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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(現実世界) 魔物の村クラーレット
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178 ドクターナイトフィーバー!

 ヘッドギアを装着した俺たちは、【ディープガルド】へとログインする。アイと再び会うにはブレインさんとの決闘デュエルに勝つしかない。

 本来なら、俺は前回ログアウトしたエピナールの街から再開される。しかし、ブレインさんが細工を行ったのか、そこからゲームが始まることはなかった。

 俺がログインした場所はどこかの闘技場。空は暗闇に覆われており、悪魔を模した場内の装飾が不気味な雰囲気を漂わせている。明らかに、王都の闘技場とは違っていた。

 しかし、そんな事はどうでも良い。今は俺と同じように観客席に座っている観客たちだ。


「ももももも……モンスター!?」


 スライム、ゴブリン、ワーウルフ……お馴染みのモンスターから知らないモンスターまで、あらゆるモンスターが顔を揃えて座っている。彼らは興奮した様子で、舞台に向かって野次を飛ばしていた。

 まさか、騙されたのか……? ハクシャとも逸れてしまったようだし、別々に仕留めるためにこんな事を……

 俺はスパナを構え、その場から逃げ出そうとする。しかし、そんな俺を一人の女性が止めた。


「落ち着いてください。彼らが危害を加える事はありません」


 声のした方を見ると、そこには懐かしい姿があった。俺がこのゲームで最初に出会った人。スキル【奇跡】を与えてくれた人……

 随分と懐かしい気分だ。まず、彼女で間違いない。


「貴方は……NPCのお姉さん……!?」

「またお会いしましたね。レンジさん」


 女性は初ログインの時、ヘルプ機能で現れたNPCだった。

 再会を喜びたいところだが、今は状況の把握が必要だ。彼女の言うように、周囲のモンスターは襲ってこない。まるで他のNPCと同じ人間のようだった。

 いったいどういう事だ。そもそも、ここはどこなんだ。なんで俺は闘技場に呼ばれている。

 その疑問はNPCのお姉さんの口から明かされた。


「ここは魔物の村クラーレット。別名はモンスター村で、戦闘意思のない言葉を話すモンスターが集まる場所です」

「初めて聞きましたね……」

「ここは最終大陸である【ヴァイオット大陸】ですから。その中でも、この村は更に隠されています。一種のおまけ要素と言える場所ですね」


 なるほど、ブレインさんは誰にも邪魔されないように、プレイヤーの少ないこの村に移動させたのか。そして恐らく、この闘技場で今から戦うのは彼とハクシャ。俺は観客として見ていろって事か。

 まあ、説明役がいるのはありがたい。このお姉さん、やっぱり他のNPCと違って、運営の指示で動いているんだな。


「申しおくれました。私の名前はPCピーシー。Dr.ブレインに【ディープガルド】の管理を任されたNPCです」


 PC……パーソナルコンピューター? それとも、プレイヤーキャラクター?

 パソコンは個人個人で使用する家庭用機器。プレイヤーキャラクターは俺たちゲームプレイヤーの事。NPCの名前が、Nノンの付いていないPCプレイヤーキャラクターのはおかしい。どちらも疑問が残る。

 まあ、今はそれどころじゃないか。僅かな違和感を感じつつ、俺はこの疑問を流した。


 そうこうしている内に、いよいよショーが幕を上げる。実況のダークフェアリー少女が、見かけによらない大声で開催を告げたのだ。

 俺はPCさんと共に、姿勢よく闘技場の舞台を見つめる。なんだか真面目なこの人と一緒にいると、いつも以上に緊張してしまうな。


『レディースアーンジェートルメン! 今宵は皆様に最高の決闘デュエルをお届けします! その眼にしかと焼き付けてください!』

「さあ、始まりますよ。貴方の命運をかけた戦いが……」


 ダークフェアリーは【交信魔法】コンタクトによって、会場全体に声を響かせていく。彼女の声を聞いたモンスターたちは、一斉に歓声をあげた。

 凄いテンションだな……よっぽど、この対戦カードに興味があるのか。それともただの暇人か。

 何にしても、ハクシャにはこの会場の雰囲気に飲まれないようにしてほしい。俺なら調子が狂っちゃうからな。


『まずはー! 挑戦者……巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】、格闘家モンクハクシャー!』

「ぶっ潰せー! お前に賭けたぜー!」


 賭けまでやってるのかよ! ヒスイさんによって、殆どのNPCは【ディープガルド】の危機を知っているはずだが……ここの住民はどこまでもお気楽だ。

 【奇跡】のスキルを研ぎ澄ますと、モンスターたち全員が魂持ちだと分かる。こいつらにも命の危機が迫ってるはずなんだけどな……


「何なんですかこの茶番は……」

「ゲームですよ。貴方もゲームは好きでしょう?」


 PCさんは小悪魔的な表情で笑う。瞬間、俺の背筋に原因不明の寒気が走った。

 俺はキレたら頭が真っ白になる性格を嫌悪し、平凡な人生を望んでいる。だからこそ、厄介事から目を逸らすために危機回避能力が発達していた。

 そのおかげで、ヤバイ存在や身の危険は感覚的に分かる。PCさん……貴方はいったい何者なんですか……

 彼女は俺とは目を合わさず、入場するハクシャを見つめる。まあ、今はあいつの戦いが重要だ。相手は【ディープガルド】開発チーフのDr.ブレインなんだから。


『そしてー! いよいよ現れますはこの闘技場のスパースター。我らの! 世界の! ドックタアアアァァァー! ブッレイイイイイイン!』


 そう、実況が放った瞬間だった。

 突如、闘技場の全証明が消灯し、周囲は暗黒に包まれる。やがて、舞台の一画がスポットライトによって照らされた。

 そこに立っていたのは、ハクシャの対戦相手であるブレインさん。ど派手で胡散臭い民族風の衣装を身に纏い、その手には杖がにぎられている。

 ジョブは分からないが、装備はそこそこに整っているな。しかし、それよりも驚いたのは会場のボルテージだった。


「待ってたぜェー! 俺たちのヒーロー! Dr.ブレイン! イエーイ!」

「キャー! 今絶対に私のこと見たわ! Dr.ブレイン! サイコー!」


 近くに座っている二人のモンスター。ミノタウロスのおっさんと、ラミアのお姉さんが滅茶苦茶興奮している。

 しかし、それだけではない。会場にいる全てのモンスターが歓喜し、黄色い声を上げている。まさにスーパースター。ログイン前とは明らかにキャラが違う。

 ブレインさんが右手を振り上げ、決めポーズを取る。それと共に会場のライトが一斉点灯し、ハードロックなBGMが鳴り響いた。

 実況のダークフェアリーが、男にコンタクトの魔石を渡す。彼はそれに向かって荒々しい言葉を放った。


「今日も無謀な挑戦者がやってきた! この、Dr.ブレインが軽く葬ってやるぜェ!」

「Dr.ブレイン! Dr.ブレイン! Dr.ブレイン!」


 なんだよこれ……こんな茶番が用意されていたのかよ……


「今までの会話時間返せよ……! バカ野郎!」


 シリアスなんてとんでもない。唯のバカでした。ギャグキャラでした。

 マクスウェルの悪魔の下りは何だったんだよ! もう、まともな心境で貴方の言葉は聞けないでしょう。

 こんなど派手な登場をしてもまだ足りないらしい。舞台から爆発音が鳴り響き、そこから火を吹き上げる。それと同時に、ブレインさんは華麗なステップで踊り始めた。


「ふー! ヒャッハー! ワオワオワオ!」

「Dr.ブレイン! Dr.ブレイン!」


 無駄に上手くて、無駄にかっこいいのがムカつく。なんかイラッとくる。決闘デュエル受けたのは目立ちたかっただけだろ。ハクシャは舞台上で爆笑してるぞ。

 これがどういう状況なのか。俺はPCさんに会話をふってみる。


「踊り出しましたよ……」

「スーパースターですからね」

「何でそんなに冷静なんですか!」


 どうやらいつもの事らしい。いい歳して何やってるんですか……

 観客席の俺に気づいたのか、ブレインさんはこちらに視線を向ける。うわ、目が合っちゃった。嫌だなあ……と思いつつ、俺は彼の弁解を聞く。


「これは違います。この【ディープガルド】の管理はPCに任せていますので、僕には神になる資格がありません。その結果、僕はスーパースターになる事にしました」

「どうしてそうなった!」


 いろいろ重要な部分が抜けている説明ありがとうございました。これ以上は聞きたくありません。

 ブレインさんがまさかのボケを行ったことにより、何だか少しほっとしたな。この人は研究に魂を売った化物なんかじゃない。列記とした人間なんだ。

 場が和んだのか盛り上がったのかよく分からないが、機嫌が悪かったハクシャもご満悦な様子。先ほどからずっと笑い転げていた。


「はっはっはっ! お前、面白いな!」

「ええ、僕は今が面白い! ここは日々のストレスを発散させる場所ですからね! イエーイ!」


 ストレス発散か……この人はゲーム開発チーフとしてずっと働いてきた。高層ビルが立ち並ぶ大都会。妥協のないビジネススーツを身に纏い、彼は何を思っていたのだろうか。

 ビジネスマンの気持ちなんて、学生の俺には分からない。血は繋がっていないものの、娘に対してあれほど冷酷な言葉を吐いたんだ。彼にとって、仕事とは何なのだろうか。

 ブレインさんはコンタクトの魔石に向かって叫ぶ。闘技場のモンスターたちに共感を求めるように……


「開発チーフなんてろくなものじゃないですよ! 上からは売り上げ伸ばせ、研究成果を上げろ! 下からは助けてください、扱い良くしろ! そりゃ心も凍りますよ! NPCや娘なんかに構ってられるか!」

「ブレインさん……」


 典型的な中間管理職だな。ずっと、ストレスを抱えていたんだろうか。

 ブレインさんは心の丈をぶちまけ、人差し指を天に向かって立てる。それと同時に、場内は更に盛り上がっていく。


「もっと売り上げを! もっと研究成果を! ヒャッハー! イエーイ!」

「Dr.ブレイン! イエーイ!」

「Dr.ブレイン! イエーイ!」


 スポットライトが舞台を照らす。ハードロックは更に激しさを増していく。

 会場のボルテージは上がり、モンスターたちは口々に言う。「早く始めろ!」、「いけっ! ぶっ倒せ!」と……

 俺も心臓が高鳴って仕方がない。そうだ、これが決闘デュエルだ。これがゲームだ。

 ハクシャはこれを求めていたのかもしれない。左掌に右拳を当て、あいつは不敵な笑みを零す。今のあいつは眼鏡をかけていない。熱血漢な格闘家モンクハクシャだった。

 そんな彼に対し、ブレインさんは最後の警告を行う。今更、そんなことを言ってもあいつは逃げないけどな。


「レベルは同数値! スキルレベルも同数値! 性能の良い装備もしていません! 平等な条件ですが、僕は罠を仕掛けている! それでも貴方は戦いますか!」

「当然だぜ! せっかく最高の舞台を用意してもらったんだ!」


 ブレインさんは何かを企んでいた。だけど、ハクシャは全く退く気はないし、否定する気もない様子。まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいか。

 ファンサービスを終えたブレインさんはハクシャと向き合う。実況のダークフェアリーが右手を握り、そんな二人へと視線を向ける。いよいよ、その時が訪れたようだ。


『さあ! お待たせしました! 決闘デュエル開始です!』

「【ディープガルド】開発チーフ……いえ、その肩書はこの場に不必要! 商人マーチャントDr.ブレイン! いきますよ!」


 プレイヤーネーム、Dr.ブレイン。そのジョブは商人マーチャント

 まさにビジネスマンってわけか。アイテム師の役割を持っていると聞いているが、さて何を仕掛けてくるか……

 相手は生産職だ。力勝負を行う事はないだろう。

 警戒すべきはアイテムとペットスキル。ハクシャが商人マーチャントの戦い方を把握していればいいが、まあ知ってるはずないよな。俺もあんなマイナージョブは知らない。


 様子を見るハクシャ、ニヤニヤと笑うブレインさん。

 この決闘デュエル、一筋縄ではいかないだろうな。

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