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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十八日目(午前) 氷雪の街スマルト
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159 海賊のタクティクス

 それは、エルドがハイドレンジアの村を離れる少し前から始まった。


 土曜日の深夜1時、ディープガルド時刻の朝4時。【エンタープライズ】のハリアーは飛空艇黑翼にて作戦の指揮を行っていた。

 前回の王都奪還作戦と同じく、【漆黑しっこく】や【ゴールドラッシュ】のプレイヤーも彼女の指揮下に入っている。姉御肌のハリアーだからこそ、周りもこの『道楽』に付き合っているようだ。

 同じ【エンタープライズ】のアパッチは彼女のサポートに付く。コンタクトの魔石での通信が彼の役目だった。


「敵も臨戦態勢に入ってます。ワープの魔石は使えないっすよ」

「セルリアン平原から攻め入るのみだ。エルドがいない今が好機!」


 飛空艇の甲板にて、ハリアーは周囲のプレイヤーにコンタクトの魔石を展開させる。これで、いつでも下界の状況を把握できるだろう。

 前回のように、直接街にワープは出来ない。恐らく、敵もワープポイントで待ち構えているはずだ。

 しかし、クロカゲの策略によって【エルドガルド】の象徴であるエルドは不在。例え戦力で劣っていても、真正面からの突破が可能だった。

 ハリアーは巨大な碇を握り、それを天高くへと振り上げる。


「スマルトの戦い。開戦だ!」


 瞬間、下界からプレイヤーたちの咆哮が響いた。彼らの声は、【インディ大陸】上空のこの飛空艇まで届くほどだ。


 【ダブルブレイン】が支配する新ギルド【エルドガルド】。それに対するのは【漆黑】、【ゴールドラッシュ】、【エンタープライズ】、【ROCOロコ】、【7net(セブンネット)】、それらに中堅下位ギルドにソロプレイヤーを加えた連合軍。

 連合側のプレイヤーは、セルリアン雪原からスマルトの王宮に攻め入る形となる。戦いの地は雪のフィールド。動きづらく、プレイヤーの技量が試されるだろう。


 副指令のアパッチは、魔石によって表示されたモニターを見つめる。映し出される光景は、セルリアン雪原を駆ける連合軍第一部隊だった。

 そこに有名プレイヤーは存在せず、傍から見れば当て馬のようにも見える。特に多いのは一度ゲームオーバーとなった【ゴールドラッシュ】。【覚醒】による操作が行き届かず、一部のプレイヤーがディバインの元に戻ったのだ。


「第一部隊は【ゴールドラッシュ】のメンバーが多いっすね。【漆黑しっこく】のメンバーは無しっすか」

「奴らは全員【覚醒】持ちだ。【覚醒】持ちとそうでない者で部隊を二分した。敵が釣られれば上出来だろう」


 【覚醒】持ちを操作するには、NPCの魂が必要不可欠。しかし、全員を操作するにはそのエネルギーが足りていなかった。

 だからこそ、エルドは最後の一ヶ所で魂の搾取を狙っている。彼の虐殺が成功しなければ、【覚醒】持ちでも一部はこちら側に組するのだ。

 しかし、それを実行するには不安もある。どの【覚醒】持ちが敵に寝返るか、こちらでは判断出来ないのがその理由だった。

 ハリアーの策が光る。彼女はプレイヤーをいかに上手く動かすか、既に考えていたのだ。


「相手の指揮官はランスか、もしくは……」


 そして、警戒すべきは敵部隊を指揮するプレイヤー。ハリアーは黒い帽子に手を当て、飛空艇から下界を見下ろした。


















 スマルトの王宮、バルコニーの上から二人のプレイヤーが街の外を見る。

 一人は【ダブルブレイン】の科学者ルルノー。もう一人はレベル4の【覚醒】持ち、元【エンタープライズ】のラプターだった。

 彼らは連合軍より情報が遅れている。戦力の大半をレベル3による操り人形、残りを英雄支持者の弱小プレイヤーにしたことがその原因だった。

 ルルノーは辛辣な表情で眼鏡のズレを直す。この重要な場面での想定外があったのだ。


「エルドさんが帰ってきません……何かありましたか」

「たぶん、ハリアーたちが妨害してるんだ。今、ランスくんが迎えに行ってるよ」


 街の外、セルリアン平原からすでに連合側のプレイヤーが迫っている。敵も強襲作戦を行ったわけではないので、こちらも充分に戦力は整っていた。

 不安があるとすれば英雄の不在。それがどう影響してくるかは、戦いが始まらない限り分からない。


「さて、来ましたよ」

「やっはー、開戦だ! ルルノーさん、敵さんの【覚醒】持ちを操作お願い。同士討ちで終わらせるよ!」

「エネルギーが不足していますが、今ある全開でやってみましょう」


 ラプターはバルコニーの手すりに飛び乗り、両方の衝突を監視する。彼女の立場は裏切り者だが、それでも戦いに臨む理由があった。

 元々、戦いと混乱事に美徳を感じていたラプターは、今のハリアーを疑問視している。組織の頭となった彼女は、メンバーを纏めるために少しづつ温厚になっていたのだ。

 昔の荒々しいハリアーはどこにもいない。ならば、この【ディープガルド】を混乱に導く【エルドガルド】こそが自分の居所ではないか。それがラプターの考えだった。


 やがて、【エルドガルド】の先鋒部隊と連合軍の第一部隊が衝突する。どちらも戦士ナイト剣士ソードマンを中心とした対人戦特化で、この戦いを祭事として楽しんでいるようにも感じられた。

 しかし、ルルノーたちが戦いをゲームで終わらせるはずがない。理想を叶えるために、ダブルブレインの世界を作るために、彼は目の前にモニターを表示させる。

 一般人には分からない数列を動かし、ルルノーは連合軍側に【覚醒】使用の指示を送る。彼らの中に入れたNPCエネルギーを発動させたのだ。


「随時操作するには無意識である必要がありますが、アクセサリーを外す動作ぐらいならば操作可能。【覚醒】は使ってもらいます」

「バーサク対策のアクセサリーなんて無意味だよ」


 過半数の【覚醒】持ちプレイヤーは、一斉にバーサク対策のアクセサリーを取り外す。そして、ルルノーたちの予定通り、【覚醒】のスキルを発動させた。

 今出来る操作の限界によって、連合軍側は一斉に裏切られる形となる。【覚醒】持ちでありながら操作の行き届かなかったプレイヤーは、混乱して逃げ惑う事しか出来なかった。

 全ては予定通り。ラプターはカウボーイハットのつばを掴み、満足げに雪原を見下ろした。


「順調順調、これで同士討ちだね!」

「ですが、想定よりも操作されたプレイヤーが多い……」


 連合軍の中には【覚醒】持ち以外のプレイヤーも含まれている。にも拘らず、第一部隊の過半数が【覚醒】によって操作されるなど、あまりにも比率がおかしかった。

 考えられる理由は一つ、敵の第一部隊は【覚醒】持ちのみで構成されている。つまり、はなから操作されることを前提で進軍させたという事だった。
















 第一部隊が混乱状態に陥ったことにより、アパッチはハリアーに向かって叫ぶ。

 どうやら、副司令官の彼ですら今回行った作戦の詳細を聞いていないようだ。


「前方部隊の大半が【覚醒】状態に……レベル3の操作によって操り人形っすよ!」

「よし、作戦通り。指示が届く者は撤退だ! 後続に控える第二部隊に合流しろ!」

「って、ええ!? 逃げちゃうんっすか!?」


 彼女は事前に、第一部隊全員に撤退用アイテムを支給していた。そして、緊急事態が起きた場合は迅速に撤退し、第二部隊に合流することも指示してある。初めからこの結果を想定していたのだ。

 コンタクトの魔石を通した指示により、【覚醒】の操作から免れた者は次々に前線から撤退していく。敵として見れば負けを認めて逃走しているようにも見えるだろう。

 だが逃走はない。これは一時的な撤退に他ならなかった。


「作戦を知られたくなかったからな。お前にも話していないが、これには理由がある。見ろ、操作を受けたプレイヤーを炙り出した。これで、残りの【覚醒】持ちプレイヤーを安心して戦力に組み込める」

「そうか……急な裏切りが怖いなら、先に裏切らせれば良いんっすね。ハリヤーさんマジパねえっす!」


 裏切りで一番怖い事は、寝首を狩られることだろう。今、敵にプレイヤー操作を行わせたことにより、こちら側に潜伏していた操作可能プレイヤーを炙り出したのだ。

 残りの【覚醒】持ちプレイヤーは信頼できる。彼らは第二部隊に合流し、そこで上位プレイヤーたちと共に戦ってもらう。軍を率いるのは、【漆黑しっこく】幹部の格闘家モンクフウリンだ。


 数では圧倒的に劣っている連合軍だが、質は圧倒的に良い。第二部隊に残っているのは、一度もゲームオーバーになっていない精鋭たちの集まりだったからだ。

 そこに今混ざった【覚醒】持ちプレイヤーは、ルルノーに操作先送りを判断された弱小プレイヤーばかり。【インディ大陸】まで辿り着く実力は持っているが、小学生、中学生が大半だった。


「今撤退した第一部隊は良い経験をするはずだ。上位プレイヤーと肩を並べるのだからな」

「ははっ、トラウマものっすね……」


 こうして、上位と下位によって構成された部隊が完成する。

 ここからは策略などない。ただ、敵を叩き潰すために攻めて、攻めて、攻めつくすのみだった。


「派手に戦って、敵の意識を戦争に向けさせる。敵はゲームオーバーになっても復活する不死身の部隊だが、こちらの目的が達成されれば必ず正気に戻るはずだ」


 ハリアーはこの戦いに全力を尽くすつもりだが、本命はこちらではない。

 こちらは負ければ敵の操作を受けてしまうが、敵はゲームペナルティを受けるだけ。こんな不利な戦いに全てを託すはずがなかった。

 彼女が希望を託すのは、イシュラの考えるルルノー撃破作戦。ギルド【IRISイリス】が中心となり、ヴィオラが指揮する作戦だ。


「頼んだぞ。ヴィオラ」


 情けない後輩だが、何だかんだでハリアーは信じていた。

 ヴィオラなら必ず、この戦いを勝利に導いてくれると……

















 今日、長い一日が始まった。


 私、【エンタープライズ】のイシュラは、ギルド【IRISイリス】の指示で動いている。無事、ターンブル山を越えて、この街まで移動出来たわ。

 【エルドガルド】の本拠地、スマルトの街。ヴィオラ、リュイ、ルージュ、アスール、ノラン、そして私とシュトラは、この街に密かに潜伏していた。

 フウリンたちはセルリアン平原から進軍するみたいだけど、その隙に乗じて王宮に潜入する作戦よ。

 少数部隊だけど、密かに動きたいから仕方ないわ。それに、弱小ギルドであるこいつらだからこそ、この街に潜入出来たのも事実。


「無名の僕たちだからこそ、【エルドガルド】に気づかれませんでしたね」

「う……リュイ、貴方ねえ……」


 リュイが毒舌で自分のギルドをディスっていく。ヴィオラは何だか解せないみたいだけど。

 私たちはスマルト王宮の裏に回り、あるプレイヤーとコンタクトを取る。すでにギルド【漆黑しっこく】は数週間前から工作員を忍ばせており、敵の動きを監視していたみたい。

 もっとも、その工作員は工作員というには派手すぎるんだけど……


「よく、この街に辿り着きました! ブラボー!」

「し……静かにしろマーリック……! 気付かれるだろ!」

「ルージュ、お前もな」


 大声で指摘するルージュに、アスールが突っ込む。こいつら、本当にいつ見ても楽しそうね。完全に遠足気分じゃない。

 ま、私も気を張ってるけど楽しんではいるわ。こういう秘密作戦ってワクワクするじゃない。本当に正義の味方気分だわ。

 それはともかく、道化師ジェスターのマーリックは仲間と協力し、スマルト王宮の侵入経路を確保していたみたい。これなら、スムーズに作戦を実行できるわ。


「【エルドガルド】にスパイを忍ばせています。下水道からのルートを確保していますので、わたくしと共に侵入しましょう」

「頼んだわよ」


 雪の被ったマンホールの蓋を開け、下水道のダンジョンに侵入する。敵のギルドにはスパイが潜り込んでいるようで、宮殿への侵入経路は問題ないみたい。

 私たちのミッションは一つ。科学者ルルノーを倒し、プレイヤー操作システムを破壊する。

 アスールの読みが正しければ、操作システムはパソコンのようなコンピューター機器。物理で破壊できるなら全く問題ないわ。


「行くわよ。お喋りハンマー」

『はい、ご主人様!』


 このお喋りハンマーでぶっ壊す。

 頼んだわよ。あんたは私の切り札なんだから。

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