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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(現実世界) 魔物の村クラーレット
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177 永遠の眠り姫

 俺はこれ以上の詮索をやめ、アイの話しを切り出そうと考える。しかし、ゲームクリエイターを目指すハクシャが、ブレインさんの話を突き詰めていく。

 眼鏡の下では鋭い眼光が光り、まるで何かを探っているようだ。やっぱり、【ディープガルド】内での熱血漢は全て演技。本来は冷静で思慮深い奴だったんだな。


「貴方は情報によって、何を狙っているんですか?」

「人類の進化ですよ。僕は常に新しい境地を求めています。今はデータ上に理想世界を作る事ですかね。【ディープガルド】はVRMMOでも特殊でして、男女比率が限りなく5:5に近い。それに若い人が多いのも良いですね。可能性に溢れています」


 確かに、【ディープガルド】は他ゲームより女性が多すぎる。俺は可愛らしい世界観と、生産システムの充実がその理由だと思っていた。だけど、実際はそうなるように、この人が操作していたんだ。

 恐らく、最初からこの形になる事を前提で作られた。ゲームとして不自然な部分は、全部この人が操作していたと考えていいかもな。

 ブレインさんは上機嫌のまま、自らが製作したゲームを語る。


「やっぱり、ゲームデザインをリアルではなく、ファンシー路線にしたことが功を奏しましたか。出来るだけ条件が平等になるよう、ゲームバランスには気を使いましたよ。ジョブやスキルはとにかく均等にしています。偏ってしまえば研究が台無しですから。大切に大切に育てていかないと……」

「その大切に育てた世界が滅茶苦茶だぜ? それは想定外じゃないのか?」


 ここで、ハクシャが更なる突っ込みを入れていく。【ダブルブレイン】は【ディープガルド】を混乱状態威に陥れ、運営の組み立てたNPCの虐殺を行っていた。それを黙認することが研究の一環らしいが、どうにも話が繋がらないな。

 しかし、それもそのはずだ。ブレインさんたち運営の思想は、俺の考えが及ばないほどに異常だった。まさに、狂人の域に達していたのだ。


「ええ、嬉しい想定外ですね。僕の作った世界で進化した人類が生まれ、そして現実への革命を起こそうとしている。素晴らしいことじゃないですか!」

「あいつらの計画が成功したら、現実がどうなるか……貴方だって死ぬかもしれないんですよ!」

「もしそうなれば、それが人類の進化によって行き着いた先。所詮そこまでの存在だったという事でしょう」


 研究に全ての身を捧げているというわけかよ……やっぱり話にならないな。

 今やるべき事は現実のアイと接触すること。目的が最優先なのは変わらないし、本題の方をはぐらかされたら厄介だ。だからこそ、すぐに俺は話しを切り出した。


「貴方がこのゲームに何を求めているか、現状の立ち位置も含めて理解しました。僕たちの敵ではないというなら、もうこの件に関しては何も言いません。ですが、ここから本題です」


 もうすぐ、本当のあいつと出会える。そのために、俺はここまで来たんだ。


「貴方が里子として引き取った娘。大国愛に会わせてほしいんです」

「なるほど、僕としては構いませんよ。ですが、貴方は彼女がどういった存在か認識し、その上で接触を望んでいるのでしょうか?」


 どういった存在って……あいつはVRMMOの世界でビューシアと名乗り、プレイヤーキラーとしてその名前を上げていた。最強と呼ばれる五本指の一人に数えられ、同時にゲーム世界転生者組織【ダブルブレイン】の一人でもある。

 七人の中では唯一現実を捨てていない普通のプレイヤーだ。【ディープガルド】開発者であるブレインさんの里子である以外は、俺と変わらない人間のはず。

 だけど、何だこの質問は……何なんだこの違和感は……


「どういう事でしょうか……?」

「その反応からして、どうやら知らないようですね。良いでしょう、覚悟があるのなら僕についてきてください」


 そう言うと、ブレインさんはソファーを立ち上がる。俺たちをアイの元に連れて行ってくれるようだ。

 ハクシャは拳を握りしめ、その瞳を真っ直ぐと見据える。これは、俺も覚悟をした方が良さそうだな。

 アイ……お前は俺に何を見せるつもりだ?

 希望か絶望か。どちらにしても、この眼に確りと焼きつけてやる。それが、あいつと向き合った俺のけじめなんだから。
















 扉を開けた先に待っていた少女。その姿を見て、俺の中の歯車が噛み合った。

 ルルノーさんが言っていた『後悔する』ということ。あいつが常軌を逸した思想を持ち、悪としてのカリスマ性を持っていたこと……

 凄まじいゲームの技術を持っていたこと。どんな時間であろうと俺たちの我ままに付き合っていたこと……

 その全てに合点がいってしまった。


「これは……」

「大国愛、彼女は最初からこの世界に存在しなかった。彼女は仮想世界の住民だったんですよ」


 薄暗い部屋、点滴用の管やケーブルによって繋がれた少女。彼女は決して目を覚まさず、ベッドの上で眠りつづけていた。

 ゲーム世界で会った彼女よりも、遥かにやせ細っている体。肌も色白く、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚い存在だ。

 いつも笑顔で、元気が取り柄だったあいつの顔が浮かぶ。ゲスな顔も見せていたけど、今はそれすらも叶わない。

 あいつと繋げられたモニターには、あらゆる情報が羅列されている。今の彼女がどんな状況なのか。そのモニター越しで確認することしか出来なかった。


「13年前、僕は生まれながらにして意識がなく、親にも捨てられた彼女を引き取りました。現実世界では決して目を覚まさず、世界がどういった物かも認識していない少女。僕はダイブシステムによって、彼女の意識をデータ世界に呼ぶ実験を行いました」


 ブレインさんは語る。アイがどんな存在か、どうやって人格を手に入れたのかを……

 生まれてから一度も目を覚まさなかった少女。悪い言い方をすれば人間として欠落した存在で、本来は人格すらも持たなかった。

 しかし、ブレインさんはそんな彼女をバーチャル世界に引きずり込んだ。結果として、仮想世界内だけで生きる存在が完成した。


「闇の中で生き続けたこの少女と是非接触してみたかった。実験は見事に成功。彼女は重要な研究対象として、この部屋に保管されています」


 その言い様に、俺は僅かな怒りを覚える。どんな形であれ、あんたの娘だろうが……


「研究対象……保管……親が子供に使う言葉とは思えませんね……」

「少なくとも、親子としての認識はありませんよ。僕として見れば彼女は優秀なモルモットです。それ以外の感情は一切持ち合わせていません」


 ブレインさんは冷酷だった。だけど、彼こそ正に研究者だ。

 NPCを実験として切り捨てたように、この人は自分の娘すらも切り捨てている。その青く冷たい目は、この世界すべてを研究対象として見ているようだ。

 ルルノーさんとは格が違う。良い意味でも、悪い意味でもこの人は本物だった。


「研究者としては一流……でも、父親としては三流以下ですね……」

「まあ、怒るでしょうね。ですが感謝してほしいものです。僕は彼女に人格を与え、肉体認識すらも与えました。彼女にとってすれば、僕は親以上の存在。神と言える存在ですよ」


 そういえばアイの奴、俺に似たようなことを言っていたな。神か……あいつが誰に似たかよく分かったよ。

 こんな環境で、真っ当な人間に育つはずがない。あいつにとって、ゲーム世界が全てだったのかもしれない。アイは本当に魔王になるつもりだったんだ……

 俺は彼女に近づき、痩せ細った手を見る。すると、ブレインさんが俺にある提案を出した。


「彼女が意識を取り戻す事。それこそが研究の最終段階です。レンジさん、その手を握っても良いですよ」

「いえ、やめておきます。僕にはその資格がありませんから」


 まだ、あいつとは分かり合えてない。あいつが眠っている所でその手を握っても意味がない。

 もう一度、ゲーム世界に戻るか? 俺はあいつが現実世界で待っていると思っていた。でも、その結果がこれだ。

 また、後戻りでちっとも前に進めない。真実が分かったところで、対処する手段がない。いつもこれだ………


 情けないなあ。ちくしょう…… 


「おい、レンジ。まさかこれで終わりじゃないよな? 勘弁してくれよ。お前はまだ何も成し遂げてないぜ」


 そんな俺の肩をハクシャが叩く。メラメラと燃えた彼の瞳は、一切諦めの感情を感じられなかった。

 あいつは視線をブレインさんに移し、威圧するかのように言葉を放っていく。言葉使いは徐々に荒々しくなっていく。


「なあ、ブレインさんよお。アイの世界は二つじゃない。三つ目があるんだろ? まさか、ゲーム世界の中だけで生き続けてるわけないしな。バーチャル世界にも現実に似せた世界がある。違うか?」

「はは、感の良い子供は好きですよ」


 男が笑った瞬間だ。突如、ハクシャは彼の胸ぐらを掴む。

 今にも殴り倒しそうな状況。おいおい……これはまずくないか……?


「おいハクシャ……!」

「その世界にレンジを連れていけ。俺は本気だぜ……」


 確かに、バーチャル世界はVRMMOだけじゃない。元々、このシステムは医療用のもの。通常時のアイが生きる世界も存在するはずだ。

 現実と同じ速度で時間が流れ、現実と同じように不便に作られた世界。意識を失った人間用の場所があるはずなんだ。

 だけど、それにしてもハクシャのやり方は暴力的。ブレインさんは顔色一つ変えていないが、流石に止めないとまずいだろう。相手はVRMMOの第一人者であるエリート育ちなのだから。


「ハクシャ、それにしたってこんな方法じゃ……」

「シュトラに伝言を頼んだだろ。『俺はお前とは違うみたいだ』ってな。お前は優しい。敵を倒すにしても、簡単には割り切らずに最善の道を模索している。でも俺は違う。ムカつく奴がいれば、スカッとぶっ飛ばしてやりたいんだよ」


 まさか、本気で殴る気か? そう思ったのと同時に、ハクシャは掴んでいた男を下ろす。どうやら、現実の暴力に訴える気は全くない様子だ。

 ポーカーフェイスのブレインさんに対し、あいつははっきりとした口調で言い放つ。これはゲームプレイヤーからの挑戦状だった。


「Dr.ブレイン、お前に決闘デュエルを申し込む。お前もゲーム制作に携わっているっていうのなら、ゲームで白黒はっきりさせようぜ。俺が勝ったら、レンジをアイに会わせろ。俺が負けたら素直に手を引く」

「良いですね! 僕もゲームは大好きです。是非やりましょう!」


 その提案を快く飲むブレインさん。この人も何か考えがあるんだろう。

 ゲームクリエイターであるブレインさんと、それを目指すハクシャ。二人の間に火花が散っているように見えた。

 俺とアイの決着の前に、ここに一つの因縁が生じる。ハクシャが負ければ、俺はこの件から手を引かなければならない。しかし、それはどうでも良かった。

 今はハクシャの事だ。どうして急にこんな事を……


「お前一体何を……」

「止めんなよレンジ。お前にはお前の戦いがあるように、俺には俺の戦いがある。喧嘩で解決ってのは、お前の理想通りじゃないかもしれない。だけど、世の中って何でもかんでも上手くいくわけじゃないだろ? だから頼む。ここは俺に任せてくれ!」


 ああ、そうか……これがこいつの役割だったのか。

 俺が【ディープガルド】で出会った人たちには、それぞれの意思や戦いがあった。ハクシャにもついにその時が訪れたという事だろう。

 こいつなら大丈夫だ。こいつならこの場を任せられる。俺はハクシャを信じていた。


「分かった。頼んだよハクシャ」

「ああ、頼まれたぜ!」


 眼鏡をかけた俺と同い年の男。俺が初めて【ディープガルド】で戦ったプレイヤー。

 そんな彼と向き合うのは【ディープガルド】開発チーフであり、VRMMO開発の第一人者であるDr.ブレインだ。恐らく、一筋縄ではいかない相手だろう。

 敵はこのゲームの事を知り尽くしている。当然、なにが強いか何が最善か、手に取るように分かっているはずだ。


「では、ヘッドギアを出してください。言っておきますが僕は強いですよ。何せゲーム開発チーフ、一番の責任者なんですから!」

「ははっ、そりゃ楽しみだな!」


 俺たちは持ってきたヘッドギアを渡し、【ディープガルド】へのログインルームへと向かう。現実の戦いと思っていたが、結局ゲームで全部決める事になってしまった。

 まあ、俺たちはゲーマーだ。ゲームで語るのが一番手っ取り早いだろう。

 ブレインさんの心を掴むためにも、拳と拳のぶつかり合いは必要だったのかもしれない。

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