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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午後) セルリアン雪原
172/208

171 駆け引きの時間

 連合部隊と【エルドガルド】が衝突するセルリアン雪原。そこではいよいよ最後の戦いが始まろうとしていた。

 記憶のコピーによって作られたデータ上の存在、ダブルブレイン。彼らによって作られた組織【ダブルブレイン】は、ゲームプレイヤーに肉体を捨てさせようと目論んでいる。全ては、全人類をダブルブレインに変える夢のためだった。

 対するは【漆黑しっこく】ギルドマスターのクロカゲと、それに匹敵する実力を持つヴィル。彼らを含めた連合軍は、敵の切り札である記憶操作システムを破壊している。

 しかし、まだ油断は出来ない。エルドは別の計画を持っているのだから。


「操作システムを破壊した今、負けたところで敵の操作は受けなイ。でも、この戦いは絶対に負けられない理由があル」

「知ってるよ。エルドは僕たちを無双して、他プレイヤーからの支持を得ようとしているんだ。だから、王都でオールコンタクトの魔石を使って講演を行った。単身でスマルトの街に攻め入ってるのも、無双によるデモンストレーションってところかな」

「話が早くて助かル」


 ゲームプレイヤーなら誰もが憧れる現実とゲームの世界の逆転。その理想を掲げ、エルドは全プレイヤーを導こうと考えているのだろう。

 彼の持つ天性のカリスマ性と圧倒的実力。それに加え、この男には夢物語を現実に出来るという説得力があった。

 実際に彼はゲーム世界への転生に成功している。この男の存在こそが計画が実現可能という証拠だったのだ。

 警戒しつつ、じりじりと近づくエルド。そんな彼に対し、ヴィルは見下すように前髪を振り払った。


「アーハッハッ! 僕は君たちの夢なんてどうでも良いかな。ただね……」


 瞬間、彼とエルドとの間合いが一気に狭まる。エルドが放った強襲スキルの効果だった。


「スキル【アサルトブロウ】」

「君が人気者になるのは気に入らない! スキル【交響曲シンフォニー】!」


 ヴィルが乱入時に放ったスキル【譚詩曲バラード】。その効果によってエルドのスピードは下がっていた。

 だからこそ、ヴィルのスキルは彼の攻撃よりも早く適応される。そして、その効果によってエルドの攻撃力は僅かに低下した。

 ギターを前に出し、攻撃を受ける吟遊詩人バード。【交響曲シンフォニー】を使用していなければ防御上から大ダメージを受けていただろう。

 

「参ったなあ。接近戦は苦手なんだけど」

「嘘を付け」


 両方とも、表情一つ変えずに武器を押し合う。やがて、エルドは右足を振り上げ、それをヴィルの横腹へと叩きつけた。

 ぐほっ……と声を漏らしつつ、彼はそのまま蹴り飛ばされる。しかし、ダメージを受けつつもヴィルは新たな曲を奏でていく。


「……スキル【行進曲マーチ】」

「スキル【ダッシュ】。スキル【ヘビーブロウ】」


 行進曲マーチの効果によってエルドの命中率が低下する。しかし、プレイヤースキルの高い彼にこのスキルは無意味だろう。多少視界が遮られても、この男は正確に攻撃を行えるのだから。

 エルドは【ダッシュ】によって距離をつめ、雪原に倒れるヴィルに剣を振り落とす。【ヘビーブロウ】による重量攻撃だった。

 これが一対一の戦いならば、この一撃で終わっている。しかし、クロカゲがそれをさせるはずがなかった。


「ヴィル、何をやっていル……! スキル【風魔手裏剣】!」


 間一髪、クロカゲの投げた手裏剣がエルドの攻撃を弾く。当然、エルドはこの妨害を予測していた様子だ。

 技を阻害されつつも、彼はヴィルを執拗に追い詰める。後衛の吟遊詩人バードを先に仕留めるのは常識、ここでクロカゲにターゲットを変える意味はなかった。


「スキル【スラッシュ】」

「がっつくねえ……スキル【協奏曲コンチェルト】」


 エルドの剣がヴィルを切り裂く。にも関わらず、吟遊詩人バードはニヤニヤ笑いながら妨害曲を奏で続けた。

 防御力を低下させる【協奏曲コンチェルト】三つのスキルを重ねがけし、着実にエルドの能力は低下している。

 しかし、それ以上にヴィルの消費ライフが大きかった。このままでは速攻でゲームオーバーだろう。

 なぜ彼はこんな無茶をするのか。クロカゲは違和感を感じつつも、その死守へと走る。前衛の自分が後衛を守らなければお終いだ。


「何を考えていル……! スキル【影分身の術】!」

「……どうせ良からぬ事だろう。スキル【ジャンプ】」


 忍者ニンジャは四人に分身し、エルドを取り囲もうと試みる。しかし、それを読まれていたのか、剣士ソードマンは得意の【ジャンプ】で空中に退避してしまった。

 クロカゲは先読みする。次に放たれるのは確実に、地上の敵をなぎ払う【エリアルバッシュ】。分身体と弱ったヴィルを同時に葬れるため、まず間違いないだろう。

 自分は【代わり身の術】で回避できる。しかし、それではヴィルを守れない。次の一撃で確実に彼はゲームオーバーだ。

 だが、そんなクロカゲの心配を他所に、吟遊詩人バードは妨害に勤しみ続けた。


「……スキル【聖歌アンセム】。君のPPパワーポイント、貰い受けるよ」

「でかい攻撃が来ル! もういいから逃げるんダ!」


 クロカゲは確信した。この男はエルドが【エリアルバッシュ】を使うと読んでいる。だからこそ、消費PPを二倍にする【聖歌アンセム】で削りに出たのだ。

 相手がスキルの使用を躊躇するとでも思ったのか。勿論、この場面でためらうはずがない。エルドはそういう男だった。


「スキル【エリアルバッシュ】」


 空中で逆さまになり、彼は地上をなぎ払う剣技を放つ。【覚醒】の効果も重なり、威力は充分と言っていいだろう。

 こうなってしまった以上、もうヴィルを守るのは不可能だ。事前に先読みしていたクロカゲは、瞬時に回避行動へと移った。


「シット……! もう知らないぞヴィル! スキル【代わり身の術】!」


両手を組み、印を結ぶ忍者ニンジャ。瞬間、彼は丸太に注し代わり、自身はエルドの真下から退避していった。

 恐らく、ヴィルは逃げ切ることは出来ない。事前に先読みし、スピードに自信のあるクロカゲだからこそ回避行動に移れたのだ。

 エルドの一閃が地上へと放たれ、雪の積もる大地を抉る。風属性特化による風圧は並大抵のものではない。退避したクロカゲでもその衝撃を感じるほどだ。

 しかし、この攻撃に意味などなかった。地上に降りたエルドは唖然とし、離れたクロカゲも口を開ける。それも当然だ。


 ヴィルはとっくに早い段階で逃げていたのだ。


「さあ、駆け引きの時間だ。僕はこの試合を『放棄』する」

「……なんだと?」


 ここまで来て放棄。全く言っている意味が分からない。

 なにより、ヴィルはどうやってエルドの攻撃を回避したのか。なぜ、クロカゲよりもさらに離れた場所で逃走態勢を取っているのか。忍者ニンジャは頭を回転させ、ようやくこの男の策略を理解した。

 戦闘において、足の速さはAGL(素早さ)のステータスに比例する。当然、魔法職の吟遊詩人バードのAGLなどたかが知れていた。

 しかし、高速移動できる例外は多々ある。その中でも、ヴィルが行った行動はこれだろう。

 スキルやアイテムによって逃走成功率を上げた場合、AGLに関係なくプレイヤーは逃走できる。そう、だからこそ彼はこう言った。「この試合を『放棄』する」と……


「じゃ、あとは頑張ってくれたまえ」

「ま……待テ!」


 そう言い残すと、ヴィルは神風のようにその場から消えてしまった。恐らく、【逃走成功率up】のスキルによって高速移動を行ったのだろう。

 やはり、やる気のない彼は負けを認めて逃げてしまったのだろうか。いや、おかしい。戦いを覚悟したあの男が、この場面で勝負を諦めるはずがない。

 エルドは眉間にしわを寄せ、周囲を警戒する。今、ヴィルによる駆け引きが始まろうとしていた。


「何かがおかしい……」


 彼は疑問を持っているようだが、答えは一向に明かされない。剣士ソードマンは腑に落ちないような顔をしつつも、視線をクロカゲの方へと戻した。

 ヴィルが消えてしまった以上、目の前のクロカゲを倒す以外に選択肢はない。試合を放棄したプレイヤーを追う事に意味などなかったからだ。


「クロカゲ、頼りの相棒にも見捨てられたようだな」


 エルドは刃を向ける。既に【譚詩曲バラード】の効果は切れ、スピードも元に戻っているだろう。やはり、後衛の吟遊詩人バードがいなくなったのは大きかった。

 クロカゲはクナイを構え、応戦の態勢に入る。しかし、それよりも早くエルドの強襲スキルが放たれた。


「スキル【アサルトブロウ】」

「スキル【譚詩曲バラード】」


 が、ここで更なる予想外の事態が起きた。先ほど逃げたヴィルが、【譚詩曲バラード】によって再びエルドのスピードを下げたのだ。

 なぜ彼がここにいるのか。もうわけが分からない。こんな決闘デュエルなど前代未聞だ。

 クロカゲはヴィルによって翻弄されつつも、エルドの剣をクナイによって受ける。やはり、【譚詩曲バラード】のスピードダウンは絶大だ。これなら、【覚醒】状態のエルドの剣も見切ることが出来た。

 流石のエルドも混乱し、すぐにその場から退避する。冷や汗を流し、明らかに今何が起きているのかを理解していない様子だ。


「ヴィル……何が起きている……」

「さーて、答え合わせだよ。僕が鍛えたスキルは【魔法防御力up】。それに、【逃走成功率up】と【乱入成功率up】。この戦いは正式な決闘デュエルじゃない。逃走を行ってもペナルティは適応されない」


 つまり逃げ放題、乱入し放題。クロカゲがエルドと剣を交えている限り、ヴィルはやりたい放題に試合放棄し、そしてまた参入できる。その策略はあまりにも理不尽で滅茶苦茶なものだった。


「ピンチになったらスマートに逃走し、安全なところでライフを回復する。そして隙を見計らって乱入し、再びサポートに移る。ライフは永遠になくならない。敵が浪費するまで、それが無限に繰り返される。そう、エールドくん! 君は無限ループにはまったのさ!」


 酷い。酷すぎる。卑怯すぎてため息が出るほどだ。

 クロカゲはげっそりとした表情をし、冷ややかな目でヴィルを見る。


「よくもまあ、そんなくだらない事を考えつくものだネ……」

「にゃーんとでも言えー! 勝てばいいのさ! アーハッハッ!」


 やっている事は姑息以外の何物でもないが、こうやってエルドを翻弄しているのも事実。そして何より、実際この策を突破することは容易ではない。

 これが最強の五本指と呼ばれるヴィルの実力だ。彼が参入した事により、確実にエルドは追いつめられていた。

 反則級の力を持つ英雄を倒すには、手段を選ばない彼の策略が必要だったのかもしれない。それを理解してか、エルドは歓喜の声を上げた。


「流石だ……流石だヴィル! だが、逃走成功率や乱入成功率を上げても100パーセント成功するわけじゃあない。その策略、必勝法には程遠いぞ!」

「そこはまあ、技術で何とかするしかないね。さあ、根競べと行こうじゃないか!」


 クロカゲは改めて考える。自分はとんでもない戦いに巻き込まれてしまったのではないのかと……

 ヴィルが逃走し、再び乱入する間は誰がエルドと戦うのか。いや、一人しかいない。どう考えても一人しかいない。

 オレか? オレが一人で粘るのか? 軽く死ねるよね……?

 そんな事を考えながら、クロカゲは再び戦闘に戻るのだった。

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