195 赤の試練
街に着いてから六日目。昨日、この【ヴァイオット大陸】に大きな動きがあった。
突如、上空から橙色のクリスタルが現れ、それが大陸の中心へと降りていったらしい。そして、今現在その場所には大きな塔が立っている。
最終ダンジョン、モーヴェットの塔。太陽の塔と月の塔の二本がそびえ立っており、その両方は空中通路で決められた階層で繋がっている。二つで一つのダンジョンだった。
恐らく、ゲッカさんたちが橙の試練を突破した事でトリガーになったのだろう。まだ調査段階のため、俺たちは不用意に近づかない事を決めた。
しかし、そんな事件があっても、ウィスタリアの街は相変わらず平和その物。ぐだぐだ考えていても仕方ないので、俺たちは残りの装備やアイテムを買い揃えていく。
ノランとルージュは楽しんでいるようだが、そのテンションで無駄使いをするのはやめてもらいたいところだ。
「ルージュちゃん。この帽子、すっごく可愛いよ! 女の子なんだからオシャレしないと」
「だ……ダメだ! この帽子は大切なものだからな。ブローチも取らんぞ!」
ルージュはギンガさんから貰った星空三角帽子に、アスールさんから貰った月のブローチを付けている。どちらも【小物製作】や【裁縫】のスキルで強化しているが、その物は変えていない。彼女にとって、この二つの装備は重要なものなんだろう。
しかし、メイスの方はよりゴージャスな物に代わり、防具もアイによって新しい服が作られている。どちらもデザインは以前に近く、天体を申したメイスに真っ赤なローブだった。
「ルージュちゃんのコーディネートって派手だよね。やっぱり、性格が出てるのかな?」
「いや……ボクは暗いから、せめて服だけ派手にしようと思ったんだ。気持ちも変わるしな……」
ルージュよ。そうやってチラチラ闇を見せるの止めなさい。相変わらず、彼女は彼女のままで根本は変わっていないな。
でも、俺はそれが良いと思う。性格が明るくなったとしても、思想の根元から変わるわけじゃない。積み上げられた人格ってのは、一生向き合っていくものなんだ。
まあ、それはこいつも分かってるようだな。ギンガさんや俺たちと関わって、随分と前向きになっているようだ。
「あの、師匠も戦っているんだ……! ボクたちもギリギリまで強くなろう……!」
「そうだな。あのギンガさんが戦っているんだ。後れを取るわけにはいかないな」
あの自分勝手で変人で、大して詳しくもないくせに星を語るギンガさんが戦っている。たぶん滅茶苦茶構ってほしくて勝手に仲間になったんだろうけど、それでも戦っている!
だから、俺たちも決戦の日に備えて精進するまでだ。まだまだ、全ての試練を突破するまで時間が掛かりそうだからな。
【ドレッド大陸】、バーミリオン火山最上層。
灼熱のマグマが煮えたぎる火口の中心に、岩の足場が広がっている。この場所こそが、赤の試練最後のフィールド。怪鳥フェニックスの住まう場所だった。
火山は今にも爆発しそうなほどに活発になっており、起泡の数も多くなっている。火口内から空を見ると、噴煙によって真っ黒に染まっていた。
フェニックスがこの火口現れてから、火山はその力の影響を大きく受けている。早くこのモンスターを倒さなければ、さらに大きな噴火を起こしてしまうだろう。
ギンガと【エルドガルド】のメンバーは、各人自由な戦い方でフェニックスを追い詰めていく。あまり、チームワークは考えられていない。
それもそのはず、現在【エルドガルド】に残っているプレイヤーは、エルドと同じ思想を持った個人主義者ばかりだ。そこにギンガを加えれば当然やりたい放題となる。
「メテオメテオメテオメテオォー! フハハ! 見よ! この圧倒的な銀河力! 怪鳥など恐るるに足らず!」
「すっげえ……流石【星魔法】だ……」
だが、それでも戦闘は有利に進めていた。フェニックスの【炎魔法】を物ともせずに、ギンガはメテオを連続で撃ち込んでいく。
単純に、空中から襲いかかるフェニックスと【星魔法】の相性が良かった。敵は巨大なため、当てやすい的にもなっている。
炎を身に纏い、美しい翼を翻す怪鳥フェニックス。凄まじい魔力を持つと言われているが、ギンガには全く対抗できていない。
怪しい、流石にぬるすぎる。戦士のランスはギンガの盾になりつつ、眉をしかめた。
「仮にも【ドレッド大陸】の最終ボスだぞ。ラプター、どう思う?」
「分かりません! 弱くて良かったんじゃない?」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
銃士のラプターはギンガと馬が合い、【マシンガン】のスキルで銃弾を全て掃射する。弾は次々と命中していき、敵のライフは大きく削れていく。
ギンガとラプターだけでない。アタッカーの剣士や格闘家もPPを使ってスキルを放つ。その結果、フェニックスのライフは残り僅かとなった。
『キー……!』
「ふん、口ほどにもない。止めだ! 超波動銀河流星群ォ!」
【星魔法】の最上位魔法であるメテオストームが、標的に連続で放たれていく。魔法は全弾命中し、敵の残りライフ全てを消し飛ばしてしまった。
フェニックスは空中から落下し、溶岩の上へと落ちる。その体は灼熱のマグマに飲み込まれていき、やがて視界から消えてしまった。
あまりにも呆気ないが、確かにこれで敵のライフバーは消失。赤の試練の勝利は決定したことにより、ラプターは喜びの声を上げた。
「ヤッハー! 完全勝利!」
「杞憂……だったのか……?」
【エルドガルド】のメンバーは歓喜する。しかし、ランスは納得していない。やはり、あまりにも敵が弱すぎる事が引っ掛かった。
よく、死霊系のモンスターがライフ消失後も【復活】という技によって再起することがある。当然、ボスキャラクターがこの技を使ったという事例は聞いたことがない。
しかし、敵はフェニックスという不死鳥をモチーフにしたモンスター。その技を使ってきても不思議ではない。
ギンガは瞳に星を光らせ、鋭い眼光でフェニックスの沈んだマグマを睨む。それとほぼ同時だった。
『ショーッ……!』
「なるほど、来るか怪鳥……いや、不死鳥と呼んだ方が良いか」
熱いマグマの中から、美しい不死鳥が飛び上がる。
輝きを放ち、生命力に溢れたその姿はまさに最後の敵。今まで圧倒的だった状況が、この一瞬にして全て覆ってしまう。
フェニックスは悲しそうな瞳でプレイヤーたちを見下し、翼に魔法のエネルギーを集めていく。完全な魔法特化のモンスター。使う属性は炎属性一種のみ。
「長い詠唱……ファイアリジョンオールだ! 全員備えろ!」
最強の【炎魔法】が放たれ、プレイヤー全てを燃やし尽くしていく。復活前より明らかに威力が高い。だが、それでも一撃でライフを持っていかれるほどの威力ではなかった。
しかし、それによってある可測が生まれる。このモンスターは攻撃手段が乏しく、理不尽な威力の魔法を持っていない。逆に言えば、別のステータスが極端に高いという事だ。
ラプターは苦笑いをしながら、ランスに向かって言う。
「私……一戦だと思って銃弾ほとんど使っちゃった……」
「防御タイプだったんだ……最初から俺たちを消耗させることが狙いで……」
確信した時にはもう遅い。フェニックスは【防御魔法】プロテクトとシェルの障壁を張ってしまう。これで、防御力と魔法防御力は大幅に上昇してしまった。
ずっと、魔導師のようなモンスターだと思われていたが、実際は僧侶タイプ。一戦目の時点でPPとMPを消耗するのは悪手だったのだ。
フェニックスはそんなプレイヤーたちをあざ笑うかのように、じわじわと【炎魔法】でライフを削っていく。そして、攻撃を受ければ瞬時に【回復魔法】で回復してしまう。完全に詰みの状態へと、戦いを動かしていった。
「くそっ……姑息な戦術を……!」
「下がれィ……! 一撃でブラックホール送りにしてくれるわ!」
杖を華麗に振り回し、ギンガはメテオストームで敵のライフを削る。しかし、シェルの効果もあって真面なダメージを与えられない。まさに鉄壁の布陣だ。
ギンガに誘発され、プレイヤーそれぞれがバラバラに攻撃を加えていく。しかし、フェニックスは受けたダメージを【回復魔法】回復してしまう。もう、PPもMPも、アイテムすらも限界が近づいていた。
この状況を打開する方法は一つ。プレイヤー同士で結託し、一斉攻撃を狙う事だ。ランスはいち早くそれに気付くが、どうしても行動に移ることが出来ない。
「ギンガさんは俺たちを纏めてはくれない……ラプターも同じだ……いったいどうすれば……」
「ランスくん! 何ボケボケしてるの!」
今、ランスは葛藤の中にいる。ラプターの言葉など耳に入るはずがなかった。
自分たちは敗北者。恥を忍んでこの試練に参加させてもらっている。失敗など許されることではない。
汚名の返上ではなく、純粋にこの【ディープガルド】を守るために戦っているはずだ。こんな事では、ディバインやエルドに顔向けが出来ない。
では、どうするか。
決まっている。自分がやるしかないんだ。
「俺しかいない……? 俺が……俺がやらないとダメなのか……?」
ランスは【ゴールドラッシュ】の鉄砲玉と呼ばれ、責任とはかけ離れた自由なプレイングを行ってきた。No.2というポジションについて落ち着いたものの、心の方は全く変わっていない。だからこそ、自由を体現したエルドの思想に同意したのだ。
パーティーを纏める事など今まで行っていなかった。【ゴールドラッシュ】を裏切り、ようやく彼は周囲に指示を出すようになったのだ。
ランスの呼吸は荒くなり、額に汗が流れる。胸を抑え、彼は一人で呪いのように言葉をこぼし続けた。
「十数人……その中にはあのギンガも……出来るのか……俺に……」
「大丈夫、出来るよランスくん」
そんな彼の手をラプターが握る。いつもふざけた態度の彼女だが、その表情は真剣だ。負けられないのはランスだけではない。全員同じだった。
纏め役のいない【エルドガルド】。しかし、誰もが負けたくないと思っているのなら、必ずチームワークが芽生えるはずだ。そう信じて、ランスはようやく覚悟する。
「みんな聞いてくれ! 防御特化の敵を仕留めるには一斉攻撃しかない。空中戦を行えるものは俺に続いてくれ! フェニックスを地に落とし、そこから全員で仕留める!」
指示に従わないのなら、全員仲良くゲームオーバー。従うのなら、敵と対等に渡り合える。
既に何人ものプレイヤーが【炎魔法】によって焼き払われており、人数もかなり減っている。PP、MP、アイテムも限界で、チャンスはこの場面しかないだろう。
これは賭けだ。勝利か敗北か、自分以外の判断によって決まる。
「さあ、ミッションスタートだ! スキル【騎乗】!」
『ガッルー……!』
飛龍ワイバーンに乗り込み、彼は空中のフェニクスに向かって突っ込む。二十人の中で、空中戦を行えるのは僅か数人。運が良いのか悪いのか、その数人はこの戦いでも重要視されるだろう。
ここで指示に従わなければ負ける。そう思ったのだろうか。使役士の少女が、蜂のモンスターと共に攻撃へと参加する。あまり強くはないようだが、必死にランスをサポートしていた。
フェニックスは大きな翼を羽ばたかせ、飛竜と蜂に対抗姿勢を見せる。まるでモンスター同士が戦っているようだ。
『キイ……!』
『ガルガル……!』
飛行型モンスターは大抵接近戦を想定していない。それも当然、本来空中の敵は弓や銃、魔法などで撃ち落とすのが上等。それが出来ないのなら、低空に降りてきたところを狙うものだった。
しかし、【騎乗】や【使役獣】などのスキルによって飛行モンスターを使えば、空中戦を行うことが可能。
また、空中に飛び上がる【ジャンプ】のスキルも有用だ。より効率よく敵を打ち落とせる。
「スキル【ジャンプ】! ランスくん、私も手伝うよ!」
「スキル【ジャンプ】。じゃ、俺も」
ラプターと海賊の男が、【ジャンプ】のスキルによって攻撃に参加する。四人のプレイヤーは通常攻撃を加え、やがて目論み通りにフェニックスを叩き落とした。
プレイヤーが結託した事により、敵は【回復魔法】を使うタイミングを逃している。それに加え、【防御魔法】の効力も限界となった。本当にチャンスは今しかない。
瞬間、魔導師ギンガの瞳の星が光る。彼は杖を振るい、この場にもっと必要な魔法を発動した。
「超地球的万有引力魔法円! ふん、私は飽きた。あとは勝手にやるがいい」
「ギンガさん!」
自分が出来るのはここまで、そうギンガは思ったのだろうか。【重力魔法】によって地に落ちたフェニックスを拘束し、完全に行動を阻害する。こうなれば、もはやこっちのものだ。
残りのプレイヤー全て、残りのPP、MPを限界まで使って敵に攻撃を加えていく。空に逃がしてはならない。そうなれば全てが終わりだ。
ただ我武者羅に攻撃を加える。やがて、フェニックスのライフ残りわずかとなった。
次の一撃で最後だ。
「スキル【返し突き】!」
ランスの一撃が敵のライフ全てを削り取る。これで本当に終わり……
などとは思っていない。
どうせ初見殺しの三度目があるんだろう。ランスはそれを読み、飛竜と共に飛び上がる。
『キ……』
「しつこいんだよ!」
フェニックスは再び燃え上がり、空に向かって翼を広げた。が、ランスは飛竜によって敵の飛行を妨げる。流石に三度目の復活によって回復したライフは僅か。まさに最後の悪あがきだった。
ランスと同じように復活を読んでいたラプターが、銃口を敵の眉間に向ける。そして、ニィと笑いながら本当に最後の一撃を掃射した。
「ヤッハー! スキル【パワーショット】!」
銃弾がフェニックスを貫く。これにより、敵は三度目のライフ全損となった。
もう復活はしないはず。恐らく生き残ったプレイヤーはそう思っただろう。しかし、不死鳥と呼ばれるフェニックスの生命力は異常だった。
再び燃え上がり、フェニックスは飛び立とうとする。まるで何かを懸命に守ろうとするかのように、モンスターはもがき続けていた。
ランスは言葉を失う。何かがおかしい。そう思った時、飛竜が彼の鎧を咥えて引っ張る。
『ガルゥ……』
「ランディ、何かを見つけたのか?」
飛龍に連れられ、ランスとラプターは岩陰へを覗き込んだ。すると、そこに想像としていなかったものが置かれていた。
「君、この子を守るためにこんな事を……」
『キー……』
それは、不死鳥の卵。彼女は自らの子を育てるため、この火口に降り立った。そして、その強力な魔力によって結果として火山を活発化させてしまったのだ。
モンスターは自然と共に生きるだけ。それによって街々に被害が及んでも、それは人の都合に過ぎない。大陸に被害をもたらした大事件の真相は、子を思う母の愛情によるものだった。
「ふん、火山活動は貴様の魔力によるもだ。解決策を探してやらんこともない」
「うん、みんなで守ろう。問題がなくなったら試練突破で良いよね!」
ギンガは笑みを浮かべながら腕を組み、ラプターは大人しくなったファニックスの頭を撫でる。不死鳥の心が安らぐのと同時に、火山の活動も徐々に治まっていった。
モンスターが抱く人間への不信の感情が、このバーミリオン火山を震わせていたのだろうか。試練を突破した今、それはもうどうでも良いことだった。