194 橙の試練
ウィスタリアの街について五日が経過する。
俺たちは武器や防具の生産活動をしつつ、近くのダンジョンでレべリングを行っていた。
呪われた魔族の城、ヴァイナス城。紫の試練が行われているダンジョンだが、下層から中層まではレべリングに最適。何より、街の中に存在するので移動が楽という利点がある。
城の中はモンスターで溢れており、俺たちが暴れても魔族の住民たちは無視。相変わらず街は人間に対してピリピリしているが、現状問題は起きていない。
自分たちの王城が大変なことになっているんだから、流石に気付けよと言いたい。でもまあゲームだし、突っ込んじゃダメなんだろう。気づいてしまったら物語として成立しないしな。
最終大陸だけあって、ヴァイナス城の難易度は頭のおかしいレベルだ。ゲームオーバーになると、最終決戦に備えたアイテムにペナルティを受けてしまう。半デスゲームが終わろうと、どの道俺たちは負けられなかった。
だからこそ、街での備えは非常に重要。俺とヴィオラさんはリュイの刀を新調するため、その買い物に付き合う事になる。
ルージュとノランは参考にならないし、アスールさんは付き合いが悪いし。アイに至っては論外だ。拘り出したらうるさくて仕方がない。
小さな生産ギルドが開くお店で、俺たちは侍の武器である刀を見ていく。リュイは属性特化でも、変態構成のスキル振りをしているわけでもないので、単純に性能の良いものを選ぶ。最高級とは言えないが、今のリュイのレベルには見合っているだろう。
刀を購入し、俺たちはお店を後にする。すると、こちらに向かって一人のプレイヤーが近づいてきた。
俺たちもよく知ってる。ギルド【漆黑】のギルドマスター、忍者のクロカゲさんだ。
この【ヴァイオット大陸】で紫の試練を行っており、ウィスタリアの街を拠点にしている。ここで出会ったのも別に不自然なことではなかった。
「ヘイ、ギルド【IRIS】。レべリングは順調みたいだネ。最後の戦いは頼んだヨ」
「クロカゲ、その様子ならそっちも順調みたいね」
ヴィオラさんは呑気に街を歩くクロカゲさんを見て、攻略が順調だと判断したようだ。確かに、現状【ディープガルド】で最強プレイヤーである彼が、ダンジョンに苦戦するとは思えない。この人が無理なら、他の試練はもっと無理になるだろう。
全く心配はない。しかし、クロカゲさんは複雑そうな笑みを浮かべ、ヴィオラさんの言葉を否定する。
「いや、大苦戦だヨ。実は橙の試練の方に上位プレイヤーを多く参加させちゃってネ。こっちの人手が足りてないって感じだヨ」
「ちょっと、なにバカなことやってるのよ……」
「ソーリー、オレがいるから余裕だって鷹を括ってタ。でもさ、最後には絶対に勝つから気長に待っていてほしいネ。代わりに、橙の試練は一抜け確実だと思ってるヨ」
橙の試練は【オレンジナ大陸】。魔王の部下である科学者がロボット兵器を操作し、大陸の支配を乗り出しているって話だ。そのせいで俺たちは機械の軍団に襲われる羽目になったな。
その時助けてくれたのがゲッカさんとフウリンさん。どちらも【漆黑】の幹部で、総合ランキングも十位以内に入っている。クロカゲさんも自慢の部下だった。
「ゲッカとフウリンは強いヨ。そろそろ、動きがあるんじゃないかナ?」
まだ攻略が始まってから一週間も経っていない。本当に試練を突破するというのなら、あまりにも早すぎる。
だが、クロカゲさんは自信満々といった表情だ。よっぽど、あちらの試練に優秀な部下を送ったらしい。
彼がそう言うなら、ゲッカさんとフウリンさんを信じて待っていよう。俺たちに出来るのはそれぐらいしかないからな。
【オレンジナ大陸】クレープスの塔、最上階。
夕日の空の下、巨大な時計の針がカチカチと進む。
塔の周囲には空中回廊が作られており、まるでバルコニーのようになっている。今までは塔内のダンジョンを進んでいたが、最後のマップは完全に外部の時計塔周り。下手をすれば、落下によって一撃でゲームオーバーとなってしまうだろう。
しかし、そんな危険な場所でゲッカたち【漆黑】メンバーは最終戦に臨んでいた。
敵は魔王幹部である科学者。彼は巨大ロボット、ガルガンチュアに乗り込んでゲッカたちに攻撃を行っていく。両方は一歩も譲らず、むしろプレイヤー側の有利で進んでいた。
だが、敵のライフが三分の一を切った時。科学者とガルガンチュアの身に異常事態が起きた。
「どうしたガルガンチュア……! 何だこれは……!」
いくつもの機械ケーブルが科学者の身を飲み込んでいく。やがて、その体の全てはガルガンチュア本体へと取り込まれてしまった。
黄金色に輝き、バチバチと電気を迸らせる巨大兵器。腕や足は歯車によって操作され、背中のパイプからは真っ白い蒸気を吹き上げている。その貫録は単なるボスモンスターとは思えない。
この一体だけで、ラスボスだと感じさせるほどだった。
『ピピ……エネルギーの補充完了。これより、最終システムへと移行』
「自業自得ですね。人間一人が兵器の軍団を支配するなど、おこがましいという事でしょうか……」
声は先ほどの科学者、しかしそれはもう人間の言葉ではなかった。ゲッカは憐れみの目を向けながら、再び臨戦態勢へと入る。敵の能力は先ほどまでとは比べ物にならない。ここからは一瞬の油断すらも許されないだろう。
二十人のプレイヤーがそれぞれのポジションに動き、完璧な陣形を作っていく。戦士や忍者を前に出し、僧侶や魔導師が後方に待機。基本的だが極めて有用な手段だった。
そんな陣形に対し、ガルガンチュアが動く手段。それは、超威力によるゴリ押しだった。
『ピピ……Delete開始』
「はっ……! みなさん! 下がってください!」
すぐにゲッカが、敵の頭部に電気エネルギーが集まっていることに気づく。しかし、その指示は僅かに遅かった。既に回避のタイミングを逃していたのだ。
ガルガンチュアの頭部に付けられたライトが眩い光を発する。瞬間、そこから前方に向かって高威力の怪光線が放たれていった。
雷属性の光線は前衛を吹き飛ばし、後方すらも飲み込んでしまう。凄まじい電撃は前衛後衛の布陣を崩壊させ、そのライフを一気に奪っていった。
「くっ……なんて威力だ……!」
「落ち着いて体勢を立て直せ……! 最初の一撃だけだ!」
数人のプレイヤーがゲームオーバーとなる。しかし、パーティーの要である僧侶は戦士が守り抜いていた。前衛が粘りさえすれば、回復動作に移れるだろう。
また、ガルガンチュアはエネルギーの充電に入り、連続で怪光線を放つことは出来ないようだ。ならばもう、二発目が掃射される前に叩き潰すしかない。
守りは不要。アタッカーで敵の装甲をぶち抜く。それは、格闘家フウリンが最も得意とする戦闘だった。
『行くぞ鉄屑! 心なき貴様に勝利などあると思うナ……! スキル【精神統一】!』
命中精度を上げる【精神統一】に加え、すでにフウリンは【鬼神】のスキルを発動していた。額からは鬼の角を生やし、その体は炎の属性特化によって燃え盛っている。ここまでの戦いで消耗しているものの、彼女はまだまだ戦える様子だ。
すぐに、他のプレイヤーたちがフウリンの支援に動く。僧侶は彼女の回復と強化を優先し、戦闘職のプレイヤーもその身を盾にするつもりだ。
先読みのクロカゲ、鋼鉄のディバイン、巨大碇のハリアー。強者は多々いるが、一対一ならフウリン。そう評価される彼女の一撃は、このパーティー随一のダメージソースだった。
『ピガガ……ターゲット確認。これより近接戦闘モードに移行』
『スキル【鉄山靠】……!』
ガルガンチュアが戦闘形態を変える。その鈍い動作をフウリンが見逃すはずがなく、背中から一気にタックルを放った。
しかし、鋼鉄で作られた機体により、大きなダメージを与えることが出来ない。すぐに敵は両腕を振り回し、フウリンの体にそれを強く叩きつけた。
【鬼神】の効果により、技の威力は上がっているが正確な判断を行うことが出来ない。彼女は防御を行えないまま、ノックバックによって殴り飛ばされてしまった。
『ターゲット撃破。目標を変更』
「フウリンさん……! くっ……スキル【流刀】!」
フウリンの後ろについていたゲッカが代わりに前に出る。彼女は敵の拳をスキルで回避しつつ、その機体に一閃を放つ。しかし、与えたダメージは微々たるものだった。
仕方がなく、今度は防御の態勢に出る。真面なダメージを与えるには、もはやカウンタースキルで威力を返す以外にない。多少の無茶は承知の上だった。
ガルガンチュアから拳による一撃が放たれる。ゲッカはそれを刀の柄によって受け止めた。
『ピピ……ターゲットに命中』
「窮余一策……ダメージを与えない事には勝機もない……! スキル【虎一足】!」
彼女の瞳に花びらが光る。瞬間、刀による一撃がガルガンチュアのボディを切り裂いた。
敵から受けたダメージに上乗せ返すスキルのため、その威力は絶大だ。勿論、装甲の堅さもこの攻撃には全くの無意味だった。
ガルガンチュアの動きが停止する。その瞬間、剣士による剣と、魔導師による魔法が同時に敵を貫いた。ゲッカたちのスピードに、他プレイヤーが追い付いてきたのだ。
前衛後衛の陣形が再び完成し、敵のライフを着実に削っていく。その間、フウリンはヒット&ウェイの戦法を行い。一撃を与えつつも、すぐに退避行動へと移っていった。
こうすることで、彼女が背負う負担を他プレイヤーに分散できる。ダメージソースであるフウリンは極力ダメージを受けてはいけないのだ。
しかし、相手もこの【オレンジナ大陸】のボス。橙の試練を任された機械の王だ。このまま、パターンによってやられるはずがなかった。
『Error……Error……エネルギー掃射モードに移行』
「来る……最初に撃った怪光線が来るぞ……!」
再び、頭部の橙色のライトが光る。同時に、強大な電気エネルギーがそこに集まっていった。
すぐにプレイヤーたちは後方へと退避していく。しかし、ゲッカは気付いていた。この一撃はいくら距離を取っても無駄だという事が……
もう、掃射自体を総攻撃で止めるしかない。そう判断した彼女は剣士と忍者のプレイヤーと共に突っ込む。
「遮二無二、もう無理にでも止めるしかありません! スキル【壁添】!」
「スキル【ダブルスラッシュ】!」
「スキル【風魔手裏剣】……!」
ロボットの巨体を障害物とし、【壁添】の威力を上昇させる。そこに剣士の連撃と忍者の手裏剣が加わり、一気に敵のボディを切りつけた。
が、止まらない。ガルガンチュアは攻撃の姿勢を見せず、ただエネルギーを集める事のみを行っている。もう、こちらの攻撃で停止できる状態ではなかった。
やがて、ロボットの頭部から先ほどよりも強力な怪光線が掃射されていく。
『Fatal error』
「止まらない……! 全員、撤退を……」
当然、その言葉も間に合わない。強力な電撃が夕日の空を走り、時計台ごと全てを焼き払っていく。
ゲッカたち戦闘職は必死にガードし、何とか攻撃を耐えていく。だが、回復が充分でない者や魔法職は次々にゲームオーバーとなっていく。最強ギルドである【漆黑】がこのような事態になるなど、過去に一度もないことだった。
時計の針が制止する。【オレンジナ大陸】は機械によって支配される。
ゲッカは絶望に染まりながらも、刀を杖のようにして立ちあがった。しかし、ガルガンチュアは決して止まることなく、鋼鉄の腕を彼女に向かって振り落す。
もう、手段がない。僧侶がゲームオーバーになったことにより、回復手段を失ってしまった。これで全て終わり……
『ピピ……ターゲットの消去完了』
『勝利を確信したナ……? エネルギーを限界まで掃射するその瞬間、待っていたゾ……!』
だがその時、ゲッカの耳に聞き馴れた声が響く。
ガルガンチュアの前に立つ、鬼の形相をした女性。彼女は拳を振り上げ、動きの鈍っている敵に向かってそれを力の限り叩きつけた。
『スキル【正拳突き】……!』
『ピガ……!』
火炎を纏った拳がモンスターを殴り飛ばす。だが、フウリンはそのノックバックより速く動き、吹き飛ばされた敵を背後から再び殴りつけた。
『スキル【崩拳】……!』
今度はロボットの足を殴りつけ、転倒状態にする。それでも、フウリンの連打は止まらない。
『スキル【疾風脚】……!』
『Error……Error……』
地面に倒したロボットを今度は右足によって蹴り上げる。鋼鉄で作られた巨大ロボットがいとも容易く空へと舞ってしまった。スキル一つ一つの威力が尋常ではない。
フウリンの両拳が激しく燃え上がる。いよいよ、次が止めだった。
『沈め鉄くず……スキル【連続拳】……! ホアチャー!』
両腕によるラッシュが何度も何度も叩きつけられていく。敵に一切の抵抗を許さない怒涛の拳。これがシンプルな連打系スキル【連続拳】だった。
まるで少年漫画さながらのように、フウリンの拳はガルガンチュアを打ち砕く。やがて、最後の右手によるストレートが巨大なロボットを後方へと吹っ飛ばした。
吹っ飛ばした先にあったのは、クレープスの塔最上階にある時計塔。機械と機械が衝突した瞬間、その両方は眩い光を放つ。
「終わった終わっタ。帰ってあんまん食べるヨー」
「は……はい……」
フウリンの【鬼神】が解かれたのと同時に、時計とガルガンチュアは凄まじい大爆発を起こした。
轟音は【オレンジナ大陸】全土に響き渡り、その爆風は周囲の雲を吹き飛ばしていく。ダンジョンの象徴である時計が、ボスとの戦闘によって完全崩壊。このような悲惨な状況を起こしても、フウリンはケロッとしていた。
ゲッカはため息交じりに、回復薬を飲む。やはり、【漆黑】で一番ぶっ飛んでいるのは、自分ではなくフウリンなのだと彼女は再認識した。