169 お仕置きタイム
スマルト宮殿の三階。アスールは【エルドガルド】のラプターを追っていた。
敵の目的は街で戦う自軍に合流すること。システムが破壊された以上、張りぼてのようなこの宮殿を守護する意味などなかった。
プレイヤー操作手段を失った今、【エルドガルド】の勝利条件は一つ。強さを示し、現実を悲観するプレイヤーを味方に引き入れることだろう。
その為には当然この戦いをかつ必要がある。今、アスールに出来るのは中心人物であるラプターを足止めするだけだった。
「スキル【フレイムショット】!」
「スキル【アイスショット】!」
廊下を走りつつ、アスールは炎の弾丸を放つ。それに対し、ラプターは後方を振り向きつつ氷の弾丸を放った。
相殺によって両方の弾丸は小爆発を起こし、周囲に水蒸気を発生させる。炎属性の弾丸に対して氷属性の弾丸を放ったのはラプターの戦術だろう。
大量の蒸気は目晦ましとなり、アスールの視界を追う。しかし、彼には【追尾】と【気配察知】のスキルがある。食らいついたら放さない鮫のような男だった。
「しつこいね。バルメリオくん!」
「アスールだ」
逃げるラプターに追うアスール。一見、両方の実力は五分五分のように思える。
しかし、普通に戦えばアスールに勝ち目はない。彼は標的を追いつめることに特化したスナイパー。能力アップスキルは一切鍛えておらず、サポートこそがこの男の本領だった。
初めから勝つ気などない。ただ追いかけまわし、戦線への参入を食い止めれば目的達成だ。
さらに言えば、システムの破壊に成功しているため、ゲームオーバーによって操作を受けることもない。アスールは既にその連絡を貰っていた。
「コンタクトの魔石に連絡が入った。記憶操作システムの破壊に成功、科学者ルルノーも撃破したらしい。お前らの野望は潰えたってわけだ」
「また、最初からやり直せばいいよ。英雄様がいる限り、私たちは戦い続ける!」
追いかけっこをしながらも、互いに放ち続ける弾丸。どうやら、ラプターは逃げているように見せて何かを考えているらしい。
彼女は一階にいたにも拘らず三階へと逃げた。自軍と合流することを考えているなら、真っ先に一階の出入り口を目指すだろう。
このままただ追うだけでは敵の思う壺。そう思ったアスールは攻め方を変えていく。
「スキル【フラッシュショット】!」
「目晦まし……!」
彼の銃から放たれたのは、まばゆい光を放つ照明弾。それによってラプターの視界を奪う事に成功する。
だが、アスールはそこから攻めに出ようとはしなかった。目的はあくまでも足止め、闇雲に攻め込んで勝ち目の薄い戦いを行う意味はない。
彼は一気に走り出す。恐らく、ラプターはどこかを目指して走っていた。ならば、行う行動は一つ。回り込むことだった。
「どこに行くか知らないが、なぜ三階に逃げた」
「裏をかくつもりだったんだよ。ばれてたみたいだけどね」
進行方向を塞がれたラプターはその足を止める。そこから、両方は睨み合い、しばらくの硬直状態が続いた。
アスールは【ブルーリア大陸】で彼女に救われている。レンジを含めて三人で討伐依頼を熟したこともあった。
同じ銃士としてライバル意識があったが、それ以上に仲間意識も持っている。今こうして敵対関係になってる事がどうしても納得できない。
「バルメリオの記憶で曖昧だがな。ウザったらしいが、悪い奴じゃあないってのは覚えている。だからこそ、こうなった意味が分からねえ。仮に現実を捨てて、その先どうするんだよ」
「あのさ、こんなこと言ったらたぶんみんな怒ると思うけど……」
ラプターはその質問に対し、カウボーイハットの下で笑みを零した。
「私ね。英雄様の夢とか結構どうでも良いんだ。このお祭りがすっごく楽しくて、滅茶苦茶強い英雄様がすっごく輝いて見えたんだ」
日常からの脱却、更なる刺激。それに加えてエルドの異常性に見惚れてしまったようだ。
彼女はビューシアと同じ、一種のサイコパスなのかもしれない。血の気の多い【エンタープライズ】でも、度を越えた祭り好き。裏切るべくして裏切ったと言えるだろう。
「毎日が非日常の連続でさ。なんていうか、もう自分じゃ全然止まらないんだ。これから私、もっとみんなに酷い事するんだろうな……」
「安心しろ。させねえから」
二丁のサンダーバレット、その銃口を向けるラプター。どうやらいよいよ本気になったようだ。
アスールの銃はレンジが【ドレッド大陸】で製作した装備。敵の装備よりも圧倒的に劣っているだろう。
それに加えて、彼は今まで鍛えてきたバルメリオのアカウントを消滅させている。今のアスールアカウントのレベルは50そこらで、敵よりも低レベルなのは確実だった。
だが、ここは必ずしも勝つ必要はない。とにかく粘って粘って粘りまくる。それだけだった。
「俺がお前を満足させてやる。覚悟しておけ」
「アスールくんは優しいね……でも、私は負けない! スキル【覚醒】!」
唯でさえ勝ち目の薄い戦いに加え、相手は【覚醒】の恩恵を受けている。その瞳に輝く拳銃のマークはレンジと同じ、無計画なことを考慮すればイデンマ以上の苦戦は確実。
まあ、こうなっちまった以上は仕方ないか。アスールはそう考え、敵を迎え撃つ体制に入る。どの道、誰かは彼女の足止めに動かなければならなかったのだ。
幸い、敵の戦術は知っている。彼女がメインに鍛えているスキルは【両手持ち】と【雷属性威力up】。それに加え、【ジャンプ】の技スキルも積極的に使っていた。
屋内で【ジャンプ】は使えないだろう。警戒すべきは【両手持ち】による銃弾ラッシュだった。
「ヤッハー! 最初から飛ばしていくよ! スキル【マシンガン】!」
「おいおい、いきなりかよ!」
込められた弾丸を前段掃射する【マシンガン】。二兆拳銃から放たれる弾の数は当然二倍となる。この速効攻撃に対し、アスールは冷静に対処する。
どの道、この量の銃弾を防ぐことは不可能。受けることを前提で行動し、相手が【リロード】によって銃弾を補給するところを叩く。これで決まりだ。
両腕で体を守り、防御の態勢を取る。雷を帯びたラプターの攻撃は、普通の銃士とは比べ物にならない威力だった。
「避けないんだねアスールくん」
「悪いな。俺はこれでも慎重派だ」
迸る電流の嵐。多くの弾丸を受けたが、アスールのライフはイエローラインに止まる。
これで、ラプターは銃弾を撃ち尽くした。次の攻撃に移るため、確実に【リロード】に移るはず。攻めるのはこのタイミングしかないだろう。
「今度はこっちから行かせてもらう。スキル【アサルトショット】!」
「むむ……」
【アサルトショット】による強襲。その弾丸をラプターの方にヒットさせる。先ほど敵から受けた弾丸の数はこんなものではない。ライフをイーブンに持っていくにはまだまだだ。
アスールはスキルによって更なる追撃を狙っていく。しかし、ここで敵は予想外の攻撃手段によって対抗に出た。
「スキル【ダブルショット】!」
「……スキル【雷魔法】サンダー!」
ラプターは魔法を詠唱し、その手から小威力の雷を放つ。それにより、アスールの弾丸は撃ち落とされてしまった。
しかし、【ダブルショット】は連続で二回弾を放つスキル。二つ目の弾丸はラプターの左足を貫き、そのライフを削る。ここまで、両方とも一歩も譲らない攻防だ。
「女だが、中々やるじゃねえか。男同士ぶっ放しあう方が気持ちいいがな!」
「あのさ……そんなこと言ってるから、ホモって言われちゃうんだよ」
「ホモじゃねえよ!」
立ち塞がるアスールをかわし、ラプターは再び走り出す。どうやら、まだ彼女は目的の場所を目指しているようだ。
狙いは分からないが、どこを目指しているかはようやく分かる。彼女はある扉を開け、その奥へと入っていく。そこは何の変哲もないただの寝室だった。
「この部屋に何がある。いったい何を狙っているんだ」
「だから言ったでしょ。裏をかくつもりだってね。部屋はどこでも良かったんだよ!」
アスールが部屋に入ったのと同時に、ラプターはバルコニーに向かって走る。その時点で、ようやくアスールは敵の狙いを理解した。
【ジャンプ】のスキルは跳び上がるだけではなく、跳び下りる効果も持っている。三階のここから飛び降りれば、一階の出入り口から出るよりも確実だ。
スキルを持っていないアスールをこの場所でまけるのだから……
「ヤッハー! ごめーんね。スキル【ジャンプ】!」
雪の積もるバルコニーから、ラプターは一気に跳び下りる。彼女を追ってアスールもバルコニー出るが、その時には全てが遅かった。
アスールは最悪の事態を想定する。唯でさえ最強のエルドとの戦いに、もし彼女が参戦してしまったら……
十中八九、こちらに勝ち目はない。何としてでも、この女はここに縛り付けておかなければならなかったのだ。
しかしこうなってしまった以上、今さらどうしようもない。アスールは舌打ちをしながら、バルコニーの手すりを掴む。そして、ラプターが飛び降りた下界を見下ろした。
「くそっ……もう、下の奴らに任せるしか……」
「よくやったアスール! ここまで追い込めば上出来だ!」
突如、下界から響く大声。それと同時に、アスールの視界に一人の女性が映る。
下界に跳び下りるラプターなど、この時すでに彼の眼中になかった。それよりも、新たに現れた女性の方に目が行ってしまっていたのだ。
「終わったな……ラプター……」
哀れむような目をしつつ、アスールはそう言葉をこぼす。
彼が見た女性は【エンタープライズ】のハリアー。彼女はラプターの着地地点で、巨大な碇を大きく振りかぶっていた。
アスールを警戒している銃士は視界を上空へと向けている。足元から迫る地獄に全く気付いていなかったのだ。
しかし、乱入者の大声によってそんなラプターも気づく。あと少しで着地というその瞬間、彼女とハリアーの目が合った。
「は……! ハリ……」
「スキル【フルスイング】!」
ラプターは何かを言いかけたが、「そんなこと知るか」と言わんばかりにハリアーの巨大碇が叩きつけられる。下から殴り上げたことにより、彼女はまるでボールのように上空へと打ち上げられた。
ハリアーの狙いは正確だ。おそらくは彼女の想定通り、ラプターは元いたバルコニーに打ち戻される。それを、アスールは唖然とした様子で見つめていた。
「滅茶苦茶だな……」
「スキル【ロープアクション】!」
ハリアーはスキルによってロープを伸ばし、それを手摺へと巻きつける。そして、それを一気に手繰り寄せ、下界からこの三階へと上って来た。
スキルの効果なのか、ハリアーの技術なのか。この一連の動作を一瞬で終わらせてしまった。何にしても、やはりこの女は圧倒的な存在感だった。
怯えた様子で立ち上がるラプターに、額に血管を浮かび上がらせるハリアー。ここはまさに修羅場と化そうとしていた。
「随分と久しく感じるなラプター……覚悟は出来ているんだろうな……?」
「は……ハリアーちゃん。お……怒ってる?」
冗談半分なのか、頭が残念なのか、ラプターはこの場面で空気の読めない質問をする。何にしても、当然彼女は地雷を踏み抜く結果となった。
ハリアーの何かが切れる。まるで、「ぶちっ!」という音が聞こえてくるように……
「当たり前だろうが! このたわけがァ……!」
「ひえ……」
ハリアーの巨大碇がバルコニーに叩きつけられる。当然、さっきまで余裕だったラプターの表情は一気に崩れてしまった。
完全に涙目だ。以前も彼女はハリアーを怒らせたらしいが、今回はそれ以上なのだろう。
アスールは敵との戦いを諦める。とても、この海賊から獲物を奪おうとは思えなかった。