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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午前) 氷雪の街スマルト
165/208

164 三人一緒に!

あの巨大な機械はただの記憶操作システムじゃなかった。

 プレイヤー記憶を操作し、その思考を操って現実世界での自殺に追い込む。そして、肉体を捨てさせ、新たにダブルブレインとして転生させるシステムだったのよ。

 なるほどね。だから、この機械はルルノーが積み重ねた研究の全て、【ダブルブレイン】が望む理想の終着点だったってわけか。

 これをぶっ壊せば私たちの勝ち。でも、これだけ巨大なギミックはプレイヤーの力では破壊できない。ゲームシステムとして、大規模な破壊行為は制御されてるから当然ね。


 でも、私たちには関係ない。予測が正しければだけど……


『ご主人様、これで本当に本当の最後です!』

「ええ、ボッコボコにしてやるんだから! スキル【武器解放】!」


 ハンマーのコボルを巨大化させ、私は目の前の敵から視線を逸らす。今一番優先しなくちゃならないのは機械を壊す事よ。あいつらの理想を叶えるわけにはいかない!

 消耗したルルノーを無視し、とにかく機械に向かって走る。システムは音を立てて振動しているけど、まだ本格的に起動していないみたい。とにかく、一発ぶち込まないと始まらないわ。

 でも、敵もボケボケ見てるはずがない。ルルノーは【人造人間ホムンクルス】に指示をだし、私への妨害を試みる。


「止めてください」

「はい、ご主人様のために!」


 後ろから迫る少女。まずは、こいつをどうにかしないと話にならないわ。

 私は後方へと振り向くのと同時に、巨大ハンマーを思いっきり振り抜く。とっさの攻撃に驚いたのか、【人造人間ホムンクルス】は瞬時に防御の態勢へと移った。

 ハンマーが彼女の両腕に命中する。その瞬間、シュトラが付与した【魔攻付与魔法】の効果によって、【風魔法】ウィンドが追撃として発動された。


「くっ……魔法追撃の付与ですか……」


 【風魔法】によって突風が生じ、【人造人間ホムンクルス】とルルノーは後方へと扇がれる。

 滅茶苦茶に発動した【魔攻付与魔法】だけど、風の印が選ばれたのは幸いね。これなら、敵に対する妨害効果にもなるわ。

 でも、シュトラがもたらした幸運はこれだけじゃなかった。

 コボルの攻撃を受けたのと同時に、【人造人間ホムンクルス】は力なくへたり込む。もう一つの付与効果を確立によって受けてしまったみたい。


「ご主人様……むにゃむにゃ……」

「これは、眠りの追加効果ですか……!」


 【状態付与魔法】によって付与された眠りの印。数割の確率で相手を眠りの状態異常にする付与魔法だけど……まさか、今の一撃で発動されちゃうなんてね。

 幸運の女神が私たちに微笑んでる。この勢いはもう止められないわ!

 眠ってしまった【人造人間ホムンクルス】に、驚いているルルノー。二人を尻目に私たちは再び機械へと走る。そして、ハンマーを振りかざし、それを思いっきり振り抜いた。


「だらっしゃぁぁぁ!」

「無駄ですよ。この巨大なギミックはプレイヤーでは破壊でき……」


 ルルノーがそう言いかけたの同時に、巨大ハンマーが鋼鉄の巨大装置へと叩きつけられる。巨大な衝突音に、びりびりと響く衝撃。握ったコボルを通じて、確かな手ごたえが感じられた。

 次に響いたのは、メコッっという鈍い音。瞬間、装置の装甲は大きく歪曲し、まるでクレーターのようにくっきりと凹んでしまった。

 装置の音が変わる。白い煙が内部から漏れる。

 漏電しているのか、周囲にはバチバチと電気が迸っていた。

 私は振り向き、ルルノーの顔を見る。彼は呆然としつつも、眼鏡のズレを直そうとする。しかし、そのズレは直ることなく、むしろ酷くなってしまった。


 やがて、眼鏡は彼の顔から外れ、床へと落下する。


「な……ぜ……」

「ドヤ顔したいから教えてあげるわ。私は【万象】のスキルで武器に命を与えてるの。この武器はNPC扱いとなり、この世界の住民として自立する。プレイヤーのルールは適応されない!」


 慌てふためき、足を踏み出すルルノー。それによって、床に落ちた眼鏡は踏みつぶされてしまった。


「それがまかり通るなら……! ペットキャラクターで街の破壊が出来るでしょう……! ありえません……絶対にありえません……!」

「【万象】のスキルで生まれたキャラクターは、ペットキャラクターとして扱われない! 私しか持ってないから、調整が進んでないみたいね!」


 ペットスキルには二種類ある。【従属召喚魔法】や【使役獣】、【人造人間ホムンクルス】のような飼育型スキル。【口寄せの術】や【衛星サテライト】、【武器精霊】のような戦闘支援スキル。私が【万象】で命を与えたキャラクターはどちらにも属さない。

 だから、コボルは武器であって街を歩く一般のNPCでもある。限定スキルという調整範囲外という事もあって、完全に企画外の結果をもたらしたわ。


 私はこうなると何となく分かっていた。これが私の役割だったのかもしれない……

 ルルノーは存在しない眼鏡のズレを何度も直そうとする。当然、彼の指は自らの鼻をなぞるだけだった。


「限定スキル……無数にいるプレイヤーの中でなぜ彼女と出会った……なぜ彼女が私の前にいる……なぜ彼女がこの場面で立ち塞がる……」


 偶然とは言えないような重なる奇跡。それを、科学者ルルノーはこう呼んだ。


「運命……運命だとでも言うのですか! 神はァァァ!」


 崩壊する敵の精神。乱れた心は、状況をさらに悪化させていくでしょう。

 私は視線を機械に戻し、再びコボルを振り上げる。一撃なんかじゃ済まさない! 完全なスクラップになるまでこの機械はぶっ壊す!

 ハンマーを振り抜き、その装甲に打ち付ける。二撃目、三撃目……ただ、何度も何度も攻撃を打ち付けていく。当然、機械の崩壊はさらに進んでいった。

 ここまで暴れてようやくルルノーが動き出す。あいつはハンマーを打ち付ける私に向かって、何らかの攻撃を試みた。


「させません……させる訳にはいかないィィィ……! スキル【薬品投げ】! アイテム、痺れ薬!」


 私の背中に薬ビンが当たり、そこからピリピリする煙が充満していく。

 動きを止めるための麻痺か。でも残念、私の防具には麻痺耐性の補助効果が付与されている。シュトラが使った【状態耐性付与魔法】の効果が生きていた。


「麻痺耐性……まずい……まずいぞ……スキル【魔石広域】! アイテム、氷の魔石!」


 ルルノーは氷の魔石に【魔石広域】を与え、【氷魔法】。アイスオールの魔法を発動する。

 凍結によって動きを止めるため、【氷魔法】を選んだんでしょう。でも、それもダメよ。私の防具には 【属性耐性付与魔法】によって氷耐性が付与されているんだから。


「氷耐性……私は……私は何を焦っている……!?」

「お姉ちゃんいっけえええ!」


 面白いように翻弄されるルルノー。そんな彼とは対照的に、自由気ままなサポートによって場をかき乱したシュトラ。

 計算によって動くデータプレイヤーは、想定外の事態になると一気に崩壊する。科学者ルルノー、あんたはとことん運命に踊らされているわね!

 だけど、あいつにも折れない心があった。【ダブルブレイン】の一人として、敵は最後の抵抗を見せる。


「これ以上は……これ以上はさせないいいィィィ! スキル【薬品解放】! アイテム、防御の薬!」


 薬によるドーピングにより、ルルノーは自らの防御力を底上げしていく。そして、こちらへと走り込み、私と機械の間に割って入った。

 両腕を広げ、立ちふさがる錬金術師(アルケミスト)。私はお構いなしにハンマーを振り抜き、ルルノーごとシステムをぶっ壊そうと試みる。

 でも、防御力の上がったあいつは踏みとどまってしまう。このままじゃ、機械に攻撃が入らないわ。


「これが最後の足掻き……私自身が盾となり……! 貴方を阻む障害となりましょう……!」

「お姉ちゃん! この機械まだ動いてるよ! 早く壊さないと……」


 シュトラの言うように、システムは未だに作動している。早くしないと【覚醒】持ちプレイヤーの身に何かが起こっちゃうわ。

 ルルノーを無視して、他の場所をぶっ叩こうとも考える。でも、装甲に穴が空き、一番崩壊が進んでるこのポイントを叩かないと壊せない。

 とにかく、私は何度も何度もルルノーをぶっ叩く。でも、あいつは微動打にしない。攻撃に移って、隙を見せる様子もなかった。


「この……! この……! 邪魔よ……どけ……!」

『どくはずがないですよ。ご主人様、もういいです充分です』


 コボルから放たれる意味深な言葉。ルルノーに攻撃を与えつつ、私は叫んだ。


「何がもういいのよ……! 機械を壊さないと……」

『【武器破砕】を使ってください。私はご主人様の最高傑作、威力は保証します』


 その言葉の意味は分かっていた。こうなる事だって、察しがついていた。

 【武器破砕】は装備している武器をロストさせる事で、大きな一撃を与えるスキル。使えばコボルの全てが消える。


「嫌よ……バカ言わないで……!」

『ご主人様、武器は使われてこそです。どの道、この先ゲームを進めれば、私の性能も見劣りするようになるでしょう。ここが限界です』

「それでも……それでも……!」

『分かってください。ここで逃げたら、それこそ全部が終わりなんですよ』


 私はいくつもの対抗策を考えていく。だけど、その全てが現実的じゃなかった。【武器破砕】を使うのが、この状況を打開する唯一の策。

 涙をのんで、覚悟するしかなかった。みんなを助けるため、レンジとの約束を守るため、私は情を捨てる必要があった。


 分かったわ……あんたが望むなら、私も一緒に背負う。


「あんたは最高だったわよ。コボル……」

『ありがとうございます。ご主人様の武器であって、私は誇りに思います』


 ルルノーと記憶操作システムに向かって、私はコボルを構えた。

 これで本当に最後。ルルノーとの決着も、与えられた使命も、そしてコボルと過ごした時間も……

 だから……私がこのゲームで積み上げた全てを! この一撃に全て乗せてやる!


「スキル【武器破砕】……!」


 しみったれた御託なんていらない。私はただ自分とコボルを信じて、思いっきりハンマーを振り抜いた。

 【武器破砕】の効果によって光り輝き、さらに巨大となったハンマーはルルノーへと叩きつけられる。その衝撃を止めることが出来るはずもなく、あいつは機械の方へと押しつけられていった。

 巨大なハンマーは、ルルノーごと操作システムへと振り抜かれる。敵も、操作システムも、この一撃で纏めて葬ってやる!

 でも、それを行うには攻撃力が低すぎたみたい。コボルの体に一筋の亀裂が入った。


「惜しかったですね……ですが……あと少しが届かなかった……!」

『この命なげうっても……ご主人様すいません……』


 そんな……いくつもの武器を犠牲にして、コボルを犠牲にして、それでも届かないっていうの……?

 笑うルルノーに、主人に対し謝るコボル。機械は今にも稼働しそうなほど振動し、いよいよ【覚醒】持ちに対する虐殺が始まろうとしていた。

 ここで全部終わり……私は何も救えないし、約束を守る事も出来ない。結局ただの一般プレイヤーだったって事……?


 悔しくて瞳が潤む。冗談じゃないわ……あと少し……あと少しなのよ……!

 神様でも誰でも良い……! あと少し……


 ほんの少し力だけ貸して!


「スキル【追撃付与魔法】」


 誰かの声が聞こえた。聞き馴れた誰かの声。

 私が武器を打ち抜いてる僅かな時間。その僅かな時間に何らかの付与魔法が発動された。

 コボルに攻撃追撃効果が付与される。もたらされる効果は単純……


「【追撃付与魔法】は攻撃のヒット数を一回増やす!」


 そんなシュトラの声と共に、私の体は二度目の攻撃へと動かされる。

 一度目より威力の低い追撃効果。だけど、全てを終わらせるには充分すぎる一撃。三人によって合わさった攻撃は、標的へと再び叩きつけられた。

 崩壊するルルノーの体に、巨大な亀裂の入る記憶操作システム。機械の振動は止まり、転倒していたランプも完全に消灯する。

 停止する機械に、崩れ落ちるルルノー。静寂の中、私は手に持ったコボルに向かって言葉を放った。


「コボル……! ありがとう!」

『こちらこそ……』


 ハンマーに入ったひびは全体へと広がり、やがてバラバラに砕けてしまう。あいつには助けられてばかりだったけど、結局私は何もしてやれなかったわね……

 悲しくて悲しくて仕方ないけど、私は涙を見せなかった。レンジだって泣いてないのに、先に泣いて堪るもんですか。

 これは意地よ。私は下唇を噛みしめ、その感情を強く押し止めた。

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