162 消える武器
ルルノーのサーチスキルによって、私の切り札である【万象】を認識されてしまう。
だけど、スキルの効果までは把握していないみたい。現状、あのスキルが役に立つとは思えないし、無駄に警戒させるのも手かもしれないわ。
だから、私は正直に、それに加えて大げさにスキルの所持を認める。
「【万象】はあんたを倒す切り札。私を雑魚プレイヤーだと思っていたら痛い目を見るわよ!」
「なるほど、これは気を引き締めなければなりません」
逃げてばかりのルルノーが、ようやく戦闘態勢を取った。
あいつの攻撃スキルは、アイテムスキルぐらいでしょう。魔石を使いこなす錬金術士が魔法を覚えているとは思えないわ。
でも、念のために遠距離から攻撃よ。私は槍の先端をあいつに向け、【武器開放】でそれを一気に伸ばした。
「スキル【武器開放】!」
「良い手ですね……スキル【薬品投げ】アイテム、爆発薬」
フォークのような刃がルルノーの腹部を貫く。でも、あいつも負けじとこっちに爆発薬を投げ込んだ。
【薬品投げ】は投げた薬品のスピードを上げ、飛躍距離を伸ばすスキル。これなら離れた私に届くし、伸ばした槍が縮尺するより先に爆発するでしょう。
でも、私は冷静にあいつの攻撃を見切る。
「甘いわ! スキル【武器変更】アイテム、シルフの短剣!」
風属性の軽い短剣に武器を変え、私はその場から飛び退く。伸ばした槍は【武器変更】でキャンセル出来るし、軽い武器に変えればスピードも上がるのよ。
薬品は地面に落ち、そこから大爆発を引き起こす。回避は完全に間に合っていたけど、薬の性能があまりにも高かった。
耳が壊れそうなほどの爆音が響く。そして、広範囲の爆発は私を飲み込み、そのまま記憶操作システムに叩き付けた。
「痛った……なによこの威力……」
「言い忘れましたが、私の作るアイテムは【ROCO】でも随一です。スキル【簡易錬金】アイテム、毒薬」
ルルノーは二種の薬草を取り出すと、それを薬品に変える。そして、完成した薬を怯む私にぶつけた。
【簡易錬金】はその場で素材を消費して、アイテムを作るスキル。これがある限り、あいつはアイテムバッグに入っていないアイテムも自由に作れる。殆どの使用アイテムが、あいつの手の中にある状態ね。
割れたビンからは緑の煙が広がり、私に毒の状態異常を与えた。
「く……毒か……」
「じわじわ効きますよ。スキル【魔石開放】アイテム、氷の魔石」
今度は魔石による攻撃か。【覚醒】の効果で使用スピードが早い。おまけに【魔石開放】でその威力は底上げされていた。
石から放たれる冷気。これを受けたら大ダメージに加え、凍結で動きが止まる。毒のダメージもその間に嵩むわね……
強い……このままじゃ、何も出来ずにゲームオーバーじゃない。冗談じゃないわ……!
「スキル【武器変更】アイテム、妖精の盾……!」
状態異常耐性のある盾に変え、【氷魔法】を何とか受ける。魔石の威力も最高峰みたいで、防御の上からもかなりのダメージを受けてしまう。
そんな私に、追い打ちのように与えられる毒のダメージ。まずは、これをどうにかしないと……
「スキル【武器魔法】……!」
「なるほど、これは上手い」
盾が消費されるのと同時に、私の体を癒やしの光が包み込む。
妖精の盾を消費して【武器魔法】を使った場合、【回復魔法】キュアが発動される。アイテムを使うより動作が速く、意表もつけるわ。
さって、ここからが反撃よ。受けたダメージを回復しつつ、あいつの再生力を削り取る!
「スキル【武器変更】! アイテム、ブラッディアックス!」
「スキル【魔石開放】アイテム、光の魔石」
私が吸収効果のある斧を装備すると、あいつは魔石によって【光魔法】を使用する。
魔石の厄介なところは、魔道士と僧侶のみが習得出来るスキルを使えること。強い錬金術士は基本六属性の魔法以外も容易に操れるって訳ね。
でも、弱点もある。魔石は所詮アイテム、魔法スキルと違って攻撃が単調なのよ。
私は距離を詰めるために、ルルノーに向かって走り出す。そして、短い詠唱によって、威力の低い【炎魔法】を発動した。
「スキル【炎魔法】ファイア!」
「下位魔法ですか、威力はこちらが上です」
降り注ぐ光に向かって、私は炎をぶつける。威力に差があるから、相殺には全く及ばない。でも、僅かに攻撃が遮られるだけで良いのよ。
すぐに斧を前に突き出し、防御の体制に戻る。身を焦がす光は、私のライフを容赦なく奪っていった。
「く……」
「これで貴方のライフは風前の灯。挽回は不可能と言えるでしょう」
大して戦闘の心得もないくせに、不可能なんて言ってほしくないわ。
失ったライフは取り戻せばいい。そのために今まで気づかれないように距離を詰めていたんだから。
重い身体を奮い立たせ、私は斧を掲げる。そして、ルルノーに向かってそれを振り落とした。
「……ハァ!」
「無駄ですよ。斧での攻撃は遅い」
当然かわされる。だけど、それは計算内よ。
「スキル【武器魔法】……!」
相手のライフを奪うブラッディアックスを消費することによって、【吸収魔法】が発動される。
【吸収魔法】ドレインは、魔導師が後半に覚える魔法。威力は本家より劣るけど、本来覚えない魔法を使えるのは便利ね。
攻撃を回避した事に安堵していたルルノーは、放たれた【吸収魔法】を真面に受ける。だけど、せっかく与えたダメージも瞬時に再生してしまった。
「やりますね。ですが、まだまだ再生力は残っていますよ」
「知ってるわよ。でも思わぬ収穫があったわ」
HP(体力)の概念がないダブルブレインに【吸収魔法】を放った場合どうなるか。結果は身を持って体感したわ。
私のライフポイントは全快となっていた。仕組みはよく分からないけど、たぶん想定外のパターンでバグってるわね。まあ、有り余る再生エネルギーを吸収したって所でしょう。
「これで体力全快。どう? 武器の追加効果って面白いでしょ?」
「薬を扱う私からすれば、その戦略は少々高額ですね」
不敵に笑いつつ、お金の話しを持ち出すルルノー。
うるさいわね。背に腹は変えられないのよ。その余裕も今のうちなんだから。
とりあえず、ここまで戦って分かったのは、あいつの攻撃は全て遠距離から中距離という事。接近戦の力勝負なら、私の方に分があるはずよ。
でも、ルルノーは【覚醒】の効果でスピードが速く、【バックステップ】のスキルも持っている。技術で上回らなくちゃ攻撃を当てれない。
「スキル【武器変更】アイテム、不知火の刀!」
「スキル【薬品投げ】アイテム、眠り薬」
私が接近戦を決め、刀を装備したのとほぼ同時。ルルノーはまた薬品を取り出し、それを私に向かって投げた。
眠り薬……当たれば眠ってしまって、【魔石解放】の総攻撃を受ける。生き残れる保証なんてないわ。
私は覚悟したの……今までこのゲームを適当にやってて、レンジたちに関わったのも単に悔しかったから。別に【ダブルブレイン】とか【エルドガルド】が何をしようと関係ないと思ってた。
だけど、あいつの研究室でNPCの魂を見たとき、凄っごく胸糞悪かった……少し、許せないと思ったわ。
こんな奴にゲームセンスで負けるとか……絶対にありえない!
『私を使え……行け、この瞬間だ!』
誰かの声が聞こえた。
眠り薬が当たるその瞬間。的確な攻撃タイミングのその瞬間で誰かの声が……
私は添われるように、導かれるようにスキルを発動した。
「……スキル【武器破砕】」
炎を纏った剣は【武器破砕】の効果によって刀身が伸びる。纏った炎は業火へと変わり、周囲を灼熱に染めていく。
どんな侍も扱えない、鍛冶師だけが扱える究極の刀。私は自分でも信じられないほどの速度で、自然にそれを振り抜いた。
「これは……!?」
驚くルルノーの声。刀は薬を真っ二つに切断し、その中身は炎によって蒸気へと変わってしまう。
それだけじゃない。振り抜いたことによって生じた斬撃は、後方のルルノーすらも切り裂く。そして、あいつの身体を燃やし、更なるダメージを与えていった。
我ながら、【武器破砕】の威力は物凄いわね。だけど、このスキルも使用した武器を消費するスキル……
『それで良い。武器は使われてこそ……』
【武器覚醒】の効果によって、不知火の刀はロストされる。こいつの声が聞こえたのは、鍛えた【万象】のスキルによるものでしょう。
何で聞こえちゃったのよ……使えば消えるのに、何で使えって言うのよ……
もう、全部分かっちゃったわ。
本来、武器に命も感情もない。【万象】のスキルは武器の声を聞くのと同時に、NPCとして魂を吹き込む能力。だから、お喋りハンマーは感情があったのね……
生み出しては使う……命を消費する……私もNPCを実験に使うルルノーと同じなの?
「素晴らしい! イシュラさん、やはり貴方は私の宿敵! だからこそ、ここで障害は排除しなければ! スキル【薬品投げ】! アイテム、爆発薬!」
「……スキル【武器変更】アイテム、シルフの短剣」
炎を振り払い、ルルノーは広範囲の爆発薬を投げつける。何だかテンションが上がってるみたいだけど、こっちのテンションは最悪なのよね。
私は短剣を装備し、さっきと同じように爆発薬から逃げる。このまま行けば、また広範囲の爆発に巻き込まれてダメージを受けるわね。
さて、どうしようかしら……
『ここだよ! さあ、私を使って!』
「……スキル【武器精霊】」
また、私は誘われるように武器消費スキルを使用してしまった。
風を纏った少女は短刀を握り、爆発薬の前に立ち塞がる。そして、両手を天に掲げ、そこから【風魔法】ウインディを発動させた。
薬品は僅かに軌道が逸れ、逃げる私から離れた場所で大爆発を起こす。爆風は短剣の精霊だけを飲み込み、私は左足のかす当たりですんだ。
「動きが変わりましたか……貴方もレンジさんたちと同種。戦いを楽しむほど強くなるという事でしょうか」
「たぶん、逆よ……スキル【武器変更】アイテム、アクアトライデント」
私の心は深い海へと沈んでいく。だけど、沈めば沈むほど動きが研ぎ澄まされていくのが分かった。
そうか……私、調子に乗ってたのね。こんなに後悔すればするほど、自分が強くなるなんて……
人にバカバカ言って、一番バカだったのは私。後悔してるはずなのに、私は勝つために武器消費スキルを使っていく。
『さあ、反撃だ。俺の力を使え!』
「……スキル【武器精霊】」
必要だけど不要な声が、呪いのように響き続ける。私はアクアトライデントを使用し、水属性の精霊を出現させた。
武器の声が使えと言う。それが最善だと分かっている。
だけど、割り切れない。散々、口ではどうでもいいと言っていたくせに……
「……スキル【武器変更】アイテム、ポイズンアロー」
毒の弓矢を装備し、槍を持った精霊を前衛として立たせる。精霊のライフは僅かで、これは囮なようなものね。だけど、矢の攻撃を生かすにはこれが一番強い。
水の精霊は自分の役割を理解し、槍によってルルノーを突き刺していく。そして、私は後方から矢を連続で放っていった。
弓矢なんて適当に使ってるのに、攻撃は的確に敵のクリティカルポイントを撃ちぬく。
まるで主人公みたいな都合の良い覚醒ね……
私はただ、沈んだ気持ちのまま苦笑いをするだけだった。