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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午後) セルリアン雪原
173/208

172 加速する戦い

 ヴィルの無限ループにより、エルドのターゲットはクロカゲに変わる。恐らく、吟遊詩人バードのサポートを無視し、力で圧倒する作戦だろう。

 消費PPパワーポイントが二倍になる【鎮魂歌レクイエム】を警戒してか、剣士ソードマンは通常攻撃を加えていく。【譚詩曲バラード】によってスピードが下がっているため、クロカゲは猛攻に応戦できた。


「スキル【空蝉の術】。【行進曲マーチ】とのコンボで攻撃を回避すル」

「見切り、射抜くだけだ。問題はない」


 クナイと剣が互いに打ち付けられ、火花を散らす。その間、クロカゲは【空蝉の術】を使用し、自らの回避率を上昇させた。

 以前、ジョノとの連携でも使った戦術。命中率を下げる【行進曲マーチ】とのコンボだ。これで相手の命中精度は大幅に下がるだろう。

 しかし、それを使ってもエルドの動体視力は異常。クナイによって肉体を切り裂かれつつも、確実にクロカゲのライフを削っていく。ここまでやって、ようやく互角の戦いだった。


「クロカゲ、俺は通常攻撃だけでも戦えるぞ。さあ、仕掛けてこい」

「言われなくても攻めるつもりだヨ。スキル【忍び足】」


 クロカゲは得意の【忍び足】を発動し、一歩下がる。そして両手で印を結び、中距離スキルを発動させていく。放たれたのは、前方を焼き払う灼熱の業火だった。


「スキル【火遁の術】!」

「スキル【夜想曲ノクターン】」


 それと同時に、ヴィルは魔法防御力を下げる【夜想曲(ノクターン】を奏でる。これもまたクロカゲがジョノと行った連携そのもの。そう、ヴィルはすでにクロカゲとの連携方をマスターしていたのだ。

 即席のタッグとは思えない。両方が実力者だからこそ、この連携が可能だった。

 炎はエルドを飲み込み、その身を焼いていく。威力はそこまで高くはないが、ゆっくり確実に彼のライフは削れていった。

 だが、敵も黙っているはずがない。ここで英雄は新たな動きへと出る。


「スキル【ジャンプ】。スキル【風魔法】ウインド」


 空中に飛び上がり、そこから詠唱が短い低級魔法を放つ。風の刃はクロカゲを切り裂き、僅かなダメージを与えた。

 剣士ソードマンの低級魔法など、威力は知れている。しかし、複数だったらどうだろうか。


「スキル【風魔法】ウインド。【風魔法】ウインド。【風魔法】ウインド」

「これはまた君らしくない動きだ。スキル【小夜曲セレナーデ】」


 空中から連続で放たれる風の刃。それに対し、ヴィルは【小夜曲セレナーデ】によって魔法攻撃力を低下させた。

 クロカゲは刃をその身に受けつつも、空中に手裏剣を構える。先ほど、ヴィルは【魔法防御力up】のスキルを鍛えていると聞いたため、回復支援があると確信していたのだ。

 当然、その先読みは的中する。ここで回復支援をしないはずがない。


「スキル【回復魔法】ヒールリス」

「スキル【風魔手裏剣】」


 ヴィルの魔法によってクロカゲは回復し、その手からは【風魔手裏剣】が放たれる。

 しかし、エルドは空中で剣を振るい、それを容易くジャストガードしてしまう。流石のプレイヤースキルだ。やはり、魔法攻撃以外のスキルはまともに通らない。

 着地した彼は、そのまま【ダッシュ】によってクロカゲに接近する。【鎮魂歌レクイエム】が解かれない限り、スキル攻撃を行わないつもりらしい。剣士ソードマンは再び通常攻撃のラッシュを放っていく。


「やっぱり、こういう戦いがしっくり来る。技術と技術のぶつかり合いは良いものだな」

「でも、オレにはヴィルの支援があル。粘り合いなら負けないネ」


 繰り返されるチャンバラ。そろそろ【交響曲シンフォニー】の効果が切れ、エルドの攻撃力が元に戻る。その次は【行進曲マーチ】の命中率、【協奏曲コンチェルト】の防御力と続くだろう。

 しかし、こちらには逃走と乱入を繰り返すヴィルがいる。切れたスキル効果はその都度かけ直せばいい。まさに無敵のコンボだろう。

 だが、エルドは余裕の表情だった。クロカゲと武器を交えつつも、戦いを楽しんでいる。


「さて、そろそろ頃合いか」

「スキル【交響曲シンフォニー】」


 【交響曲シンフォニー】の効果が切れたが、すぐにかけ直される。【覚醒】状態のエルドの攻撃力が戻るなど身の毛もよだつ。絶対にスキル効果を途切れさせてはならない。

 それにしても、エルドの言った「頃合い」という言葉が気になる。どうやら、彼はスキルが解かれるタイミングを計っているようだ。

 クロカゲは考える。このまま武器を打ち付け合っていてもエルドの思う壺。戦略を崩すためにも、多少の無茶は必要ではないのか。

 伸るか反るか。どの道じり貧で負けるのなら、行くしかない。 


「スキル【畳替えしの術】!」

「スキル【行進曲マーチ】」


 エルドの足元に畳を出現させ、それをひっくり返す。【畳替えしの術】は相手を転倒状態にするスキル。通常攻撃しか行わないエルドを捉えるのは容易だった。

 さらに、効果の切れた【行進曲マーチ】の効果も、ヴィルによってかけ直される。これで、【空蝉の術】とのコンボも持続するだろう。攻めるなら今しかない。


「スキル【影縫いの術】!」

「仕掛けてくるか……」


 転倒によってバランスを崩したエルド。クロカゲは自らの影を伸ばし、それによって彼を縛り付けた。

 転倒状態からの束縛。これで当分は動けないだろう。

 忍者ニンジャは攻撃スキルが充実していない。そのため、クロカゲはクナイによって着実にエルドを切りつけていった。


「行けるゾ! ヴィル!」

「油断禁物だよ。スキル【協奏曲コンチェルト】」


 ヴィルは【協奏曲コンチェルト】を掛け直し、防御力低下も持続させる。完全に流れはこちら側に傾いていた。

 しかし、エルドの表情は変わらない。彼はまるで何かを図るかのように、指をトントンと動かす。束縛を受けても全くの無抵抗。さながら必要経費のように攻撃を受け続けていた。

 嫌な予感がする。しかし、今こうやって一方的に攻撃を与えている以上、他にすべきことはない。とにかく敵の再生力を削る。それだけだ。


 着実にエルドの再生力は削られている。しかし、ついにその時が訪れてしまった。ヴィルが掛けた【鎮魂歌レクイエム】の効果が終わろうとしていたのだ。


 当然、彼はそれを掛け直すが……


「スキルれ……」

「スキル【アサルトブロウ】」


 エルドが嫌っていたスキル。それは消費PPを二倍にする【鎮魂歌レクイエム】だった。

 彼はずっとその時を待っていたのだ。無駄に武器を打ち付け合い、再生力が削られようとも決して仕掛けようとはしなかった。全てはヴィルを逃がさず確実に狩るため……

 持続効果が弱まった【影縫いの術】を振り払い。エルドは強襲スキルを使用する。その効果によって、彼の体は高速でヴィルへと向かう。


「しま……」

「スキル【キャンセル】、スキル【スタンブロウ】」


 しまったとも言わせない怒涛の攻撃。吟遊詩人バードはギターによって【アサルトブロウ】の防御を試みた。しかし、【アサルトブロウ】自体は途中で【キャンセル】され、次の【スタンブロウ】へと繋がる。

 流石のヴィルでも【キャンセル】を使った攻撃は予測できない。だからこそ、ただ剣を振り落す【スタンブロウ】すらも、回避が間に合わなかった。

 脳天から叩きつけられる刃。スタン、気絶の状態異常によってヴィルの逃走は妨げられる。こうなってしまえば、もはや無限ループどころではない。


「言っただろ。逃走が成功するとは限らないと……スキル【ダブルスラッシュ】」


 エルドの二連撃によって、ヴィルは更に連続で切り裂かれる。【交響曲シンフォニー】の効果で威力は下がっているものの、吟遊詩人のDEF(防御力)は低い。そのライフは一気にレッドラインへと到達してしまった。

 クロカゲの背筋が凍る。ヴィルを失えば自分に勝ち目はない。この一瞬で全てが終わってしまうのか。


 いや、そんな事はどうでも良い。

 今は戦友を守る。それを優先してこそのゲーマーだ。


「ヴィル……! スキル【口寄せの術】!」

『ゲコー!』


 素早く印を結び、闇雲に大ガマガエルを出現させる。策略も、先読みもあるはずがない。

 ただ、ジョノのように眼の前で仲間を倒されるのは嫌だ。その一心でクロカゲはペットスキルを使用した。

 そんな主人の思いに影響されたのか、大ガエルはただ滅茶苦茶にエルドに突進する。当然、軽くあしらわれるだろう。しかし、今は敵の注意をこちらに向ければそれでいい。


「お前はあとだ。スキル【チャージ】」

『ゲゴ……』


 襲い掛かる大ガエルに剣を叩きつけるエルド。そのノックバック効果によって、カエルは後方へとふっとばされてしまった。

 先読みにこうなるという結果はない。しかし、クロカゲはもう先読みなどする気はなかった。

 ただ直観に身を任せ、ただ自分を信じて最強のゲームプレイヤーと戦う。そして、その直感によって動いた結果が、ついにエルドの表情を変える。


「エルドォォォ……! スキル【大凧の術】!」

「……なっ! スキル【エリアル】!」


 クロカゲは大ガエルの背に上り、そこから【大凧の術】によって飛行していた。だが、頭上から攻める彼に対し、エルドは対空技の【エリアル】を放つ。

 そのとっさの剣技が忍者ニンジャを叩き落とし、英雄は上空からの攻撃を回避する。だが、それでもクロカゲは止まらない。地上に落ちつつも、我武者羅にクナイによる攻撃を行っていく。

 本来ならば、エルドは対抗すべき場面だろう。しかし、ライフがレッドラインで残ったヴィルを放置すれば、彼はまたどこかに逃走してしまう。再び無限ループに陥ってしまうのだ。

 もう、クロカゲなどどうでも良い。英雄は汗だくになりながら、ヴィルを探す。そして、その方向に向かって詠唱を始めた。


「逃がさない……! スキル【風魔法】ウィンディジョン!」

「間に合えェェェ! スキル【水遁の術】!」


 エルドの手から放たれる突風、クロカゲの手から放たれる激流。両方は衝突し、周囲へと分散していく。

 この足止めが成立すれば、ヴィルは逃げることが出来る。だが、クロカゲは彼を守るために無茶をしすぎた。もう、吟遊詩人バードがいない状態でエルドの相手をするなど不可能だろう。

 だからこそ、もうヴィルは逃げなかった。自分を守るために声を荒げた戦友を見捨てることは出来ない。卑怯者のこの男にもどうやら良心はあるようだ。


「スキル【回復魔法】ヒールリスオール! いいよ、じゃあ僕もこの戦いを楽しもう!」


 あの、ヴィルが戦いを楽しむ。ずっとゲームを作業のように、勝つためだけにやっていたこの男が楽しむ。それは、クロカゲにとっては信じがたい言葉だった。

 ヒールリスオールによって、ヴィルとクロカゲのライフは同時に回復する。しかし、ライフ全快には程遠い。全く油断できる状況ではなかった。

 エルドは笑みを零す。まだまだ、彼の余力は残っている様子。更なるスキルが彼の剣から放たれる。


「戦いを楽しむかっ! いいぞ! もっと俺を楽しませてくれ! スキル【ブレイクバッシュ】!」

「ヴィル……! 捕まれ! スキル【水蜘蛛の術】!」


 【ブレイクバッシュ】は【バッシュ】の強化版。周囲を剣圧によって薙ぎ払う広範囲攻撃だ。降り積もった雪だけではなく、その攻撃は地面をも抉る。それに対して、クロカゲが使ったスキルは【水蜘蛛の術】だった。

 先ほど彼が使った【水遁の術】によって発生した水と、周囲の雪が合わさって水たまりが出来る。それが【ブレイクバッシュ】によって宙を舞ったのを見計らい、水面を歩く【水蜘蛛の術】で蹴ったのだ。

 こんな方法で攻撃を回避するなど、クロカゲ自身も驚いている。完全に直観によるものと言っていいだろう。


「【水蜘蛛の術】を戦闘に……凄い! すっごいな畜生! ははっ!」

「これは僕も負けられないね! スキル【狂詩曲ラプソディ】!」


 興奮するエルドに背を向け、ヴィルはクロカゲの手を掴む。それにより、彼も忍者ニンジャと共に【ブレイクバッシュ】を回避する。

 だが、それだけではない。彼は相手をバーサク状態にする【狂詩曲ラプソディ】を奏でていた。

 バーサクは攻撃力を上げる代わりに、暴走状態になる状態異常。エルドの攻撃力を上げるのは、あまりにも危険な行為と言える。

 だが、バーサク状態では冷静な判断が出来ない。すぐに覚めてしまう眠りや混乱より、確実に機能すると言っていいだろう。これは大きな賭けだった。


 互いに攻めに出た。もう、【鎮魂歌レクイエム】によるPP削りは意味がない。

 先ほどまでの低速戦闘はどこに行ったのか。加速した戦いは一気に決着へと向かっていった。

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