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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目~五十日目 ソルフェリノの大穴
186/208

185 始まりの日

 中学に入ったばかりのころ、夏休み前のある日。俺、御剣みつるぎ金治かねはるは大きなため息をついていた。

 新人の女性教師をからかう数人の男子。自習時間なんだが、こいつらが騒ぎまくって全く授業になっていない。女性教師は相当困った様子で、女子たちはそれを心配そうに見ていた。

 学級委員の男子は声を荒げ、騒ぐ男子の制止へと入る。しかし、奴らは反抗し、やがて殴り合いの喧嘩へと発展していった。もう、これは授業どころじゃないな。


 やれやれ、やっぱり学校なんかに来るんじゃなかった。こんなつまらない時間はさっさと終わらせ、早く帰ってゲームがしたい。俺はそんな事を考えながら席を立つ。

 このまま放っておいても耳障りなだけだ。軽く捻って、この場は穏便に済ませよう。そう判断した時だった。


 俺の横を一脚の椅子が通過する。


「は……?」


 椅子は騒ぐ男子に命中し、そのまま教卓へと叩きつけられた。何者かが、後先考えずに椅子をぶん投げ、耳障りな生徒を強制的に黙らせたのだ。

 まじかよ……あれ、完全に骨までいってるぞ。どこのバカだこんな事をする奴は……

 俺は少しわくわくしながら、後ろへと振り返る。そこに立っていたのは俺の知らない生徒。あまりにも地味な奴だったから、その存在を認識していなかったのだ。


「蓮二がキレやがった……!」

「誰か! 先生呼んで!」


 教室は更にパニックになる。しかし、俺は一人歓喜していた。

 今までずっと見下し、つまらない存在として切り捨てていた男。そんなあいつがこの展開全てを持っていきやがった。いやー、世の中何が起こるか分からないものだな。


 後に聞いた話によると、この稲葉いなば蓮二れんじという男は定期的にこうなるらしい。今のようにブチギレるのは数年に一度らしいが、その時の事を覚えていないという話しだ。

 まあ、クラスに一人はいる普段大人しいけど、怒ると手が付けられない奴。それをさらに酷くしたのが、こいつという事だろう。


 これが俺が初めて蓮二を認識した日。

 今思えば、ここが全ての始まりだったかもしれないな。




 で、まあ結果から言えば、あいつの行動は事態を余計に悪化させた。

 椅子をブチ当てられた生徒は骨折して入院。緊急の学年集会が開かれ、蓮二は怪我をさせた生徒の家に謝りに行っている。もう、何もかもが滅茶苦茶の大惨事となった。

 俺はそんなあいつに興味があってな。一度しっかり話しようと思って、こっちから声をかけてみる。


「よ、災難だったな。まあ、お前が悪いんじゃないし、気にするなよ」

「御剣か……生徒一人病院送りにして悪くないはないだろ」


 本当に無意識のうちにやったんだろう。あいつは完全にへこんでいた。

 正義感があったからか、何かが逆鱗に触れたか。何にしても、少しのきっかけでこの惨事というわけだ。まあ、俺は面白かったから良いけど。

 もしかしたら、こいつは俺と同類かもな。本能のままに怒れば、周りがそれを否定する。現実が息苦しくて仕方ないだろう。


「世の中って面白くないよな。理不尽ばかりだし、何より自由がない」

「面白くないのは俺が何もしないせいだし、自由になったら俺はもっと酷いことをしてたと思う。みんなが止めてくれて良かったよ」


 同類どころか、全くの逆か。

 俺は現実が面白くないのを世界のせいにしてるが、こいつは自分のせいにしている。似ているようで全く違う。

 そんな蓮二を俺は面白いと思った。たぶん、こいつが特別ってわけじゃなく、こうやって切っ掛けができたのが原因だな。


 中学3年間。俺たちは互いに親友と呼べるほどに仲良くなる。どっちも友達が少なかったし、何だかんだで気はあった。

 ただ、結局最後まであいつはVRMMOに付き合ってくれなかったな。たぶん、蓮二はああいうゲームが嫌いなんだろう。















 中学時代なんてあっという間だ。あれから特に問題もなく、俺たちは卒業を迎える。

 蓮二の暴走は俺が止めた。勉強も教えたし、話し相手にもなってやったつもりだ。代わりに、あいつには俺が学校に行く理由になってもらった。

 蓮二がいなければ俺はとっくに不登校だっただろうな。本当に感謝してるよ。


 だが、高校に行きだした途端、また学校が面白くなくなった。やっぱり、所詮現実は現実だったってことだな。レベルの高い高校に入ったが、一ヶ月もしないうちに不登校だ。

 親友一人いなくなって俺は簡単に崩壊する。今までが綱渡りだったんだ。それを蓮二が無理やり抑えつけているだけだった。




 やがて、ついにその日が訪れる。

 俺にとっての特別な日……全ての、始まりの日だ。


 いつものように俺はVRMMOにログインする。

 最近話題のRPG、【ディープガルド】。発売から一ヶ月で相当やり込み、ゲーム内のランキングでも1位を取っている。まあ、この時は完全に不登校だし、当然と言えば当然か。

 このゲームはリアリティよりもファンシーさを優先したデザインで、女性プレイヤーも多い。だが、それ以上に不気味な点があった。

 やけにNPCの感情がリアルだ。俺は何年もVRMMOをプレイしているが、その進化スピードには驚いていた。

 そして、その違和感はある日を境に確信に変わる。そのある日こそが、始まりの日。


「おいおい、バグったか? ログアウトした場所と違うぞ……」


 1と0の電脳空間。【ディープガルド】にログインした途端、俺はこの場所に転送された。

 俺以外にも四人のプレイヤーがここに呼ばれているようだ。見る限り、どいつもこいつも結構強そうだな。

 その中の一人、弓術士アーチャーのガキが声を張り上げる。


「な……なんだってんだよー!」

「どうやら、私たちは何者かに呼ばれたようだな」


 こんな非常事態にも拘らず、オッドアイの女盗賊(シーフ)は偉そうに腕を組んでいる。こいつ、たしか王都の決闘デュエル大会で見たな。かなりの手練れだったから覚えているぞ。

 そして、そんな彼女に手を振るギャング風の使役士テイマー。この場にいる二人の女性に対し、その男はいきなりナンパをし出す。


「お! 可愛こちゃんがいるじゃねーか! なあなあ、デートしようぜー!」

「……ひぐ」


 目隠しをした僧侶プリーストは完全に怖がっていた。まあ、いきなりこんな場所に呼ばれたら普通こうなるよな。他が冷静すぎるんだよ。

 体を小刻み震わせる少女。そんな彼女の前に、弓術士アーチャーのガキが立ち塞がる。大柄の使役士テイマーに対して一歩も退いていない様子だ。


「やめなよお兄ちゃん。怖がってるよ。えっと、君の名前は?」

「ま……マシロ……」

「マシロ姉ちゃんっていうんだ。おいらはリルベ。安心しなよ。おいらが付いてるからさ」

「うん……」


 マシロと名乗る僧侶プリーストは、リルベと名乗る弓術士アーチャーの腕を掴む。歳下に守られてどうするんだよ。本当に変わった奴しかいないな。

 マシロに怯えられた事に対し、使役士テイマーの男は少しショックを受けた様子だ。焦った様子で必死に弁解する。


「ま……待ってくれミース……! 俺様は悪い奴じゃないからな! 俺様はヌンデル、ブレーメンのヌンデルっていえば超有名だろ!」

「知らんな。私はイデンマ。お前よりもは有名人のつもりだ」


 ヌンデルは知らないが、イデンマは聞いたことあるな。確か、他のVRMMOでも頻繁に上位に食い込む女性プレイヤーだった。時間があればぜひ手合わせ願いたいところだ。

 だが、そんな事をしている余裕はないようだ。やがて、俺が名乗るより先に六人目と七人目が現れる。どうやら、この二人が俺たちをここに呼び寄せた張本人らしい。

 学者のような姿をした眼鏡の錬金術師アルケミスト。それに、隣の女性はどこかで見たことがあるぞ……そうだ、初ログインの時に会ったNPCだ。


「皆さん、無理な召集を行って申し訳ありません。私はルルノー。そして、この方こそが【ディープガルド】の神と言える存在……」

「PCと申します。ここに貴方たちを呼んだのは私です」


 強い目をしているが、それと同時に悲しい目をしている。俺はその女性にそんな印象を持った。

 まさか、ゲーム内の神様がこんな芸当を使ってプレイヤーを招集するとはな。差し詰め、俺たち五人は選ばれたという事だろう。これはワクワクするイベントが始まりそうだな。

 だが、人選がよく分からない。確かに中々の手練れが揃っているが、俺と並ぶクロカゲやディバインがいないのは不自然だ。俺たちでなければダメな理由があるのだろうか?

 当然、俺は聞く。聞かなきゃ何も始まらない。


「どうして俺たちを呼んだ。目的は? 人選理由は?」

「目的は一つ。貴方たちに異世界転生のチャンスを与えるためです。失礼ながら、私は全プレイヤーの思考を読み取らせてもらいました。その結果、貴方たち五人は現実に絶望し、ゲームの世界への転生を望むと判断されたのです」


 いったい、この女は何を言っているんだ……

 俺は誰よりも強い心を持ち、どんな時でも冷静でいられるという自信がある。だが、今回ばかりは流石に怖い。異世界転生っておいおい……じゃあ、現実の俺はどうなるんだよ。

 流石に唯のゲームだろ? そういうイベントだろ? そんな浅はかな思考を否定するかのように、PCの瞳は俺たちを見つめている。吸い込まれそうな。透明な瞳だ……

 女性は言葉を続ける。それはあまりにも非現実的で、目眩がするような言葉ばかりだった。


「転生を果たすには、現実世界の貴方たちには死んでもらいたいのです。普通の人間ならば、この時点で恐怖を感じて断るでしょう。ですが、貴方たちは断りません。そういった思考を持っていると、私は既に読み解いています」

「この私、ルルノーも現実の身を捨てました。元ゲーム運営として、貴方がたのサポートに徹したいと思います。最強のゲームプレイヤーであるエルドさん。人間を越えた存在として、貴方が何を成し遂げるか見てみたい……」


 ルルノーという男がそう言ったのと同時に、俺と一緒に呼ばれた四人がこちらを見る。まあ、別に身分を隠していたわけじゃないしな。エルドと知られたところで大したことはない。


 それよりもだ。こいつらの言っている事は本当なのか?

 現実を捨ててゲーム世界で生きれる。その為には死んでもらわなければならない。こんな滅茶苦茶な話に乗るとでも思っているのか?

 正直、俺は恐れを抱いていた。この異様な空間に恐怖を感じない訳がない。だが、それはどうやら俺だけのようだった。


「へえ、面白そうじゃん。どうせ死んでもいいやって思ってたし、最後に少し乗ってみようかな」

「真っ白いだけの世界なんていらない……世界が見えるゲームの中で生きれるなら……私……」


 リルベとマシロが、あいつらの話しに乗る。その言葉から、二人の現実がどういったものだったのか。容易に想像できてしまった。

 そうか……ここに呼ばれた奴らはそういう奴らばかりなんだ。なんで、俺のような平凡に生きている奴を呼んだんだよ。こっちは現実に苦労なんてしていないぞ……

 だが、俺の心は揺れ動いていた。つまらない現実より、ゲーム世界の方が面白い。そんな思考が俺の心を惑わしていく。

 やがて、PCの口から目的の本筋が明かされた。


「貴方たちは計画の先駆け。やがて、全ての人類をデータ世界に転生させます。理不尽で、不条理な世界を消去し、データ世界に真の世界を作る事こそが目的……」


 彼女の思想は常軌を逸していた。不安定で、壊れやすく、まるでガラス玉のようだ。


 何でだろうか……俺はこいつを守りたくなった。

 こいつのためなら、俺は勇者にでも何でもなれる。そんな気がして仕方がなかった。

 イデンマとヌンデルも彼女の提案に乗るつもりらしい。あいつが言っていたように、初めから俺たちの答えは決まっていた。

 PCが俺に向かって手を差し伸べる。俺は彼女の手を優しく握りしめた。

 しかしその時だ……


『面白い……実に面白いゲームではありませんか……』


 この場に免れざる六人目のプレイヤーが現れる。俺はこのプレイヤーを知っていた。

 漆黒の鎧に身を包んだ戦士ナイト。俺と同じ最強のゲームプレイヤーと呼ばれ、それと同時に最強のプレイヤーキラーとも呼ばれている存在だ。

 あいつの事を知っているのか、PCは慌てた様子で叫ぶ。どうやら、あの戦士ナイトは別の手段を使ってここまで来たようだ。


「なっ……なぜ貴方が……!」

『ユーザーの情報を漏らすことは管理者としてあるまじきこと……私が何者かなど、どうでも良いことではありませんか……? ねえ、お姉さま……』

「くっ……」


 鎧のプレイヤー、ビューシアはそう返す。相変わらず殺気と瘴気が尋常ではない女だ。まあ、こいつを女だと気付いてるのは俺だけだろうけどな。

 ビューシアは俺たち以上に狂っていた。これから起きる事件を混沌として楽しみ、全てを滅茶苦茶にしたいという意思を感じる。おそらく、俺たちの事も利用するだけ利用するのだろう。


『私は諸事情で自ら命を絶てません……ですが、この組織に加えてもらいたいのです。もし入れてくれないと、ものすごーく邪魔しちゃうかもしれませんよ……?』


 完全に脅しだ。自分は命を捨てずに、転生することなく混沌に導く気だろう。

 だが、俺たちはこいつを受け入れた。この女を敵に回す事ほど、恐ろしいものはないからな……


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