192 大穴を駆け抜けろ!
俺たちは一度ラスカス山でログアウトし、夕方の7時に再びログインする。
今日は日曜日で、昼からはリュイの習い事があった。なので、それが終わる時間までログインをずらしたのだ。
特に問題もなく、攻略自体はテキパキと進む。これから最終大陸である【ヴァイオット大陸】に入るんだ。【オレンジナ大陸】ダンジョン下層に苦戦している場合ではない。
やがて、ガラクタの山は徐々に低くなり、空は少しづつ暗雲に包まれていく。いよいよ、新大陸。現状、【ディープガルド】で最も難易度の高い大陸へと入る。
暗黒の大陸【ヴァイオット大陸】。人間ではなく、魔族が統治するこの大陸は、真っ黒い雲に覆われている。今は【ディープガルド】時刻では日中のはずだが、ライトの魔石で照らす必要があるぐらいだ。
ルージュは口を三角に尖らせ、ヴィオラにこの大陸の現状を聞いていく。
「そ……空が真っ暗だぞ! 魔王に支配されているのか……!」
「ここは元々真っ暗よ。たぶん、魔王も大陸支配なんて考えていないと思うわ。聞いた話だと、あいつの側近が魔族に取り入ってるみたいだけど」
紫の試練、黒竜ニーズヘッグ。昨日PCさんが召喚したばかりだけど、一応設定では彼女の側近という事になっているらしい。そのことから、別試練の召喚獣より実力が高いと予測できる。クロカゲさんとマーリックさんは大丈夫なんだろうか……
ヴィオラさんの話を聞くと、女ノランはあざとい仕草で首を倒す。どうやら、彼女は何か勘違いをしているようだ。
「ノランちゃん分かんない。この大陸って魔族さんが治めてるんじゃないの? 魔王さんは魔族さんの王様なんだよね?」
「違うんだよノラン。PCさんが魔王と名乗ったからごっちゃになったけど、魔族の王と魔王は別で、魔王の存在は魔族たちも知らないんだと思う」
魔王ってのはPCさんが適当に思いついて、勝手に名乗っただけだからな。昨日の流れを振り返ってみる限り、今の混乱に計画性があるとは思えない。【ディープガルド】の神だとか何とか言ってるけど、中身は結構雑な性格だった。
まあ、彼女も焦っているんだろう。元々、あの人は【ダブルブレイン】の力によって現実とゲームの逆転計画を考えていた。自分自身が戦うなど、完全に計画の範囲外というわけだ。
だからこそ、PCさんは表に出ようとしない。あくまでも自分は裏で手を引くラスボス。そう彼女は考えているのだろう。
アイもその事に気づいているのか、さらに詳しく話していく。
「魔王PCは身を隠しつつ、召喚獣ニーズヘッグを魔族の元に送ったんです。そして、ニーズヘッグを動かして魔族王を狂わせ、魔族による反乱を企ててるわけですよ」
「そ……そんなのずるいよ! 魔王さんは全く手を汚してないって事だよね!」
「そうなりますね。本当に卑怯です! 絶対に許せません!」
お前が言うなアイ。絶対にお前だけには言われたくない。
まあ、PCさんが卑怯とかではなく、そういう物語を演じているという可能性が高いか。ラスボスだと思っていたニーズヘッグを倒したら、黒幕が存在しました。ってのはRPGでもよくある事だしな。
「まあ、魔王なんて自称だ。中身は俺たちと同じ人間だよ。ただ、かなり特異な過去を持っているようだけどな……」
PCさんの正体について、俺は自分なりに調査を進めている。まだ不確定だけど、俺の予測が正しければ彼女の過去はあまりにも壮絶だ。俺たちには理解出来ない次元だといっていい。
だけど、俺は絶対に分かり合うつもりだ。何も知らずに、何も考えずに後で後悔するのは気に入らない。全てを知った上で、俺はあの人の行いを否定しなくちゃならなかった。
俺たちは【ヴァイオット大陸】のメインフィールドであるパープル平原を進む。
出てくるモンスターはインプ、ケットシー、ダークスケルトン、グール、サイクロプスロード。死霊モンスターと悪魔が多く、魔法も物理も状態異常もバラバラに使ってくる。流石は最後の大陸と言った感じだ。
目指すのは漆黒の街ウィスタリア。魔族たちの住む暗黒に覆われた街で、今はあまり人間を歓迎していないらしい。
実際に魔族と人間の戦争が始まったわけではないので、追い出されたり殺されたりする事はないはずだ。でも、周囲から白い目で見られるのは気分が悪いかな。まあ、クロカゲさんたちが試練を突破すればそれも変わるだろう。
ゾンビの上位種であるグールの毒は俺が受け、ケットシーの魔法はノランが受けていく。このパーティーの要はやはりバッファー兼、ヒーラーであるノラン。アイも回復魔法が使えるが、やはりVIT(魔法防御)特化の回復量は大きかった。
積極的にモンスターのライフを減らし、アタッカーになっているのはヴィオラさん。今までは俺たちの戦いを見ているだけだった彼女だが、流石に最後の旅は一緒に戦っている。
まあ、俺たちのレベルも追いついてきたし、当然といえば当然か。新しくした風属性の剣も、素早く切り裂く彼女の戦い方と合っていた。
真っ暗い平原はすぐに途切れ、大きな崖に差し掛かる。周囲が暗い事もあり、崖の下は真っ暗で何も見えない。ここが、【ヴァイオット大陸】ソルフェリノの大穴だ。
ルージュとリュイの二人は、口をぽかんと開けて穴の下を覗き込んでいる。当然、手摺なんてあるはずがない。
「す……凄いなリュイ。この穴を下りないと、向こう側に行けないのか……」
「最下層まで降りる必要はありません。ですが、足元に気を付けてくださいね。落ちれば速、ゲームオーバーですよ」
大穴を見ていくと、崖に下へと降りていく歩道が作られていると分かる。当然、そこにも手摺など付いていない。ダンジョンなので当然だ。
足場の広さを見るに、今までのダンジョンで最も狭いダンジョンと言えるだろう。加えて、足を踏み外せば真っ逆さまでゲームオーバー。流石は最終大陸と言ったところか。
「見た目はヤバそうだけど安心して、このダンジョンは最もモンスターの少ないダンジョンでもあるから。試されるのは、冷静に敵を捌ける器量ね」
ヴィオラさんの解説を聞いて安心する。つまり、派手に動かず、正確にモンスターを倒せば問題ないというわけだ。ギンガさんやハリアーさんのようなぶっぱ系プレイヤーが居なくて助かった。
でも、俺のロボットは結構重量級だったか。あと、爆発系のグレネードも使えない。行動を制限されるのは厄介だが、基本はスパナで戦えば問題ないだろう。
大穴の歩道を下り、暗黒の地下へと進んでいく。出てくるモンスターは平原と変わらないが、毎度お馴染みのバット系モンスターが空中から襲い掛かってくる。
でも、弱い。たぶん混乱の状態異常で落下を狙うという運営側の嫌がらせだろう。陰湿な嫌がらせに付き合っていられないので、俺が【状態異常耐性up】で盾になっていく。
ダンジョン自体の難易度は拍子抜けと言った感じだが、底が見えない大穴を下っていくというのは流石に怖い。特にルージュはヴィオラさんにべったりくっ付き、自分を守るので精一杯と言った感じだ。
まあ、幸いモンスターの数は少ない。このまま何事もなければ……
『グギャアアアアア……!』
俺がそう考えている時だった。突如、空からけたたましい叫びが響く。それは、以前聞いたことのある召喚獣の声だった。
声からして相手は巨体。そして、こちらの足場は非常に狭い。もう、嫌な予感しかしなかった。
やがて、白い翼を持ったドラゴンが大穴へと飛び込む。そして、空中で翼を羽ばたかせながら、こちらを鋭い眼光で睨み付けた。
「あれは……」
「PCさんのバハームートですよ……」
アスールさんが銃を構えたので、俺もスパナを銃に持ち替える。まさか、最終大陸に入っていきなりこの歓迎とは……やっぱり、PCさんも余裕がないという事なんだろうか。
バハムートの口に凄まじいエネルギーが集まっていく、以前と違って【攻撃召喚魔法】ではないので威力は劣るだろう。だが、放たれれば当然足場が崩れる。
まあ、要するに逃げろという事だ。
「みんな……! 走るわよ!」
「言われなくても当然走りますよ……!」
ヴィオラさんとリュイの声と共に、俺たちは一斉に走り出す。瞬間、バハムートの口から白い波動が放たれ、先ほどまで歩いていた歩道を一瞬にして消し去ってしまった。
衝撃が背中を襲うが振り向いてはいられない。続く第二打が敵の口内で補充されているのだから。
俺たちはひたすらに地下を目指して走る。眼の前にグールが二体立ち塞がるが当然無視。横を素通りし、武器さえ構えずに戦闘を放棄した。
再び、バハムートの波動が俺たちに向かって放たれる。攻撃は先ほど走っていた通路を崩し、そこにいたグールたちは穴の底へと落ちていってしまう。正直、ああは成りたくないな……
敵は大穴の中央から、周囲の足場を下る俺たちを狙い撃っている。当然、接近攻撃が届くはずがない。詠唱を必要とする魔法も使用が限られるだろう。それに対し、ルージュは文句を言っている。
「く……遠くから狙い撃つなんて卑怯だぞ……!」
「わわわ! まるでアクションゲームだね!」
三発目が後方を崩すが、ノランは何故か楽しそうだった。この状況をゲームとして楽しめるこいつの根性には驚かされる。まあ、俺もわりと楽しんでるかもしれないけどな。
実際、こちらもそこまで焦ってはいない。勿論、それには理由がある。
敵が本気で俺たちをゲームオーバーにしたいなら、先回りして足場を崩せば良いだけの話しだ。しかし、バハムートはそれをしようとはしない。あいつはゲームとして、追いかけっこを楽しんでいるかのようだった。
なら、こっちも考えがある。お前が狙い撃つなら、こっちだって狙い撃つまでだ。
「スキル【スナイプショット】」
「スキル【闇魔法】ダークリス……!」
アスールさんが【スナイプショット】でバハムートを狙撃し、怯んだところをルージュの【闇魔法】が包み込んだ。
彼女は【移動詠唱】を鍛えているため、走りながらでも魔法を放てる。かなりスキルレベルが上がったのか、最近は無理な体制からでも魔法を放てるようになっていた。
俺も走りながら敵に銃撃を加えていく。幸い、バハムートは攻撃を行うのにエネルギーを貯める必要があるようだ。
『グギギィ……』
反撃を受けたバハムートは悔しそうにしながらも距離を取る。やはり、主人から離れたうえでの【自動使役】ではコントロールに限界があるようだ。精密な動作を行うには直接指示を受けることが必須だった。
自棄になったのか、バハムートは巨大な翼を羽ばたかせ、俺たちを吹き飛ばそうと突風を起こす。ギルドメンバー同士で寄り添い、何とかこの場は耐えるしかないな。
「おい、アイ……! 引っ付きすぎだ! ボケてる場合じゃないぞ!」
「吹き飛ばされないようにする手段です」
俺に寄り添い、頬を染めながらにやけるアイ。このピンチな状況で嬉しそうだなおい!
アイと俺でコントをしていると、アスールさんとノランが腕を組みつつ立ち上がる。互いに体を支えて立っているようで、力を合わせて何かをするつもりらしい。
銃士と踊子、異様な組み合わせだが本当に何とかなるのだろうか。見る限り、女ノランは自信満々のようだ。
「ラブラブコンビであんなドラゴンもノックアウトだね!」
「誰がラブラブコンビだ。お前は俺のタイプじゃない」
可憐な少女の誘惑をアスールさんは軽く振り払う。まあ、性別不明のこいつとラブラブになるなんて、恐ろしいというレベルじゃないよな。
しかし、ノランは唇に人差し指を付けて何かを考えると、【防具変更】のスキルによってタキシード姿へと変わる。そして、赤いバラをアスールさんに向かって差し出した。
「悪かったよお嬢ちゃん。男である俺様が、お前の思い人だったな」
「鉛玉ぶち込むぞ」
本気で殺意を向ける銃士。そろそろ、この人のホモ弄りも可愛そうになってきたな。まあ、普段アホなことを言ってるのはアスールさんの方だから自業自得か。
翼を羽ばたかせるのも限界になったのか、バハムートが放つ突風が弱まる。それを見計らい、ノランがダンスによってアスールさんを強化していった。
「いくぜ、アスール。スキル【ボレロ】!」
「ああ、蜂の巣だ。スキル【マシンガン】!」
攻撃力を上昇させる【ボレロ】の熱いステップを受け、全弾掃射の【マシンガン】の威力が底上げされる。アスールさんの放った大量の銃弾は、動きの衰えたバハムートに全弾ヒットしていった。
主人が居ないため、敵もこちらを深追いするつもりはないようだ。竜は舌打ちのような音をたてると、大穴の外へと飛び立っていった。
【ヴァイオット大陸】、ソルフェリノの大穴。いきなりPCさんからの歓迎を受けてしまったが、何とか退くことが出来た。
まだまだ先は長い。俺たちは再び、大穴の底へと歩み進めて行った。