表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルドガルドギルド  作者: 白鰻
五十日目~六十三日目 漆黒の街ウィスタリア
199/208

198 青の試練

 ウィスタリカの街に着いて一週間と三日。パープル平原を進んだ俺たちはついに目的地に辿り着く。

 白い外壁に太陽の装飾が付けられた太陽の塔。黒い外壁に月の装飾が付けられている月の塔。二つ合わせて一つのダンジョンだ。

 リュイとアスールさんは、ダンジョンを警戒した様子で見上げる。


「ここが……」

「最後のダンジョン、モーヴェットの塔だろうな」


 この塔は数日前に出現し、今までその存在は認識されていなかった。明らかに、最新のアップデートによって追加されたダンジョンだった。

 太陽の塔は入り口が開いているが、月の塔は閉まっている。二つの塔は空中回廊で繋がっているので、太陽の塔から入って移動する形だろう。

 もっとも、俺たちはまだ全ての試練を突破していない。入ってもどこかでつまずくのは確実だ。


「で、どうするの? 入るの?」

「入りましょう。いつでもワープの魔石で脱出できます。レベリングに使えるかもしれません」


 ヴィオラさんの質問に対し、アイが速攻で答える。他のメンバーもやる気になっている様子だ。

 まあ、PCさんは俺たちを待っているんだから、罠という可能性は薄そうだ。あくまでも、正当なゲームで倒さなければ、彼女にとっても意味がない。

 全ての試練が突破されたのと同時に、最後の戦いに望む。そのためには、前座であるこのダンジョンを把握する必要があった。

 男ノランは薔薇を指で回しつつ、ヴィオラさんに言葉を投げる。


「残る試練は青、黄、紫だな」

「ハリアーの奴、なに苦戦してるのよ。海上は【エンタープライズ】の独占場なのに」


 ハリアーさんは意外と慎重派だからな。ヴィルさんと同じで他試練のクリア報告を待っていたのかもしれない。

 彼女たちには【ブルーリア大陸】で助けてもらっている。敵に圧力を加えられても、俺を見捨てずに庇ってくれた。

 大丈夫、俺たちはどの試練も突破する。ゲームの上で、ゲーマーたちに不可能はないのだから。

















 【ブルーリア大陸】フィルン海溝の奥、デレクタブル海底遺跡。


 荒れ狂う海の上に、遺跡の残骸が所々突き出ている。それらを足場に、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】は巨獣と対峙していた。

 海獣リヴァイアサン。細長い龍のような姿をしており、海面から頭と尻尾を出して攻撃を仕掛けてくる。

 【水魔法】も強力だが、厄介なのは遺跡の残骸ごとプレイヤーを飲み込む【渦潮】。加えて、足場は不安定で周囲は暴雨風と来ている。

 敵はモンスターだけではなく、海と嵐というギミックも含む。これこそが青の試練だった。


「スキル【トマホーク】!」

『ギシャアアアアア……!』


 ハリアーは巨大錨を放り投げ、リヴァイアサンの頭部にヒットさせる。風によって軌道がズレたが、それでもクリティカルポイントをしっかりと捉えていた。

 錨は反動で弾かれ、彼女の手に戻る。手応えはあり、ここまでは順調に敵のライフを削っていた。

 ハリアー以外の海賊パイレーツも、【トマホーク】によってモンスターを攻撃していく。【エンタープライズ】は巨獣討伐ギルド、レイドバトルには非常に強かった。


「スキル【パイレーツチャージ】。次の攻撃に移るぞ」

「ハリアーさん、リヴァイアサンのライフが三分の一を切ったっす。そろそろ、向こうも何か仕掛けてくるっすよ」


 ハリアーがエネルギーを溜めると、使役士テイマーのアパッチが告げ口をする。彼はクラーケンのゲソスケを使役し、リヴァイアサンの動きを止めていた。

 以前の使役獣、ゲソノウミをロストしているため、アパッチはここまでゲソスケと共に攻略を進めている。以前、レンジたちと会った時より、ゲソスケは大きく成長していた。

 クラーケンの十本足が、リヴァイアサンに絡み付く。その光景はさながら怪獣映画のようだ。


『グギャアアアッ!』


 しかし、敵は拘束を容易く振りほどいてしまう。そして、海上で大きく暴れ、周囲に巨大な津波を発生させる。

 普通のプレイヤーならば飲み込まれてしまうであろう攻撃だが、海に慣れた【エンタープライズ】には問題ない。

 彼らはそれぞれスキルを使用し、津波から身を守っていく。勿論、ハリアーとアパッチも例外ではなかった。


「スキル【ロープアクション】!」

「ゲソスケ! 頼んだぞ!」

『ゲッソー!』


 ハリアーはロープの尖端を投げ、海面から突き出た遺跡の柱にくくりつける。そして、それを手繰り寄せて一気にその場から退避した。

 また、アパッチはクラーケンを呼び出し、彼の頭の上に飛び乗る。同時にリヴァイアサンの起こした津波が、二人の周囲を飲み込んでいった。

 今までの攻撃とはわけが違う。攻撃範囲が桁違いだ。アパッチはゲソスケに掴まり、なんとか攻撃をガードする。


「耐えろゲソスケ……! こんなのは一度きりの大技だ!」

『ゲソ……!』


 彼の予測は当たっていた。波が止むと、リヴァイアサンは急に大人しくなる。どうやら、さっきのが敵の切り札だったらしい。

 大波に対抗できる手段を持たない後衛職が、何人かゲームオーバーとなった。しかし、まだまだメンバーは残っている。

 事態がこれだけならば、プレイヤーサイドの勝利は確定だろう。しかし、技によるダメージなどどうでもいい。それより深刻な事態が同時に起きていたのだ。


「何だよこれ……足場が無いぞ……」


 海上のゲソスケの上からアパッチは唖然としていた。今まで海面から突き出ていた遺跡の残骸が、殆ど崩れ去ってしまったのだ。

 プレイヤーたちは残った僅かな足場に退避しているが、これでは前衛職が攻撃に参加できない。

 敵は海上、足場がなければ近づけない。攻撃を行う手段は三つ。魔法や弓矢などで狙撃する。敵が接近戦を行うのを返り討ちにする。そしてもう一つ、【エンタープライズ】が最も得意とする戦術。


 水上を移動するスキルで接近する。これがもっとも狙いやすい。


「ハリアーさん大丈夫っすか!」

「当然だ! 私は海賊パイレーツだぞ!」


 アパッチはゲソスケに指示し、海面に浮かぶハリアーを拾い上げる。彼女は水上移動スキルを鍛えているため、溺れてゲームオーバーになる事などない。それ以前に、足場がないことも大した問題ではなかった。

 事実、彼女と同じ海賊パイレーツたちは、嵐の海を悠々と泳いでいる。問題なのはそれ以外のジョブ保持者だ。


「他の試練でも後半から敵が動きを変えたらしい。足場の崩壊がこの試練のギミックという事だ」

「俺たちがこの試練を選んでよかったっすね……他じゃこうもいかないっすよ!」


 【エンタープライズ】には海賊パイレーツが多い。

 海賊パイレーツは水場で攻撃力の上がる【水上特化】と、泳ぎが得意になる【水泳】のスキルを習得できる。パワーで攻めるのが得意なジョブだが、水場での戦闘も得意分野だった。

 しかし、敵モンスターも水に住むリヴァイアサン。以前として状況は好ましくない。


『ギャシャアアア!』


 咆哮をあげ、再びリヴァイアサンが攻撃に移る。敵は【渦潮】を作り出すのと同時に、額の青い水晶から【水魔法】を放っていった。

 魔法による豪水は狭い足場に残るプレイヤーを飲み込み、巨大な尻尾は空中を飛ぶ召喚士サモナーを叩き落とす。

 そして、作り出された【渦潮】が、水面の海賊パイレーツたちを引き寄せていく。敵にまったくの隙はなかった。

 アパッチはゲソスケに指示をし、リヴァイアサンに突っ込もうと気合を入れる。


「畜生、俺の仲間を! あのクソ鰻野郎が! 蒲焼きにして喰っちまうぞ!」

「待てアパッチ、下がって渦潮の隙間を進め。そのほうが速い」


 帽子の下で眼光を光らせ、ハリアーはそう支持を出した。

 しかし、この場面で下がっている余裕はない。足場がなくなったことにより、既にパーティーの陣形は崩壊している。ここで無理にでも攻めなければ、状況は悪化する一方だろう。

 アパッチは声を張り上げる。対してハリアーは冷静だ。


「頭おかしくなったのか、クソ女がァ! んな余裕ねえよ!」

「スキル【海鳴】。波を読み、奴に仕掛けていく。下がるのが最短だと言ったんだ。支持を聞け!」


 限定スキル【海鳴】は、海上の天候や波の動きを読むスキルだ。これを利用すれば、リヴァイアサンの攻撃パターンを読めるかもしれない。

 一撃でもダメージを与えれば、そこから残りメンバーで総攻撃を行うことができる。試してみる価値はあった。


「分かりました。なんとか近づいてみるっすよ」

「頼んだぞ! 泳いでこの海を進むわけにもいかないからな」


 全てはゲソスケと【海鳴】に掛かっている。失敗すればそのまま全滅は確実だ。

 アパッチは唾を飲み、ゲソスケに下がるように指示を出す。海を読んだハリアーが下がれと言ったのなら、その通り行動するべきだ。かならず、この動きに意味はあるだろう。

 ゲソスケはリヴァイアサンとは全くの逆方向へと進む。すると、敵の作った【渦潮】に巻き込まれ、その動きは大きく変わってしまった。

 潮に流され、アパッチたちは一気に加速する。ぐるぐると回りながらも、彼らは確実にリヴァイアサンの方向へと流されていった。


「か……加速したー!?」

「奴の作り出した渦潮が海流の道を作ったわけだ。さあ、このまま突っ込むぞ!」


 巨大碇を肩に抱え、ハリアーはゲソスケの上に仁王立ちする。そして迫る標的に向かって、それを一気に振りかぶった。

 しかし、敵もこちらの動きに気づいたようだ。巨大な尻尾を振りかぶり、それをハリアーにむかって叩きつける。巨大碇と尻尾は互いに衝突し、周囲に凄まじい衝撃が走った。

 だが、ハリアーの力をもってしても、リヴァイアサンの巨体を支えることは出来ない。大きな尻尾からは尋常でないほどの重量が加えられていく。


「ハリアーさん!」

「く……! スキル【フルスイング】!」


 だが、ハリアーは一歩も退かない。武器を大振りする【フルスイング】によって、敵の尻尾を殴り飛ばす。まさに力技。小細工など一切なしだった。

 リヴァイアサンは大きく体勢を崩し、その動きに隙を作る。チャンスはここしかない。総攻撃を行うのならこの瞬間だ。

 ハリアーは二打目の攻撃へと移る。それと同時に、足場でチャンスをうかがっていたメンバーたちが一斉に攻撃へと移った。


「スキル【スカルクラッシュ】!」

「スキル【雷魔法】サンダリジョン!」

「スキル【武器投げ】だ!」


 大型のモンスターは機動性が低く、一度バランスを崩せば体制を安定させるまでに時間が掛かる。加えて、今まで【エンタープライズ】メンバーは総攻撃のチャンスをうかがっていた。

 一撃を与えるまでひたすらに耐える。初めからそのつもりで彼らは万全の状態を維持していたのだ。

 もっとも、この総攻撃でリヴァイアサンを落とせるとは誰一人思っていないだろう。大型のモンスターは耐久力も高い。現状、ようやく互角の勝負に持ち込んだにすぎない。

 ハリアーはゲソスケの上からモンスターを睨む。そんな彼女に対抗してかリヴァイアサンも睨み返した。まるで猛獣同士威嚇し合っているようだ。


『グギャアアアアア……!』

「行くぞ! 全員総攻撃だ!」


 再びリヴァイアサンが暴れ出し、波と渦は激しさを増す。しかし、既に先ほどの隙を利用し、海賊パイレーツのプレイヤーは泳いで標的へと近づいていた。

 【ドルフィンキック】によって水面から飛び出した彼らは、一斉に攻撃を加えていく。アパッチとハリアーもそのサポートへと入った。


「スキル【ドルフィンキック】! 【サマーソルト】!」

「スキル【ロープアクション】!」

「ゲソスケ! 【イカスミ】だ!」


 多数の海賊パイレーツによる【サマーソルト】キック。それにより、リヴァイアサンの巨体は空中へと打ち上げられる。同時にゲソスケの黒いイカスミが、リヴァイアサンの視界を潰した。

 だが、それだけでは終わらない。ハリアーはロープの先端を投げ、それをモンスターの尻尾に絡める。そして、ロープを大きく引き、そのまま敵の巨体を海面へと叩きつけた。

 まさに巨獣討伐。一瞬の油断が命取りだ。

 あの巨体を沈めるには、とにかく攻めて攻めて攻めまくる以外になかった。


 だが、ついにその時が訪れる。

 長く粘ったリヴァイアサンだったが、ようやくライフが限界となったのだ。


『ギャシャアア……』

「止めだゲソスケ!」

『ゲッソー!』


 アパッチの指示を聞き、ゲソスケが巨大な足で敵モンスターを殴りつける。既にレイドメンバーの大半が波に飲まれ、残るメンバーはあと僅か。ここで決めなければ全てが終わりだ。

 ただ、ゲソスケは十本の足を使ってラッシュを加えていく。リヴァイアサンも尻尾を使って抵抗するが、体力の低下によって動きが鈍い。

 二匹の殴りあいはゲソスケに軍配が上がる。


『ゲソゲッソー!』


 最後の拳が敵の頭部へと炸裂した。それにより、リヴァイアサンの巨体は海面へと倒れ、ゆっくりと海底へと沈んでいった。

 モンスターの撃破により、荒れていた波と天候は徐々に穏やかとなっていく。やがて、アパッチたちの視界には透き通った海が広がり、空には七色の虹がかかった。

 これにて、青の試練は突破となる。まさに、猛獣同士の殴り合いという内容だ。


「は……激しい戦いだったっすね……」

「ああ……流石に今回は死にかけたな……」


 アパッチの言葉に対し、珍しくハリアーが笑顔で答える。彼女が笑うなど雨が降りそうだが、空は真っ青の晴天だ。

 止まない雨はない。どんな嵐が来ようと必ず虹はかかる。

 勝利を信じて突き進めば、どんな困難も必ず突破できるものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ