168 リア充爆発しろ!
竜人の村ハイドレンジア、【ゴールドラッシュ】のディバインと【エルドガルド】のランスは武器を打ち付け合っていた。
ランスは【覚醒】のスキルを使用し、両目に盾の紋章が浮かび上がっている。スピード、攻撃力、防御力が上昇し、能力だけならディバインを上回っているだろう。
だが、ディバインのプレイヤースキルは高かった。今、ランスが拮抗できているのは、【騎乗】のスキルがあってこそだろう。
飛竜の上からの攻撃は空中からの攻撃。流石のディバインでも、これをプレイヤースキルで対処するのは難しい。自然と守りの態勢になり、戦いはさらに長引いていく。
「ぬう……空中の敵は攻めづらいな」
「貴方こそ、流石に手堅い……」
クロカゲと別れてから相当の時間が経っていた。防御特化の戦士同士の戦いに加え、ランスは空中から攻める事で、反撃を最小限に抑えている。
だが、この戦いが長引いた最大の原因は、互いに急ぐ気がないことにあるだろう。
ディバインとして見れば、【エルドガルド】の中心人物であるランスを抑えたい。ランスからしてみれば、最強プレイヤーであるディバインを抑えたい。互いに、利害が一致していたのだ。
しかし、それは理屈の話し。実際はもっと単純だ。
二人は戦いを楽しんでいる。責任もあるが、それよりも純粋に勝ちたい。これは【ゴールドラッシュ】戦い。そして、師弟同士の戦いでもあった。
ディバインはランスの槍を盾によって受け止めつつ、彼の乗る飛竜を見る。まるで、主人の思いと同調しているかのように、飛竜はディバインを鋭い眼光で睨んでいた。
『ぐるう……!』
「スキルを鍛え初めて数日だろう。が、よく懐いている……」
才能、そう言うしかなかった。
ランスは確かに強いが、ディバインやエルドを初めとする最強プレイヤーには及ばない。事実、ランスは以前、ディバインに対し一方的に敗れていた。
しかし、今は違う。【覚醒】による強化もあるが、それだけでは説明がつかないほど彼は強化されていた。
「すまないランス。私はお前の力を生かしきれなかった。エルドの方が、お前を遥かに理解していたようだ……」
「気にしないでください。俺から見ても、あいつは異常ですから」
人の才能を見抜く才能。それがエルドの持つカリスマ性の正体だ。
自分勝手で自由気ままな彼でも、この能力を持っていれば自然と人を惹きつける。まさに、組織の頂点に立つに相応しい男だった。
ディバインにとって、それは敗北よりも悔しい事実だ。部下を奪われたのも当然と言える。
彼は考える。やはり、自分はそろそろ限界なのだと……
「この戦争はギルドマスター最後の舞台だ! スキル【反射の盾】!」
ランスの槍を弾き、ディバインはスキルを発動させる。【反射の盾】は自身を反撃モードに変えるスキル。反撃モードとは攻撃を受けた時、相手に低威力のダメージを発生させるものだ。
ディバインは既に、相手からのダメージを抑える【ランパート】を使用している。攻撃を受けさえすれば、相手の方が削られていくだろう。
だが、ランスも戦士。スキルのことは彼もよく理解している。
「ようは盾を突破すればいいって事ですよね? 行きますよディバインさん! スキル【諸刃の剣】!」
ワイバーンを羽ばたかせ、ランスは更に上空へと飛び上がった。
【諸刃の剣】は防御力を捨てることによって、攻撃力を底上げするスキル。この場面で彼は一気に攻めへと移る。
「俺には【騎乗】のスキルがある! 空中から狩ってやりますよ!」
飛竜のスピードに物を言わせ、急降下で地上を狙うランス。それに対し、やはりディバインは盾によって防御の体制へと移った。
例え相手が飛んでいようとも、武器が槍である以上は接近する必要がある。結局、ガードをするなら同じことだ。
しかし、それは相手が槍で攻撃する場合のこと。【騎乗】のスキルはそこまで甘くはなかった。
『ガルー!』
「ぬ……!」
【反射の盾】による反撃をものともせず、ワイバーンが盾に向かって爪を立てたのだ。
本来、槍を受け止める予定だった盾が、ペットキャラによって押さえつけられる。当然、ランス本体がこの機を逃すはずがない。
「穿けグングニル。スキル【返し突き】!」
飛竜から飛び降りたランスは、急降下の勢いのまま槍を突き出す。彼の狙いはディバインの頭部。武器を高速で突き出す【返し突き】のスキルは、完全に目標をとらえていた。
やがて、フォークのような三本の槍が、頭部をクリティカルヒットする。ワイバーンによる妨害こそあったものの、最強の盾を容易く突破されてしまった。
戦士は習得できる攻撃スキルが少ないが、購入すればそれを補うことが出来る。【返し突き】もその類で、通常攻撃よりも遥かに威力が高い。
「ぐ……スキル【シールドバッシュ】!」
『ギャワ……!』
だが、ディバインは痛みを物ともせずに、ワイバーンを盾によって殴り飛ばす。盾によって攻撃を行う。防御しながらも攻めに移れる【シールドバッシュ】は、彼のもっとも得意とするスキルだった。
ペットキャラが後方にノックバックされたため、ディバインとランスは向き合う形となる。ここでタイマン勝負に流れたのは、ディバインにとって好都合だ。
彼は剣を握り、それを敵に向かって振り落す。しかし、すぐにランスは槍を振り回し、それを相殺によって打ち消してしまった。
【騎乗】のスキルだけではない。覚悟が彼の実力を底上げしている。
「ディバインさん……貴方もゲーマーなら分かるでしょう! 英雄様の理想は俺たちゲーマーの理想でもある。現実を捨て、データ世界に生きる事こそが俺たちの幸せなんですよ!」
「私はそう思わない。戦う理由はそれだけだ! スキル【諸刃の剣】!」
ランスは槍を連続で突きだし、猛ラッシュを加えていく。しかし、ディバインはそれらを盾によって防ごうとはしなかった。
逆に【諸刃の剣】を発動し、自身の防御力を一気に下げる。そして、相手の槍を自らの剣によって次々に相殺していった。もはや、とても戦士同士の戦いではない。
「貴方との付き合いは長い。貴方は俺なんかじゃ比べ物にならないほど、生粋のゲーム廃人だったじゃないですか! そんな貴方がなぜ! なぜ、そこまで現実に拘るんですか!」
ランスの槍がディバインを貫く、ディバインの剣がランスを切り裂く。まるで、これまでの戦いが嘘のようだ。【諸刃の剣】によって防御力が下がったことにより、互いのライフは一気に削れていった。
だが、真に激しいのは戦闘ではない。二人が掲げる信念のぶつかり合いだ。
ランスは叫ぶ。彼はディバインに憧れ、ディバインに影響されてゲームをプレイしてきた。VRMMOが完全になる前からオンライゲームをし、彼との付き合いはその時からだ。
ディバインは分かっている。今のランスは昔の自分。ゲームの世界で生きたいという願望も自分が持っていたもの。
しかし今は違う。なぜなら……
「先日、プロポーズをした」
「……は?」
突如、ディバインの口から出た言葉にランスは固まってしまう。
そんな彼に向けて、鋼鉄の心を持った戦士は大らかな笑顔を見せる。
「結婚が決まった。そろそろ、私も潮時のようだ」
当然、彼のリアル事情をランスが知るはずもない。恐らく、全く想像してもいなかっただろう。
しかし、そんなディバインの言葉を聞くと、男は顔にほころびを浮かべる。そして感慨深い表情をし、自らの敵に向かって深々と頭を下げた。
「お……おめでとうございます……!」
「ありがとう。行くぞ、ランス!」
再びディバインが攻撃態勢に入る。それと同時に、ノックバックをしていた飛竜が二人の間に割って入った。
すぐに、ランスはそれに飛び乗る。空中に回避しつつ、回復アイテムを使うという作戦だろうか。
ディバインはそれを警戒し、不慣れな爆発系アイテムをその手に握る。しかし、ランスはそんな小細工を行うような男ではなかった。
「英雄様の夢は絶対だ! スキル【返し突き】ィ!」
再び急降下、そしてそれに加えてスキル攻撃。
ガチンコだ。小細工は一切なし。それが結果として、ディバインのアイテム攻撃を防ぐ形となった。
相手が本気の攻撃で向かってくるのならば、こちらは本気の防御で対処するのみ。全てを守る鋼鉄のディバインは巨大な盾を空中へと向ける。
守る……今はただひたすらに守る! 自らの現実を!
「スキル【インビジブル】!」
「ここで……最強の盾ですか!」
最強の防御スキル【インビジブル】。消費PPが激しく、その持続時間も数秒。使い方を誤れば逆にこちらが不利になる事は確実だ。
しかし、その効果はまさに最強の盾。いかなる攻撃も無効化し、その威力も完全にゼロとなる。絶対防御だがリスクも高い。そのスキルが今、ランスの本気の槍を防ぐ。
「すまないなランス。私は現実を失うわけにはいかない。幸福で幸福で仕方がないのだ!」
「くっそー! リア充爆発しろよ畜生……! 滅茶苦茶おめでたいじゃないですか! 畜生畜生……!」
なぜか、攻撃を防がれたことより別の事で悔しがるランス。そんな彼に向かって、ディバインの剣が連続で放たれていく。敵がペットキャラに【騎乗】していても、隣接さえしていれば攻撃を与えることが出来るのだ。
ランスは飛竜の上から槍を突き出し、敵に対抗姿勢を見せる。しかし、ディバインは左手の盾によって攻撃を次々に防いでいった。
「忙しくなる。妻のため、やがて生まれる子のため、廃人のようなゲームプレイは出来ない。後は頼んだぞランス!」
「敵に……そんな事を頼まないでください! 貴方に言われずとも、俺はゲームを続ける気ですよ!」
ディバイン最後の大舞台。それは剣と盾によるシンプルな形で幕を閉じる事となった。
ランスは大槍を使う戦士で、その性質もあって盾を装備していない。この違いが、最終的に勝敗の分け目となった。
ワイバーンは再び高度を上げることなく、その前にランスは聖剣の一振りによって振り落される。通常攻撃によるラッシュが彼のライフを削り、対抗できる限界を超えてしまったのだ。
勝敗は決した。ゲームオーバーギリギリとなった戦士の目前に、ディバインの剣先が付きつけられる。
少しでも動けば終わりだ。飛竜はそれを理解し、慌てた様子で完全に硬直してしまう。主人思いのベストパートナーだった。
「ゲームオーバーにはしない。操作を受けていないお前を倒したところで意味はないだろう」
「負けを認めろという事ですか……分かっていますよ。俺の完敗です……」
ランスは両手を上げる。
彼にも男のプライドがあった。二度も負けておめおめと自軍に戻れるはずがないだろう。ただ悔しそうに、視線を深く下げるしかなかった。
「なんていうか……ゲームでもリアルでも負けましたよ。俺のようなごみ屑は大人しくしておけって事なんですかね……」
自称、ひきニートのランスにとって、リア充に負けたことが何より悔しいのだろう。しかも、そのリア充が彼のよく知る人物で、同族だと思っていたのだから尚更だ。
唯々、卑屈な言葉を言うしかない。そんなランスに向かって、ディバインは人生の先輩としての言葉を贈る。
「そう、現実を悲観するな。いつか、お前にもその時が来る」
「そんなものなんでしょうかね……」
未来は誰にも分からない。先が長ければ、そこには無限の可能性が広がっている。
ディバインのゲーム人生はここで幕を閉じたが、ゲーマーたちの戦いはこれからも続くだろう。それはゲームを続けるランスも同じこと。
誰かが姿を消しても、別の誰かが現れる。世代は次へと移り変わっていく。それはゲームだけの話ではなかった。
やはり、虚構も現実も面白い。そう、ディバインは感じるのだった。