160 仲間を踏み越えて
私たちは下水道を通り抜け、食堂の排水溝から宮殿に侵入する。
事前にルートが確保されていたこともあって、モンスターとの戦闘は極力避けることが出来たわ。この大事な場面で、ドブネズミの相手なんてしていられないわよ。
汚い下水道を通ってきたから、少し臭いが付いちゃったわね。自称アイドルの女ノランは物凄くご機嫌斜めみたい。
「うー……ノランちゃんアイドルなのに……」
「我慢してください。後、宮殿内の構造はリサーチ済みです。標的は恐らく、【エルドガルド】のメンバーすら立ち入らない地下室でしょう」
そんな彼女を軽くあしらい、マーリックはテキパキと行動していく。ボケボケしている時間はないのよ。今は静かだけど、敵プレイヤーだっているはずなんだから。
食堂を抜け、白い壁が続く廊下へと出る。
目指すのは地下へと続く階段。相手は陰気な科学者だし、暗くてじめじめした場所の方が研究に向いているでしょう。
侍のリュイは警戒した様子で周囲を見渡していく。結構進んだけど、ここまで誰とも会っていないのが気になるみたい。
「不気味な城ですね。NPCが管理しているはずですが、人っ子一人いません」
「ルルノーの奴が言ってたわ。レネットの村の前にスマルトの城で魂を搾取したって。たぶん、チートを使ってNPCの作り直しを防いでいるんでしょ」
【ダブルブレイン】はこの世界に転生して最初にこの宮殿を襲った。自分たちのアジトを作るために、プレイヤー数の少ない後半の大陸を狙ったんでしょう。
他のNPCは運営の手によって作り直されてるけど、この宮殿だけは丸ごと乗っ取られてるみたい。その事を運営が知らないはずがないわ。知ってて黙認しているのよ。胸糞悪い……
階段を降り、地下牢が並ぶ空間へと出る。どうやら、ルルノーは更に下に居るみたいね。
ここはダンジョンじゃないから、そこまで深くはないでしょう。でも、警戒しながら進んでいると結構時間を費やしちゃうわ。
銃士のアスールは、【気配察知】のスキルで敵の奇襲に備えていた。
やがて、彼のスキルが何者かの気配を捉える。
「待て! 誰かいるぞ。しかも複数だ」
その声を聞き、私たちは一斉に構える。
進行方向の先、暗闇の先から聞こえてくる足音。現れたのはギルド【エルドガルド】のプレイヤーたちだった。
人数は私たちより多く、数十人はいるみたい。操り人形といった感じじゃなく、自分の意志でエルドに味方しているように感じるわ。
その中に一人、私もよく知っているプレイヤーがいた。
「やっはー! こんな所まで来ちゃうなんて、本当に油断できないね」
「ラプター……!」
カウボーイハットの銃士、元【エンタープライズ】のラプター。ギルドメンバーを引き連れて、私たちの邪魔をしに来たってわけね。
同じ元【エンタープライズ】メンバーだったヴィオラは、軽蔑の眼差しで敵を睨む。
「貴方、本当にハリアーを裏切ったのね」
「うん、こっちの方が面白そうだったからね。安心して、私はラプターのままだから」
エルドの掲げる理想は、一部のプレイヤーには理解できる事なのかもしれない。実際、【覚醒】による操作を受けずに従っているプレイヤーも沢山いるんだから。
残念だけど、私は理解できないわ。現実の全てを捨てちゃうなんて、狂気の沙汰としか言いようがないわよ。
でも、ラプターはその狂気の沙汰へ足を踏み入れてるみたい。
「ルルノーさんの研究室には行かせないよ。みんな、ここでゲームオーバーになってもらうから」
「申し訳ありませんが、彼女らの歩みは誰にも止められません。ここは通していただきましょう」
そんな彼女と向き合うのは道化師のマーリック。彼がパチッと指を鳴らすと、どこからともなく複数のプレイヤーが現れる。宮殿内のルートを確保するため、味方を数人潜ませていたみたいね。
これなら対等に戦えそうだけど、こっちは早くルルノーを止めないといけない。ここはマーリックたちに任せて、何とか突破しないと。
ラプターは私たちに銃口を向ける。それより少し遅れて、他のプレイヤーも動き出した。
「スキル【アサルトショット】!」
「スキル【ルーレットボム】!」
弾丸を肩に受けつつ、マーリックは巨大なルーレットを出現させる。セットされたそれはすぐに起動し、白い玉が転がりだした。
赤と黒のマス目。赤に入れば敵にダメージ、黒に入れば自分にダメージ。入った色は……
赤! やるじゃん。これで大ダメージよ。
「くっ……運が良かったみたいだね」
「正しい意志を持てば、幸運の女神はほほ笑むのです。今、好機はわたくしたちの方へ向いています!」
ルーレットが爆破し、その爆風がラプターを飲み込む。宮殿に響く爆音に眩い閃光。これはもう密に行動は無理そうね。
ダメージを受けたラプターは、私たちから距離をとる。同時に他のプレイヤーたちの戦いも始まった。
「スキル【バッシュ】!」
「スキル【覚醒】!」
周囲の敵をなぎ払うヴィオラに、【覚醒】で自己強化を行うルージュ。
ルージュは【覚醒】を使いこなしているみたいで、敵に操られる心配もないみたい。物理と魔法を使いこなし、自分より年上のプレイヤーを無双していく。
「スキル【ぶん回し】! スキル【炎魔法】ファイアリスオール!」
メイスを振り回し、周囲を焼き払う【炎魔法】で追い打ちする魔道士。話には聞いてたけど、やっぱり完全操作の【覚醒】はチートね。
そんなルージュを守るように立ち回るリュイ。自分の立ち位置が分かったのかしら。地味だけど堅実に敵を牽制していた。
焦ったのはラプター、全員強いからその気持ちも分かるわね。幹部の自分が負けたら不味いと思ったのか、彼女は上階へ続く階段に走る。
「ごめんだけど、ここは皆に任せたよ。私はギルドの指揮をしないと……」
「せっかく会ったんだ。そう、釣れないことを言うな」
そんなラプターに銃口を向けるのはアスール。彼は敵プレイヤーを軽々といなし、標的目がけてスキルを放つ。
「スキル【ホーミングショット】!」
「スキル【ボムショット】!」
命中精度の高い【ホーミングショット】だけど、触れると破裂する【ボムショット】によって相殺される。属性特化のラプターが攻撃を放ったことにより、周囲にバチバチと電気が走った。
だけど、アスールは怯まない。逃げるラプターを見据え、その背中を追っていく。何だか、同じ銃士であるあいつに闘志を燃やしてるみたいね。
だけど、意外と冷静みたい。自分の上司にちゃんと指示を求める。
「ヴィオラ! 俺には【追尾】スキルがある。ラプターを追う許可をくれ!」
「いいわ、頼んだわよ!」
敵プレイヤーからの攻撃を防ぎつつ、ヴィオラは許可を出した。まあ、この人もラプターと因縁があるし、無視するのも気分が悪いわよね。
アスールはベレー帽に手を乗せ、不敵に笑う。そして、カウボーイハットの少女を追って、階段を駆け上っていった。
さって、私ものんびり見物してないで、そろそろ動こうかしら。さっきから敵の攻撃を結構かわしてるし、あんまりふざけてると流石に危ないわ。
とにかく、私としてはこんな雑魚は無視したいのよ。狙うのは科学者ルルノー。その事を分かっているのか、ルージュは敵を一手に引き受ける。
「ヴィオラ……! ボクはここに残って戦う! 残りのみんなで先に進むんだ!」
「でも……」
「ボクには【覚醒】のスキルがある……! もう普通のプレイヤーじゃない! こういう時に出しゃばらなくちゃ、何のための力だ!」
瞳に三角帽子の紋章を浮かべる魔導師。さっきから物理と魔法を使って、複数のプレイヤーを同時に相手している。もう、こいつも化物の領域に入っちゃたわけか。
これが【覚醒】のスキルを扱うプレイヤーの運命なのかしら。私よりも幼い少女は息を切らしながら戦闘を続けていく。ちょっと心苦しいわ……
ギルドマスターのヴィオラにとって、これは苦渋の決断ね。彼女を残すか否か、自分もここに残るか否か。
「ルージュちゃん……」
「僕も残ります。無茶はさせないよう努力しますから、皆さんで目的を達成してください」
そんなヴィオラの迷いを断ち切るように、リュイがルージュのサポートに移る。さっすがませガキ。鋼メンタルでフォローの天才ね。
保証なんてどこにもないけど、こいつの言葉には不思議と安心感がある。強力だけど不安定なルージュとは真逆で、力不足だけど安心できる存在。
そんなリュイの言葉を聞いて、ヴィオラは決心する。アイの暴走でおどおどしていたあの時が嘘みたい。今の彼女は一味違うってことね。
「行くわよ。ノラン、イシュラ!」
「私もいるよ!」
そして安定のシュトラスルー。そろそろ虐めのレベルに達しそうだけど、本人もこの扱いでキャラ付してるみたいだから気にしない。
道案内のマーリックはここに残るみたいだし、頼れるのはシュトラの【ダンジョンサーチ】。私たちは敵プレイヤーから逃げかわし、さらに地下を目指して走り出した。
【ダンジョンサーチ】と【マッピング】のスキルを展開し、宮殿の最下層に到達する。
地下牢があった上の階層以上に薄暗く、通路も随分と狭いわね。【ダンジョンサーチ】で表示された構造を見ると不自然に大きな部屋がある事が分かった。
どう見ても怪しいわ。ここ以外には考えられない。
「たぶん、ルルノーはここにいるわ。必要性を感じないもの」
「【ダンジョンサーチ】はダンジョンの構造を把握するためのスキル。何があるかまでは分からないよ」
シュトラはビビりまくってるけど、行かなきゃどうしようもないわ。今ここにいるメンバーは私、シュトラ、ヴィオラ、ノラン。この四人で何とかしなきゃ、スマルトの戦い全部が失敗になっちゃう。
そんなのダメ。私たちは沢山プレイヤーの命運を背負ってるの。レンジとの約束を守るためにも、ビビッてなんていられない!
「今さら怖くなんてない。決着を付けてやる!」
「良い顔だ子猫ちゃん。このノラン様も協力するぜ?」
赤いバラを咥え、ウザい男ノランがそう言ってくれる。やっぱり、男の人がいると頼りになるわね……って、こいつ性別不明じゃん。
とにかく、うだうだ言ってても仕方がないし、目的の場所へ向かって歩く。ラプターが妨害に出たことを考えると、ここに来られるのは都合が悪いのは確実。絶対にルルノーも……
「まさか、ここまで来てしまうとは……貴方がたの意思も本物という事でしょう」
私たちが部屋に向かう途中、その前に一人のプレイヤーが立ち塞がる。まさか、こいつ本人が自ら出てくるとは思わなかったわ……ルルノー。
眼鏡の錬金術師は、以前と同じようにそのずれを直す。やっぱり、あの部屋に行かれるのは都合が悪いみたいね。
剣士のヴィオラは剣を抜き、それを敵に向かって突きつける。この人がいるなら、戦闘に関しては安心ね。私の出る幕はないのかも。
「ルルノー、まさか貴方が自ら赴くとは思わなかったわ」
「暴れられて、システムに異常が出たら大変なんですよ。ここで止めなければ、私たちの計画が水泡に帰します」
戦闘職を前にしても、ルルノーは怯まなかった。それもそのはず、こいつはこの日のために戦闘の準備を行っていたのだから。
「スキル【合成獣】。スキル【人造人間】」
「ペットスキルが二つも……!」
彼がスキル名を叫んだのと同時に、有翼族の少女と二頭の獣が通路の奥から現れる。どちらも先日見たペットキャラクターよりよく育ってるわ。こっちが本気という事でしょう。
二体の敵は私たちを認識すると、同時に攻撃態勢へと移った。でも、私はこいつらなんて眼中にないの。仲間を踏み台にしてでも、私にはやるべき事がある。
「そっちは頼んだわよ! ルルノー、あんたは私が倒すんだから!」
お喋りはハンマーを掲げ、私はペットキャラクター二体を無視する。そして、奥の部屋へと入っていくルルノーを追った。
ヴィオラが敵を引き付けてくれたおかげで、足止めを食らわなくてすんだわ。三人は悪いけど、私は好きに行動させてもらう。
ようは、主人を倒せばいいのよ。私の目的は最初から一つ、ルルノーとの決着だった。