163 幸甚の至り
召喚した【武器精霊】がアクアトライデントで攻撃し、私は後ろからポイズンアローで支援していく。前衛と後衛の布陣が完成し、科学者ルルノーの再生力を徐々に削れていった。
だけど、私の心はまったく晴れない。ただ黙々と矢を放ち、敵の体を撃ちぬいていった。
流石のルルノーも焦りの表情を浮かべる。流れが変わったことに気づいたみたいね。
「ペットキャラクターの使用に出ましたか……では、スキル【魔石広域】!」
ルルノーは闇の魔石から【闇属性】魔法を発動させる。【魔石広域】は魔石から放たれる魔法を全体攻撃へと変えるスキル。この場合、敵の使ってくる魔法はダークオールになるわ。
漆黒の闇は私と【武器精霊】を飲み込み、そのライフを大きく削る。魔石の性能が高いみたいだけど、所詮は威力の劣る全体攻撃。ライフの少ない【武器精霊】は消滅したけど、私はまだまだ戦えるわ。
『仕掛けるぞ』
「ええ、スキル【武器魔法】」
また、武器の声に導かれるように私は彼を魔法に変化する。
ポイズンアローを消費して作られる魔法は、【状態魔法】ポイズン。魔導師は攻撃魔法で攻めた方が早いから、【状態魔法】は死にスキルと言われているわ。
でも、私は鍛冶師。ダークオールの闇が晴れるのと同時に、緑色の霧がルルノーを包み込んだ。
「くっ……まさか貴方も毒を……」
「スキル【武器変更】アイテム、砂塵のナックル」
人間じゃないダブルブレインも、状態異常はしっかりと受けるみたい。毒によってルルノーの体は、破壊されては再生するを繰り返していた。
そんなあいつの隙を利用し、私は右腕に土属性のグローブを装着する。当然、格闘家じゃない私は武道の心得なんてない。けど、それはスキルの威力で補えばいいのよ。
「スキル【武器破砕】」
距離を詰めた私は、ルルノーの顔面に砂塵のナックルを打ち付ける。大量の砂を巻き上げ、武器の崩壊と共にあいつはそのまま後へと殴り飛ばされた。
巨大な記憶操作システムに叩きつけられるルルノー。あいつの動きが止まっている間にも、毒のダメージによって体は崩壊を重ねる。
いよいよ再生力が半分を切ったかしら。あいつの再生スピードは徐々に衰えているように感じた。
「スキル【簡易錬金】……! アイテム解毒剤!」
ルルノーは握った薬草を薬に変え、それを一気に飲み干す。そして、苦しそうに息をし、再生の遅れた傷口を右手で抑えた。
そういえば、【簡易錬金】で所持していないアイテムも作れるんだったか。今回は上手くいったけど、次からは簡単に対抗薬を使われちゃうでしょうね。
ルルノーも真剣みたい。苦笑いをしながら、更なるスキルとアイテムを使用していく。
「はぁはぁ……貴方は強い……! ですが、私も負けるわけにはいきません! スキル【薬品解放】アイテム、回避の薬!」
「スキル【武器変更】アイテム、ミスリルの剣!」
【薬品解放】は薬の効果を上昇させて使用するスキル。回復の影響を受けないダブルブレインには不向きだと思ったけど……まさか、戦闘中の回避率を上昇させる回避の薬に使うとはね。
私は無属性の剣を装備し、あいつに斬撃を繰り出していく。だけど、回避率の上がったあいつは、ぼやけているように見えていた。当然、繰り出される攻撃も回避されてしまう。
それでも、私は剣を闇雲に振り続ける。やがて目が慣れてきたのか、攻撃は少しずつヒットしていった。
「自分の研究以外どうでも良いと思っていた私ですが。いまは失った仲間の意思を背負っています。この研究は【ダブルブレイン】の夢でもある……!」
「私だって負けられない……私だって背負ってるのよ! スキル【武器投げ】!」
やがて、ルルノーが後ろに下がった瞬間。私は【武器投げ】のスキルでミスリルの剣を投げる。
見事、剣は敵の左胸に命中。その再生力を大きく削った。
行ける。私はそう思った。
戦闘技術は私が上、あいつのスキルも殆ど把握済み。今のペースならあいつの再生力を削り取る事が出来る。この戦いはこのまま勝てるのよ。
そう思った時だった。
「ご主人様ぁぁぁ!」
「なっ……【人造人間】!」
突如、部屋の外から一人の少女が飛び込む。ルルノーが作った【人造人間】だった。
シュトラたち何やってるのよ! そっちはそっちで止めてくれないと、目的が達成出来ないじゃない!
少女はルルノーを守るように立ちふさがり、ボクシングのファイティングポーズを取る。物理特化のペットキャラか、厄介ね……
「ご主人様の邪魔はさせない! ご主人様、今の内です!」
「感謝します。スキル【薬品広域】! アイテム、加速の薬!」
ルルノーは【薬品広域】を使い、スピードを上げる薬を自分と【人造人間】に振りかけた。
【薬品広域】は薬の効果を味方全体に広めるスキル。スピードの上がったルルノーは少女を残し、その場から走り出した。
「また逃げるの! スキル【武器変更】アイテム、ボルテックアックス!」
「逃げませんよ。むしろ、歴史は進むのです!」
私は電気を帯びた斧を装備し、【人造人間】の拳にそれを打ち付ける。攻撃は相殺し、互いに後ろへと弾かれた。
流石に強いわね……でも、今はこいつの相手なんてしてられない。ルルノーが何かを狙ってるわ。
私は走るあいつの背中に向かって、斧を思いっきり振りかぶる。ここで【人造人間】に攻撃されても、あいつを止めれるならそれで良い!
「あんたは止める……! スキル【武器投げ】!」
「研究は成功させます。たとえこの身が滅びようと! 例え全てが崩壊しても!」
私は背部から【人造人間】の拳を受けつつも、ボルテックアックスをぶん投げる。バチバチと電撃を迸らせつつ、斧はルルノーの頭部を破壊した。
だけど、それでもあいつは止まらない。機械に取り付けられた認証システムに手を乗せ、目の前にモニターを出現させる。そして、そこに表示された文字をタッチしていき、何らかのシステムを起動させた。
部屋に置かれた巨大な機械が音を立てる。まるで、鉄で出来た生き物が動き出したかのように、それは脈動を開始した。
「何をしたの……」
「【覚醒】持ちをダブルブレインに変換するシステムです……私たちの転生は偶然で、まだまだ研究段階のシステム……全てのプレイヤーを【覚醒】持ちにした後、時間をかけて煮詰めるつもりでしたが……」
【人造人間】の攻撃が止まる。科学者ルルノーは複雑な笑みを浮かべつつ、眼鏡のズレを直した。
「こうなれば病む負えません……! 例え失敗してでも、研究の全てを現実に変えましょう!」
「あんた……まさか【覚醒】持ちプレイヤーを……!」
「死ぬのではありません……! 生まれ変わるのです……! もっとも、成功確率は極めて低いと思われますが……」
【覚醒】持ちはこいつらの仲間なのに、それを成功するか分からない研究の材料にするなんて……冗談じゃないわ……ふざけないで……!
私はあいつの目を見る。【覚醒】の効果によって、右眼には薬品の紋章が浮かんでいた。
だけど、それよりも目の血走りが気になるわね。ルルノーの本質は気の狂った科学者。【ダブルブレイン】の仲間はこいつの狂気を和らげ、ずっと制止していたのかもしれないわ。
「流石の貴方も【人造人間】と同時に相手は出来ないでしょう! 私の研究はついに完成されるのです!」
「ふざけないで! そんな研究絶対にぶっ壊す! スキル【武器変更】! アイテム、コボルトストライク!」
ルルノーが戦闘態勢を取り、再び【人造人間】が動き出す。確かに、私の勝利は絶望的。だけど私は自分を……そしてこいつの力を信じたいの!
【武器変更】によって私の手に握られたハンマー。それは、初めて【万象】の効果を与えたお気に入りの武器。私の最高の相棒、コボルトハンマーだった。
『ご主人様、待ってましたよ! いよいよ佳境のようですね!』
「ええ、行くわよコボル」
私はそう、お喋りハンマーに返す。
『コボル……?』
「あんたの名前よ。コボルトハンマーのコボル、気に入らなかった?」
私はこいつに名前を付けていなかった。だから、今ここで名付けるわ。
絶対に手放したくないから……消えて無くならないように、名前によってこいつの存在を縛った。本当に私って卑怯者よね……
だけど、コボルは嬉しそうだった。握った柄から、僅かにこいつの震えを感じる。
『いえ……幸甚の至りです!』
私にはこの先に待っている未来が見えていた。だけど、信じたくなかったから目を逸らす。そうならないように、私は戦うしかないのよ。
【覚醒】持ちをダブルブレインに変化するシステム。それが起動したことにより、今すぐにでも機械をぶっ壊す必要が出てきた。
だけど、目の前にはルルノーと【人造人間】。この二人を突破しつつ、コボルで巨大な機械をボコボコにするなんて……
不可能なのは分かってる。でも、私がやらなくちゃ……そう思った時だった。
「おね゛えええぢゃぁぁぁん……!」
「シュトラ……!」
突如、附術士のシュトラが涙を流しながら飛び込む。そして、【人造人間】の少女に向かって体当たりを放った。
滅茶苦茶な登場ね……って言うか、なんで泣いてるのよ。
唖然とする私とルルノー、そしてシュトラの下敷きになっている【人造人間】。附術士は少女を踏んだ状態で、我武者羅に魔法を連発していく。
「【威力付与魔法】魔法変換の印……! 【魔攻付与魔法】風の印……! 【状態付与魔法】眠りの印……!」
『ご主人様……! 力が溢れてきますよ!』
コボルにシュトラの魔法攻撃力が付与させる。コボルに【風魔法】の追撃が付与される。コボルに眠りの追加効果が付与される……
滅茶苦茶じゃない! 有難いけど、後先考えずに魔法を連発してどうしちゃったのよ!
だけど、シュトラの暴走はこれだけに止まらなかった。あいつは私の防具にも魔法を連発していく。
「【耐久付与魔法】魔法変換の印……! 【属性耐性付与魔法】氷の印……! 【状態耐性付与魔法】麻痺の印……!」
「ちょっとシュトラ落ち着きなさい!」
私の防具にシュトラの魔法攻撃力が付与させる。氷属性耐性が付与される。麻痺耐性が付与される……って、後半いらないわよ!
やがて、下敷きになっていた【人造人間】がシュトラを投げ飛ばす。彼女は転がりながら私に這いより、邪魔くさく足を掴んだ。
「ごめんなざい……! ごめんなざい……! 私が足を引っ張っで……! ごの人を逃がしじゃっで……!」
「あー、分かった分かった許す許す。だいたい何があったか把握したから泣かないでよ」
シュトラのMPは一気にレッドラインとなっていた。これでもう、少ししか魔法は使えないか……
大方、向こうの戦いでへまをやらかして、【人造人間】をこっちに逃がしちゃったんでしょう。まあ、シュトラらしいって言えばらしいわね。
こいつのせいで場は滅茶苦茶よ。ルルノーなんて、あまりの出来事に固まっているんだから。
でもまあ、沈んでいた気分も少しは晴れたわ。不可能だと思って、絶望していた心も変わった。
そうよ! 成せば成るのよ! 絶対にボコボコにするって決めたんだから!
私はコボルを構える。あの邪魔な機械……ぶっ壊すわよ!