 ならば、正しい答えを言えばいい。それが勝利へと繋がるはずだ。


「人間! 人間や! 一日は人間の一生を現し、ハイハイの赤ん坊、二足歩行、杖をついた老人に当てはまるってわけや」

『正解。ならば第二問、ペンや筆も使わず、寝ているときにかくものはなにか?』


 ヒスイは扇子を開き、それで自らを扇ぐ。


「いびきや」

「正解。第三問、一枚では切れないけど、たくさんなら切れる紙はなにか?」

「トランプ、一枚やとシャッフルできんやろ?」

『正解、汝は評価に値する。次からは私の指定するプレイヤーが答えてもらう』


 ヒスイは眉をしかめ、冷や汗を流す。なぞなぞには自信があるが、他が自分と同じように答えるとは限らない。何問続くか分からないが、数によってはレイドの壊滅もあり得た。

 仮に、自分と同じように答えれるプレイヤーが居たとしても精々二、三人。その二、三人でスフィンクスの残りライフを削れるわけがない。

 ならば、どんな手を使ってでも問いに応えなくてはいけない。例えば、答えを告口すれば……


『指定プレイヤー以外が答えを出せば、同様に裁きを受けてもらう。第四問、入れると出したことになるものは何か? そこの錬金術師アルケミスト、答えてもらおう』

「ま……全く分からないよぉ……」

『ならば裁きを受けよ』


 ルール違反は同様の裁き。ヒスイは問いの答えを分かっていたが、これでは口にすることが出来ない。

 錬金術師アルケミストの少女はブロックの落下によってダメージを受け、ライフを全損させてしまう。戦闘でダメージを受けていたことがゲームオーバーに繋がったのだろう。

 問いに答えられなかった。しかし、答えが出るまでこの攻撃は止まらない。問いは次のプレイヤーへと移る。


『次は盗賊シーフ、先ほどの問いに答えよ』

「わ……分からねえよ! 入れ歯! 入れ歯!」

『不正解。裁きを受けよ』


 最悪だ。プレイヤーは次々にダメージを受け、ライフの少ないものはゲームオーバーとなっていく。なぞなぞの出題中は、【回復魔法】やアイテムの使用も出来ない。ただ、問題に答えるしかなかった。

 イリアスは「こっちにくるな……」とブツブツ呟き、ヒスイはこの現状を耐え続ける。やがて、ようやく裁縫師テーラーの男が問いに答えた。


「て……手紙かな。ポスト入れれば出すことになるからね」

『正解。第五問、アメリカの端は何色か?』


 次々に出題される問題。そして、問題が進めば進むほどゲームオーバーになるプレイヤーが増えていく。

 答えはアメリカの端の文字を取ってアカ色。分かっているが、自分に出題されなければ意味がない。いったい、この地獄はどこまで続くのだろうか。


 やがて、何問か続き、プレイヤーの半数を失った時だ。ようやく、スフィンクスの問いは最後を迎える。


『最終問題、パンはパンでも食べられないパンはなにか?』

「こ……これなら分かるっすよ! ボーナス問題っすよ!」


 いける、この問題なら誰でも答えられる。レイドメンバーは半数近く減ったが、敵のライフも三分の一を切っていた。

 残ったメンバーは決して弱くない。ヒーラーで態勢を整えれば、充分に勝ち目はあるはずだ。

 しかし、この重要場面で指定された回答者は、現状最悪のプレイヤーだった。


『この問題が答えられなければ、プレイヤー全てが裁きを受けてもらう。そこの農家ファーマー、汝が答えるのだ』

「あ……あかん! これはあかん……!」


 指定されたのはミミ。おまけに不正解ならば、レイドメンバー全てが大ダメージを受けてしまう。まさに最悪の事態だった。

 ミミが真面な回答を行うなど、万に一つもない。彼女は自分の好きなことに対しては優れた才能を発揮するが、それ以外に関してはダメダメだった。

 残ったメンバーは固唾を飲み、彼女の方を見る。やがて、農家ファーマーの少女は、恥ずかしながら一つの答えに辿り着く。


「の……ノーパン?」

「なんでや! どういう思考回路でその回答に辿り着いたんや! わいもう、ミミやんこと分からん!」


 そこまで出たならフライパンと言えるだろう。などという常識など、ミミには通用しない。恥ずかしい言葉を恥ずかしがって言っている彼女が、非常に憎たらしかった。

 しかし、フライパンもノーパンも最後にパンが付くので、理屈的には同じような回答だ。これを不正解にするというのも少々無理がある。


「方向性的には同じ答えっすけど……これ、出題者的にどうなんっすか?」

『え……あ……うーん……』


 イリアスの疑問に対し、スフィンクスは物凄く悩んでいる様子。確かに、これは判断に迷う形だろう。

 だが、なぞなぞというものは最初から答えが決まっているものだ。それ以外の答えを出せば、どんな形であろうと不正解になるのが当然。

 やがて、スフィンクスの口から『不正解』という言葉が出ようとする。


『ふ……ふせ……』

「スキル【発明クリエイト】! アイテム、ロケットパンチ!」


 瞬間、イリアスの巨大ロボットが彼女を吹っ飛ばした。先ほどの疑問を投げかけている間に、【加速ブースト】を使って急接近していたのだ。

 ヒスイは唖然とする。他のプレイヤーもこれにはびっくりだ。そんな中、イリアスは『まさか本当にぶっ飛ばせるとは……』という表情でガッツポーズを取った。


「よし!」

「良くないわ! 結局最後はゴリ押しかい! っていうか、ゴリ押しできるんかい!」


 ヒスイが叫ぶが、そんな事はお構いなしだ。攻撃が通るというのならば、もうなぞなぞなどどうでも良い。

 彼女の一撃がトリガーとなり、残りのプレイヤーたちが一斉に攻撃を開始する。こうなればもう滅茶苦茶のやりたい放題だった。


「今だ砂にしろ!」

「なぞなぞなんて知るか! ぶっ倒せー!」

「血の気多すぎやろ! おまえら全員、生産ギルドやめい!」


 ヒスイの突っ込みが追いつかない。

 プレイヤーたちは残るすべての力を使い、スフィンクスに攻撃を続ける。しかし、敵も無抵抗でやられるわけがなく、【土魔法】で反撃に出た。

 まさに、大乱闘。王の間は戦闘によって振動し、周囲の石像は破壊されていく。両方、一歩も退かない攻防だ。

 しかし、その戦闘も終わりが近づいていた。スフィンクスのライフは限界となり、その場に膝を落とす。やがて、笑みを零しながら元の石像へと戻っていった。


『そうだ……道は自ら切り開くもの……問題の答えは己自身にあるのだ……』

「無理やり良い話しに纏めるな!」


 ただのゴリ押しだ。決して良い話しではない。

 しかし、守護者に認められたことにより、王の怒りも静まっていく。ガンボージ遺跡を包んでいた不穏な空気も、穏やかなものへと変わっていった。

 これで黄の試練は突破だ。砂漠のオアシスも元に戻るだろう。

 周囲に振り回されたヒスイは、気疲れでその場に座り込む。もう、ミミと共に行動するのはこりごりだった。


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