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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目~五十日目 ソルフェリノの大穴
189/208

188 七色の試練

 一度技を放った召喚獣はすぐにその場から消える。それが【攻撃召喚魔法】の効果だ。

 巨大なドラゴン、バハムートは姿を消すが、あいつのもたらした被害は深刻なものだった。天井が全て消し飛び、赤い夕陽が地下に差し込める。正直、なぜ俺がライフギリギリで生き残っているのか分からない。

 ノランの【ポルカ】だけでは、これほどの攻撃を防げないだろう。だが、俺は生きている。重い体を奮い立たせ、なんとかその場から立ち上がっていた。

 周囲を見ると、アイやイシュラも無事な様子だ。上位プレイヤーのクロカゲさんやディバインさんも、それぞれの策で生き残っていた。


「お前ら、大丈夫か……!」

「うん、大丈夫……この人たちが守ってくれたから……」


 ノランの声を聞き、俺は前を見る。すると、そこには顔も知らないプレイヤーが何人も立ち塞がっていた。

 みんな、俺たちを守るように両腕を広げ、敵の魔法を妨げていたらしい。恐らく、ここに残ったプレイヤー以外は、そのままゲームオーバーになってしまったのだろう。

 訳が分からない……何で俺たちを守る? この人たちに何の義理がある? 敵の攻撃を受ければ痛いだろう。ゲームオーバーになれば失う物もあるだろう。

 なのになぜ、こんな事をしたんだ……


「何で……初対面の俺を……」

「お前が俺を知らなくても……俺はお前を知っているんだよ……」


 戦士ナイトのプレイヤーが言う。続いて、盗賊シーフ使役士テイマーのプレイヤーがその言葉に付け加えた。


「お前はゲームオーバーになっちゃダメだ。守れなければ俺たちの恥だからな」

「私たちだってバカじゃない。誰を守るべきかはちゃんと理解しているつもりよ」


 俺は戦った。戦って戦って、結果も出したつもりだ。

 今まだ積み上げてきた俺の全ては無駄ではなかった。誠意をもって向き合えば、周りも応えてくれる。俺を評価し、俺を生かすべきと判断して、この人たちはこの行為に及んだんだ。


 ああ、ようやく分かったよヌンデルさん。これが貴方の求めていたものなんですね。

 最強の力で無双してもただ強いだけ、世界を滅ぼせても手に入れることは出来ない。人と人との繋がりは噛み合う歯車、誰か一人の力で世界を動かす事なんて出来ないんだ。

 これが、最高のエンターテイーメント。最高のVRMMORPG。

 自分のせいだとか、自己犠牲だとか、ずっと俺はそんな感情で動いていた。だけど、それはやっぱりこの人たちにとって失礼だな。ゲームをするからには、絶対に勝たないと……


「少年よ! 迷ったのならば星を見ろ!」


 俺たちのいる地下を見下ろす影が一人、その人は太陽の日をバックに叫びを上げた。

 バハムートによって地下の天井が崩壊し、一階とこの場所は繋がっている。だからこそ彼、ギンガさんは俺たちの頭上に立っていた。本当に高い場所が好きな人だな。


「貴様はこの世界の全てを巻き込み、かき乱していった。だが、それに対して罪悪感を抱く必要などない! そうだ、貴様は【ディープガルド】という銀河の中心! 数々の星を己が力として吸収する超大質量ブラックホールと言えよう!」

「何ですかこの人は……全く言っている意味が分かりません……」


 そんな彼の登場に、PCさんは唖然としている。真面目で几帳面な彼女は、この頭のおかしい存在を全く理解出来なかったのだろう。

 だが、俺にはギンガさんの言いたいことが分かる。始まりの街エピナールで言われたこと、歯車の街テラコッタ言われたこと、ようやくその全てが噛み合った。


「星を……みんなを力に変える……」


 星は人、銀河は世界。星は……人は何故輝くのか?

 それは俺たちの進むべき道を示しているから。迷ったら人に習い、頼れば良い。


 そうだ……俺が見るべき星はこんなにもたくさん……


 アイが俺の手を握る。彼女は自分がすべきことを理解し、戦うべき敵を見据えているようだった。


「絶対、絶対大丈夫です。レンジさん、私を信じてください」

「ああ、一度信じたんだ。最後まで信じ抜くよ」


 散々騙しておいて今さら信じてくれとは都合の良い奴だ。まあ、俺も今回だけは味方になれって都合の良いことを言ったからお互い様だな。

 俺とアイが敵と向かい合ったのと同時に、今まで床に伏せていたプレイヤーも次々に立ち上がる。思っていたよりも、ゲームオーバーになったプレイヤーは少ない様子。まだまだ、戦力は充分に残っていた。

 そんなプレイヤーたちの根性を見たPCさんは、瞳を閉じて何かを考える。彼女からは人間を見下す傲慢な神という印象は全く感じられなかった。


「半分も減りませんでしたか。やはり立つのですね。人間というものは……」


 敵のINT(魔法攻撃力)は凄まじい。だけど、MPは有限のはずだ。

 薬で回復される前に大人数で攻めきれば勝機はある。例え何人ゲームオーバーになろうと、例え体が傷つこうと、攻めて攻めて攻め続ければいつか亀裂が生じるはずだ。


 全員一斉に武器を構える。泣いても笑ってもこれが最後、いよいよ最後の衝突だ。

 しかし、そう思った時だった。突然PCさんが両手を収め、戦闘の意思を無くしてしまう。いったい何を考えているのか、不気味で仕方なかった。

 彼女は俺たち全員にある提案を出す。それはゲームマスターである彼女らしい提案だった。


「このまま大人数で総力戦というのは、少々見栄えが悪いでしょう。各人、各々に見せ場を与えてこそ、最終決戦に相応しいといえます。ですから、ここは原点であるゲームで決着をつけましょう」

「ゲームだと……?」


 ハリアーさんの疑問対し、PCさんは行動で示していく。どうやら、戦闘の意思はないようだ。

 彼女が右手を開くと、そこに赤く透き通ったクリスタルが生まれる。これによって、新たなゲームが始まろうとしていた。


「【ドレッド大陸】、バーミリオン火山に一匹の怪鳥が降り立つ。彼女の魔力は火山を噴火させ、灼熱のマグマは周囲の街へと被害をもたらしていく……スキル【従族召喚魔法】フェニックス」


 やがて、赤いクリスタルは光を放ち、炎を纏った美しい怪鳥へと姿を変える。フェニックスと呼ばれた召喚獣は翼を羽ばたかせ、大空へと飛び去っていった。方向から見て、【ドレッド大陸】へと向かっているのだろう。

 困惑する俺たちを尻目に、PCさんは再び右手を開く。そこには橙色のクリスタルが輝いていた。


「【オレンジナ大陸】、クレープスの塔最上階に悪しき技術者がいた。彼は世界を手中に収めるため、機械仕掛けの兵器を作り出す。今、機械による反乱が大陸を飲み込もうとしていた……スキル【従族召喚魔法】ガルガンチュア」


 橙色のクリスタルは蒸気を吹き上げる巨大ロボットに姿を変える。ガルガンチュアと呼ばれたロボットはジェットを吹き上げ、【オレンジナ大陸】の方向へと飛び去っていった。

 ようやく、何をしようとしているのか理解する。続いて、彼女の右手には黄色いクリスタル、左手には緑色のクリスタルが握られた。


「【イエロラ大陸】、幻影沙漠の奥に立つガンボージ遺跡。王家の墓が盗賊によって暴かれ、邪悪な瘴気が渇きを与えていく。涸れたオアシスに潤いを戻すため、王の怒りを収める戦いが始まる……【グリン大陸】、妖精たちの守るオリーブの森。その奥に立つ世界樹フォーリッジに悪魔が現れる。彼によって、緑豊かな【グリン大陸】に毒の瘴気が満ちていく……スキル【従族召喚魔法】スフィンクス。スキル【従族召喚魔法】ベルゼブブ」


 二色のクリスタルは召喚獣へと姿を変える。人の顔をしたライオンのスフィンクスと、醜い蝿のモンスターのベルゼブブ。二体のモンスターは地下から飛び立ち、それぞれ任された大陸へと向かっていった。

 一つの大陸に一体の召喚獣。それらは最難関ダンジョンの奥へと鎮座し、俺たちプレイヤーを待ち受けているというわけだ。

 どうやらPCさんは自分の力を分散させるつもりらしい。彼女の両手には青と藍色のクリスタルが握られる。


「【ブルーリア大陸】、フィルン海溝の奥、デレクタブル海底遺跡に海の魔物が現れる。その存在によって、穏やかな海は止まない嵐に覆われた。船は波に浚われ、人魚たちの住処は荒れ果ててしまう……【インディ大陸】、最果ての地に立つラピスラズリ神殿に氷の魔女が現れる。彼女は巨大な氷の魔物を操り、その力は大陸から熱を奪っていった。人々は寒さに震え、ただこの時を耐え忍ぶ……スキル【従族召喚魔法】リヴァイアサン。スキル【従族召喚魔法】ベヒーモス」


 水を纏った海竜リヴァイアサンに、氷を纏った猛獣ベヒーモス。クリスタルから生まれた二体は地下から跳びだし、大地をかけていった。そして、PCさんの手に最後のクリスタルが握られる。


「【ヴァイオット大陸】、ヴァイナス城に住まう魔族の王に悪しき竜が取り入る。竜は王を暗黒に導き、世界の全てを戦火に飲み込もうと目論む。この竜こそが、神たる魔王の側近と言える存在だった……スキル【従族召喚魔法】ニーズヘッグ」


 紫のクリスタルは邪悪なドラゴン、ニーズヘッグへと姿を変える。そして、最後の大陸である【ヴァイオット大陸】へと翼を羽ばたかせていった。

 これで召喚獣は七体。やはり、【ディープガルド】の大陸数と同じだ。

 今から行われるのは、正統派RPGによるゲーム。PCさんはこの展開への演出を行っていたのだ。


「赤の試練、橙の試練、黄の試練、緑の試練、青の試練、藍の試練、紫の試練。それぞれのレイド攻略への挑戦人数は二十人。ただし、他の試練への掛け持ちは出来ません」


 つまり、プレイヤーはどの試練に挑戦するかを選ばなければならない。ボスとの戦闘時だけ強いプレイヤーを呼ぶという行為は出来ないというわけだ。

 要するに、無双禁止ということだろう。七つの試練にそれぞれ強いプレイヤーがいなければ意味がない。プレイヤー全員で協力しなければ攻略不可能なように出来ていた。

 しかし、これは単純なようで難しい。七つのダンジョンにそれぞれ二十人必要なら、多くのプレイヤーが必要となる。ミミさんはそれを必死に計算する。


「すべて攻略するには最低でも……えっと……二十……四十……」

「百四十人だ」

「そうですね。百四十人のプレイヤーが必要です。キリッ」


 ディバインさんに先に言われるが、彼女はめげない。既に知っていたかのような表情をしている。

 アホのミミさんは放っておき、ヴィルさんやクロカゲさんはこのゲームに対して真剣に考察していく。どちらも用意されたゲームに臨むつもりらしい。


「これはまた……凄い規模のミッションだね。一つ二つのギルドじゃとても攻略できないよ」

「でも、戦力を分けてくれたのは助かるナ。こっちもやりたいのはゲームだしネ」


 誰も、PCさんに攻撃をしようとはしなかった。ゲームで勝負をするというのなら、こちらも受けて立つ。恐らく、ここにいる全員がそう考えているのだろう。

 確かにここで総力戦を行えば、勝敗は決しても見栄えは最悪だ。誰がどのように活躍したのかも分からないし、それをゲームと呼ぶのには無理がある。

 だから、PCさんは最高の舞台を作ったんだ。自らを【ディープガルド】の魔王と仕立てあげ、最終決戦に相応しい展開に動かしたのだ。


「さて、この衣装では流石に地味ですね。世界を混沌に導く魔王として、君臨するに相応しい身なりでなければなりません」


 彼女の体が宙に浮く。そして、その服装は宝石があしらわれた召喚術士サモナーのものへと変わっていった。黒と白を基調にしたデザインはゴシックロリータというものを意識しているかもしれない。

 だいたい概要は分かったが、一つ引っかかる事があった。今の七つの試練の中にPCさん本人との戦いは含まれていない。試練をすべてクリアしたところで、こちらに何のメリットがあるのか。それを彼女は説明していく。


「七つの試練を終えたとき、【ヴァイオット大陸】魔王の居城であるモーヴェットの塔が開かれます。しかし、魔王に挑戦できる人数は七人とさせてもらいます。勿論、他の試練との掛け持ちは出来ません。新たな七人で構成してください」


 なるほど、これでPCさんとの決着のつけ方は分かったが、挑戦人数が少々謎だ。七人というのはレイドバトルにならないし、中途半端なようにも感じられる。意味があってこの数にしたのだろうか。

 まあ、何人で挑戦であろうと、そういうゲームならこっちも受けて立つまでだ。最強の七人を選んで、その上で絶対に勝たせてもらう。それが俺の意思だった。


 PCさんは浮遊を続けると、天空へと飛び立とうとする。しかし、俺はこれで話しを終えるつもりはない。魔王を語る心意を知るためにも、俺は彼女を呼び止めた。


「待ってください! PCさん、貴方は人間に絶望してはいません。僕にはそう感じるんです」

「ええ、私が絶望しているのは神の存在。むしろ人を救いたいと願っています」


 救う……か……現実を消して、ゲーム世界で新たな生を受けることが、彼女の言う救いなのだろう。

 女性は悲しい瞳をしつつ、俺の方を見る。目と目を合わせ、ようやくまともに対話出来たような気がするな。


「現実の世界は理不尽で、救いがなく、命が奪われます。私はそんな醜い世界から、人々を助けたいんですよ。誰も絶望しない……誰も悲しまない世界を私が作るのです」


 この人は神に、世界に絶望しているんだ。理由は分からないけど、彼女は現実世界に対して憎しみを持っている。俺はそう確信した。

 だからこそ、この場から消えようとする彼女にはっきりとその事を伝える。その反応から、真実を確かめるんだ。


「そうですか……PCさん、貴方は現実に絶望したんですね」

「……待っていますよ。レンジさん」


 何も言い返さず、PCさんは姿を消す。この人は逃げた。図星を言われて戸惑ったんだ。

 思わず笑みがこぼれる。ようやく俺はラスボスの心に踏み入ったのだから。

 そんな俺の表情を見ると、アイも同じように笑みを零す。俺が真実を掴んだことに気づいたみたいだな。


「レンジさん、なにか分かりましたか」

「ああ、あの人……人間だ」


 それは推測でも憶測でもない。

 確信だ。

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