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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午前) 氷雪の街スマルト
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167 後悔への歓喜

 ヴィルが現れたことにより、戦場となっていた雪原は一瞬にして静まり返る。

 今まで姿を晦ましていた彼の出現は、全プレイヤーにとって想定外の出来事だろう。そして、誰もが思うはずだ。「またあいつは卑怯な手によって事態を混乱させる」と……

 【エルドガルド】も連合部隊も、冷ややかな目でヴィルを見る。そして、罵倒と侮辱の言葉が、彼らから一斉に放たれた。


「騙し討ちのヴィルリオだ……」

「また卑怯な手を使う前に、俺たちの手で奴を倒すんだ!」


 自らを否定する言葉の数々に、ヴィルは視線を逸らし萎縮してしまう。全ては自らが招いた結果。その事を彼は分かっているはずだ。

 しかし、周りの空気に合わせ、一人のプレイヤーを執拗に叩くこの行為をクロカゲは快く思わなかった。彼は同じ上位プレイヤーとして、ヴィルの本質を理解していたからだ。

 クロカゲは文句の一つでも言おうと考える。しかし、彼が行動を起こすよりも早く、一人の男が声を張り上げた。


「黙れ!」


 それは、英雄エルドの声。

 彼は無表情ながらも、周囲のプレイヤーに殺気を向ける。今の事態に最も憤怒しているのは、間違いなくこの男だった。


「卑怯で何が悪い。それがあいつの戦略だ。信念だ。あいつへの侮辱は俺が許さない……!」

「す……すいませんでした!」


 これが、エルドなりの仁義。そして、強者に対する称賛だ。

 彼は【エルドガルド】メンバーを下がらせ、連合軍との戦闘に向かわせる。クロカゲとヴィル、二人を相手にしても勝てる自信があるのだろう。

 もっとも、彼らの戦いに他のプレイヤーが参入できるはずはない。これから行われるのは、最強と呼ばれる者だけが踏み入れる戦いだった。

 エルドはジト目をしながら、ヴィルの顔を見る。まるで、何かを探っているように……


「ヴィルリオ、まさかお前が厄介事に首を突っ込むとはな」

「今はヴィルって呼んでもらいたいね。あとその質問だけど、イシュラくんが操作システムを破壊したって聞いたからね。僕もすこし目立ちたくなったのさ」


 記憶操作システムを破壊したイシュラは彼の後輩。共に戦ってきた先輩として、何か行動を起こさなければと思ったのだろう。それが、彼をこの戦いへと動かした。

 しかし、なぜよりによってエルドとの戦いに参戦したのか。他に勝率の高い戦いはいくらでもあった。あえて一番の強者を狙う必要はない。

 エルドもそれが気になったのか、さらに探るように言葉を投げる。


「それで、俺の首を取りに来たか。得意の不意打ちはどうした?」

「クロカゲくんが頼りなくてね。全然不意が生まれる気がしなかったのさ」


 突如、嫌味を言われるクロカゲ。当然ムッとする。


「頼りないと思うなら、あいつを何とかしてもらいたいものだネ」

「それはアタッカー次第かな。僕はデバファーだからね」


 簡単にエルドを処理できるのなら、こんなに苦労はしていない。嫌味を言われるいわれはなかった。

 当然、ヴィルもそれを分かっているだろう。分かっている上でこんなことを言いだしたのだ。本当に食えない奴だった。

 エルドは大きくため息をつき、諦めたような表情をする。何かを探ろうにも、ヴィルは真実を言いながらもはぐらかしてしまう。いい加減に嫌気がさしたのか、彼は単刀直入に聞いていく。


「お前がそんな目で戦いの場に赴くことに、納得が出来ない……何があった?」


 その言葉でクロカゲも気づく。ヴィルの目は以前より輝いて見え、本気で戦いの場に赴いていると分かる。嫌々戦っていた過去の彼とは全く違う。

 後輩の活躍に感化されただけでは説明が付かない。それほど、ヴィルという男は冷めた感情を持っていたのだ。

 吟遊詩人バードは真剣な眼差しをしつつ、ある者の名前を出す。この男こそが、彼にとっての切っ掛けだった。


「レンジくんに頼まれたのさ」

「……ああ、またレンジか」


 納得したよう様子で、エルドは剣を構える。そして、ゆっくりと雪の大地を踏みしめた。


「卑屈なお前が、気まぐれなクロカゲが、ガタブツのディバインが、気難しいハリアーが……」


 少しずつ近づく英雄。クロカゲもヴィルも、その額に冷や汗を流す。

 いよいよだ。いよいよ戦いは最終局面へと入ろうとしていた。


「我道を行くギンガが、腹黒いヒスイが、考えの分からないミミが……あいつの思想に同調し、こうして俺たちの前に立ち塞がっている。そして、掴みかけた希望すらも打ち砕いていった……」


 嬉しそうに笑う英雄。そして、その表情のまま、彼は疾風纏う剣を振り上げた。


「レンジ、俺はお前を呼んだことを後悔しているぞ!」


 始まりは一通のメール。エルドはそれをレンジに送り、この世界に来るよう促した。 

 あれがなければ、クロカゲもヴィルもこの場所にいなかっただろう。最悪、驚異の存在すら知らずに終わっていたかもしれない。当然、戦いも【ダブルブレイン】の勝利で終わっていただろう。

 全てはエルドの誤算。いや、誤算だったのか……?

 クロカゲの頭にある可測が浮かんだ。


 エルドは、自分を止めてほしかったのではないのかと……















 私、イシュラとシュトラに、ギルド【IRISイリス】のヴィオラとノラン。あと、ついでに【ROCOロコ】のミミ。五人はスマルトの王宮を調べていた。

 王宮内は完全にもの家の殻で、敵プレイヤーとの戦闘はまったくなし。たぶん、エルドが戦線に出ちゃったから、守る必要がなくなったのね。

 初めから、こんな宮殿は張りぼてだったって事でしょう。この戦いはプレイヤーの削り合いなのよ。


 そんな中、私たちはあるものを見つける。暖炉が設置された赤い絨毯の部屋に、怪しい本が何十冊。どれも、プレイヤーが所持できるアイテムの本だった。

 しかも、唯のアイテムじゃないわね。使ったら消える薬や、身に付けることによって効果を得る装備でもない。ただ、そこに存在するだけのアイテムだった。


「ここにある本……全部限定アイテムみたい」

「【ディープガルド】の裏設定が書かれた書物ですね。恐らく、【ダブルブレイン】の方々が集めていたのでしょう」


 読むと情報を得られるアイテム。よく隠し要素の説明とか、小ネタとかが書かれている奴ね。しかも、ヴィオラが言うには、それぞれ一冊しかない限定アイテムみたい。

 ミミは彼女から本を受け取り、それを読み上げていく。敵が集めていた本なんだから、きっと重要な情報が記されているはずよ。


「神は七つの大陸を作った。【グリン大陸】、【イエロラ大陸】、【ブルーリア大陸】、【ドレッド大陸】、【オレンジナ大陸】、【インディ大陸】、【ヴァイオット大陸】……」

「本編に関係ない物語ばっかりじゃない。こんなの集めてどうしようっていうのよ!」


 誰もが知ってる情報。がっかりってレベルじゃないわね。他の本も似たような物ばかりかしら。

 神様が世界を作り、生命を作り、そして今も見守っている。適当に読み流した限りはこんな内容。完全に製作者の自己満足って言って良いわね。

 少女ノランはあざとい仕草で考える。そして、何かを思いついたのか、ポンと手を合わせた。


「全部集めると願いが叶うとか!」

「ないわね。そんな目的があったら、もっと早く分かってるわ」


 速攻ヴィオラに否定されて、しゅんとなるノラン。まあ、チート使いまくってるあいつらが、そんなゲーム設定みたいなものに動かされるはずがないか。

 いろいろ考えてみるけど、何も思い浮かばないわ。どう考えても、無駄設定をつめこんだ誰得アイテムよ。

 そんな中、珍しくシュトラが自分の意見を言い出す。


「集めることが目的じゃない……本の内容を知られたくなかったとか?」

「神様に詳しくなられると困るの? 謎は深まるばかりね」


 まあ、とにかく読んでみない事には始まらないわ。ルルノーは「私たちには私たちの神がいる」と言っていた。神様と【ダブルブレイン】は関係あるのかもしれない。

 ヴィオラは何十冊もある本の中から一冊を取り、それを大雑把に読んでいく。


「とにかく、ここにある本を調べつくして……」

『テステース、全員聞こえるか? 俺だ【エンタープライズ】のアパッチだ』


 突如、目の前にモニターが開き、そこにアパッチの姿が映る。オールコンタクトの魔石を使って、フレンド登録してる全員に通信を繋いだみたいね。

 あいつは大きくため息をつくと、指令本部で起きた出来事を話していく。それは、誰もが予測していた事態だった。


『案の定、司令官のハリアーが戦線に突撃し、俺がその代役を務めることになった。そう決まった以上、俺は俺のやり方でお前らに指示を出す』


 アパッチは頼み込むように自分の思う指示を出す。


『各自、代わり代わりにログアウトをし、休息を取ってほしい。現実時刻昼が近く、脳への負担も大きくなってきた。強制ログアウトを避けるためにも、無茶はしないでくれ』


 ハリアーが絶対に出さないような指示ね。普段は頼りないけど、意外とこういうところは細かい性格なのかしら。

 悪いけど、私はログアウトをする気なんてない。確かに負担がかかって強制ログアウトになるのは怖いけど、それなら警告が出るギリギリまで粘ってやるわ。

 でも、ヴィオラは私たちに無茶をさせたくないみたい。アイテムのテントを開き、ログアウトするように促す。


「アパッチらしいわね。イシュラちゃん、シュトラちゃん、貴方たちは一先ずログアウトしなさい。ここは私たちで調べておくから」

「わ……私はまだ大丈夫よ!」


 全然疲れた感じはしないし、体だって長時間ログインに慣れてるわ。確かに私の戦いは終わったけど、まだまだ調べないといけない事があるのよ。

 敵にはエルド以上の黒幕がいる。それはルルノーの言葉を聞く限り確実よ。たぶん、あいつもその黒幕によって導かれたんでしょうね。

 ここにある本に、その黒幕への手掛かりがある。そう思えて仕方がないの。


「ログアウトなんかより、早く敵の情報を……」

「イシュラちゃん。いいから休みなさい。お姉さんのいう事を聞くの」


 一歩も譲らないという表情でヴィオラが私の目を見る。初めて会った時はアイの奴に振り回されっぱなしだったくせに、すっかりギルドマスターの器じゃない。

 仕方ないわね……シュトラもログアウトしたそうだし、今回は私の負けよ。

 どうせ、ここにある本を真剣に読めるほど私は文系じゃないわ。頭もそんなに良くないし、苦手なことは他にやらせるのにつきるわ。


「分かったわよ。そのかわり、次はヴィオラとノランがログアウトするのよ」

「ありがとう、イシュラちゃん」


 そんなわけで、私とシュトラは一度ログアウトすることになる。敵との決着は午後。たぶん、雪原に現れたエルドも本格的に動き出すでしょう。

 あっちはクロカゲたちに任せて、私たちは地味に情報を調べましょう。残る強敵はエルドとビューシア、それに【覚醒】持ちのランスとラプター。

 たぶん、近いうちにその全ての決着がつくでしょう。いよいよ、長い戦いも終わりが近づいていた。


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