183 迸る策略
少し、雲行きが怪しくなってきた。
俺は自分が死なないという確信があったが、あいつがバーサクに負けて暴走すれば話が変わってくる。正直、なめていたよ。自分だけは死なないとでも思っていたのか。我ながら浅はかな考えだな……
これはマジで命掛けろって事なんだろうか。あいつの息遣いが荒い、瞳も血走っているように感じる。なんでだろうか……あいつがバーサクに負ける姿は見たくないな。
「おい……大丈夫かアイ……?」
「黙れ! 私はビューシアです……! 最強のプレイヤーキラービューシアです……!」
思わず、あいつの名前を呼んでしまう。今はビューシアだったな。怒らせてしまったが、正気を保っていて良かったよ。
でも、油断はできない。なんだか様子がおかしいみたいだしな……
「ゲームシステムですらも私を縛ることは出来ない……貴方がNPCの魂などで戦うのなら、私は正攻法で打ち滅ぼすだけです!」
「このじゃじゃ馬め……もう、どうなっても知らないぞ……! スキル【起動】!」
【巨大人形】のスキルによって、クマのぬいぐるみに乗ったビューシア。そんなあいつに対抗するため、俺は【起動】のスキルでロボットに飛び乗った。
生き残るためには、あいつの精神力を信じるしかない。それで全てが終わったのなら、所詮俺はそこまでの人間だったという事だ。もう、始まった以上は進むしかない!
「アイ……!」
「レェェェンジさあああん!」
今、アイとの戦いが始まった。
あいつの放ったぬいぐるみの拳に、ロボットの拳を打ち付ける。互いの攻撃は相殺し、両者後方へと弾かれた。
だが、俺たちは怯まない。目の前の敵を倒すために、全力で拳を放ち続ける。右拳から左拳へ、左拳から右拳へ……自らの意志を貫くため、両腕からのラッシュは決して止まることはない。
アイは俺に攻撃を加えつつも、会話を投げる。そんなあいつに対し、こっちも攻撃と言葉で返していく。
「初ログインの日、エピナールの食堂でダブルブレインシステムの是非を語りましたよね!」
「ああ! あの時、お前の使ったフォークで間接キスして結構ドキドキしたよ!」
「あれ、わざとです! 貴方の気を引くためにやりました!」
「だよな……やっぱ軽くショックだよ畜生!」
毎日やったトレーニング、武器同士の打ち付け合いと何一つ変わらない。相手が速い拳を放てば、こっちも同じスピードで応える。フェイントを加えてきたのなら、それを読んでガードすれば良い。
自身とロボットを一体化させ、熱い心を冷たく操作しろ。そして、アイの言葉に耳を傾けるんだ。戦いを続ければ、いつかチャンスは巡ってくる。
「あの時、貴方は言いましたよね! 『動かなくなった体はデータ世界に入れば元に戻る。失われた寿命はダブルブレインで延命できる。別に神様だとかそんなんじゃないけど、それが本当に正しいのか』と……」
あいつはぬいぐるみをかがめ、その足に力を入れた。やがて、足は地面を蹴り、空中へと跳び上がる。【ジャンプ】のスキルではないため高度は低いが、こちら押しつぶすには充分な高さだ。
俺は空中へと機体を向け、その両腕でぬいぐるみを受け止める。凄まじい重量が、ロボットへと負荷を与えていった。
「この世界での欲求! 姿形! その全てが偽りだというのなら! 私の存在意義はなんですか! 現実を認識できない私はAI(人工知能)と変わらないんですか!? レンジさん! 答えてくださいよレンジさん!」
「っ……!」
本心なのか、動揺させるための手段なのか。どちらだろうが、俺は手を抜くつもりなんてない。生憎とそんな余裕があるわけでもないしな。
俺にはあいつの言葉に応える資格はない。俺はあいつの境遇に気づかなかった。仲間に助けられ、【ディープガルド】での戦いを放棄して、ようやく真実に辿り着いたんだ。
何でもクールに、思い通りに解決できるわけじゃない。そんな事は身を持って分かっている。手に入れられない物なんていくらでもあったからな。
俺はロボットの力を最大まで高める。そして、圧し掛かるぬいぐるみを空中へと押し返した。
「後悔してるよ! お前がそんな事を思っていたなんて! お前がどんな存在かなんて! 俺は全く気付かなかった!」
「もう遅いんですよ……私は決めちゃいました! お姉さんと手を結び、VRMMO世界にデスゲームをもたらすと! 今戦っているこの決闘こそがその施策テスト! いずれ、このデスゲームは世界を飲み込みます!」
宙返りをし、あいつは地面へと足を付ける。そこからさらにぬいぐるみを動かし、俺の機体へとタックルを放った。
【防御力up】のスキルを鍛えた俺とこのマシンをなめるなよ。両腕によって体当たりをガードし、すぐにぬいぐるみを掴む。これで、もう暴れることはできないぞ。
だけど、アイの執念も凄まじかった。ぬいぐるみの動きを止めても、あいつ自身が状況の打開へと動く。
嫌な予感がした俺は、すぐにスキルによってその場から撤退する。
「スキル【返し縫い】!」
「スキル【加速】!」
背部から炎を吹き上げた機体は、地面から伸びる糸をぎりぎりで回避する。もし、糸に捕まればロボットごと転倒していただろう。
【加速】によって退避した俺に、アイは追いつけないだろう。仕立屋に移動用のスキルはない。なら、この位置から狙い撃つだけだ。
「スキル【光子砲】!」
「スキル【囮人形】!」
MPを消費して魔法攻撃であるレーザーを放つ。ジャストガードが出来ない魔法攻撃なら、アイの硬い防御を突破出来るだろう。
しかし、距離を取ったことが災いし、アイは自分に似せた人形を変わり身にしてしまう。これは完全に読まれていたか。あいつは二打目の【光子砲】など恐れもせず、一気に距離をつめる。
「人々は恐れ慄き! この私、ビューシアは死を呼ぶ存在となる! 素晴らしい……あと少し……あと少しなんですよレンジさん!」
「なんでそこまで悪人にこだわる! お前にとって悪って何なんだ!」
こちらに向かってくるぬいぐるみに対し、俺はロボットの右腕を振り抜いた。向かってくるのが分かっているなら、どっしり構えて迎え撃てばいい。拳はぬいぐるみを殴りつけ、その耐久力を一気に削る。
機体の性能はこちらが上だ。だが、敵も負けじと拳を放ってくる。左腕によってガードするが、このままいけば時間切れになってしまうな。早くアイを倒さないと……
「私は悪い子なんです……臆病で、卑劣で、乱暴です! そんな私を正義の味方が助けるはずがありません! 私を理解できるのは、同じ悪という存在だけなんですよ!」
バーサクの影響か、あいつはいつも以上に感情的だった。一発目を覚まさせないと、理性が途切れてしまいそうだ。
もう、ロボットの持続時間も1分をきっている。あいつを止めるためにも、場を収束させるためにも、一発賭けてみるのも良いかもしれない。
敵の攻撃を受け止め、ロボットでぬいぐるみに覆い被さる。もう、お前を放さない。確実に一発を決める!
「俺にはお前を理解出来ない……! だけどデスゲームなんて、絶対に実現させるか! 誰一人、殺させやしない!」
「それ! それですよレンジさん! 思い通りにいかない事こそ面白い! ああ、レンジさんレンジさんレンジさん! 貴方が正義であればあるほどに! 私の悪は研ぎ澄まされる! 滾る! 貴方を打ち滅ぼし! 悪の華を咲かせてみせましょう!」
その華、ここで散ってもらう。代わりに汚い花火でも拝むんだな。
「スキル【自爆】!」
「ちっ……このタイミングで……」
読まれていることを読んだ。大方、最後っ屁に自爆すると思ったんだろうが、早めに使わせてもらう。
【自爆】はロボットを使用不能にする代わりに、周囲を巻き込んで大爆発を起こすスキルだ。この爆発、俺にもそこそこのダメージが跳ね返ってくる。まあ、それはドワーフの腕輪に付与されている炎耐性でカバーするしかないな。
爆炎は俺たちを飲み込み、両方に大ダメージを与えていく。そんな状態でも、アイの敵意が収まる事はない。あいつは俺をキッと睨み付け、次なる攻撃を狙っていた。これは、まだまだ止まる気配はなさそうだ。
少女は【巨大人形】を乗り捨て、その背中を蹴る。そして、大針を構えたまま俺の方へと突っ込んできた。
「まだまだまだまだですよ……! レェェェンジさあああん!」
「結局最後はこうなるのかよっ……!」
あいつの放った突きをスパナによって相殺する。こいつ、爆風を受けながら攻撃に転じてきたか。つくづく、戦略よりも気合と根性で戦ってるんだな。
ロボットの自爆によって、アイの【巨大人形】は再起不能となる。予想はしていたけど、最後は武器同士での戦いになるってわけか。まあ、俺としては願ったり叶ったりだけどな。
俺はスパナを振り払って、アイをそのまま弾き返す。そして、鉄くずを取り出してそれにスパナを叩きつけた。
「スキル【衛星】!」
「遅い!」
小型のロボットを製作するが、それは瞬時に大針によって貫かれてしまう。アイは俺を無視し、真っ先にペットキャラクターの破壊に動いたのだ。
前回、序盤に作った小型ロボットで不意打ちしたのを根に持ってるな。流石に同じ手が通用するとは思っていないが、こうもあっさり対処されたのは想定外だ。
アイは再び俺との距離を詰めようとする。機械を作るのには相手の隙が必要不可欠、こうガンガン攻められたら堪ったものじゃないよ。
仕方ない。あいつが望むなら真っ向から相手してやる。
「アイ! お前が真正面から攻めるなら……」
俺がアイの力技に応えようとした瞬間だった。
あいつは進行方向を変え、俺の左側に向かって走る。そして、そこにある何かを右足によって蹴り飛ばした。
「うわっぷ……!」
「私はずっとレンジさんを見てきました……貴方に習い更なる高みへと昇華します!」
俺の隣にあったのは噴水。その水をあいつは俺の顔にぶっかけたのだ。
不味い……この場面で視界が塞がるのは不味いというレベルじゃない……!
俺は左腕で水を払い飛ばしつつ、我武者羅に右手のスパナを振るう。しかし、そんな攻撃、高い技術を持ったアイに通用するはずがなかった。
一突き目が俺の脇腹にヒットする。すぐに受け身を取るが、続く二突き目、三突き目が俺の体へと連続で放たれていった。
一度攻撃が通れば、こいつは何度も連続で攻撃を決めていく。だから、極力攻撃はジャストガードすべきだったんだ。
だが、こうなればもう遅い。俺はダメージ覚悟で防御を放棄し、【発明】のスキルを使用する。とにかく、状況を打開するには場を崩すしかない。
「スキル【発明】……! アイテム、ロケットパンチ……!」
地面にロケットパンチを放ち、自ら反動で吹っ飛ばされる。何とか危機は脱出したが、ライフ差はかなり開いてしまった。あいつも以前のアイとは思わない方が良さそうだ。
吹っ飛ばされつつも空中で体制を変え、膝をつくことなく着地成功する。そんな俺に向かって、アイは更なる追い打ちを繰り出していった。
大針による連続突きが何度も何度も放たれる。それを俺はジャストガードし、時には通常のガードによって受けていく。とても、こちらが攻撃に移れるような状況ではなかった。
「あはははは! レンジさんレンジさん! どーしたんですかあ! 何だかとーっても焦っているようですが?」
「黙っとけ! 今、策略練ってるんだよ!」
やっぱり、戦闘技術はアイの方が上。今までは【機械技師】の手数と、戦略の幅で補っていただけだ。こう、真正面からの戦いになればどうしても俺が不利だ……!
だが、俺の技術も相当追いついている。事実、あいつは攻めきれていない。このジャストガードで時間を稼ぎ、その間に次の策略を……
「レーンジさん。あんまり悩んでいると、先に私の策略が炸裂しちゃいますよ?」
「……え?」
そうだ、俺は油断していた。
あいつも成長している。あいつだって策略を練っているんだ……
「……がはっ」
アイに気を取られていた時だった。俺の背中に何らかの攻撃が叩きつけられる。まるで、何らかの鈍器によって叩きつけられたような衝撃だ。
俺は恐る恐る振り向き、その攻撃の正体を確かめる。そこに見えたのは俺の予測通りの展開だった。
「まさか……サーマ……」
「やられたふりをして忍ばせておいたんですよ。これ、貴方が使った手段ですよ?」
【使役人形】の中の一体であるサーマ。レールガンでやられたと見せかけて、ずっとここまで隠してきたのか。
あいつの言うとおり、これはスマルトの教会で使った戦法だ。だからこそ、俺はこの展開を既に読んでいた。
やせ我慢なんかじゃない。これで良い。これこそが俺の策略なんだから……