189 未来を頼みます
長い戦いが終わり、俺たちは【グリン大陸】王都ビリジアンに集まる。ベルゼブブによる毒の瘴気はここまで届いていない。【ディープガルド】が混乱する中、この街は比較的安全だった。
【ゴールドラッシュ】ギルド本部であるビリジアン王宮の一室を借り、そこで今後を話し合う会議が始まる。各上位ギルドのギルドマスターだけではなく、俺たちギルド【IRIS】もその会議に参加することになった。
正直、俺はいきなり姿を消した身だから気まずくて仕方がない。ヴィオラさんたちとは全く目を合わせていないし、言葉も交わしていなかった。たぶん、怒ってるんだろうな……
今回の戦いで多数のプレイヤーがゲームオーバーとなっている。しかし、そいつらは無傷でゲームへと復帰していた。
ゲームペナルティは受けたものの、現実世界では完全にノーリスク。記憶操作システムが破壊されたことにより、ようやく普通のゲームに戻ったのだ。
だが、それとは別の問題が起きている。PCさんが【ディープガルド】にもたらした試練は、そのままNPCへの暴力に繋がっていたのだ。
【ゴールドラッシュ】ギルドマスターのディバインさんは険しい顔をし、人魚のビスカさんと話す。
「【グリン大陸】は病気が蔓延。【イエロラ大陸】はオアシスが枯渇。【ブルーリア大陸】は大嵐。【ドレッド大陸】は火山が噴火。【オレンジナ大陸】は機械の暴走。【インディ大陸】は猛吹雪。まったく酷い有様だ」
「それらに加えて【ヴァイオット大陸】では魔族が不穏な動きを見せています。どこもかしこも大混乱で、私たちNPCには大迷惑ですよ……」
ビスカさんにも家族がいる。人魚の街セレスティアルに戻ると言っていたが、流石に俺たちで止めた。
確かにいつ毒の瘴気が広がるか分からないこの街も危険だが、海竜が暴れるセレスティアルよりはマシだ。彼女には悪いが、身の安全を図るためにもここにいてもらう。
俺たち【IRIS】や【ゴールドラッシュ】だけではなく、最強ギルドの【漆黑】も大慌てな様子。侍のゲッカさんが、ギルドマスターのクロカゲさんに報告を行う。
「薬石無効、死者が多数報告されています。ですが、これも以前から繰り返されてきたごく自然のイベント。変わったのはゲームではなく、私たちの認識でしょう」
「ま、割り切るしかないって事だネ。それこそ、現実世界その物の思想を変えないと、何も解決しないヨ」
このようなミッションはRPGなら頻繁にある事だ。だけど、NPCが生きているという事実が発覚して、それに対する認識が変わった。以前も思ったが、もう普通の感覚でゲームを行うことは出来ないだろう。
俺たちがスマルトで戦っていた間に、【7net】のヒスイさんを中心とする生産職も動いていた。彼らはそのプレイヤーとしてのスキルを使用し、NPCの救済へと動いていた。
「NPCに事実を伝えたのは大正解だったわ。わいらも協力して被害を最小限に抑えとる。窮鼠猫を噛む。戦闘に参加しとらん生産職が、なんもせんとボケボケしとるわけにもいかんやろ」
視線を後ろに移すと何人もの錬金術師が、NPCの看病を行っている。【ゴールドラッシュ】のギルド本部に病人を集め、生産職たちが活動を行っているのだ。
【グリン大陸】は毒の瘴気が蔓延し、エルブの村、レネットの村、スプラウトの村に甚大な被害が出ている。草木も弱り、本当にダンジョン攻略を急がないと全て滅ぼされてしまうぞ。
解決する方法は一つ。PCさんの与えた試練を突破することだ。
どの道、全て攻略しなければ彼女との最終決算を行う事も出来ない。しかし、ダンジョン攻略に参加したプレイヤーが参戦できないのは厄介だった。
これは話し合いが必要だ。誰がどのダンジョンに行くのか、誰がPCさんと戦うのか。人選ミスは許されない。
「PCさんに挑めるのは七人。やっぱり、最強のメンバーを抜擢すべきですね」
「そうね。とりあえず、クロカゲとディバインは確定で……」
ヴィオラさんがそう言いかけた時だった。突然、クロカゲさんが席を立ち、俺たちに背を向けた。
「あ、俺はゲームをしたいから協力しないヨ。【ヴァイオット大陸】のヴァイナス城で、魔王の側近とやらを討伐するかラ。【漆黑】のメンバーもそっちに流さないヨ」
「ちょっと! 現状最強の貴方がなに勝手なこと言ってるの!」
まるで以前のクロカゲさんに戻ったかのように、冷たい表情でゲームを優先する。PCさんを倒すという目的に協力する様子は全くなかった。
急にこんなことを言いだす理由が分からないが、これで紫の試練はクロカゲさんと【漆黑】メンバーが引き受けると決定する。だが、最強ギルドである【漆黑】にはまだ余裕があった。
幹部であるゲッカさんとフウリンさんは別の試練に挑むようだ。
「クロカゲさんがリーダーならば、そちらは安心ですね。意気軒昂、私はフウリンさんと共に【オレンジナ大陸】、クレープスの塔に挑戦します。テラコッタの住民は私たちの協力者ですから、機械の進軍から守る必要があります」
「アイヤー! 私たち人間は機械なんかに負けないヨ! 暴動は人間側の勝利確定ネ」
これでこの二人も最終戦に参加しない事になる。【漆黑】のメンバーたちはこの場を後にし、二チームに分かれてダンジョン攻略へと向かっていった。
最強ギルドが参戦しないのは予想外だったな。そうなると、現状二位である【ゴールドラッシュ】に頼る必要がある。
しかし、そんな俺の考えに反し、ディバインさんは冷たい態度で俺たちに背を向けた。
「私は自分の城を守るのみだ。お前たちの戦いなどには協力せず、【グリン大陸】世界樹フォーリッジにて悪魔退治を行う事にしよう。それが、世話になった王を救うことにもなる。行くぞ、テイル」
「ええ! たかだか蝿などに、私たち【ゴールドラッシュ】が屈するはずがありませんわ!」
テイルさんと大勢のメンバーを連れ、彼は部屋を後にする。なにか、考えがあるんだろうか。ガタブツで生真面目だが、俺たちには協力してくれると思ったんだけどな。
ギルドランキング一位と二位からの協力が得られないため、当然話しは三位である【エンタープライズ】へと向かう。しかし、ギルドマスターのハリアーさんは鋭い眼光で、俺たちを睨み付けた。
「私の縄張りである海が、魚風情に荒らされるのは気に入らんな。【ブルーリア大陸】のデレクタブル海底遺跡に行き、嵐の根源を叩き潰すのみ。大海での【エンタープライズ】は最強だと教えてやる。アパッチ、すぐに準備だ!」
「アイアイサー! 気合い充分っすか、ハリアーさんマジぱねえっすね!」
ニヤニヤ笑いながら、アパッチさんもそれに協力する。
当然、他の【エンタープライズ】メンバーも力を貸してくれる様子はない。全員ハリアーさんの後に続き、縄張りである【ブルーリア大陸】へと戻っていった。
いよいよ、残りメンバーが怪しくなってきたとき、最強のゲームプレイヤーと呼ばれるヴィルさんが話を持ち出す。自分も決戦には参加しないという意思表示だった。
「僕はもう【エンタープライズ】を抜けたし、役割は熟したから協力はしないよ。まあ、中堅ギルドでも集めて、適当にゲームを楽しもうかな。【インディ大陸】あたりならレべリングにも最適だしね」
「ヴィルさん、俺も行くっすよ! 丁度、ラピスラズリ神殿に氷の化け物が現れたらしいぜ」
「ふーん、面白そうじゃない。魔女の操る化物を私たちの手でボコボコにするわよ!」
ヴィルさんにハクシャ、イシュラ、シュトラ。ヴィルパーティーはようやく全員集合し、また四人での攻略に戻るようだ。出来れば、ヴィルさんだけはこっちに協力してほしかったんだけどな。
誰も協力してくれない。上位プレイヤーたちは全員、最終決戦ではなく他のダンジョンへと行ってしまう。まるで、俺たちを避けているかのようだった。
疑問を感じたとき、呆れた様子でヒスイさんが言葉をこぼす。
「みんな、ほんまに不器用やなー。PCやんが七人って指定した理由、みんな分かっとるよ」
「素直じゃないっすね。本当は協力したいはずなんっすけど」
そんな彼と同じく、機械技師のイリアスさんも呆れ気味だ。しかし、二人とも微笑ましいものを見るような目をしている。ようやく、俺もみんなの優しさに気づいたよ。
アスールさんは無言で腕を組み、ルージュは胸を抑えて心を落ち着かせようとしている。リュイは覚悟した様子で刀を磨き、ノランは何故かおめかしに夢中だ。
ヴィオラさんとアイが俺の方を見る。ああ、分かってるさ。ここからは俺たちの戦いって事か……
「貴方たちも分かっているはずです。PCさんは、ギルド【IRIS】の七人を指定したんです」
ミミさんの言うとおりだ。初めから、七人という中途半端な人数を指定する理由が分からなかった。その答えは遠まわしに、ギルド【IRIS】で挑戦するように促していたのだ。
ミミさんはポケットから何かを取り出すと、それを持ってイシュラの方へと向かう。そして、彼女にそのアイテムを手渡した。
「イシュラさん、これを受け取ってください」
ミミさんが渡したのは何かの欠片。原型がなくて、いったいどういった物かも分からなかった。
イシュラはそれをまじまじと見つめ、不思議そうな顔をする。
「これは……」
「ロストしたコボルトハンマーの欠片です。現状、これを復元する方法はありませんし、それによって貴方の大切なものが戻る保証はありません。しかし、ここには可能性があります」
たぶん、イシュラにとって大切なものだろう。あいつは眼に涙を浮かべながら、それを力強く握りしめた。
あいつのあんな顔、初めて見たよ。震えた声で、イシュラは疑問をこぼした。
「あんた、あの緊急事態でずっとこれを探してたの……?」
「私は自分の興味のない事は何をやってもダメです。ですが、興味のある事は何でもできる自信があります」
ミミさんの天才たる所以。それは好きなことに対する集中力だ。
本気を出せさえすれば、何でもそつなくこなせるのだろう。例えそれが、彼女の苦手なダンジョン攻略であったとしてもだ。
ヒスイさんが席を立ち、イリアスさんがミミさんの手を握る。この三人もダンジョン攻略に協力するつもりらしい。
「わいらは生産職やけども、【7net】と【ROCO】とで協力して【イエロラ大陸】ガンボージ遺跡を攻略してみせたる。それがわいら最後の根性や!」
「私も頑張るっすよ! 砂漠に水がなくなったら、みんな凄く困るっす。古代の王とかよく分からないっすけど、今の人間を苦しめる権利はないっす!」
ミミさんとヒスイさんは戦闘は苦手だが、レベルだけは高い。百四十人で攻略するこの戦いに参加できる力は持っていた。
六つの試練にどのメンバーが挑戦するか決まる。これで残るは赤の試練のみだ。
これがPCさんが望んでいた総力戦。戦闘職や魔法職だけではなく、生産職やNPCも協力して最後の戦いへと挑んでいく。どこか一ヶ所で失敗すれば全てがお終いだ。
ミミさんは麦わら帽子を外し、俺たちに向かって丁寧に頭を下げる。まるで、全てのプレイヤーやNPCを代表してるかのようだった。
「【IRIS】の皆さん。【ディープガルド】を……NPCの未来を頼みます」
「ええ、任せておいて!」
そんなミミさんに対し、ヴィオラさんは自信満々に笑って見せる。まあ、本当はプレッシャー感じてるんだろうけどな。
まさか、このギルド【IRIS】でラスボスとの決戦になるとは思わなかった。しかも、他のギルドは空気を呼んで、俺たちに託しているという状況だ。
そう言えば、スマルトの戦いが終わってすぐにここに来たから、互いの情報交換を全くしていなかったな。ぶっちゃけ気まずくて仕方がない。
アイについての話しもしなくちゃな。あいつの裏切りをなかったことにしないといけないし、どうやって誤魔化そうか……
いよいよ最終決戦だというのに、俺は逃げ道ばかり考えている。
こんな事でギルド【IRIS】の絆を証明できるのだろうか……