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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午後) セルリアン雪原
174/208

173 天守閣に立つ者

 ヴィルの奏でた【狂詩曲ラプソディ】は、相手をバーサク状態にするスキル。バーサクとは攻撃力が上昇する代わりに、プレイヤーの判断力が鈍ってしまう状態異常だ。

 スキル【覚醒】は本来、能力値全てが上昇する代わりに重度のバーサク状態になるスキル。まさに最後の悪あがきで、戦闘を運に任せるものだと言っていい。

 しかし、無心になった体にNPCの記憶を入れ込めばノーリスクで動くことが出来る。これが【エルドガルド】のプレイヤーが使う【覚醒】。本来なら敵は既にバーサク状態であるはずだ。


 だが、エルドはバーサクの状態異常に掛かった。片目だけに紋章が浮き出た【ダブルブレイン】の【覚醒】は種類が違うらしい。恐らく、これもルルノーが作ったチートの一種だろう。

 このバーサクは後に影響するはずだ。しかし、エルドは焦ることなく、むしろ歓喜に震えていた。


「バーサクとは良いものを貰った。もう何も考えずに思いのままに戦える! ただ、戦って戦って戦い抜く! こんなに嬉しいことはない!」

「……心ばかりのプレゼントって事にしておくよ」


 ヴィルは不機嫌そうな顔をし、クロカゲの後ろに下がる。スキルのチョイスミスか。いや、思考の鈍った人間には必ず穴がある。人間を捨てたダブルブレインでも例外ではない。

 やがて、バーサクの影響が出たのか。エルドは予想もしていなかった行動に移る。それはまさに暴走ともいえる戦略だった。


「【夜想曲ノクターン】と【小夜曲セレナーデ】の効果は切れた。さあ、ラストスパートだ! スキル【風魔法】ウィンディジョン!」


 エルドの魔法防御力と魔法攻撃力が戻る。それを見計らってか、彼は【風魔法】による攻撃へと移っていく。

 しかし、それは普通の攻撃ではなかった。エルドが魔法を発動させたのは自分の背後。なんと、彼は自らに突風を放ったのだ。

 クロカゲに悪感が走る。瞬間、強風に扇がれた英雄は、神風のようにこちらへと突っ込んでいく。

 そのスピードは今までとは桁違い。とっさに忍者ニンジャはクナイによってガードする。


「速イ……!」

「風は俺の味方だ! スキル【クリティカルブロウ】!」


 風属性の上位魔法であるウィンディジョンを自らに放ち、それを追い風として利用する。体が再生するダブルブレインにしかできない芸当だ。

 しかし、無茶苦茶がすぎる。ディバイン、ゲッカ、テイル、クロカゲ、ヴィルと連続で戦い続け、流石の英雄も限界が近づいているだろう。自分に魔法を放ち、再生力を削るなど消耗が激しすぎた。

 確実にバーサクの影響だ。ただ、思うように自由に戦っているのかもしれない。故に、動きは単調でクロカゲのガードも間に合った。


「シット……! 結構くらうね……!」


 クナイで剣を受けるが、防御上からライフを削られる。

 【クリティカルブロウ】はクリティカルヒットしやすいスキル。それをクリティカルしなかったのは、敵の命中率が【行進曲マーチ】で下がっていたからだ。恐らく、本来ならば高確率で全損していただろう。

 距離を積めたエルドは更なる一閃を放つ。が、クロカゲは後ろへと退き、先ほど召喚したガマガエルを前に立たせた。

 もう、武器の打ち付けあいすらも危険だ。ジャストガードを全く狙えず、ガード上から削り倒される。今は体制を立て直すしかない。


「空中へ逃げル! 【飛び跳ねる】ダ!」

『ゲローッ!』


 大ガマに飛び乗り、クロカゲは【飛び跳ねる】ことを指示する。しかし、空中はエルドの独擅場。当然、これに対抗してくるだろう。

 飛竜狩りの【ジャンプ】を持ってすれば、同じ高度に並ぶなど朝飯前だ。呼吸をするかのように、彼は空中戦を行えるのだから。


「俺に空中戦を挑む気か! その勝負乗った! スキル【ジャンプ】!」


 大ガマに乗ったクロカゲと、【ジャンプ】を使ったエルド。両方が【インディ大陸】の大地を離れ、空中へと跳び上がる。

 地面に降下するまでは数秒。その短い時間で全ての決着がつく。クロカゲにとって、この時間は何よりも長く感じるはずだ。

 普通に戦ってもエルドを倒す手段はない。しかし、こちらにはヴィルのサポートがある。

 クロカゲが先読みするに、彼の使うスキルは魔法防御力を下げる【夜想曲ノクターン】。【風魔法】を自らに放つエルドに使えば、その選択を躊躇させることが出来るだろう。


 やがて、ヴィルのギターからゆったりとした曲が響く。

 使ったのは【夜想曲ノクターン】。しかし、その対象はクロカゲの予測とは異なったものだった。


「スキル【夜想曲ノクターン】!」


 効果が発動された瞬間、忍者ニンジャの頭は真っ白になる。


「何でオレにスキルを……」


 ヴィルが魔法防御力を下げたのは、エルドではなく味方のクロカゲだった。

 先読みが出来ない。全く考えが分からない。

 裏切ったのか……? 初めからエルドと手を組んでいたのか……? ずっと、この最後の場面を狙っていたのか……?

 それならなぜ、【夜想曲ノクターン】を選んだ……?  あの覚悟した表情は全て演技だったのか……?


 疑問が頭の中を駆け巡る。そうしている間にもエルドの剣が迫る。

 こいつには何度も裏切られている。こいつは騙し討ちのヴィルリオだ。

 そんなこいつを信じられるのか……?


 ああ、信じるに決まっている。

 当然だ。ここまで共に戦った戦友だろ……?


「スキル【スラッシュ】!」

「味方の戦略読めなくテ……! 何が先読みダァァァ! スキル【畳返しの術】!」


 目前に迫るエルドの【スラッシュ】をギリギリのところで回避する。頬すれすれを刃が掠り、あと少しでも遅れていれば終わっていただろう。

 そんな状況でも冷静に判断し、敵の足元に畳を出現させる。そして、それをひっくり返し、空中で転倒状態にしようと考えた。

 だが、エルドの判断力はその上を行っている。出現した畳を彼はあえて蹴ったのだ。


「もっと高く……! スキル【ジャンプ】!」


 空中で敵のスキルを利用し、さらに高くへと跳ぶ。もはや、地上のプレイヤーが豆粒に見えるほど、彼は天高くへと舞い上がった。

 しかし、クロカゲも負けてはいない。彼はとっくに乗っていた大ガマの背中を蹴り、エルドに飛びついていたのだから。


「なっ……!」

「放すものカ……オレはお前と共に跳ブ! スキル【影分身の術】!」


 剣士ソードマンの右足を掴み、共に天空へと跳び上がった忍者ニンジャ。敵が動揺している隙に、彼は【影分身の術】によって周囲に自分の分身を作り出す。

 当然、エルドを掴めるのは一人なので、分身はそのまま落下するだけだ。使えるスキルもせいぜい一つが限界だろう。

 だが、それで充分だ。分身は手裏剣を握り、一斉にそれらをエルドに向かって放った。


「スキル【風魔手裏剣】!」

「スキル【チャージ】……!」


 ノックバック効果のある振り払いで、手裏剣全てを斬り弾く。それと同時に、右足を掴んでいたクロカゲを空中で蹴り飛ばした。

 降下しつつも、エルドは忍者ニンジャに狙いを定める。すでに彼のライフは限界が近く、大技を食らえば確実にゲームオーバーだ。だからこそ、英雄は大技を狙う。


「スキル【風魔法】ウィンディジョン!」


 自分の背後から突風を放ち、そのまま加速して空中のクロカゲを切り裂く。先読みの必要すらない。低級プレイヤーでも分かる必勝法だ。

 エルドは蹴り飛ばした標的に向かって剣を構える。その瞬間、彼の表情が僅かに変わった。

 恐らく、この男は気付いたのだ。自分が今、忍者ニンジャの術によって化かされていると……


 後ろに振り向く英雄。同時に、先ほど彼の蹴り飛ばしたクロカゲは煙となって消滅する。


「分身……!?」

「囮だヨ! スキル【大凧の術】!」


 そう、クロカゲは【影分身の術】使用時、【大凧の術】によってエルドの背後に飛び出していた。そして、分身の一体に彼の右足を掴ませていたのだ。

 エルドは既に、自らの背後から【風魔法】を放っている。そして、その背後にはクロカゲの本体がいる。このままでは、彼は突風の直撃を受けてゲームオーバーだろう。

 だからこそ、エルドは何もしなかった。何もしなくとも、風がクロカゲを飲み込み自分は勝てる。誰もがそう思うはずだ。


 しかし、ここでヴィルの戦略が光る。


「スキル【幻想曲ファンタジア】!」


 今まで姿が見えなかったヴィル。彼はずっと、クロカゲが召喚した大ガマの背に潜んでいた。

 そんな彼が止めに奏でたスキルは【幻想曲ファンタジア】。高レベルの吟遊詩人バードが習得するスキルだが、クロカゲはこのスキル効果を知っていた。

 彼は吟遊詩人バードのジョノを部下にしている。だからこそ、吟遊詩人バードの事はエルドより知っていた。


 荒い息遣いをし、大量の汗を流しながらヴィルは言う。


「賭けだった……スキル【幻想曲ファンタジア】は物理防御力と魔法防御力を入れ替える! その対象は君たち二人だ!」


 能力の逆転、当然かけた妨害効果も反転される。【夜想曲ノクターン】で下がったクロカゲの魔法防御力は元に戻り、逆に【協奏曲コンチェルト】で下がったエルドの防御力は魔法防御力に変換されていく。

 【風魔法】での自滅を誘うため、【夜想曲ノクターン】をあえてエルドに使わなかった。代わりに、敵が魔法攻撃を狙うようにとクロカゲに能力低下効果を発動する。

 そして、それらの方程式をクロカゲは既に読み解いていた。だからこそ、エルドの背後に回り込んでいたのだ。


「譲るよクロカゲくん。君こそがこの世界の頂点だ」


 ヴィルの声と同時に、【風魔法】ウィンディジョンがクロカゲとエルドの両方を飲み込む。だが、受けるダメージは桁違い。通常状態のクロカゲと違い、エルドの魔法防御力は低下しているのだから。

 だが、それだけではなかった。クロカゲは【大凧の術】を使っており、風の影響をまともに受ける。それが更なる追い風となり、彼のスピードを一気に加速させた。


 加速したまま、クロカゲはエルドに迫る。そして右足を振り上げ、それを標的に向かって叩きつけた。


「吹き飛べ! エルドォォォ!」

「ぐおおお……!」


 クロカゲは自分の持つ全エネルギーを右足に込める。ただのハイキックだが、この一撃に全てをかけた。

 降下を続けているものの、高度は高いままだ。加えて【風魔法】の突風。それを追い風としたクロカゲ渾身の蹴り。

 それらが及ぼした結果は、かつて誰も見たことのない超ド級のノックバックだった。


「風は自由ダ。オマエにも縛られなイ」


 まるで風に裏切られたかのように、エルドは遥か彼方へと吹き飛ばされていく。向かう先はスマルトの王宮。そのまま高速で、彼は王宮の一室へと叩きこまれた。

 同時にクロカゲの体も降下を続ける。【ジャンプ】のスキルを持っていない彼に着地など出来るはずがない。このまま地面に叩きつけられてゲームオーバーだろう。

 だが、それで良い。もう決着は付いた。記憶を奪われることもない。

 ゲームオーバーなど、大した問題では……


「負け逃げかい……? 君が頂点と言ったはずだよ……! 二度言わせないでくれ!」


 大ガマに乗ったヴィルが、それを使役してクロカゲの落下地点に走る。主人を守る使役獣と利害が一致したのだ。

 体勢を崩した忍者ニンジャ吟遊詩人バードは滑り込むように受け止める。それによりダメージを受け、彼のライフもまたレッドラインへと到達してしまった。

 だが、両方ゲームオーバーになっていない。両方とも戦場に立ち続けている。


「うおおおオオオォォォ!」

「マジで! マジで勝ちやがったァァァ!」


 戦闘が終わり、【口寄せの術】の効果が解かれる。大ガマガエルが消え、二人が地面に着地したのと同時にプレイヤーたちの歓声が上がった。

 その歓声に連合軍も【エルドガルド】も関係ない。ただ、VRMMO史上最高ともいえる決闘に対し、プレイヤーたちは心の底から歓喜している様子だ。


「こんな決闘、最初で最後だろ!」

「このゲームやってて良かった! 最っ高だっぜ!」


 いつの間にか野次馬が集まり、戦争そっちのけで観戦していたらしい。勝者への称賛がクロカゲとヴィルへと向けられていく。

 彼らの声を受けたことにより、ヴィルの目から一筋の滴が落ちる。ずっと求めていた栄光と称賛。それらを受けた吟遊詩人バードは、ただ感涙していた。

 恐る恐る、ヴィルは右手を振り上げてプレイヤーたちの声に応える。瞬間、更なる歓声がセルリアン雪原へと響き渡った。


「あはは……ようやく……ようやく僕は……」

「ま、こういうのもたまにはいいかナ」


 暫しの平和。しかし、すぐにヴィルは張りつめた表情に戻る。

 まだ、エルドの撃破を確認していない。もし生き残っていれば、そのまま逃げられてしまう。


「クロカゲくん、エルドの追撃に……!」

「いや、必要ないネ」


 そんなヴィルに対し、クロカゲは複雑な表情を浮かべた。


「確かに手ごたえはあっタ。あいつ、もう長くないヨ……」


 今、頂点による戦いに決着がつく。それと同時に、スマルトでの戦いも連合軍側の勝利となった。

 三人の戦いはプレイヤーたちを歓喜させ、ゲームの楽しさを思い出させる。素晴らしい戦いの勝者には、周囲を巻き込む力があった。

 これから、クロカゲは頂点として、この【ディープガルド】に君臨することになる。ようやく、この世界は英雄の呪縛から解放されたのだ。


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