186 完結する物語
ある物語が終わろうとしていた。
一人の英雄の物語だ。
「はぁあああああ!」
「でやあああああ……!」
スマルト王宮の地下にて、二人の剣士が剣を交える。
一人は【IRIS】のギルドマスターヴィオラ、もう一人は【ダブルブレイン】の英雄エルド。両方は一歩も譲らない攻防を続けていた。
エルドの体は大半が消滅し、とても戦闘を行える状態ではない。しかし、彼は剣を振るい続けている。動きの衰えは僅かで、むしろヴィオラを押しているぐらいだ。
「スキル【スラッシュ】……!」
「スキル【スラッシュ】!」
互いに前方を切り割くスキルを発動する。両方の剣は弾かれ、攻撃は相殺。しかし、どちらもスピード特化の軽剣士のため、すぐに次のスキルへと攻撃が繋がっていく。
「スキル【チャージ】……!」
「スキル【チャージ】!」
またも同じスキル。今度は刃によって前方を吹っ飛ばすノックバックスキルだ。
剣は再び衝突し、先程よりも強い衝撃が二人を襲う。ノックバック効果により、両方は後ろへと弾かれた。
だが、それでも剣士たちは止まらない。二人は剣を振りかぶりつつ、目の前の敵に向かって走る。
「スキル【ブレイクバッシュ】……!」
「スキル【ブレイクバッシュ】!」
周囲を地面ごと叩き払う【ブレイクバッシュ】。高レベルの剣士が修得するスキルで、威力も範囲も【バッシュ】の上位版だ。
だが、またも攻撃が相殺した事により、衝撃は二人以外の周囲を吹き飛ばす。どちらのスキルも鍛えられており、反動は地下の壁や床を深くえぐっていった。
大技を放ってもエルドは止まらない。彼は剣を振るい、ヴィオラのクリティカルポイントを狙う。
だが、そんな攻撃を彼女は何度もジャストガードしていく。攻撃は防げるが、相手も隙を見せる様子はない。こちらから攻め落とすことも出来なかった。
だからこそ、二人は剣を交え続ける。永遠かと思われるような攻防が、唯々繰り返される。長期戦で不利になるのはエルドの方だが、それでも彼は笑顔を見せた。
「セレスティアルでヌンデルがお前を逃がした理由……ようやく理解したぞ……!」
エルドは強い。だが、ヴィオラも強い。
だからこそ、互いに攻めきれなかった。ただ相殺とジャストガードが繰り返され、戦いは間延びしていく。そして、時間がすぎれば過ぎるほど、エルドの身体は崩壊していった。
計画が破綻しようとも、彼は決して諦めを見せない。ただの子供とは思えないような芯の通った精神。それは決して折れることなく立ち続けている。
ヴィオラに疑問が浮かぶ。なぜ、自分の邪魔をするであろうレンジを呼んだのか。なぜ、こうまでして叶えたかった夢を自ら破綻させたのか。
「何で貴方はレンジを呼んだの! 私には! そんな貴方の行動に意味があるとしか思えないの!」
「俺は……俺は迷っていた……! 本当に現実を消していいのか……今の今まで迷っていた……!」
エルドは英雄以前に人間だった。異常な狂気を見せた他の【ダブルブレイン】と比べても、彼は比較的正常だったのだ。
だからこそ、この男は英雄になれたのだろう。現実に絶望したゲームプレイヤーが【ダブルブレイン】と思われていたが、彼はまだ希望を捨てていなかったのだ。
エルドは問う。目の前の宿敵に向かって……
「お前は……ゲームが好きか……!」
「ええ、好きよ!」
剣を交え、ライフと再生力を削り合いながら交わされる言葉。それは二人の間に繋がった好敵手同士の絆だった。
両方ともが生粋のゲーマー。だからこそ分かりあい、通じ合える。
「そうか……俺もゲームが好きだ……! 好きで好きで堪らないほど好きだ……!」
剣の技術はエルドの方が上だ。体が消滅しようとも、彼はヴィオラのライフを確実に削っていく。これで死にかけだというのだから堪ったものではない。
だが、ヴィオラもダメージを最小限に抑えている。ただ防戦一方というわけでもなく、かす当たりながらもエルドの再生力を削っていた。彼女の意思も本物だろう。
だからこそ、英雄は質問に答える。強者に対する敬意としての言葉だ。
「だから、ゲームで決めることにした……! 俺とは逆の思想を持ったレンジを呼び……! あいつが何もしなければ俺の勝ち……! 負けて記憶を失っても俺の勝ち……! だが……もし、あいつが俺を止めることが出来たのなら……」
エルドの剣がヴィオラの頭部を狙う。しかし彼女はそれを受け止めた。
「それはあいつの思想が正しかったという事だ……!」
「バカね……貴方は本当にバカゲーマーよ!」
善悪の全てをゲームで決める。根は普通の人間だが、やはりエルドも異常だった。
彼はただ楽しそうに剣を振るい続ける。今まで培ってきたゲームスキル。最強のゲームプレイヤーと呼ばれた自らの全てをぶつけているかのようだ。
「楽しい……あー楽しいなァ……! 俺は今最高の気分だ……! スキル【ジャンプ】……!」
天井の低い地下で、エルドは幅跳びのように【ジャンプ】する。そんな彼に対し、ヴィオラは自分が最も得意とする【バックステップ】のスキルによって一歩後ろに退いた。
エルドの剣が空中から振り落される。しかし、それは後方退避したヴィオラの目の前に突き立てられた。急な【ジャンプ】による強襲も、彼女はしっかりと見きっている様子だ。
隙の出来たエルドに向かって、女剣士は着実に斬撃を加えていく。放ったのは前方を二回切り割く高威力のスキル。やはり、速攻勝負なら彼女の右に出る者はいなかった。
「スキル【ダブルスラッシュ】!」
「ただ、楽しくて楽しくて仕方がない……! ああそうだ……! ゲームとはこういうものだった……! これが俺の求めていた境地……! スキル【風魔法】ウインディジョン……!」
攻撃を僅かに逸らしつつ、エルドは【風魔法】を放っていく。暴風の直撃を受け、ヴィオラはその場から吹き飛ばされてしまった。
また、エルド自身も追い風に乗って加速を試みる。ここから大技が放たれるのは確実だった。
「俺は自由に……! 世界を遊びつくす……! スキル【ダッシュ】……! そして【ジャンプ】……!」
【風魔法】で追い風を吹かせ、【ダッシュ】で加速し、【ジャンプ】で大幅飛びをする。そして、その最後に放たれるスキルは、彼が最も得意とする攻撃スキルだ。
「ゲームは……俺の全てだ……! スキル【エリアルバッシュ】……!」
風を纏った剣士は低空から落下しつつ、ヴィオラに剣を振り落とす。全ての加速がこのスキルに繋がり、威力は最大まで底上げされていた。
【エリアルバッシュ】は【エリアル】の広範囲版。本来は頭上を叩き切るスキルだが、空中で逆さまになれば地上にそれが放たれる。
エルドの十八番とも言える技に対し、ヴィオラが見せるのもまた十八番。どちらも、自分の得意スキルで決めに出る。
「さあ……! 俺のラストゲームを散らせ……! ヴィオラァァァ……!」
「じゃあ、人生の先輩として一言……」
声を荒げるエルドに対し、ヴィオラは優しく語る。
彼女がずっと溜め込んでいた一言。何気ないが真理とも言える言葉。
それが、一筋の剣と共に放たれる。
「人生はゲームが全てじゃないわ。スキル【アサルトブロウ】!」
それは、エルドの言葉全てを否定するものだった。
ヴィオラが放ったスキルは、強襲スキルの【アサルトブロウ】。その効果により、彼女はこちらに迫るエルドに自ら飛び込んだ。
【風魔法】の向かい風などものともせず、女剣士は頭上の敵を叩き切る。強襲効果もあり、彼女のほうがエルドよりも速かったのだ。
「っ……! まァァァだだあああァァァ……!」
しかし、致命的な一撃を受けつつも、英雄は【エリアルバッシュ】を放つ。ヴィオラはガードが間に合わず、地上を叩き切る剣を右肩から食らってしまった。
ライフはレッドラインとなり、数字にすれば残り一桁だろう。あと一撃でゲームオーバーという状態に加え、エルドはまだ剣を握っている。絶体絶命だ。
着地した彼は再び剣を振りかぶる。狙うのはヴィオラの首一つ。たとえ刺し違えてでも、この決闘だけは勝利するつもりだ。
女剣士は防御に入るが間に合わない。エルド剣が彼女に迫る……
しかし、その瞬間。
彼の腕を含む右上半身が光となって消滅してしまった。
ついに限界が訪れたのだ。当然、右手に掴んでいた剣もそのまま落下するが……
「うおおおォォォ……!」
それをエルドの左手が掴む。身体半分失おうと、英雄は戦いを止めようとはしなかった。残りわずかなライフを奪おうと、剣は再びヴィオラに迫る。
しかし、出遅れた攻撃を彼女は見切る。間一髪で回避し、逆に最後の剣をエルドに振り落とした。
一閃、通常攻撃による直撃が決まり、ようやく英雄は歩みを止める。下半身は消滅し、崩れるように彼は横たわった。
今、長い英雄の戦いは終わりを告げた。
「はは……最高の決闘だった……あー畜生……あと少しで勝てたのにな……」
ハイドレンジアの村、セルリアン雪原、そしてここスマルトの王宮。上位相手の三連戦にも関わらず、彼はここまで戦い抜いた。常人では考えられない偉業だろう。
ヴィオラは敬意を示す。【ダブルブレイン】のトップであり、この【ディープガルド】を陥れた張本人。だが、決着がついた以上、それは関係ない。
ただ、感服するばかりだ。間違いなく、エルドは最強の敵だった。
しかし、だからこそ疑問が浮かぶ。
「一つ質問いい? 貴方は自分の行動に迷っていた。でも、何でそんなに強い意志を持っているの? 貴方を支えていたものはいったいなに?」
行動に迷っていたにも関わらず、剣に迷いはなかった。彼にはエルドガルド計画以上に守りたいものがあったのだ。
「仲間は……俺を英雄として慕った……だが……俺は英雄なんてどうでも良かった……」
下半身が消え、上半身が消え、頭部の半分が消える。そんな最後の瞬間に、彼はヴィオラの質問に答える。
それは、レンジと何一つ変わらない切実な願いだった。
「あいつの……PCの眩しい笑顔が見たかった……切っ掛けはそれだけだ……」
あまりにも小さい。他人からすればくだらない願い。これで何人ものプレイヤーを巻き込み、NPCの命を奪い続けたのはやはり異常だ。
しかし、それは全て理屈の話だ。理屈通りにいかないのが人のサガ。
ヴィオラは天を見つめ、消えた英雄に向かって言葉を投げる。
「エルド、あんたは間違いなく英雄よ」
英雄エルドの物語は今、ここで完結した。
彼のいた場所には一本の剣が残される。今までのダブルブレインは、存在の消滅と共に装備も消えていた。事実、今回も剣以外の防具は消えている。
残ったということは託されたという事だ。エルドがヴィオラに対し、受け渡したと言って間違いない。
風属性のロングソード、飛竜の聖剣。ヴィオラはそれを拾い、地下通路の奥に向かって歩き始めた。
ブレインさんによって【ディープガルド】に転送された俺は、間一髪のところでノランを救い出す。そして、最後の一人であるPCさんと向き合おうとした時、突然イシュラが俺のスパナに手を伸ばした。
全くわけの分からない行動だ。何で俺じゃなくスパナに「聞かせて」とか頼んでいるのか。あんまりボケている状況ではないんだけどな。
スパナから手を放したイシュラは俺の目を見る。そして、右手を上げ、俺にそれを叩くように促した。
「レンジ、バトンタッチよ。私はもう役割を果たしたから、ここからはあんたのターンだから」
「ああ、俺の代わりにありがとう」
そんな彼女の掌に、俺は自分の掌を打ち付ける。どうやら、この世界でPCさんに辿り着いたのはイシュラだったようだな。本当に大した奴だよ。
俺たちがこんなやり取りをしている間。PCさんは呆然としていた。
すぐにでも攻撃してくると思ったが、あちらでも何かが起きたらしい。俺の知らないところで、また一つ大きな戦いに決着が付いたようだ。
「お疲れ様ですエルドさん……あとは私が……」
涙を堪えるように、PCさんは地下室の天井を見つめる。そんな彼女の言葉から、エルドが今の今まで粘り、今ようやく事切れたと分かってしまった。
俺をこの世界に呼んだ張本人。全ての始まりとなった存在。そんなあいつが消えたのか。
きっと、壮絶な戦いの末に果てたのだろう。嬉しいとか悲しいとかではなく、唯々感服するばかりだった。
PCさんは感情を切り替え、俺たちの方へと視線を向ける。どうやら、彼女の意思も固まったようだ。
「やはり、追ってきましたか。こうなれば病む負えません。神である私が、全て終わらせる以外にありませんね」
「終わらせませんよ。例え貴方が、この【ディープガルド】の神であったとしても」
ついに、神との戦いが始まる。
正真正銘最後の敵だ。俺は必ずこの人の事を理解し、その上で現実との逆転計画を止める。
正義の味方でも何でもない。これが俺の意思だった。