172 加速する戦い
ヴィルの無限ループにより、エルドのターゲットはクロカゲに変わる。恐らく、吟遊詩人のサポートを無視し、力で圧倒する作戦だろう。
消費PPが二倍になる【鎮魂歌】を警戒してか、剣士は通常攻撃を加えていく。【譚詩曲】によってスピードが下がっているため、クロカゲは猛攻に応戦できた。
「スキル【空蝉の術】。【行進曲】とのコンボで攻撃を回避すル」
「見切り、射抜くだけだ。問題はない」
クナイと剣が互いに打ち付けられ、火花を散らす。その間、クロカゲは【空蝉の術】を使用し、自らの回避率を上昇させた。
以前、ジョノとの連携でも使った戦術。命中率を下げる【行進曲】とのコンボだ。これで相手の命中精度は大幅に下がるだろう。
しかし、それを使ってもエルドの動体視力は異常。クナイによって肉体を切り裂かれつつも、確実にクロカゲのライフを削っていく。ここまでやって、ようやく互角の戦いだった。
「クロカゲ、俺は通常攻撃だけでも戦えるぞ。さあ、仕掛けてこい」
「言われなくても攻めるつもりだヨ。スキル【忍び足】」
クロカゲは得意の【忍び足】を発動し、一歩下がる。そして両手で印を結び、中距離スキルを発動させていく。放たれたのは、前方を焼き払う灼熱の業火だった。
「スキル【火遁の術】!」
「スキル【夜想曲】」
それと同時に、ヴィルは魔法防御力を下げる【夜想曲(ノクターン】を奏でる。これもまたクロカゲがジョノと行った連携そのもの。そう、ヴィルはすでにクロカゲとの連携方をマスターしていたのだ。
即席のタッグとは思えない。両方が実力者だからこそ、この連携が可能だった。
炎はエルドを飲み込み、その身を焼いていく。威力はそこまで高くはないが、ゆっくり確実に彼のライフは削れていった。
だが、敵も黙っているはずがない。ここで英雄は新たな動きへと出る。
「スキル【ジャンプ】。スキル【風魔法】ウインド」
空中に飛び上がり、そこから詠唱が短い低級魔法を放つ。風の刃はクロカゲを切り裂き、僅かなダメージを与えた。
剣士の低級魔法など、威力は知れている。しかし、複数だったらどうだろうか。
「スキル【風魔法】ウインド。【風魔法】ウインド。【風魔法】ウインド」
「これはまた君らしくない動きだ。スキル【小夜曲】」
空中から連続で放たれる風の刃。それに対し、ヴィルは【小夜曲】によって魔法攻撃力を低下させた。
クロカゲは刃をその身に受けつつも、空中に手裏剣を構える。先ほど、ヴィルは【魔法防御力up】のスキルを鍛えていると聞いたため、回復支援があると確信していたのだ。
当然、その先読みは的中する。ここで回復支援をしないはずがない。
「スキル【回復魔法】ヒールリス」
「スキル【風魔手裏剣】」
ヴィルの魔法によってクロカゲは回復し、その手からは【風魔手裏剣】が放たれる。
しかし、エルドは空中で剣を振るい、それを容易くジャストガードしてしまう。流石のプレイヤースキルだ。やはり、魔法攻撃以外のスキルはまともに通らない。
着地した彼は、そのまま【ダッシュ】によってクロカゲに接近する。【鎮魂歌】が解かれない限り、スキル攻撃を行わないつもりらしい。剣士は再び通常攻撃のラッシュを放っていく。
「やっぱり、こういう戦いがしっくり来る。技術と技術のぶつかり合いは良いものだな」
「でも、オレにはヴィルの支援があル。粘り合いなら負けないネ」
繰り返されるチャンバラ。そろそろ【交響曲】の効果が切れ、エルドの攻撃力が元に戻る。その次は【行進曲】の命中率、【協奏曲】の防御力と続くだろう。
しかし、こちらには逃走と乱入を繰り返すヴィルがいる。切れたスキル効果はその都度かけ直せばいい。まさに無敵のコンボだろう。
だが、エルドは余裕の表情だった。クロカゲと武器を交えつつも、戦いを楽しんでいる。
「さて、そろそろ頃合いか」
「スキル【交響曲】」
【交響曲】の効果が切れたが、すぐにかけ直される。【覚醒】状態のエルドの攻撃力が戻るなど身の毛もよだつ。絶対にスキル効果を途切れさせてはならない。
それにしても、エルドの言った「頃合い」という言葉が気になる。どうやら、彼はスキルが解かれるタイミングを計っているようだ。
クロカゲは考える。このまま武器を打ち付け合っていてもエルドの思う壺。戦略を崩すためにも、多少の無茶は必要ではないのか。
伸るか反るか。どの道じり貧で負けるのなら、行くしかない。
「スキル【畳替えしの術】!」
「スキル【行進曲】」
エルドの足元に畳を出現させ、それをひっくり返す。【畳替えしの術】は相手を転倒状態にするスキル。通常攻撃しか行わないエルドを捉えるのは容易だった。
さらに、効果の切れた【行進曲】の効果も、ヴィルによってかけ直される。これで、【空蝉の術】とのコンボも持続するだろう。攻めるなら今しかない。
「スキル【影縫いの術】!」
「仕掛けてくるか……」
転倒によってバランスを崩したエルド。クロカゲは自らの影を伸ばし、それによって彼を縛り付けた。
転倒状態からの束縛。これで当分は動けないだろう。
忍者は攻撃スキルが充実していない。そのため、クロカゲはクナイによって着実にエルドを切りつけていった。
「行けるゾ! ヴィル!」
「油断禁物だよ。スキル【協奏曲】」
ヴィルは【協奏曲】を掛け直し、防御力低下も持続させる。完全に流れはこちら側に傾いていた。
しかし、エルドの表情は変わらない。彼はまるで何かを図るかのように、指をトントンと動かす。束縛を受けても全くの無抵抗。さながら必要経費のように攻撃を受け続けていた。
嫌な予感がする。しかし、今こうやって一方的に攻撃を与えている以上、他にすべきことはない。とにかく敵の再生力を削る。それだけだ。
着実にエルドの再生力は削られている。しかし、ついにその時が訪れてしまった。ヴィルが掛けた【鎮魂歌】の効果が終わろうとしていたのだ。
当然、彼はそれを掛け直すが……
「スキルれ……」
「スキル【アサルトブロウ】」
エルドが嫌っていたスキル。それは消費PPを二倍にする【鎮魂歌】だった。
彼はずっとその時を待っていたのだ。無駄に武器を打ち付け合い、再生力が削られようとも決して仕掛けようとはしなかった。全てはヴィルを逃がさず確実に狩るため……
持続効果が弱まった【影縫いの術】を振り払い。エルドは強襲スキルを使用する。その効果によって、彼の体は高速でヴィルへと向かう。
「しま……」
「スキル【キャンセル】、スキル【スタンブロウ】」
しまったとも言わせない怒涛の攻撃。吟遊詩人はギターによって【アサルトブロウ】の防御を試みた。しかし、【アサルトブロウ】自体は途中で【キャンセル】され、次の【スタンブロウ】へと繋がる。
流石のヴィルでも【キャンセル】を使った攻撃は予測できない。だからこそ、ただ剣を振り落す【スタンブロウ】すらも、回避が間に合わなかった。
脳天から叩きつけられる刃。スタン、気絶の状態異常によってヴィルの逃走は妨げられる。こうなってしまえば、もはや無限ループどころではない。
「言っただろ。逃走が成功するとは限らないと……スキル【ダブルスラッシュ】」
エルドの二連撃によって、ヴィルは更に連続で切り裂かれる。【交響曲】の効果で威力は下がっているものの、吟遊詩人のDEF(防御力)は低い。そのライフは一気にレッドラインへと到達してしまった。
クロカゲの背筋が凍る。ヴィルを失えば自分に勝ち目はない。この一瞬で全てが終わってしまうのか。
いや、そんな事はどうでも良い。
今は戦友を守る。それを優先してこそのゲーマーだ。
「ヴィル……! スキル【口寄せの術】!」
『ゲコー!』
素早く印を結び、闇雲に大ガマガエルを出現させる。策略も、先読みもあるはずがない。
ただ、ジョノのように眼の前で仲間を倒されるのは嫌だ。その一心でクロカゲはペットスキルを使用した。
そんな主人の思いに影響されたのか、大ガエルはただ滅茶苦茶にエルドに突進する。当然、軽くあしらわれるだろう。しかし、今は敵の注意をこちらに向ければそれでいい。
「お前はあとだ。スキル【チャージ】」
『ゲゴ……』
襲い掛かる大ガエルに剣を叩きつけるエルド。そのノックバック効果によって、カエルは後方へとふっとばされてしまった。
先読みにこうなるという結果はない。しかし、クロカゲはもう先読みなどする気はなかった。
ただ直観に身を任せ、ただ自分を信じて最強のゲームプレイヤーと戦う。そして、その直感によって動いた結果が、ついにエルドの表情を変える。
「エルドォォォ……! スキル【大凧の術】!」
「……なっ! スキル【エリアル】!」
クロカゲは大ガエルの背に上り、そこから【大凧の術】によって飛行していた。だが、頭上から攻める彼に対し、エルドは対空技の【エリアル】を放つ。
そのとっさの剣技が忍者を叩き落とし、英雄は上空からの攻撃を回避する。だが、それでもクロカゲは止まらない。地上に落ちつつも、我武者羅にクナイによる攻撃を行っていく。
本来ならば、エルドは対抗すべき場面だろう。しかし、ライフがレッドラインで残ったヴィルを放置すれば、彼はまたどこかに逃走してしまう。再び無限ループに陥ってしまうのだ。
もう、クロカゲなどどうでも良い。英雄は汗だくになりながら、ヴィルを探す。そして、その方向に向かって詠唱を始めた。
「逃がさない……! スキル【風魔法】ウィンディジョン!」
「間に合えェェェ! スキル【水遁の術】!」
エルドの手から放たれる突風、クロカゲの手から放たれる激流。両方は衝突し、周囲へと分散していく。
この足止めが成立すれば、ヴィルは逃げることが出来る。だが、クロカゲは彼を守るために無茶をしすぎた。もう、吟遊詩人がいない状態でエルドの相手をするなど不可能だろう。
だからこそ、もうヴィルは逃げなかった。自分を守るために声を荒げた戦友を見捨てることは出来ない。卑怯者のこの男にもどうやら良心はあるようだ。
「スキル【回復魔法】ヒールリスオール! いいよ、じゃあ僕もこの戦いを楽しもう!」
あの、ヴィルが戦いを楽しむ。ずっとゲームを作業のように、勝つためだけにやっていたこの男が楽しむ。それは、クロカゲにとっては信じがたい言葉だった。
ヒールリスオールによって、ヴィルとクロカゲのライフは同時に回復する。しかし、ライフ全快には程遠い。全く油断できる状況ではなかった。
エルドは笑みを零す。まだまだ、彼の余力は残っている様子。更なるスキルが彼の剣から放たれる。
「戦いを楽しむかっ! いいぞ! もっと俺を楽しませてくれ! スキル【ブレイクバッシュ】!」
「ヴィル……! 捕まれ! スキル【水蜘蛛の術】!」
【ブレイクバッシュ】は【バッシュ】の強化版。周囲を剣圧によって薙ぎ払う広範囲攻撃だ。降り積もった雪だけではなく、その攻撃は地面をも抉る。それに対して、クロカゲが使ったスキルは【水蜘蛛の術】だった。
先ほど彼が使った【水遁の術】によって発生した水と、周囲の雪が合わさって水たまりが出来る。それが【ブレイクバッシュ】によって宙を舞ったのを見計らい、水面を歩く【水蜘蛛の術】で蹴ったのだ。
こんな方法で攻撃を回避するなど、クロカゲ自身も驚いている。完全に直観によるものと言っていいだろう。
「【水蜘蛛の術】を戦闘に……凄い! すっごいな畜生! ははっ!」
「これは僕も負けられないね! スキル【狂詩曲】!」
興奮するエルドに背を向け、ヴィルはクロカゲの手を掴む。それにより、彼も忍者と共に【ブレイクバッシュ】を回避する。
だが、それだけではない。彼は相手をバーサク状態にする【狂詩曲】を奏でていた。
バーサクは攻撃力を上げる代わりに、暴走状態になる状態異常。エルドの攻撃力を上げるのは、あまりにも危険な行為と言える。
だが、バーサク状態では冷静な判断が出来ない。すぐに覚めてしまう眠りや混乱より、確実に機能すると言っていいだろう。これは大きな賭けだった。
互いに攻めに出た。もう、【鎮魂歌】によるPP削りは意味がない。
先ほどまでの低速戦闘はどこに行ったのか。加速した戦いは一気に決着へと向かっていった。