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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午後) セルリアン雪原
170/208

169 お仕置きタイム

 スマルト宮殿の三階。アスールは【エルドガルド】のラプターを追っていた。

 敵の目的は街で戦う自軍に合流すること。システムが破壊された以上、張りぼてのようなこの宮殿を守護する意味などなかった。

 プレイヤー操作手段を失った今、【エルドガルド】の勝利条件は一つ。強さを示し、現実を悲観するプレイヤーを味方に引き入れることだろう。

 その為には当然この戦いをかつ必要がある。今、アスールに出来るのは中心人物であるラプターを足止めするだけだった。


「スキル【フレイムショット】!」

「スキル【アイスショット】!」


 廊下を走りつつ、アスールは炎の弾丸を放つ。それに対し、ラプターは後方を振り向きつつ氷の弾丸を放った。

 相殺によって両方の弾丸は小爆発を起こし、周囲に水蒸気を発生させる。炎属性の弾丸に対して氷属性の弾丸を放ったのはラプターの戦術だろう。

 大量の蒸気は目晦ましとなり、アスールの視界を追う。しかし、彼には【追尾】と【気配察知】のスキルがある。食らいついたら放さない鮫のような男だった。


「しつこいね。バルメリオくん!」

「アスールだ」


 逃げるラプターに追うアスール。一見、両方の実力は五分五分のように思える。

 しかし、普通に戦えばアスールに勝ち目はない。彼は標的を追いつめることに特化したスナイパー。能力アップスキルは一切鍛えておらず、サポートこそがこの男の本領だった。

 初めから勝つ気などない。ただ追いかけまわし、戦線への参入を食い止めれば目的達成だ。

 さらに言えば、システムの破壊に成功しているため、ゲームオーバーによって操作を受けることもない。アスールは既にその連絡を貰っていた。


「コンタクトの魔石に連絡が入った。記憶操作システムの破壊に成功、科学者ルルノーも撃破したらしい。お前らの野望は潰えたってわけだ」

「また、最初からやり直せばいいよ。英雄様がいる限り、私たちは戦い続ける!」


 追いかけっこをしながらも、互いに放ち続ける弾丸。どうやら、ラプターは逃げているように見せて何かを考えているらしい。

 彼女は一階にいたにも拘らず三階へと逃げた。自軍と合流することを考えているなら、真っ先に一階の出入り口を目指すだろう。

 このままただ追うだけでは敵の思う壺。そう思ったアスールは攻め方を変えていく。


「スキル【フラッシュショット】!」

「目晦まし……!」


 彼の銃から放たれたのは、まばゆい光を放つ照明弾。それによってラプターの視界を奪う事に成功する。

 だが、アスールはそこから攻めに出ようとはしなかった。目的はあくまでも足止め、闇雲に攻め込んで勝ち目の薄い戦いを行う意味はない。

 彼は一気に走り出す。恐らく、ラプターはどこかを目指して走っていた。ならば、行う行動は一つ。回り込むことだった。


「どこに行くか知らないが、なぜ三階に逃げた」

「裏をかくつもりだったんだよ。ばれてたみたいだけどね」


 進行方向を塞がれたラプターはその足を止める。そこから、両方は睨み合い、しばらくの硬直状態が続いた。

 アスールは【ブルーリア大陸】で彼女に救われている。レンジを含めて三人で討伐依頼を熟したこともあった。

 同じ銃士ガンナーとしてライバル意識があったが、それ以上に仲間意識も持っている。今こうして敵対関係になってる事がどうしても納得できない。


「バルメリオの記憶で曖昧だがな。ウザったらしいが、悪い奴じゃあないってのは覚えている。だからこそ、こうなった意味が分からねえ。仮に現実を捨てて、その先どうするんだよ」

「あのさ、こんなこと言ったらたぶんみんな怒ると思うけど……」


 ラプターはその質問に対し、カウボーイハットの下で笑みを零した。


「私ね。英雄様の夢とか結構どうでも良いんだ。このお祭りがすっごく楽しくて、滅茶苦茶強い英雄様がすっごく輝いて見えたんだ」


 日常からの脱却、更なる刺激。それに加えてエルドの異常性に見惚れてしまったようだ。

 彼女はビューシアと同じ、一種のサイコパスなのかもしれない。血の気の多い【エンタープライズ】でも、度を越えた祭り好き。裏切るべくして裏切ったと言えるだろう。


「毎日が非日常の連続でさ。なんていうか、もう自分じゃ全然止まらないんだ。これから私、もっとみんなに酷い事するんだろうな……」

「安心しろ。させねえから」


 二丁のサンダーバレット、その銃口を向けるラプター。どうやらいよいよ本気になったようだ。

 アスールの銃はレンジが【ドレッド大陸】で製作した装備。敵の装備よりも圧倒的に劣っているだろう。

 それに加えて、彼は今まで鍛えてきたバルメリオのアカウントを消滅させている。今のアスールアカウントのレベルは50そこらで、敵よりも低レベルなのは確実だった。

 だが、ここは必ずしも勝つ必要はない。とにかく粘って粘って粘りまくる。それだけだった。


「俺がお前を満足させてやる。覚悟しておけ」

「アスールくんは優しいね……でも、私は負けない! スキル【覚醒】!」


 唯でさえ勝ち目の薄い戦いに加え、相手は【覚醒】の恩恵を受けている。その瞳に輝く拳銃のマークはレンジと同じ、無計画なことを考慮すればイデンマ以上の苦戦は確実。

 まあ、こうなっちまった以上は仕方ないか。アスールはそう考え、敵を迎え撃つ体制に入る。どの道、誰かは彼女の足止めに動かなければならなかったのだ。

 幸い、敵の戦術は知っている。彼女がメインに鍛えているスキルは【両手持ち】と【雷属性威力up】。それに加え、【ジャンプ】の技スキルも積極的に使っていた。

 屋内で【ジャンプ】は使えないだろう。警戒すべきは【両手持ち】による銃弾ラッシュだった。


「ヤッハー! 最初から飛ばしていくよ! スキル【マシンガン】!」

「おいおい、いきなりかよ!」


 込められた弾丸を前段掃射する【マシンガン】。二兆拳銃から放たれる弾の数は当然二倍となる。この速効攻撃に対し、アスールは冷静に対処する。

 どの道、この量の銃弾を防ぐことは不可能。受けることを前提で行動し、相手が【リロード】によって銃弾を補給するところを叩く。これで決まりだ。

 両腕で体を守り、防御の態勢を取る。雷を帯びたラプターの攻撃は、普通の銃士ガンナーとは比べ物にならない威力だった。

 

「避けないんだねアスールくん」

「悪いな。俺はこれでも慎重派だ」


 迸る電流の嵐。多くの弾丸を受けたが、アスールのライフはイエローラインに止まる。

 これで、ラプターは銃弾を撃ち尽くした。次の攻撃に移るため、確実に【リロード】に移るはず。攻めるのはこのタイミングしかないだろう。


「今度はこっちから行かせてもらう。スキル【アサルトショット】!」

「むむ……」


 【アサルトショット】による強襲。その弾丸をラプターの方にヒットさせる。先ほど敵から受けた弾丸の数はこんなものではない。ライフをイーブンに持っていくにはまだまだだ。

 アスールはスキルによって更なる追撃を狙っていく。しかし、ここで敵は予想外の攻撃手段によって対抗に出た。


「スキル【ダブルショット】!」

「……スキル【雷魔法】サンダー!」


 ラプターは魔法を詠唱し、その手から小威力の雷を放つ。それにより、アスールの弾丸は撃ち落とされてしまった。

 しかし、【ダブルショット】は連続で二回弾を放つスキル。二つ目の弾丸はラプターの左足を貫き、そのライフを削る。ここまで、両方とも一歩も譲らない攻防だ。

 

「女だが、中々やるじゃねえか。男同士ぶっ放しあう方が気持ちいいがな!」

「あのさ……そんなこと言ってるから、ホモって言われちゃうんだよ」

「ホモじゃねえよ!」


 立ち塞がるアスールをかわし、ラプターは再び走り出す。どうやら、まだ彼女は目的の場所を目指しているようだ。

 狙いは分からないが、どこを目指しているかはようやく分かる。彼女はある扉を開け、その奥へと入っていく。そこは何の変哲もないただの寝室だった。


「この部屋に何がある。いったい何を狙っているんだ」

「だから言ったでしょ。裏をかくつもりだってね。部屋はどこでも良かったんだよ!」


 アスールが部屋に入ったのと同時に、ラプターはバルコニーに向かって走る。その時点で、ようやくアスールは敵の狙いを理解した。

 【ジャンプ】のスキルは跳び上がるだけではなく、跳び下りる効果も持っている。三階のここから飛び降りれば、一階の出入り口から出るよりも確実だ。

 スキルを持っていないアスールをこの場所でまけるのだから……


「ヤッハー! ごめーんね。スキル【ジャンプ】!」


 雪の積もるバルコニーから、ラプターは一気に跳び下りる。彼女を追ってアスールもバルコニー出るが、その時には全てが遅かった。

 アスールは最悪の事態を想定する。唯でさえ最強のエルドとの戦いに、もし彼女が参戦してしまったら……

 十中八九、こちらに勝ち目はない。何としてでも、この女はここに縛り付けておかなければならなかったのだ。

 しかしこうなってしまった以上、今さらどうしようもない。アスールは舌打ちをしながら、バルコニーの手すりを掴む。そして、ラプターが飛び降りた下界を見下ろした。


「くそっ……もう、下の奴らに任せるしか……」

「よくやったアスール! ここまで追い込めば上出来だ!」


 突如、下界から響く大声。それと同時に、アスールの視界に一人の女性が映る。

 下界に跳び下りるラプターなど、この時すでに彼の眼中になかった。それよりも、新たに現れた女性の方に目が行ってしまっていたのだ。


「終わったな……ラプター……」


 哀れむような目をしつつ、アスールはそう言葉をこぼす。

 彼が見た女性は【エンタープライズ】のハリアー。彼女はラプターの着地地点で、巨大な碇を大きく振りかぶっていた。

 アスールを警戒している銃士ガンナーは視界を上空へと向けている。足元から迫る地獄に全く気付いていなかったのだ。

 しかし、乱入者の大声によってそんなラプターも気づく。あと少しで着地というその瞬間、彼女とハリアーの目が合った。


「は……! ハリ……」 

「スキル【フルスイング】!」


 ラプターは何かを言いかけたが、「そんなこと知るか」と言わんばかりにハリアーの巨大碇が叩きつけられる。下から殴り上げたことにより、彼女はまるでボールのように上空へと打ち上げられた。

 ハリアーの狙いは正確だ。おそらくは彼女の想定通り、ラプターは元いたバルコニーに打ち戻される。それを、アスールは唖然とした様子で見つめていた。


「滅茶苦茶だな……」

「スキル【ロープアクション】!」


 ハリアーはスキルによってロープを伸ばし、それを手摺へと巻きつける。そして、それを一気に手繰り寄せ、下界からこの三階へと上って来た。

 スキルの効果なのか、ハリアーの技術なのか。この一連の動作を一瞬で終わらせてしまった。何にしても、やはりこの女は圧倒的な存在感だった。

 怯えた様子で立ち上がるラプターに、額に血管を浮かび上がらせるハリアー。ここはまさに修羅場と化そうとしていた。


「随分と久しく感じるなラプター……覚悟は出来ているんだろうな……?」

「は……ハリアーちゃん。お……怒ってる?」


 冗談半分なのか、頭が残念なのか、ラプターはこの場面で空気の読めない質問をする。何にしても、当然彼女は地雷を踏み抜く結果となった。

 ハリアーの何かが切れる。まるで、「ぶちっ!」という音が聞こえてくるように……


「当たり前だろうが! このたわけがァ……!」

「ひえ……」


 ハリアーの巨大碇がバルコニーに叩きつけられる。当然、さっきまで余裕だったラプターの表情は一気に崩れてしまった。

 完全に涙目だ。以前も彼女はハリアーを怒らせたらしいが、今回はそれ以上なのだろう。

 アスールは敵との戦いを諦める。とても、この海賊パイレーツから獲物を奪おうとは思えなかった。

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