17 流離い少年
三日目、俺はアイとの約束通り、戦闘訓練をすることになる。
【ディープガルド】時刻で早朝の4時。前回と違い、昨日はフィールドのテントでログアウトしている。そのため、ここは平原のど真ん中。外は真っ暗で、頼りになるのは月の光ぐらいだ。
モンスターに警戒しつつ、俺はアイから熱血指導を受けるのだった。
「今日教えるのは、かす当たりとクリティカルヒットです。このゲームは通常のRPGと違い、戦闘は全てリアルファイトです。なので、攻撃の命中に関して曖昧な部分があります」
「……どういう事だ?」
「通常のRPGの場合、外す、当たる、急所の三つが命中の種類です。しかし、このゲームの場合は厳密に分けることが出来ません。現実の戦いと同じなんですよ」
要するに、軽傷や重症、切り傷や掠り傷の概念が存在するという事だ。勿論、これはゲーム。威力の種類があっても、それらは全てHPの減少にのみ関わるのだが。
「高レベルの相手の攻撃を受ければ、基本は即死でしょう。しかし、体を掠る攻撃。即ち、かす当たりの場合は、たとえ相手が高レベルでも一定量のダメージで抑えることが出来るのです」
相手のレベルが高いからと言って、攻撃を掠っただけで即死という事はないようだ。そう考えると、やはりこのゲームで一番重要なのは、攻撃を避ける事だろう。常に相手の攻撃を意識して……
そう思った時だった。突如、アイの大針が俺の腕へと突き立てられる。
「痛ってー! 何するんだ!」
「今のが、かす当たりです」
「やりたい放題だな! おい!」
ようするに、練習中は一切油断をするなという事か。本当に、この時間のアイは怖いというレベルではなかった。
彼女は俺の文句を無視して、更に説明を続ける。
「そして次は急所への攻撃。クリティカルヒットですが……」
ああ、これはボコられるな。しかも、最も痛い場所をぶっすりと刺されるんだろう。嫌だなあ……
しかし、そんな予想は意図も容易く覆される。アイの意外性は俺の想像のはるか上を行っていた。
「これは自分で行った方が覚えやすいでしょう。レンジさん、私の頭部を思いっきりぶっ叩いてください」
「……は?」
Sの次はMが発動したか。いや、流石にこれは出来ない。
こんなに可愛らしい少女の頭部を巨大スパナでぶん殴るなど、猟奇的すぎる。俺の良心が痛んで仕方ない。無理だ。不可能だ。
「で……出来るわけないだろ! 無抵抗の女相手だぞ!」
そうやって騒ぐ俺をジト目で睨み付けるアイ。女だからと言って手を抜くな。まるでそう言っているかのように、彼女の視線がぐさぐさと突き刺さる。
「分かったよ……やれば良いんだろ!」
俺は渋々スパナを構え、大きく振りかぶる。そして、無抵抗に立っているアイの頭部を思いっきり殴りつけた。
彼女は反動で飛ばされ、地面に強く叩きつけられる。完全なクリティカルヒットだ。これは相当に痛いだろう。しかし、アイはすぐに受け身を取り、その場から立ち上がる。そして服の埃を軽く払い、何食わぬ顔で俺の前に立った。
「これがクリティカルヒットです。感覚は掴めましたか?」
「お前、痛覚あるのか?」
「失礼ですね! ちゃんとありますよ!」
彼女は可愛らしく、ふくれっ面で言い返す。うん、お前はこのままでいてくれ。可愛い今のままでいてくれ。切実に……
かす当たりとクリティカルヒット。それらを練習に組み入れ、俺たちはさらに戦闘を続ける。
アイと戦えば戦うほどに、ジャストガードが上達していく。俺は彼女から放たれる攻撃の数々を、何度も何度もジャストガードしていった。
時々放たれる蹴りや目晦ましも、今では難なくかわすことが出来る。実戦で通用するかは分からない。だが、少なくともアイの動きには付いて行けているはずだ。
「レンジさんは、ジャストガードが上手ですね」
「そうか?」
「はい、きっと危険予知能力? そういうものがあるんだと思いますよ」
言われてみれば、俺は厄介事や問題ごとに関して繊細な部分がある。エルブの事件が起きる前は嫌な予感がしたし、強者の存在は感覚的に分かる。
思い返せば、ハクシャの戦いのときも、【根性】の発動前は危険な予感がした。スプリやバルディさんの急変も、一目でそのヤバさに気づいた。そうか……俺はヘタレで弱いからこそ、危険な物は感覚的に察知していたんだな。
「私、気づいちゃいました。レンジさんは、逃げて良いんです。怖がって良いんです。そんなレンジさんにしか、出来ない事がありますから!」
戦いながら、アイはそんな事を言い出した。
相変わらず、こいつの笑顔は眩しすぎる。真夜中、月の光だけの今でも、それがよく分かった。
俺たちは二人、練習を続ける。
しかし、そんな時だった。戦闘の途中、急にアイの表情が強張り、その視線が近くの茂みへと向けられる。モンスターか何かだろうか。
彼女は気付かないふりをし、戦闘を続けている。ならば、合わせる以外にないな。
俺は気にせず、アイに向かってスパナによる攻撃を繰り出す。瞬間、それを受けた彼女の大針が弾かれ、宙を舞った。
「あ……」
「う……うわあ!」
飛ばされた大針は茂みの方へと落ちる。それと同時に何者かの悲鳴が、草原へと響き渡った。
俺たちはすぐさまその場所へと駆け寄り、顔を覗きこむ。そこには地面に突き刺さる大針と、体を震わせる年下の子供が尻餅をついていた。
「あ……危ないじゃないですか! 訴えますよ!」
「すいません! 手が滑っちゃいました!」
いや、絶対わざとだろ。明らかに茂みの中を意識していたぞ。あと少しで針の直撃を受け、大ダメージだった。可哀そうに……
俺は地面に座る子供を見る。一本結びの長い髪から、少女かと思ったが、よく見れば少年だ。非常に整った顔つきで、子供だがどこか大人びている。可愛いや、カッコいいとは違い、美人と言った方が正確かもしれない。
着物姿に日本刀を装備。その和風な恰好から察するに、ジョブは侍だろうか。
彼は俺たちと目を合わせようとせず、ツンとそっぽを向く。俺はそんな少年を睨み付け、威圧的に問質した。
「お前、何で俺たちを見ていたんだ?」
「み……見ていないですよ! た……ただの通りすがりです!」
どもりまくっている。怪しすぎるだろ……
まさか、こんな弱小ギルドにスパイという事もないだろうし、いったい何なんだろうか。
考える俺と同じように、アイも何かを考えている様子。やがて、彼女はある答えに辿り着く。
「もしかして! 私たちと一緒に練習したかったんですか?」
「なっ……! そ、そ、そ、そんな分けないじゃないですか! 何を言っているんですか!」
図星を指摘されたからか、彼の焦りは一層大きくなった。何と言うか、分かりやすい奴だな。
そんな彼の様子を見ると、アイは両手を合わせ、嬉しそうに彼を誘う。
「丁度良かったです。レンジさんの練習相手として、他のジョブを試したかったんですよ!」
「知ったことではありません。僕はやりませんから」
「お願いします! 貴方が必要なんです!」
確かに、アイとの戦闘だけでは成長に限界があった。いくら彼女が優れた技術を持っていても、攻撃方法にパターンがある。そのパターン通りに戦っていても、実戦では全く役に立たないだろう。
だからこそ、彼女は少年の説得に対し真剣だ。何としてでも、協力させたいらしい。そんな彼女の熱意に押されたのか、少年の心情にも変化が現れる。
「僕が必要なんですか?」
「はい、必要です」
「どうしても必要なんですか?」
「どうしても必要です」
必要とされる事が嬉しかったのか、彼は少し頬を染め、恥ずかしそうに言う。
「そ……そこまで言うなら仕方ないですね。この僕が付き合ってあげましょう」
ため息交じりの言葉だが、気分は悪くない様子だ。何だか可愛い奴だな。いや、そっちの意味じゃなく。
「僕は侍の龍威です。よろしくお願いします」
「機械技師のレンジだ。よろしく」
「裁縫師のアイです。よろしくお願いします!」
三人がそれぞれ自己紹介し、トレーニングを続ける事になる。
正直、そろそろ俺以外のギルドメンバーが女ばかりな事に限界を感じていた。あわよくば、リュイをギルドに誘いたいが、まだ彼がソロプレイヤーかも分かっていない。さりげなく、探りを入れなくちゃならないな。
俺とリュイはアイの指示を受け、軽く手合わせする事になる。
互いに一礼し、それぞれの武器を構える。相手は小中学生で、レベルも俺とほとんど変わらない。あまり、大人げない戦いは出来ないな。
戦闘が始まり、先に仕掛けたのはリュイだった。彼は俺に向かって、日本刀による連続攻撃を繰り出していく。当然、俺はそれらをへっぴり腰で逃げかわす。
うまく軌道が読めない。アイの大針、ハクシャの拳とは違う斬撃による攻撃。ジャストガードのタイミングが掴み難く、攻撃の起点を作れなかった。
そして何より、彼は強い。アイには劣るものの、攻撃にフェイントを入れ、ガードし辛いように工夫している。どうやら、リュイはゲーム慣れしているようだ。
「さて、どうするかな」
流石に汚い手を使うわけにもいかない。正攻法でこの猛攻を突破し、一撃を与える方法は一つ。ジャストガードを成功する以外になかった。
俺は攻撃をかわしつつも、相手の技を研究する。右に左に、上や下、攻撃方向はバラバラで、なおかつスピードも速い。だが、隙は一つあった。
唯一読めるのは振り落し、振りかぶったその瞬間を狙えば、何とかジャストガードが狙えそうだ。俺は勇気を振り絞り、日本刀を振り上げるリュイの懐に入りジャストガードを試みる。
「なっ……ジャストガードですか」
気持ちの良い音共に、ジャストガード成功。俺は勢いに乗り、彼に向かってスパナを振り落す。日本刀によるガードによって塞がれたが、防御上からのダメージはそこそこだった。
「どうだ、ガードじゃ防ぎきれないだろ」
「ええ、防ぎきれません。しかし、攻撃を受けることが、必ずしも不利になるとは限りません!」
攻撃は通った。しかし、嫌な予感がする。
俺はとっさにスパナを構え、ガードの態勢に移った。
「スキル【虎一足】!」
リュイから放たれる一閃。
速い、速すぎる! ジャストガードなんて、とても無理だ。俺は構わず、普通のガードのまま受ける。しかし、威力も半端ないのか、ガード上からかなりのダメージを受けてしまう。何という高性能な技だ。
速いし、威力も高い。あまりにも強すぎるこの技には、どうやらカラクリがあるらしい。
「受け、流し、返し、侍のジョブは相手の力を利用します。攻撃力が低くて助かったようですね」
「へえ、そんなジョブもあるのか……」
要するに、俺はカウンターを食らってしまったという事だ。
ジャストガードによって相手の攻撃をはじく俺とは真逆。通常のガードによって受け、そこから反撃を行うという剣技。これは使用が難しそうなジョブだな。まあ、天才肌のリュイにはよく似合っている。
「ジャストガード、ハクシャさんとの戦いで成功したぐらいで、良い気にならないでくださいね。見慣れた素手での攻撃は読みやすいですが、他の武器やスキルだと状況は変わってきますから」
「あまり怖い口調を使うなよ。リュイがドン引きしてるぞ……」
可愛らしい仕草をするアイを、引きつった表情で見るリュイ。顔と言動が一致していないのが、本当に恐ろしかった。
結局、決着を付けることなく、俺たちのトレーニングは終わる。時間になり、ヴィオラさんが合流してしまったので仕方ない。
リュイは彼女に対しても自己紹介し、先ほどの出来事を話す。
「へえ、そんな少しの時間で仲良しなんて、若いわねー」
「別に仲良しではありません。僕は仕方なく付き合ってあげただけですから」
「はいはい」
生意気を言うリュイを軽く流すヴィオラさん。年下の扱いに慣れているな。弟がいるのだろうか?
彼女は少年に対し、質問を投げる。どうやら、ギルドに誘う事を狙っている様子だ。
「ねえ、貴方。ギルドとか入ってないの?」
「先日まで入っていましたが、今はソロプレイヤーです」
まだ低レベルなのに、ギルドから出て行ったのか。これは明らかに訳ありプレイヤーだろう。
「何か問題を起こしたのか?」
「いえ……あんなギルド、僕の方から出てやったんです。どいつもこいつも、僕の価値を全く分かっていませんから。本当に勘弁してほしいですね」
随分とプライドが高い奴だな。まあ、この歳であそこまで戦えるのなら、傲慢になるのも分かるが。しかし、これじゃあ周りから孤立するだろ……
ああ、孤立したから、一人でプレイしてるのか。もしかしたら、これがソロプレイヤーの始まりなのかも知れない。