193 ネタバレ禁止
今日は月曜日。俺たちは朝からログインし、再びソルフェリノの大穴攻略へと戻る。
結局昨日は、その日のうちにウィスタリアまで行けないと判断し、途中でログアウトすることになった。しかし、ダンジョンの中にテントを開くのは場所が限られるため、別の方法を取る事になる。大穴内部にある魔物の村、クラーレットを探すというものだ。
俺はブレインさんの力によって、一度クラーレットの村に訪れている。そのため、俺のマップにはしっかりとその場所が記されていた。少し卑怯だが、今回ばかりは多めに見てほしい。
モンスター村と呼ばれるクラーレットの村は平和そのものだった。
外の世界の混乱など、この村のモンスターには関係ない。相変わらず、自由な奴らの集まりだな。
まあ、おかげで落ち着いてログインとログアウトが出来たよ。ウィスタリアより、こっちを拠点にするのも良さそうだ。この村はある人のテリトリーでもあって……
「こんにちはレンジさん。先日は色々とありがとうございました」
と、心の中で思っていたら本人が登場する。派手な衣装を身に纏った商人、【ディープガルド】の運営チーフであるブレインさんだ。
あれから、俺たちとPCさんの間で色々あったからな。その情報整理をするために、俺との接触を試みたのだろう。ここに来たのは本当に丁度良かった。
「こんにちはブレインさん。こちらこそありがとうございます。みんな、この人が運営チーフのブレインさんだ」
「へえ、頭自らお出ましかよ。そっちもそれなりに焦ってるってわけか」
失礼なアスールさんがお馴染みの悪態をつく。まあ、運営サイドは敵の計画を黙認し、NPCの生産消去を平気で行ってきた。今更、良いイメージを持つ方がおかしいか。
それに、ブレインさんが焦っているという見解は確かに一理ありそうだ。PCさんが行った最終ゲームは運営が意図していない勝手な行動に他ならない。彼女がシステムを支配し、このゲームを自らの力で動かし始めたのだ。
商人は「やれやれ」といった様子でため息をつき、その表情を僅かに歪ませる。
「焦っていないと言えば嘘になりますね。今まで彼女は水面下で動いていましたが、今回は完全にゲームプログラムを乗っ取られてしまいましたね。もっとも、以前として新しいシステムの生成は出来ないようですが」
「ふむ……よく分からんが不味いぞリュイ……!」
「ええ……僕……!? 知りませんよ!」
いきなり、ルージュに話を振られるリュイ。返答に困ってるようだから止めてあげなさい。
それにしても、確かにルージュの言うようにこれは不味いな。今はまだ、PCさんはゲームとしてこの世界を動かしている。でも、ルルノーさんが作った記憶操作プログラムを組み込めば、この世界は再び半デスゲームへと戻ってしまう。
まあ、幸い今のPCさんでも新しいシステムをプログラミングすることは出来ないようだ。恐らく、今行われている最悪なイベントも元々ゲームに入っていたものだろう。
アイがゲスな形相を浮かべる。そして、ゴミを見るような目で彼に否定的意見をぶつけていく。
「どうやら、貴方は自ら作ったデータに寝首を狩られたようですね。今まで散々実験を行っておきながら、いざ敵が動き出せば容易く主導権を奪われる。VRMMO研究ではトップクラスの能力を持つDr.ブレインともあろう方が、このような醜態をさらして許されるのでしょうか?」
「ははっ、許されるとは思っていませんが、PCさんが僕が作ったデータという事は否定させてもらいましょう」
ブレインさんの口から明かされる真実。他のみんなは驚いているようだけど、俺は既にそこまで辿り着いていた。
PCさんは彼の作ったデータではない。もっと複雑で、奇妙で、そして儚い答えがそこにはある。彼女の正体を突き止め、その心を知る事が俺の目的だった。
ブレインさんは俺たちが最後の戦いに赴くことを知っているのか、自分の知る情報の全てを話そうとする。人にものを頼むのだから、当然そうするだろう。だけど……
「今からあなた方に真実を話します。PCさんの正体なのですが……」
「待ってください」
そんな彼の言葉を俺はさえぎった。
聞けばすぐに終わる。だけどそれはダメだ。ここまで調べたんだから、俺は自分の力で相手に踏み入りたい。
「貴方はこのゲームの運営です。ネタバレはダメですよ」
「なるほど……確かにその通りですね」
ブレインさんはそんな俺の気持ちを分かってくれたようだ。彼とPCさんの間には、複雑な関係性があるのだろう。どのように出会い、どのようにVRMMOの製作に入ったのか。
知りたい事だけど、それは全てが終わった後だ。誰が何と言おうが、この事に関してだけはネタバレ禁止。本当に繊細な問題だからな。
伝えることがなくなったブレインさんは、最後の戦いに臨む俺たちに頭を下げる。彼はこのゲームの運営チーフ、全運営からの言葉をその身に背負っていた。
「これまでの愚行、改めてお詫びをします。そして、これは私からの勝手なお願いですが……どうか、PCさんの暴走を止めていただきたい。当然の事ですが、最終的にもたらされる問題の責任はすべて私が取ります。だからどうか……どうか……」
「もう分かったから頭を上げなさい。その言葉を聞けて私も少しすっきりしたわ」
険しい顔で腕を組んでいたヴィオラさんがそんな言葉を返す。どうやら、今までずっと運営にイライラしていたのは彼女だったようだ。
やっぱり、ここでこの村に訪れたのは正解だった。ゲームプレイヤーだけではなく、運営側との蟠りも徐々に解れていっているように感じる。勿論、完全に許されるには時間が掛かるんだろうけどな。
ヴィオラさんはブレインさんに背を向け、村の外に向かって歩き出す。ぐだぐだ会話をするより、行動で意思を示すという事だろう。
「貴方の願い。確かに聞き届けたわ。絶対にあいつを止めてやる……行くわよみんな!」
「冒険再開か。熱い女は嫌いじゃないぜ?」
男ノランがカッコいいポーズをしながら彼女に続く。まあ、御託を並べる時間があるなら、少しでも敵に近づいた方が有意義か。若干、かっこつけているだけのような感じもするけどな。
俺たちも二人に続き、ブレインさんに背を向ける。これ以上、ここに居座る理由もない。ウィスタリアの街に向けて、再び攻略が再開される。
だが、その時だった。突如、背後から何者かの声が響く。
「今までの事、すいませんでした!」
「ギルド【IRIS】の皆さん、VRMMOの未来を頼みます!」
何人ものプレイヤーから放たれる謝罪と声援。振り返った先には、まったく知らないプレイヤーが俺たちに向かって頭を下げていた。
恐らく、この人たちはゲーム運営のみんなだろう。全員俺よりも年上で、二十代から三十代の若者ばかりだった。このゲーム、こんなに経験の浅そうな人たちで回していたんだな。本当にエリートの集まりだった。
彼らの行動に対して、ブレインさんも驚いている様子だ。一人で謝罪する気だったらしいが、見事に崩されてしまったな。まあ、同じチームってのはそういうものだ。
「負けられませんね」
「ああ、それは最初からだ」
リュイの言葉に対し、俺はそう返す。
プレイヤーだけではなく、運営サイドの意思まで背負うことになってしまったか。本当に重くて重くて仕方がないが、悪い気分じゃない。たとえ何を背負っても、俺はこのゲームを楽しむつもりだった。
どこまで行ってもこれはゲーム。遊びで良いんだよ。楽しんだ奴が最後に勝つんだからな。
俺たちはソルフェリノの大穴を進む。折り返し地点を超えたため、今度は大穴を登る形だ。
底の見えない穴を下るより、地上目指して上る方が遥かにマシだな。まず、高所であるという恐怖がなくなり、モチベーションが全く違う。最初はビビっていたルージュもだいぶ動けるようになっていた。
ここまでの攻略で俺のレベルは52から54へと上がる。流石にここまでレベルが上がると新しいスキルを習得できなくなってくるな。まあ、今さら戦略の幅を広げる事なんて出来ないし別に充分か。
それでも、PCさんとの決戦前には60レベルになっておきたいところだ。本来、【ヴァイオット大陸】の適正レベルは60レベル。俺たちは完全に来ちゃいけないレベルでここまで来ている。
今までゲームオーバーになっていないのは、アイの教えた技術のおかげだろう。ただ、この技術もPCさんには通用するとは思えなかった。
「レンジさん、もはや私があなたに教える技術はありませんが、このような場所でも鍛錬を忘れない事です。大穴を登るこの狭い足場、空中から不意打ちをするコウモリ。全てが能力上昇のための糧になります」
「ああ、分かってる。最後の最後まで慢心はしないし、ずっと高みを目指すつもりだ」
アイの熱血指導は色々あった今でも変わらない。今、俺たち七人で行っている冒険は、正しく以前行ってきたゲームだった。
まずは、PCさんを止める。そのあと俺は……みんなは……何をするんだろうか。何を目指すんだろうか。終わりが近づくにつれて、終わった後の事を考えるようになる。
植物のような平穏な人生はどこに行ったのか。昔の楽しい冒険に戻った今でも、俺は痺れる刺激を求めていた。
ソルフェリノの大穴を登り切り、再びパープル平原へと足を付ける。モンスターの数も増えるが、俺たちは七人いるので敵ではない。ノランのサポート受けて、一気に攻めきるまでだ。
巨大なサイクロプスロードをロボットで殴り倒し、追い打ちで【光子砲】を放つ。敵後方からケットシーが魔法を放つが、リュイがそれを受け止める。そして、魔法にカウンターを与える【袖摺返】で瞬時に斬り返した。
「レンジさん、昨日はログイン時間をずらしてもらってすいませんでした。この世界も大切ですけど、実家の居合道も大切なので」
「いや、時間はあるんだから気にしなくていいよ。っていうか、変わった習い事してるな」
ここで衝撃の真実。リュイの習い事は勉強とかではなく、まさかの居合道だった。
やっぱり、こいつの家は金持ちなのか? どこか俺たち一般人とはズレている習い事だ。居合道なんて、何をする武術なのかも分からない。
最後の最後になって【IRIS】メンバーのリアル事情が見えてくる。思えば、俺は現実のこいつらを全く知らなかった。
そんな俺の意思を感じ取ったのか、突如リュイがおかしなことを言いだす。
「いきなり悪いんですけど。僕の名前は河野隆一です」
「なんだよ。改まって……」
「アイさんとルージュさんから名前を聞いたんでしょう? じゃあ、僕が三番目という事で」
どうやら、リュイは対抗心を見せているようだ。別に、本名明かせば真の仲間とかそんなんじゃないと思うが、あいつにはあいつの拘りがあるのだろう。
そんな俺たちの会話を聞いていたヴィオラさんとノラン。二人はモンスターを倒しつつ、なぜか突然慌てだす。
「わ……私は本名明かさないから! 絶対、明かしませんから!」
「ののの……ノランちゃんはアイドルだから! 匿名希望のネットアイドルだから!」
まあ、ノランは本名ばれたら性別もばれるから、そりゃ明かさないよな。いくら友情を育んでも、多分一生こいつの名前は分からないだろう。
それより気になるのはヴィオラさんだ。別に知る必要はないが、何で慌てるのか全く意味が分からない。
まあ、触れられたくないなら触れないまでだ。ヴィオラさんにも色々あるんだろう。
パープル平原を進み、ようやく目的の街が見えてくる。
漆黒の街ウィスタリア、この【ディープガルド】における最後の街。魔族という種族が住んでおり、その王が統治している。現在は敵のニーズヘッグによって、人間と一触即発状態だ。
たぶん、クロカゲさんとマーリックさんは既にいるんだろうな。この街にあるヴァイナス城こそが、彼らが攻略を目指すダンジョンなのだから。
ヴィオラさんは剣を構え、先陣を切って街へと歩み進める。
「ここに来たのは私も初めてよ。魔族と人間の関係が悪化してるといっても、襲われることはないと思うわ。これはゲーム、街で休めない事なんて考えられないから」
「そこまで悪化していたら情報も入る。現状はまあ、安心できるだろ」
アスールさんの言うように、魔族に襲われたという情報は聞かない。あくまでも現状はゲームの一環という事だ。まあ、攻略失敗したらと思うと恐ろしいけどな。
やがて、俺たちのしかに街の門が見えてくる。その前に立つ二人は正しく魔族といった外見だった。
黒いコウモリの翼に、悪魔のような角。服装は黒を基調とし、どこか高貴な印象を受ける。両方とも男だが、文句なしのイケメンだった。
二人の内の一人がこちらへと近づく。彼は赤い眼でじっと睨み、俺たちをしきりに調べていった。その表情はどこか不満げに感じる。
「不快にさせてすまない。こちらにも事情があるのだ。昔は王も人間を信じていた。だけど最近は……」
ごめんなさい。何か紫の試練のイベントが進みそうだけどスルーします。そっちはクロカゲさんに任せているんで。
門番の長話を華麗にスルーし、ウィスタリアの街に入る。その光景は少し意外なものだった。
漆黒の街と聞いたからおどろおどろしいと思っていたが、意外にも可愛らしい。魔女が住むような小さな家々に、カボチャやドクロの置物や街灯が置かれている。まるでハロウィンのようで、改めてこの【ディープガルド】がデフォルメの世界観だと感じさせた。
街の広場に付いたとき、ヴィオラさんが俺たち全員に言う。どうやら、今日の活動はここまでのようだ。
「さて、今日はここで自由行動よ。結構いい時間になってるし、ギルドでの活動はなしにしましょ」
「ああ、気楽でいい」
自由行動となった途端に、アスールさんは一人で街の奥に消えていってしまう。そう言えば、この人の本名も知らなかったな。
アイの事はショックだったけど、それでもみんなの現実を知りたい。もっと、こいつらとの距離を縮めたい。なんて、流石に強欲な感情だった。