161 ルルノーの研究レポート
スマルトの戦い。セルリアン平原では、連合部隊と【エルドガルド】の戦いが続いてた。
プレイヤーの数では【エルドガルド】が圧倒的に有利。しかし連合部隊には上位プレイヤーの大半が含まれている。中でも、最強ギルドである【漆黑】のプレイヤーは別格だ。
【漆黑】の召喚士は召喚獣を操り、部隊の防御態勢を整えていく。しかし、その守りにも限界があった。
「カー助、【ルビーの光】。くそっ、敵プレイヤーが多すぎる!」
「弱音を吐く時間があったら一人でも多くサポートしろ。スキル【氷魔法】アイスリジョン!」
同じく、【漆黑】の剣士は【氷魔法】によって敵プレイヤーを撃破する。しかし、こんなペースで戦っていても非効率だ。いずれ、戦力差で限界が来てしまうだろう。
そんな連合部隊の先陣を切るのは、やはり【漆黑】のプレイヤー。ギルドの幹部である格闘家フウリンだった。
「敵はバーサクのプレイヤーだかりだネ。でも、無意識を極めたら特別なスキルとか貰えるかもヨ?」
獣耳中華服の少女は両手を広げ、彼女だけが持つ限定スキルを発動させる。
「スキル【鬼神】!」
瞬間、彼女の体に炎が纏わりつき、頭からは小さな角が生えた。
ここからが総合ランキング9位であるフウリンの本番だ。彼女の装備する業火のガントレットは【炎属性威力up】のスキルによって最大限まで強化される。
炎の属性特化。それに加え、フウリンは攻める事よりも流すことを得意とする『柔』の格闘家だった。
『ゆくゾ! スキル【精神統一】』
彼女は両手を合わせ、こちらに攻める【エルドガルド】のプレイヤーたちに一礼する。
【精神統一】は攻撃の命中精度を上げるという効果の分かりにくいスキルだ。【鬼神】によって軽い暴走状態なフウリンだからこそ、積極的に使う価値のあるスキルだった。
やがて、炎を纏った両手両足から怒涛の攻撃が放たれていく。格闘家は複数の敵を相手にするのが苦手なジョブだが、彼女の戦いからはそれが感じられない。単純に強かったのだ。
『スキル【疾風脚】! 【真空破】!』
体を回転させ、戦士と盗賊のプレイヤーを蹴り上げる。そして、更なる追い打ちとして衝撃波を放つ【真空破】で撃ち落とした。
しかし、フウリンの攻撃は止まらない。そのまま、後衛の魔導師と僧侶に彼女は背中からの体当たりを放った。
『スキル【鉄山靠】!』
あらゆる妨害を弾き飛ばしつつ突っ込む【鉄山靠】。魔法職二人はその攻撃をもろに受け、体力は一気に限界となった。
属性特化によって炎を纏い、なおかつ【鬼神】の効果で威力も底上げされている。こと攻撃力だけなら、【ディープガルド】で最高位と言っていいだろう。
「すげえ……」
「流石は戦闘特化の限定スキル【鬼神】。力勝負なら最強だな」
ぽかんと口を開ける【漆黑】の召喚士に、冷や汗を流す剣士。彼らから見ても、フウリンは企画外の強さだった。
だが、彼女の強さはあくまでも力勝負。【エルドガルド】が吟遊詩人や侍を投入した事により、次第にその機能は停止していく。
やはり、一人のプレイヤーによる無双など現実的ではなかったのだ。
連合部隊は徐々に追い詰められていく。敵プレイヤーはゲームオーバーになっても少しすれば戦線に復帰する。どう考えても勝ち目はなかった。
しかし、それでも彼らは戦い続ける。ただ、ヴィオラたちがルルノーを止めると信じ、粘りに徹していたのだ。
そんな連合軍の姿勢に感服したのか。この場面で一人の助太刀が現れた。
「ふん、苦戦しているようだな。この私が手伝ってやろう」
その声と同時に、【エルドガルド】の部隊に向かってメテオストームが降り注いだ。
【星魔法】最大の攻撃範囲を持ったこの魔法によって、弱っていたプレイヤーは一気にゲームオーバーとなっていく。魔法の威力も並大抵のものではない。
フウリンは瞬時に魔法の放たれた方向を見る。
『この【星魔法】ハ……』
誰かなど既に分かっているだろう。彼女の視界に映ったのは瞳に星の輝く銀髪の男。総合ランキング4位のソロプレイヤー、ギンガだった。
彼がここで支援に入ったことにフウリンは驚いていた。この自分勝手で鬼畜な魔導師がプレイヤー同士のいざこざに手を出すはずがない。何か裏があるはずだ。
『何故、手を貸ス……何か企んでいるのカ?』
「ある面白い女を送るためだ。宮殿内に侵入するには、こちらに敵の目を引き付けなければならん」
仲間をスマルトの王宮内に侵入させたいようだが、その理由の方は曖昧なもの。どうやら、今回の支援も気まぐれのようなものらしい。
あるいはただ目立ちたいのか、構ってほしいのか。何にしても、連合軍にとってはありがたい援軍だった。
スマルトの王宮最深部、私ことイシュラはついにルルノーの奴を追い詰めた。
あいつが最後に入った部屋は巨大な研究室。いえ、研究室というより制御室と言った方が正しいのかもしれないわ。
私の視界に広がっていたのは巨大な機械。確かに、アスールの予測ではプレイヤー操作に何らかのシステムを使っているという事だったけど……
「何よこの機械、デカすぎるわよ! どうやって作ったって言うの!」
「ずっと、計画していたんですよ。私がこのゲームの運営だった時から、何年もかけて少しづつ組み立てていたのです」
眼鏡の錬金術師がそう説明する。【ダンジョンサーチ】で表示された不自然なほど広い部屋は、機械を設置するためだったってわけね。
不味いわ……この大きさじゃ私の力で壊せないかも。このゲームはギミックの破壊は出来るけど、大規模な破壊活動を行うことは出来ない。街やダンジョンを破壊されないようにするためのシステムだった。
この機械が壊せるの……? どう考えても制約に引っかかってるじゃない。
「この機械でプレイヤーを操作してるのは分かってるわ。絶対にぶっ壊す」
「不可能ですよ。この大きさのギミックはプレイヤーでは破壊できません」
つまり、ダブルブレインに壊してもらうか、ルルノーに止めさせる以外じゃ停止できないって事ね。最っ低……
だけど、それは後で考えれば良いわ。今はこの研究者をボコボコにすることを考えればいいの。私がここに来たのはその為なんだから。
「例え機械が無事でも、あんたはどうでしょうね。ようやく追いつめたわよ。ルルノー」
「誰かがここまで到達するとは思いましたが。まさか、オアシスで会った貴方とは……」
私と最終的に戦う事になった事実に驚いてるわね。私だって驚いてるわよ。まさか、悪の組織幹部と対峙するなんてね。
巨大な機械の前、薄暗い地下室は【インディ大陸】の空気によって冷やされる。走り回ってたから気づかなかったけど、吐く息が白いことから結構温度は低いみたい。
この雪と氷の地が私の決戦の舞台。約束のためにも絶対に負けられない!
さあ、vsルルノーよ! あいつが叫ぶのと同時に、私もハンマーを振り上げた。
「やはり運命を感じざる負えない! 私の研究は貴方の敗北によって完成する! スキル【覚醒】!」
「行くわよお喋りハンマー! ここが私たちのラストバトルよ!」
【覚醒】を発動したあいつの右眼に、薬瓶の紋章が浮かび上がる。錬金術師の使うスキルの大半はアイテムスキルとペットスキル。【覚醒】による能力上昇で怖いのはスピードぐらいね。
あいつは【合成獣】と【人造人間】をヴィオラたちと戦わせている。アイテムによる回復もダブルブレインには関係ないから、使ってくるのは使用アイテムぐらい。
油断はしないけど、勝てない相手じゃない!
「一応言っておきます。私は【ダブルブレイン】では最弱ですが、あなた一人を葬るほどの力は持っていますよ」
「随分自信があるじゃない。スキル【武器解放】!」
手始めにお喋りハンマーを巨大化させて思いっきりぶっ叩く。でも、意外とルルノーも動けるらしく、その攻撃を【バックステップ】で回避してしまった。
こいつ、戦闘用のスキルも購入してるってわけか。あまり鍛えてないから危なげないけど、それでも逃げ回られるのは厄介ね。
ルルノーは不敵に笑いつつ、私の予想としていなかったスキルで応戦に出る。
「スキル【分析】、スキル【鑑定】」
ふーん、私を調べに来たか。錬金術師はペットスキルやアイテムスキルの他に、こういうサーチ系スキルも豊富なのよね。
【分析】はモンスターやプレイヤーのステータスや弱点をサーチするスキル。【鑑定】はアイテムや装備の追加効果や性能を調べるスキル。どちらも攻略や生産にも使える便利なスキルね。
さらに、ルルノーは私のサーチを続ける。
「スキル【スキル鑑定】、スキル【所持品鑑定】」
「あーもうウザいわね! 調べたって何もないわよ!」
【スキル鑑定】は相手のスキルや特性を見破るスキル。【所持品鑑定】は持ちアイテムを見破るスキルね。どっちも知られたところで問題はないわ。
ハンマーを振り回し、あいつの胸部に一撃を加える。殴られた部分は崩壊し、そこから1と0の数列が見えるけどそれはすぐに塞がってしまった。やっぱり、あの再生能力は厄介ね。
それに、こっちのサーチばかりやっているのも不気味で仕方がないわ。お喋りハンマーには悪いけど、武器を入れ替えて本気出していかないと。
【武器覚醒】、【武器魔法】、【武器精霊】、この三つのスキルは使った武器をロストしちゃうから、ハンマーには使えないのよ。
「お喋りハンマー、本気出すから入れ替えちゃうわよ」
『仕方ありませんね。止めは私でお願いしますよ』
それは分からないわね。そんな悠長なこと言ってる余裕はないの。
鍛冶師は武器の入れ替えや消費で戦うジョブ。ハンマー一つに拘ってはいられないわ。
私は行動に移らないルルノーに警戒しつつも、積極的に武器を入れ替えていく。
「スキル【武器変更】アイテム、アクアトライデント!」
フォークに似た水属性の槍へと装備を変える。基本、使う武器は属性をばらけさせた方が良いわ。【武器魔法】によって作られる魔法の種類が変わるから、戦略に幅が出るのよ。
もっとも、私は【炎魔法】と【土魔法】のスキルも持ってるから、魔法に関しては結構幅があるわ。あいつがどんな動きをしても、対応する自信がある。
それにしても、あいつ動いてこないわね。全く、これだからインテリタイプは調子が狂うわ。
「ちょっと、なに考えてるのよ。長考はやめてくれる?」
「失礼、スキル【万象】に引っかかりまして……元運営である私も聞いたことのないスキルですね」
うっわ、ばれた……そういえば【スキル鑑定】を使われてたか。
ほんと、戦う時も研究一本なのね。戦いにくいってレベルじゃないわ。
あいつのペースに惑わされちゃダメよ。私は私のペースで戦わないと。