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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午後) セルリアン雪原
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174 彼女こそがラスボス

 スマルトの王宮、その一室にエルドは放り込まれた。

 窓は割れ、周囲の家具は壊れている。その光景から、恐ろしいほどの衝撃で叩きつけられたと判断できた。

 英雄は床に手を付け、ゆっくりと立ち上がる。身体の様子がおかしい。思うように動かない。


「酷くやられた……読み負けた……か……」


 彼はふと、割れた窓へと視線を向ける。そこから見えたのは眩い太陽。エルドは自らの手をかざし、その光を遮ろうとする。


 しかし、それは叶わなかった。

 彼の手は光を透過し、そこから太陽が見えていたのだから。


「眩しい……な……」


 手だけではない。足も、身体も、自分の存在全てが薄れていくと分かった。もう、止めることなど出来ない。

 それでもエルドは笑う。怖くなんてない。本当に怖いのは全てに絶望し、諦めることだ。

 まだ、戦える。まだ、戦える。まだ、戦える……

 そう自分に言い聞かせ、エルドは地下へ向かって歩き出す。


 俺には守るべき人がいる。まだ……俺は……
















 スマルト王宮の三階。私、イシュラはシュトラと一緒に最ログインし、【ダブルブレイン】が集めた本を読み進めていた。

 かれこれ二、三時間はこんな感じね。入れ替わりでログアウトしたヴィオラとノランもすぐにログインし、再び四人が揃う。でも、これといった情報は手に入らなかったわ。


「全っ然ダメ! 無駄な設定しか書いてないじゃない!」

「そうかな? 私は面白いと思うけど……」


 私が文句を言っていると、シュトラがそう反論する。そういえばこいつ、読書とか好きだったわね。たぶん、神話とかそういうのに興味があるんでしょう。

 でも関係ないわ。私がほしいのは黒幕の情報よ。読書しにこんなところまで来たんじゃないのよ。


「誰が世界を作ったとか、私たちを呼んだとか、知ったことないわ。居もしない神様の話しなんてどうでも良いのよ!」

「え? 本に書かれてるなら神様っているんじゃないの?」


 私がシュトラに反論し返すと、ヴィオラが口を挟んでくる。

 まったく、何を言っているのかしら。神様が存在するなんて、本当におめでたいこと言ってるわね。そんな非現実的な思想に付き合っていられないのよ。


「あのね……そんな空想上の話しを待ち出さないでくれる?」

「だって、ここって空想世界よ。ゲームの設定なら神様だって作られてるんじゃないの?」


 そんなヴィオラの言葉に、私は目を丸くした。

 た……確かにそうね……ここは完全にゲームの世界。私の方がおめでたいことを言ってたわ。

 おバカなメンバーが残ったこともあって、シュトラとノランも同じように目を丸くしている。そんな私たちに対し、ヴィオラは急に慌てだした。


「え? 私なんかおかしなこと言った?」

「おかしな事じゃないよ! すっごいど正論だよ!」


 少女ノランの言うように完全ど正論ね。どうして今まで気づかなかったのかしら……

 この本に書かれている物語は全部おとぎ話なんかじゃない。そういう設定として作られた以上、この【ディープガルド】で実際に起こった紛れもない現実なのよ。

 だから神様もいるわ。神様は私たちプレイヤーをこの世界に呼び寄せた。そして、ジョブやスキルを与えたのよ。


「ルルノーは『私たちには私たちの神がいる』と言ってたわ。ダブルブレインの神……つまり、データ世界の神って事なのかも」

「話しが繋がってきたわね。【ディープガルド】の神とダブルブレインの神、同じ存在っていう可能性は高いと思うわ」


 ヴィオラも同じことを考えていたか。【ダブルブレイン】の奴らがここに神様の記述書を隠していたって事は、両方の関係性が高いって事。そうよ、この世界の神様なら人間をダブルブレインに引きずり込むことだって出来る。

 エルド、ルルノー、イデンマ、ヌンデル、リルベ、マシロ。六人のダブルブレインを導き、そこにビューシアを加えて【ダブルブレイン】という組織を作った黒幕。私はその正体に一人の目星を付けた。

 以前、私は『この人が神様なんじゃないか?』って思ったことがある。そうよ……私に特別な力を与えたあいつ……あいつが神様なのよ。


「でもでも、その神様に会えるのかな? ノランちゃん、どんな人か知らないよ」

「一人、心当たりがあるわ。ここにいるメンバー……いえ、それだけじゃないわね。多分全プレイヤーが出会っていると思うわ」


 ノランは知らないと言ってるけど、知らないはずがないわ。だって、全てのプレイヤーはゲームを始めたとき、あいつに会っているんだから……

 名前は知らない。だけど、あいつは人間じゃなくてNPCノンプレイヤーキャラクター。たぶん、運営サイドとも繋がっている。黒幕の可能性はかなり高いわ。


 ようやく尻尾を掴んだ。だけど、あいつに近づく方法がない。

 それに、本当に黒幕がこの世界の神様なら、私たちに勝ち目なんてあるの……?


「結論は出ましたね。では、行きましょうか」

「わ……! ミミいたの!?」

「はい、いました」


 【ROCOロコ】のギルドマスターであるミミ。とっくに逃げちゃったと思ったけど、ずっとこの部屋にいたのね。目的は達成したのに、何を考えてるんだか。

 それに、行くってどこに? 早くこの宮殿を脱出しようって事かしら? ま、確かにもうここにいる意味はないわね。


「分かったわよ。じゃあ、ワープの魔石で脱出しましょ」

「違います。宮殿の地下に戻りますよ。たぶん、黒幕さんは気付かれちゃったことに気づいちゃったと思います。ルルノーさんが組み立てたプログラミングの回収を行っている事でしょう」


 ちょっと……ミミ、なに言ってるのよ。

 あんたおバカで天然な子でしょ? なに急にペラペラしゃべってるのよ。なに急に真面目な顔してるのよ。全然キャラじゃないじゃない。

 唖然とする私たちなんてお構いなしに、麦わら帽子の女性はペラペラと喋っていく。こいつがこんなに喋るところ、初めて見たかも。


「機械を壊しても、データはそこに残りつづけます。ルルノーさんはまた作り直せばいいと言っていましたが、それなら今あるものをコピーした方が早いですね。敵は事が落ち着くまで回収に動かなかったと思いますが、こうなってしまえば強行策でしょう。貴方たちが正義で動くのなら、地下に向かうべきです」


 『貴方たちが正義で動くのなら』って、随分と斜め上からの言葉じゃない。つまり、こいつは正義の味方でも何でもなくて、事のついでにアドバイスを与えてるって感じかしら。

 それにしても、随分と先のことまで読むじゃない。どこまで知っていたかは知らないけど、やっぱりルルノーと近い位置にいたのは偶然じゃないのね。

 ヴィオラはそんなミミに対し、単刀直入に疑問を投げる。


「ミミ……貴方は何者なの?」

「私はルルノーさんの知り合いですよ。多少、VRMMOに関しての知識があるだけです」


 無表情で農家ファーマーはそう返した。

 本当に、こいつは最後まで謎の存在だったわね。まあ、敵じゃないのならそれで良いか。




 ミミのアドバイスを受けた私たちは、再び王宮の地下へと走る。

 どうも、ミミ本人もこのまま私たちに付いて来るみたい。戦えないくせに、一丁前に好奇心だけは強いんだから。頭の良い奴ってのはこんなものなのかしら。


 地下へと降りる階段の途中、アパッチから重要な通信を受ける。どうも、エルドの撃破によってこの戦いの勝利が確定したみたいね。

 だけど、私たちの戦いは終わっていない。外のごたごたは続いているみたいだけど、出来れば増援が欲しいわ。なんか、ヤバい予感がして仕方がないもの。

 このまま、ここで待機して外からの支援を待つという方法もあった。でも、どうも私たちはそのタイミングを逃しちゃったみたい。


 まさか、この場面で最悪な奴に会っちゃうなんてね……


「行かせ……ない……」


 地下へたどり着いた時だった。私たちの前に一人のプレイヤーが立ち塞がる。


「あいつの邪魔はさせない……ここを通すわけにはいかない……」


 薄暗い地下で、その男は待っていた。最強のゲームプレイヤー、英雄と呼ばれる敵組織の頂点。この世界で暗躍し、ずっと倒さなくちゃならない大ボスだと思っていた存在。

 飛竜狩りのエルド、あいつがこちらに向かって剣を構える。

 本来なら、絶望する場面でしょう。でも、絶望より先に私は別の感情を抱いてしまった。だって、あいつの体が……体が……


「あんた、消えかけてるわよ……」

「みたいだな……」


 戦えるはずがない。そんな状態で、エルドは立ち塞がっていた。

 体のいたるところが透けて見え、損傷の激しい左脇腹は完全に消滅している。他のダブルブレインだったらとっくに戦闘不能でしょう。それでも、こいつは一人で私たちを止めようとしていた。

 シュトラは胸を抑え、切なげな表情を浮かべる。たぶん、目の前にいるこいつの未来が見えたんでしょう。


「ねえ、死んじゃうの……?」

「ああ、そうだな……」


 英雄。

 確かにこいつは英雄だった。

 これが、意志を貫くという事。この世界の悪として堂々と君臨するという事。一歩も引かず、決して自らの行動を改めることなく、最後まで剣を振るう。

 本物中の本物。悔しいけど、認めざる負えないわ……


「俺はこのありさまだ……放っておいても死ぬかもしれないが……まあ……最後まで気張っていくさ……」


 自分の剣すら持てないのか、エルドはそれを引きずるように近づいてくる。そこから放たれる殺気は、今までに経験した事ないほど悍ましいものだった。

 なによこいつ……消えかけてるのに……死にかけてるのに……


 全く勝てる気がしない。


「さあ……! 俺を最後まで楽しませてくれえええ!」

「いいわ、レンジの友達さん! お姉さんが相手してあげる!」


 そんな彼の剣を受けたのは、剣士ソードマンのヴィオラ。あの、最強プレイヤーであるエルドの動きに充分対抗出来ている。

 剣士ソードマン同士の戦い。それも、両方ともスピード特化の軽剣士のようね。

 ヴィオラが敵と組み合っている間に、私たちは通路の奥へと走り出す。もう、こうなっちゃったら引き返すことは出来ないわ!


「ノラン! イシュラちゃんたちを頼んだわよ!」

「うん! ノランちゃん頑張るよ!」


 繰り出されるエルドの剣技。速すぎて分からないけど、それらをヴィオラは的確に捌いていく。そして、その間にノランが私とシュトラの手を握った。

 今まであまり意識してなかったけど、やっぱりヴィオラって強いのね。そして、そんな彼女の言葉を受けてすぐに私たちの手を引くノラン。こいつら、良いギルドじゃない……

 私も負けてられない。ヴィオラを一人残し、残りのメンバーはさらに奥へと走っていった。




 停止した操作システム。それが置かれた部屋の扉を開ける。

 どうも、ミミの言うように既にあいつは気付いていたみたい。完全に静止した機械の前で、彼女は待っていた。


「気づいてしまいましたか。しくじりましたね」


 特徴はない女性。初めてログインした時、地味な風貌だったし全く気に留めなかった。

 二度目に会った時、私はこいつから【万象】のスキルを貰う。全部、予定調和だったのかしら。その答えは多分どこにもない。


「私のことを記述した本を回収しましたが、かえって怪しまれてしまいましたか。いえ、それがなくても、いずれ知る事にはなったでしょう」


 そう言えば、こいつは『貴方に神様の祝福あらんことを』って言っていたわね。

 まったく、笑えない冗談よ。こいつ自身が神なのに、あえてこんなことを言うなんて趣味が悪すぎるわ。

 シュトラとノランは驚愕し、ミミは全てを分かっていたような表情をする。やがて、シュトラの口から言葉がこぼれる。それが、今分かっている目の前の女性の立場だった。


「最初に会った……NPCのお姉さん……?」


 そう、こいつは最初のジョブやスキル選択の時に現れるNPC。他にも、ヘルプ機能の時にも姿を現すわね。まさか、こいつが神だったなんて……

 敵か味方か分からない。でも、私の予測が正しければ多分……


「そうでした。私が名乗るというイベントはありませんでしたね。いい機会です」


 女性はそう言うと丁寧に頭を下げる。そして自らの名前を明かした。


「私はPCピーシー。この【ディープガルド】を管理する人工知能です」


 PCと名乗る彼女は無表情だった。だけど、どうにも嫌な感じがして仕方ないわ。

 敵……そう思えて仕方がなかった。

 全てを導き、全てを知り、全ての始まりとなった存在。たぶん、それがこいつなんだ。


 これは確信ね……彼女こそがラスボスよ。

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