166 裏表の英雄
【ディープガルド】時刻は夜の8時。連合の先鋒部隊はスマルトの街まで進軍を進めていた。
フウリンが【鬼神】のスキルによって暴走し、進軍のスピードはとにかく速い。敵を殲滅するより、とにかく宮殿に突っ込むことが優先となっていた。
だが、一番の目的である敵の意識をこちらに向けさせるというのは成功だ。ソロプレイヤーのギンガは、休息を取りながらもその報告を受ける。
「ギルド【IRIS】がシステムの停止に成功したらしい。ひとまず第一段階はクリアだ」
「ふん、だが街に入り敵の数も増えた。一筋縄にはいかんぞ」
ギンガと会話するのは【漆黑】の召喚士。彼はギンガの懐に付き、後方からのサポートに徹していた。
その相棒である【氷属性】特化の剣士も同じだ。すっかり乱入したギンガを受け入れ、指示にも従っている。理由は一つ、フウリンを全く信用できないからだ。
「しかし、なぜ私がこの部隊の代表となっている。本来部外者のはずなのだがな」
「いや、フウリンが暴走しちまったしな。そもそも、あんたが最初に仕切り出したんだろ。最後まで責任持てよ」
ギンガが視線を宮殿の方に向けると、そこには大暴れするフウリンの姿があった。スキル【鬼神】の効果により、彼女はバーサク以上の暴走状態である鬼神モードとなっている。暴れれば暴れるほどに制御不能となっているのだ。
ギンガは頭がおかしい。しかし、それは半分キャラ作りだ。この【ディープガルド】には自分以上に頭がおかしい奴らがいると彼は再認識した。
そんな彼らの前に、頭のおかしいプレイヤーの筆頭が現れる。
「しっしょーう……!」
「む、ルージュか」
システムの破壊に成功したことにより、ルージュ、リュイ、マーリックの三人が先鋒部隊と合流する。
彼女たちは今まで、イシュラたちを先に進めるための囮となっていた。目的を達成した以上、早急に退きあがて他部隊と合流すべきと考えたのだろう。
マーリックとリュイは現状、この部隊が何をすべきか説明していく。
「記憶操作システムは停止しました。でも、既にバーサク状態のプレイヤーは操作を受けたままです」
「ゲームオーバーにすればそれ以上の操作はないでしょう。進軍より、撃破を優先していただきたい」
プレイヤーの数は【エルドガルド】の方が多い。しかし、敵の操作を止めることが出来れば立場が逆転する。まるで将棋のように、敵の駒を奪うことが出来るのだ。
形勢は変わった。システムの停止は、連合側を一気に勝利と導いていく。
唯一、気掛かりなのは英雄エルドが帰還した事だった。
【漆黑】ギルド本部の飛空艇黑翼。司令官のハリアーは指示を続けていた。
しかし、フウリンを含め、プレイヤーたちは自由に行動している。彼女は半ば象徴のような存在となっており、悪く言えば置物だ。
そんな現状にイラつきながら、ハリアーは口をへの字に曲げる。
「記憶操作システムを破壊し、プレイヤーの操作は防いだ。あとは私たちが全【覚醒】持ちをゲームオーバーにするだけだ」
「でも、エルドが戻ってきて士気が上がったっすね。このままじゃ押し負けるっすよ!」
アパッチの言うように、英雄帰還と同時に【エルドガルド】は一斉蜂起する。彼の存在はハリアー以上の象徴であり、その存在はプレイヤーたちの希望となっていた。
圧倒的な実力に、圧倒的なカリスマ性。偉そうに椅子に座っているだけの自分とは違う。そう、ハリアーは思い始めていた。
そして、ついにその自尊心が限界となる。彼女は無言で席を立ち、部屋の扉に手を掛けた。当然、アパッチがその行動を止める。
「ちょっと、ハリアーさんどこに行くんっすか!」
「少し前線に出てくる」
「司令官が戦いに行ってどうするんっすか! ディバインさんと同じっすよ!」
「ならば、お前が指揮を代われ。頼んだぞ」
結局、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】は脳筋の集まりだった。それは、ギルドマスターであるハリアーも例外ではない。彼女はただ、この戦争を思いっきり暴れたかったのだ。
司令官として一度任命された以上、それを勝手に降りることなど許されない。アパッチは豹変し、司令官に向かって暴言を吐く。彼もまた脳筋だ。
「ふざけんな! 糞尼がァ! そんな勝手なことが許されると思ってんのかゴルァ!」
胸ぐらを掴み、鬼の形相で上司を睨むアパッチ。そんな彼に対し、ハリアーは冷静だった。
眼を飛ばされながらも、彼女は腕を組んで目を閉じる。そして、何かを理解したようにうなずいた。
「分かった。ここを通りたければ俺を倒せというあれだな。いい度胸だ」
「……は?」
その瞬間だった。ハリアーは背負った巨大碇に手を掛け、それを勢い良く振り回す。とっさの事態に反応できず、アパッチはまったくの無抵抗だった。
「ふんっ!」
「ごべっ……!」
碇による一撃を受け、吹き飛ぶアパッチ。通常攻撃だが、【攻撃力up】を鍛えた海賊の一撃は桁違いだ。彼は壁に叩きつけられ、そのままヘタレ込んでしまった。
あまりにも理不尽で滅茶苦茶。しかし、それがギルド【エンタープライズ】の日常だ。ハリアーは大きな海賊帽子に手を乗せ、声を張り上げた。
「よし! あとは頼んだぞ!」
「よ……良くないっすよ……何で俺がこんな目に……」
アパッチは全く悪くない。しいて言うなら運が悪かっただけだ。
ハリアーは部屋を飛び出すと、ワープの魔石を使用する。目指すのはスマルトの街。前線目がけて突き進むのみだった。
虐殺、その言葉が相応しいだろう。
セルリアン雪原に現れたエルドは、神風のように連合側プレイヤーをゲームオーバーにしていく。
【覚醒】よって上昇した攻撃力にスピード、それに加えて極限まで研ぎ澄まされたプレイヤースキル。ダブルブレインの再生力を使うまでもない、中位プレイヤーから攻撃を受ける事などなかった。
その圧倒的な強さにクロカゲは冷や汗を流す。最初から全力を出した彼に勝ち目などない。動きを全く見切ることが出来なかったからだ。
「来たかクロカゲ。お前一人という事は囮だな」
「シット、ばれちゃったカー。参ったネ……」
エルドは手を止め、クロカゲの方を見る。彼の読みに対し、忍者は冷静さを装った。
ゲッカとテイルの支援を拒んだ理由は、【覚醒】持ちの撃破を優先したからだ。最悪、エルドに負けてしまっても、全プレイヤーが操作から解放されれば上出来。優先すべきは全体の勝利なのだから。
「システムは破壊したヨ。一足遅かったネ。素直にワープの魔石で移動した方が良かったんじゃないかナ?」
「どの道、間に合わなかったさ。無駄足に時間を使うなら、敵部隊を潰した方が有意義だろう」
エルドが行おうとしているのは、プレイヤーからの支持を得る事。ここで華麗な無双を見せ、全てのプレイヤーに異世界転生を訴えかける。その影響によってエルド側が正義になってしまえば、それこそお終いだ。
まだ、英雄は諦めていない。現実世界を捨てたいと願う者がいる限り、彼は一定の支持を得られる。何としてでも、これ以上彼を神聖化されてはならなかった。
しかし、予定が崩れたというのも事実。本来はプレイヤーを強制的に操作しようと目論んでいたのだから。
「随分と機嫌が悪いじゃないカ。エルド、怒っているのかナ?」
月の輝く雪原。クロカゲは煽るように問う。
それに対し、エルドは「ふぅ……」とため息をついた。
「逆に聞こう。仲間を倒され、切り札を破壊され、歩みも阻まれる。お前らのせいで俺たちの夢は数年の遅れをとった」
無表情のまま、英雄は剣を振り上げる。
「それで、俺が怒っていないとでも思ったのか……?」
放たれる殺気。対抗するクロカゲ。
二人以外のプレイヤーは完全にすくみ上ってしまっている。恐らく、誰もが「関わらない方が身のため」と思っているだろう。そして、それは正しく事実だった。
エルドは異様な笑みを浮かべる。怒りながらも、彼はこの状況を楽しんでいるようだった。
「イライラして仕方がない。だが、それと同じぐらいワクワクして仕方がないんだ。分かるかクロカゲ!」
「分かるヨ。オレもゲーマーだからネ」
クロカゲは雪を踏みしめる。【忍び足】の準備は万全だ。
エルドの片目には剣の紋章。すでに【覚醒】が発動され、もし動き出せば一瞬にして間合いを詰められるだろう。
対抗する術はない。ハイドレンジアの時とは違って策も用意していない。
確実に負ける。それでも、クロカゲはクナイを構えた。
「ラストバトルだヨ! レッツエンジョイ!」
「ああ、俺を楽しませてくれ!」
速攻だ。エルドの剣は数秒も満たないうちに目の前に迫っていた。
忍者のスピードを持ってしても追いつけない。だが、先に攻撃を予測していれば防ぐことが可能だ。
クロカゲはクナイによって剣を弾く。しかし、これは小手調べだ。エルドの攻撃はスキルへと繋がっていく。
「スキル【スラッシュ】」
「スキル【変わり身の術】……!」
【スラッシュ】による薙ぎ払いで切り裂かれたのは、【変わり身の術】による丸太。クロカゲ本体は【忍び足】によってエルドの後ろに回り込んでいた。
そこから【火遁の術】によって牽制しつつ、クナイで再生力を削る。彼がそう考えていた時、その耳に絶望的な言葉が響いた。
「読んでいたよ」
後ろを取られたはずのエルドが、こちらを向いて剣を振り上げている。それはクロカゲの敗北を意味していた。
忍者は【火遁の術】を諦め、回避へと動こうとする。しかし、もう間に合わない。エルドは既に攻撃態勢へと移っていたのだから。
「スキル【ヘビーブロウ】」
「ぐは……」
疾風を纏った刃が脳天に振り落される。DEF(防御力)の低い忍者が、一撃の重い【ヘビーブロウ】をクリティカルで受けてしまった。
体力が一気に削れる。しかし、それ以上に精神面のダメージが大きい。
先読みに自信があった自分がさらに先を読まれた。AGL(素早さ)の高い忍者が、モーションの長い【ヘビーブロウ】を受けてしまった。それは、クロカゲにとってあまりにも屈辱的だ。
「あえてだ。あえてお前の自信を折った。終わりだクロカゲ……」
エルドの攻撃は止まらない。更なる剣がクロカゲへと迫る。しかし、それでも彼は諦めなかった。
例えプライドが折られたとしても、例え惨めに敗北しようとも、最後まで戦い抜くのは礼儀。共に戦う仲間たちに対して無礼を見せたくはなかった。
故に、クロカゲはクナイによってジャストガードを狙う。当然、エルドの剣はそれよりも速い。間に合わないのは確信していた。
「終わりカ……」
剣が当たる瞬間、クロカゲはそう言葉をこぼす。
しかし、それとほぼ同時。雪原に物悲しくも優しいメロディーが響いた。
「スキル【譚詩曲】」
相手のスピードを下げる吟遊詩人の【譚詩曲】。その効果によって、エルドのスピードが僅かに低下する。
偶然か、計算か、あるいは不屈の魂が奇跡を生んだのか。クロカゲのクナイはエルドの剣を弾き、ジャストガードが成立する。スピードの落ちたエルドの攻撃と、クロカゲのガードタイミングが一致したのだ。
ジャストガードによって、英雄のモーションが止まる。その一瞬の隙を見逃さず、忍者は一気に後方へと退避した。
「いったい何ガ……」
「君がエルドを倒すって聞いた時、少し安心したんだ。僕の出る幕なんてないんじゃないかって」
クロカゲの前に現れたのは、羽の付いた帽子を被った吟遊詩人。彼は前髪を振り払い、苦笑いをしながらギーターの弦をはじいた。
「でも、蓋を開けてみたらこれだよ。やっぱり、因縁って奴は逃げられないものだね」
「お前……ヴィルリオなのか……?」
乱入者の顔を見たエルドは冷や汗を流す。彼はこの男が大の苦手だったのだ。
元【エンタープライズ】メンバーのヴィル。またの名を騙し討ちのヴィルリオ。唯一、エルドに黒星を付けたプレイヤーで、一部からは裏の英雄と呼ばれている。
クロカゲはマーリックにレンジを監視させていたため、彼の存在を認識していた。また、レンジがエルドの撃破をこの男に頼んでいたのも知っている。
しかし、こうやって助けられたのは想定外。「どうせ逃げるだろう」、「誰かを助けるはずがない」と見下していたのだ。
「ソーリー……オレは本当にバカだったよ」
クロカゲは雪を拾い上げ、それを自らの顔にバフッと当てた。
彼の先読みは良い方向に崩れてしまう。本当にレンジという男は、想定外ばかり運んでくるプレイヤーだった。