16 スキル【奇跡】
セラドン平原、村から少し離れた林で俺たちはお墓を作っていた。
大きな石を立て、そこに名前を彫り、摘んできた花をお供えする。素早く作ったこともあり、その作りはとてもシンプルな物だった。
「あんまりお墓には見えないわね……」
「良いんですよ。こういうのは心です」
俺たちはお墓の前で手を合わせ、目を瞑る。
心の蟠りも、随分と晴れた。これで、ようやく俺は前に進めそうだ。スプリたちも、きっと安らかに眠ってくれるだろう。
色々あって真夜中になってしまったな。こちらの世界でも、現実世界でも深夜0時。丁度、両方の時間が重なる時間だった。
俺たちはスプリたちに別れを告げ、テントを開こうとする。しかし、その時だった。
「な……何だ……!」
突如、俺の体が足元から少しづつ消えていく。
初めは尋常ではないほどの恐怖を感じたが、すぐに冷静になる。これは何度か体験した事のある感覚。ディープガルドにログイン、ログアウトする時の感覚だ。
今さら、恐怖を感じるものでもない。しかし、ログアウトをしていない状態でのこれは、あまりにも不自然だった。
俺が結論を出す前に、その体はすべて消え、意識も闇の中に消えていく。まったく、本当に今日は忙しい日だ……
【ディープガルド】でも、現実世界でもない青い電脳空間。
間違いない。ここは、ゲームスタート時に入ったキャラクターを設定する場所だ。
何故、また俺がこの場所に来なければならなかったのか。それは、この空間の管理人である彼女に聞く以外にない。
「また、お会いしましたね」
「やっぱり居ましたか、NPCのヘルプさん……」
昨日、ヘルプ機能によって出現し、俺から質問攻めにあったNPC。彼女は無表情に、事務的に、俺がこの場所に呼ばれた理由を説明していく。
「私が再びプレイヤーの前に現れた時、それは限定スキルの入手条件を満たした時です」
「限定スキル……?」
「この世界に二つと無いスキルの事です。貴方はこのスキルを受け取る資格を手にしました」
これは、よく言うチートスキルという物なのだろうか。
俺だけが持つ、特別なスキル。俺だけが持つ、最強のスキル。これさえあれば……
「俺は強くなれる!」
「なれません。全然なれません」
「お……おい!」
俺の希望は瞬間的に粉砕される。強くなれないスキル。生産用のスキルだろうか。はたまた、探索用のスキルだろうか。どうやら、そのどちらでもないらしい。
「これは貴方の心に作用するスキル。強大な力も、この世界を変える影響力もありません。ただ、自分自身が苦しみ、痛めつけられるだけのスキルかもしれません」
「そんなスキルに、何の意味が……」
「それでも私は、このスキルを受け取ってほしいのです。この【ディープガルド】で生まれ、消えていった命に拠り所を与えた貴方に……」
拠り所……もしかして、限定スキル習得条件はお墓を作る事?
なんて心苦しい習得条件だ。確かに、こんな条件では、このスキルを入手できる者は限られてくるな。
しかし、俺一人というのはどうも引っかかる。使役士などのNPCを操作するジョブを選んだ人なら、そんな経験をする事もあるはずだ。確かにごく稀だが、大人数がプレイしているこのゲームなら、一人ぐらいは居るだろう。
「このスキルの習得条件は、お墓を作る事ですよね? 他にも入手した人はいないんですか?」
「皆さん、ゲーム慣れしていますからね。NPCが一人死んだところで、気に留める人はごく少数です。それでも、過去にこのスキルを受け取った方が二人いましたが、両方ともこのゲームを止めてしまったようです」
「それって、そのスキルのせいで止めたんじゃ……」
「まあ、そうでしょうね」
いや、恐ろしすぎるだろ。これを受け取る奴はよっぽどのバカだ。
そして、どうやら俺はそのバカらしい。
これも何かの縁かもしれない。たとえマイナスのスキルだったとしても、自分を変える切っ掛けになるかもしれない。失敗したら、それが俺の定めだった。ただ、それだけの話しだ。
「分かりました……そのスキル、受け取りましょう」
「では、受け取ってください。限定スキル【奇跡】を!」
瞬間、俺の視界は真っ白い光に包まれる。
何も見えない、ただ白いだけの空間。その中で、見覚えのある姿、形を俺は視界に捕える。
まさか……でも、確かにあの姿は……
「みんな……」
俺は幻覚でも見ているのだろうか。いや、これは現実だ。
スプリが……サーマ、ターム、ウィンが、ゆっくりと天へと昇っていくのが見える。
真っ白い光のカーテンを登り、俺の知らないどこか遠くへ、彼女たちは向かっていく。
「待って……待ってくれ……!」
俺がそう叫んでも、スプリたちは決して振り向かない。恐らく、それが死者のルールなのだろう。
やがて、四人は光の先へと消えていく。そうか……無事に逝けたんだな……
それさえ分かれば、今は満足だった。
俺の視界は、元の電脳空間へと戻る。これがスキル【奇跡】の効果。敵を打倒する力も、この世界を変える影響力もない。自分の心が、締め付けられるように痛むだけの死にスキル。
なんて厄介な物を押し付けてくれたのだろう。確かに、これはゲームを止めたくなるな……
「生きているんですか……? この世界のNPCは生きているんですか!」
俺はNPCの女性にそんな質問をする。
彼女は僅かに笑みを零すと、俺に言葉を返した。
「貴方は既に、その答えを知っているはずです……」
その言葉と共に、俺の意識は再び闇の中へと沈む。
スプリたちのお墓の前、俺はその場所に戻っていた。
特に意味もなく、俺は額に付けたゴーグルを、目に下ろす。本当に、特に意味もなくだ。
アイとヴィオラさんが何かを言っているが、頭には入ってこない。今はそれよりも、重要なことがある。この【ディープガルド】全てに関係する、重要なことが……
「分かりました……このゲームの真実が……」
NPCは生きている。魂も存在している。
あまりにも不可思議で、あまりにも異常なこのゲーム。全てにおいて常軌を逸していた。
「この【ディープガルド】は、普通のゲームじゃありません」
それは推測でも憶測でもない。
確信だ。
真夜中のセラドン平原、レンジたちとは別の場所である男が項垂れていた。
彼は誰もいない草原で一人、涙を流す。ただ悔やみ、懺悔する以外になかった。
「何で……どうしてこんな事に……」
裁縫師のバルディ、彼は【ゴールドラッシュ】の進撃を退き、逃走に成功する。
しかし、既に戦う力も、行動を起こす力も残されてはいない。愛する人形を失い、仲間の信頼を失い、今の彼には何も残されてはいなかった。
「僕は……ただ大好きな裁縫を極めたかった……その技術で皆が喜ぶのなら、それで良かったんだ……それが何で……」
「あーそれ、おいらたちが力を与えたからだねー」
そんな声と共に、バルディの右肩に一本の矢が放たれる。
暗闇の中にも関わらず、狙いを正確に射抜くその力。【夜目】のスキルを極めた猛者であることは確実だ。
バルディは一気に大ダメージを受け、肉体的にも窮地の状態に立たされる。傷口のない、射抜かれた肩を抑え、彼は矢を放った主を見る。
「ぐ……君は……」
「スキル【覚醒】。最高だったでしょ? ちょー、刺激的でさあ!」
獣の被り物をした可愛らしい少年。弓術士のリルベだ。
彼は動けなくなったバルディを、純粋無垢な表情で見下す。
「いやー、ゲームプレイヤーって本当に単純だよねー。例えそれがチート的な存在だったとしても、力のために手を出しちゃうんだもん。愚か愚か」
「人は誰でも特別になりたがる。他人よりも優れた自分を望む」
「だから、付けこみやすいんだよねー」
リルベと共に現れたオッドアイの盗賊、イデンマ。彼女は赤いマフラーを棚引かせつつ、人間の心理を語る。その瞳はただ冷たく、冷酷に世界を見ているようだった。
イデンマとリルベ、二人はある組織に属するプレイヤー。目的を果たすため、この世界の裏で暗躍していた。
「知ってる? お兄ちゃんがゲームオーバーにしたギルドメンバー、必死にお兄ちゃんを庇ってるらしいよ。健気だねー。あんなに酷い目にあったのにさ」
「皆ごめん……僕の心が弱かったせいで……」
項垂れるバルディを見ると、リルベは大声で笑い声をあげる。
「良いねえ! 互いに罪を背負いあっての友情ごっこ! 本当はぜーんぶおいらたちが悪いのにさ! ありがとー! オイラたちの代わりに罪を背負ってくれてー! あーはっはっはっ!」
リルベにとっての喜び、それは他人の不幸。
人が苦しみ、悶え、絶望する姿を見るのが、彼にとっての生きがいだった。
歪んだ家庭、歪んだ人生……それらが彼の心までも歪め、捻じ曲げてしまったのだろうか。
「君たちは……一体何でこんな真似を……」
「分っかんないかなー。お兄ちゃんはもう用済みなんだって。お兄ちゃんのおかげで【ゴールドラッシュ】と【7net】の隔たりが大きくなって目的達成。プレイヤーをゲームオーバーにして、沢山の印を刻んでくれたし、本当にお兄ちゃんはよく頑張ってくれたよー」
リルベはそう言うと、バルディの腹部を何度も蹴りつけていく。
「でも、ちょーとやりすぎなんだよねー。下手なトラウマ植えつけて、あいつがこのゲームをやめちゃったらどう責任取るのさ! このっ! このっ!」
「リルベ、その程度でやめておけ」
イデンマに止められたリルベは、素直にその行為を中断する。すでに、足元に転がる人間には興味が無くなったようだ。
「さーて、次はどうするの? 出来ればあいつらの監視も兼ねて、【グリン大陸】で活動したいけど」
「そうだな……妖精狩りなんてどうだ?」
「うわー、えげつなさそー。ちょーおいら好みじゃん」
妖精、この【ディープガルド】に存在するNPCの種族。オリーブの森の奥、レネットの村に住んでおり、プレイヤーたちとの親交も深い。
本来ならば、それを狩るなど出来るはずがなかった。プレイヤーが街の住民に手を掛けれないのと同じ、それがこの世界のルールだ。
しかし、彼らにはそのルールなど通用しなかった。
「マシロも連れていけ。早く片付くだろ?」
「へー、アレをやるんだ……いいよ」
誰が聞いても分かる。明らかにゲスな行為。
心の折れたバルディに、再び闘志が宿る。自分が何とかしなくてはならない。彼らを止めなければ、また誰かが不幸になってしまう。そんな思いが、彼の心に滾った。
「妖精狩り……? これ以上……これ以上……」
地面に付けた左手に力が入る。こんな状況でも、まだ立てそうだ。
ならば、今やるべき事はたった一つ。巨悪に対し、力の限り戦う事だ。
「これ以上! お前たちの思い通りにさせるかっ!」
バルディは渾身の思いで立ち上がり、右手に握る大針で鋭い突きを繰り出した。
針がリルベの頭部を貫き、そのライフポイントを大きく削る。完全なクリティカルヒット。これで一気に態勢が崩れ、更なるダメージを狙えるだろう。
そう、普通なら……
「ざーんねん、効かないんだよねー」
「なっ……!」
本来、プレイヤーが攻撃を受ければ、ダメージのみを受け、武器が貫通することはない。全年齢対象のこのゲームは、残虐的な描写を極力避けているからだ。
しかし今、バルディの大針はリルベの頭部を貫き、完全に貫通している。ただし、そこには血も傷も存在しない。代わりに貫かれた場所にあるのは、1と0だけで記された情報数列。貫かれた部分がデータとなり、再生を開始しているのだ。
「ち……チートがぁ……!」
瞬間、まるで用済みと言わんばかりに、イデンマのナイフが彼の胸部を切り裂いた。
彼はその事実にすら気づかず、そのままライフポイントがゼロになる。これで彼はゲームオーバー、一番近くの村であるエルブの村に戻され、資金などにペナルティを受けるはずだ。最も、今は資金も何も関係のない話しだろうが。
「あーそうだった。最後にもう一仕事」
リルベは何かを思い出したかのように呟く。そして、そのまま村の方へと歩み進めていった。
バルディがゲームオーバーになったことにより、エルブの村は一層混乱を見せていた。
【7net】のギルドメンバーたちは、【ゴールドラッシュ】の騎士団に対し、反抗的な態度を示している。それもそのはず、現在バルディの身柄は【ゴールドラッシュ】によって確保されているのだから。
「バルディを解放しろ!」
「問答無用でゲームオーバーにするのが、お前たちのやり方かよ!」
【7net】のメンバーは、バルディが【ゴールドラッシュ】によってゲームオーバーにさせられたと思っている。しかし、それは真実と異なっていた。
「バルディ氏は我々が斬ったわけではない! すでにやられていたのだ!」
そう、彼を打ち倒したのはイデンマたち。【ゴールドラッシュ】のメンバーが、詳細を知るはずが無かった。
そんな両方の衝突をリルベは上機嫌で見る。やがて、彼はこの場を一層混乱させる言葉を大声で叫んだ。
「おいら見たよ! そこのお兄ちゃんが、一方的にバルディ兄ちゃんを斬ったんだ!」
「何だって!」
その言葉を聞いた【7net】のメンバーが、一斉に一人の【ゴールドラッシュ】メンバーを見る。彼は焦った様子で、必死に弁解するしかなかった。
「ち……違う! でたらめだ!」
そんな事を叫んでももう遅い。【7net】メンバーが信用するはずがなかった。
仲間を守るために戦う【ゴールドラッシュ】。仲間の無念を晴らすために戦う【7net】。いったい両方に、何の違いがあるというのか。
混乱の元凶であるリルベは、一滴の血を流すこともなく優々と村を後にする。
「この村を火の海に変えるのは、おいらたちじゃない。お兄ちゃんたちだよ」
全ては計画通りの展開。これで、犯行表明は現実のものとなった。