182 アイちゃん劇場
スキル【生き人形】は制作した人形に魂を宿らせるスキル。【使役人形】のスキルと組み合わせれば、生きる兵隊の出来上がりだ。メリットデメリットがあるが、まあ戦闘にも役立つスキルだろう。
育成、改良型のペットキャラクターは、決闘によってロストすることはない。倒しても戦闘不能になるだけだ。
だが、主人が無理な戦闘を強要したり、見捨てたりすればその命は奪われる。ビューシアはまあ強要するだろうな。あいつはそういう女だ。
「さーて、どうするか。まあ、闘いながら考えるか」
四体の人形が再び俺に迫る。そのうち一体は魂持ちだが、余程のことをしない限りは死なないはずだ。真に警戒すべきはビューシア本体だろう。
俺はタームの体当たりをスパナでジャストガードし、そのままウィンに向かって弾き飛ばす。二体は衝突し、床へと落下。ダメージはまずまずといったところだ。
このまま人形のライフを全損させ、ビューシアを孤立させるのが正解だろう。問題はあいつの習得している【回復魔法】だった。
「スキル【回復魔法】ヒールリス」
あいつは【解体】によって大ダメージを受けているウィンを回復させる。その間にも、こちらにはサーマとスプリが迫っていた。
二体の攻撃を同時にガードする。このままじわじわ削られれば、本命のビューシア戦に響いてくるのは確実。だけど、【起動】のスキルを使うのは論外だった。
敵の狙いはロボットの時間制限。俺の機体は性能を底上げしている代わりに、持続力が絶望的に低い。あいつはその弱点をよく理解していた。
「レンジさん、私ロボット見たいなー」
「スプリも見た〜い!」
「ダメに決まってるだろうが! 死ぬわ!」
ノリはいつもの決闘だが、こっちも命がかかっている。だいたい作戦も纏まってきたし、ここらで一気に逆転と行くか。
敵の人形は四体。数を増やしたこともあって、それぞれのライフは少ない。となれば、行うべき行動は一つ。
ワンショットキルで一体ずつぶっ倒す。
「スキル【発明】アイテム、ドリルアーム!」
俺が鉄鉱石からドリルアームを作ると、四体の人形が一気に襲いかかる。右腕に装着されたドリルによって、タームとサーマの体当たりをジャストガード。こいつらにはまだ攻撃しない。狙いは次だ。
続くスプリとウィンの攻撃。俺はスプリの攻撃を回避し、こちらに迫るウィンにドリルを叩きつけた。
「うわ、気分悪っ……でもまず、一体!」
「全快していないのを見抜きましたか……」
見た目はウィンだが、魂のない人形に風穴を開ける。こいつはさっきからダメージを重ねたからな。特化されてない仕立屋の回復魔法じゃ全回復は無理だろう。ドリルアームで充分だった。
さて、次からは正真正銘のワンショットを狙わないと……厄介なことに、ビューシアの目つきも変わった。まあ、リスク覚悟で邪魔してくるだろうな。
「ウィンちゃんの敵〜。いくよみんな!」
一体の魂持ちが指揮をし、残り二体とのフォーメーションで攻める。実際のところ、スプリには悪いがオートで動くお前が一番弱い。厄介なのはビューシアが操る人形だ。
さて、次はサーマに退場してもらうか。俺はスパナで体当たりを振り払いつつ、左手で新調した銃を抜く。
デザインが古めかしく、連射できる数の少ないギアリボルバー。サブ装備だから、一発の威力が上がれば上等だろう。それをサーマに向かって放っていく。
「だいぶ削ったが、そろそろかな……」
「スキル【まつり縫い】」
正解だ。俺が攻撃をジャストガードしつつ銃を掃射していると、ビューシアからのサポートが入る。あいつは【まつり縫い】によって、俺の体に糸を絡めた。
動けない標的に向かって、人形たちが迫る。体の自由はきかないが、スパナさえ動かせれば問題ない。俺は鉄鉱石とグローブによって、あるアイテムを作り出した。
「スキル【発明】アイテム、マジックハンド!」
「その手が……」
伸縮自在の義手を伸ばし、それによって民家の屋根を掴む。アイテムは一気に縮み、俺を屋根下まで引っ張り上げた。
そのまま着地しつつ、絡まっていた糸を振りほどく。恐らく、人形たちはこの場所まで突っ込んでくるだろう。だが、分かっているなら迎撃するだけだ。
「スキル【発明】アイテム、レールガン!」
鉄鉱石と雷の魔石にスパナを打ち付け、銃のような武器に変える。瞬時にそれを構え、追い討ちを狙う人形一体を撃ち抜いた。
放たれた電流はサーマを感電させ、地面へと落下させる。これで残り二体。次の狙いはタームだ。
俺は攻撃に驚いて止まったスプリに向かって走る。右手にはスパナ、左手には銃。逃げようが攻めようが対抗できるぞ。
「戦力半減したぞビューシア。お前は攻めてこないのか?」
「……スキル【返し縫い】」
なんて、余裕をぶっこいていたら、足元を巣食われる。糸によって足を地面に縫い付けられ、転倒状態になってしまった。
そこに二体の人形が襲いかかってくる。俺は地面に背中をつけながらも、その攻撃をジャストガードしていった。
だいぶ強くなったのかな。無理な体制でも、フェイントも何もないこいつらの攻撃はジャストガード出来る。もう、対人戦じゃないと満足できないかもな。
やがて、俺は寝転んだまま鉄くずと大針、それに別の銃を取り出す。そして、三つのアイテムにスパナを叩きつけた。
「スキル【発明】アイテム、パイルバンカー!」
大型の銃を象った掃射装置。その銃口を迫るタームに向け、容赦なく掃射する。こいつはさっきまでのアイテムとはわけが違うぞ。
放たれた鉄芯は彼女を貫き、そのまま民家の壁へと突き刺さる。今度こそ有言実行、一気にライフ全損のワンショットキルだった。
俺は余裕な態度を崩さないまま、地面から立ち上がる。あと一体、面倒な魂持ちは最後に残しておいたぞ。
「サーマ、ターム、ウィン……」
「三体ともただの人形だ。そんな顔をしないでくれ、心痛むだろ……」
倒した三体は魂を持っていないが、俺が行ったのは子供が家族と呼んでいる人形をぶっ壊したのと同じだ。かなり心が痛むけど、悪いが俺はリアリスト。物に同情するほど優しくはない。
さて、俺の読みが正しければ、そろそろビューシア本人が参戦するな。今までは人形の操作に集中していたが、スプリは魂持ち。ヌンデルさんのように攻めることも可能だろう。
案の定、あいつは針をこちらに向けて少しずつ近づいてくる。悪いが、今回はお前のスキルを把握している。前回のようにはいかないぞ。
やがて、あいつは武器を振り上げる。いよいよ来るか……そう思った時だった。
「ご主人……さま……」
「三割は削ってくれると思ったのに使えない……」
ああ……そうだ……あいつはそういう奴だった。
ビューシアの大針がスプリの身体を貫く。ライフは削れ、ダメージを受けたが全損には遠い。もし、俺がスプリのライフを削っていたらと思うとゾッとする。
ここであいつを助けに行ったら、代わりに俺が貫かれるだろうな。おそらく、それがあいつの策略なんだろう。
本当に俺の事を理解しているな。でもまあ、仕方がないか。受けたダメージは何とかなるだろ。
「スプリ、今助ける!」
「来ますかー? ダメージ覚悟で来ちゃいますかー? アーハッハッハッ!」
俺はビューシアに向かって走る。だけどあいつはスプリから大針を抜き、その彼女をあえて俺に向かわせた。ペットキャラクターは主人の命令には逆らえず、どんな非道な命令でも執行しなくてはならない。
俺が助けようとしたスプリで攻撃を与える。よくこんなゲスな事を思いつくものだよ。スプリ自身も俺の意思を分かったのか、涙目でその頭を下げた。
「お兄ちゃん……ごめんなさい……」
「おう、悪いスプリ。足手まといだ。どっか吹っ飛んでてくれ」
が、ここで心が折れるほど俺はもう弱くない。彼女の体当たりを容易くガードし、左手に【発明】素材を用意する。
どうせこの場にこいつを残しても、ビューシアに殺されるだけだろう。戦闘不能になった後もボロ雑巾のように使い続け、最後には俺の攻撃への盾にする。まあ、上等手段だ。模範解答だろう。
だが、そんな非道な真似をさせる訳にはいかない。なにより邪魔だ。お前がいると真剣勝負にならん。
「歯食いしばれよ! スキル【発明】アイテム、ロケットパンチ!」
「……はう!」
右腕に装着された鋼鉄の拳は、ジェットを吹き上げてスプリに叩きつけられる。出来るだけ遠くに殴り飛ばさないとな。ビューシアに殺されたら大変だ。
悪いがスプリ、お前はトラウマ克服に使わせてもらう。ロケットパンチにはノックバック効果がある。俺はそのまま右拳を殴り抜き、彼女を街の遥か彼方へと吹っ飛ばした。
よし、ひとまずは安心だ。まあ、俺がビューシアの改心に失敗したら、あとで酷いことされるんだろうけどな。NPCの在り方について、ブレインさんに相談しておこう。
「見事に吹っ飛ばしましたか。レンジさんって意外と容赦ないですね」
「ああ、俺の思う最善のためなら何だってするよ」
確かに誰も殺さないと覚悟したが、だからと言って自分が優しいとは思っていない。例え幼い少女が物凄く痛い思いをしても知らん。命あっての物種だ。根性入れて我慢しろ。
「よーし、【使役人形】の最大操作数は四体。これで戦力を使い切っただろ?」
「図に乗っちゃダメですよ。まだ分からないのですか? レンジさんは本当の絶望に足を踏み入れちゃったんです」
仕立屋の最大戦力である【使役人形】を撃破してもまだ余裕か。俺にはまだ【起動】のスキルがある。それに加えて、プレイヤースキルもここ数週間で追いついたつもりだ。
こいつもそれを理解している。だからこそ、遠くから人形によって攻撃を加え、武器同士のチャンバラを避けたんだ。
俺には【覚醒】のスキルがある。お前と俺は平等じゃないんだよ。
「あはは……アーハッハッハッ! やっぱりダメですよ……私たちは同じ条件で戦わないと……だって、レンジさんすっごく強くなっちゃって! もう、ハンデありじゃ全然敵いませんもん! 本当に本当に! ここ数カ月で最強クラスになっちゃうなんて! 嬉しくて嬉しくて嬉死しそうです!」
「そうか……喜んで貰えてよかったよ」
真っ黒い鎧の下で漏れていた殺気。あの時と同じ殺気をピリピリと感じる。
やっぱり、あれで終わるはずないよな……どう考えても小手調べ、ここからが本番と言っていいだろう。
ビューシアは曇った瞳のまま、今までに見た事のないような狂気的な笑みを浮かべる。これは、何かあるな。さあ、何を仕掛けてくる……
リルベやヌンデルさんと戦った時と同じだ。どうにも笑みがこぼれて仕方がない。俺はこの戦いに歓喜していた。
あいつが例えどんな手を使ってこようと、俺は自分の全力でぶっ倒す。さあ、見せてこいよお前の切り札を!
「私がゲームオーバーになったという事……それが、どういう事か教えてあげます! スキル【覚醒】!」
「ああ……そう来るのか」
両目にボタンの紋章。間違いない、俺と同じ【覚醒】のスキルだ。
俺は状態異常耐性を鍛える事によって、【覚醒】のデメリット効果であるバーサクを抑えている。だけど、こいつはバーサク対策をしているのか?
そもそも、俺の【覚醒】は魂と会話することで効力が底上げされている。こいつが【覚醒】を使ったところで、精々能力が一段階上昇するだけ。バーサク対策で装備を消費したら意味がない。
誰にも操られず、魂会話もせず、レベル4覚醒持ちのようなチートもなし。それでいったい何を……
「私が【覚醒】をどう使うのか、考えていますね? 私はおバカだから、難しい事はよく分からないんですよ……だから、バーサク対策もしていません」
「何を考えているんだ……お前、暴走する気かよ!」
やばいな……今まで俺がクールに場を掻き回していたが、ビューシアも負けていなかった。
確かに、バーサク対策をせずに通常の装備をし、そこに【覚醒】を使えば能力は相当上昇する。でも、無意識になってしまえば戦い方に荒が出るぞ。
俺は暴走したあいつに負ける気なんてない。そんな攻撃、全部ジャストガードできる自信がある。でも、違う……あいつはそんな妥協で満足する奴じゃない。
「暴走……? しませんよ……バーサクは気合いで操作します! スキル【巨大人形】!」
はあ……? 気合い? なんだよそれ反則だろ!
ビューシアに策略なんてなかった。あいつ、心の強さで押し切る気だったんだ。本当に化物中の化物だよ。
仕立屋のアイテムバックからクマのぬいぐるみが飛び出す。やがて、彼女はそれに飛び乗り、俺に標的を定めた。気合いによってバーサクを抑え込むというのも嘘ではないらしい。
これで、ライバルバトルも盛り上がってきた。例えどんな相手だろうと、俺のロボットで返り討ちにしてやる。負けたら悔しいからな!