159 海賊のタクティクス
それは、エルドがハイドレンジアの村を離れる少し前から始まった。
土曜日の深夜1時、ディープガルド時刻の朝4時。【エンタープライズ】のハリアーは飛空艇黑翼にて作戦の指揮を行っていた。
前回の王都奪還作戦と同じく、【漆黑】や【ゴールドラッシュ】のプレイヤーも彼女の指揮下に入っている。姉御肌のハリアーだからこそ、周りもこの『道楽』に付き合っているようだ。
同じ【エンタープライズ】のアパッチは彼女のサポートに付く。コンタクトの魔石での通信が彼の役目だった。
「敵も臨戦態勢に入ってます。ワープの魔石は使えないっすよ」
「セルリアン平原から攻め入るのみだ。エルドがいない今が好機!」
飛空艇の甲板にて、ハリアーは周囲のプレイヤーにコンタクトの魔石を展開させる。これで、いつでも下界の状況を把握できるだろう。
前回のように、直接街にワープは出来ない。恐らく、敵もワープポイントで待ち構えているはずだ。
しかし、クロカゲの策略によって【エルドガルド】の象徴であるエルドは不在。例え戦力で劣っていても、真正面からの突破が可能だった。
ハリアーは巨大な碇を握り、それを天高くへと振り上げる。
「スマルトの戦い。開戦だ!」
瞬間、下界からプレイヤーたちの咆哮が響いた。彼らの声は、【インディ大陸】上空のこの飛空艇まで届くほどだ。
【ダブルブレイン】が支配する新ギルド【エルドガルド】。それに対するのは【漆黑】、【ゴールドラッシュ】、【エンタープライズ】、【ROCO】、【7net】、それらに中堅下位ギルドにソロプレイヤーを加えた連合軍。
連合側のプレイヤーは、セルリアン雪原からスマルトの王宮に攻め入る形となる。戦いの地は雪のフィールド。動きづらく、プレイヤーの技量が試されるだろう。
副指令のアパッチは、魔石によって表示されたモニターを見つめる。映し出される光景は、セルリアン雪原を駆ける連合軍第一部隊だった。
そこに有名プレイヤーは存在せず、傍から見れば当て馬のようにも見える。特に多いのは一度ゲームオーバーとなった【ゴールドラッシュ】。【覚醒】による操作が行き届かず、一部のプレイヤーがディバインの元に戻ったのだ。
「第一部隊は【ゴールドラッシュ】のメンバーが多いっすね。【漆黑】のメンバーは無しっすか」
「奴らは全員【覚醒】持ちだ。【覚醒】持ちとそうでない者で部隊を二分した。敵が釣られれば上出来だろう」
【覚醒】持ちを操作するには、NPCの魂が必要不可欠。しかし、全員を操作するにはそのエネルギーが足りていなかった。
だからこそ、エルドは最後の一ヶ所で魂の搾取を狙っている。彼の虐殺が成功しなければ、【覚醒】持ちでも一部はこちら側に組するのだ。
しかし、それを実行するには不安もある。どの【覚醒】持ちが敵に寝返るか、こちらでは判断出来ないのがその理由だった。
ハリアーの策が光る。彼女はプレイヤーをいかに上手く動かすか、既に考えていたのだ。
「相手の指揮官はランスか、もしくは……」
そして、警戒すべきは敵部隊を指揮するプレイヤー。ハリアーは黒い帽子に手を当て、飛空艇から下界を見下ろした。
スマルトの王宮、バルコニーの上から二人のプレイヤーが街の外を見る。
一人は【ダブルブレイン】の科学者ルルノー。もう一人はレベル4の【覚醒】持ち、元【エンタープライズ】のラプターだった。
彼らは連合軍より情報が遅れている。戦力の大半をレベル3による操り人形、残りを英雄支持者の弱小プレイヤーにしたことがその原因だった。
ルルノーは辛辣な表情で眼鏡のズレを直す。この重要な場面での想定外があったのだ。
「エルドさんが帰ってきません……何かありましたか」
「たぶん、ハリアーたちが妨害してるんだ。今、ランスくんが迎えに行ってるよ」
街の外、セルリアン平原からすでに連合側のプレイヤーが迫っている。敵も強襲作戦を行ったわけではないので、こちらも充分に戦力は整っていた。
不安があるとすれば英雄の不在。それがどう影響してくるかは、戦いが始まらない限り分からない。
「さて、来ましたよ」
「やっはー、開戦だ! ルルノーさん、敵さんの【覚醒】持ちを操作お願い。同士討ちで終わらせるよ!」
「エネルギーが不足していますが、今ある全開でやってみましょう」
ラプターはバルコニーの手すりに飛び乗り、両方の衝突を監視する。彼女の立場は裏切り者だが、それでも戦いに臨む理由があった。
元々、戦いと混乱事に美徳を感じていたラプターは、今のハリアーを疑問視している。組織の頭となった彼女は、メンバーを纏めるために少しづつ温厚になっていたのだ。
昔の荒々しいハリアーはどこにもいない。ならば、この【ディープガルド】を混乱に導く【エルドガルド】こそが自分の居所ではないか。それがラプターの考えだった。
やがて、【エルドガルド】の先鋒部隊と連合軍の第一部隊が衝突する。どちらも戦士や剣士を中心とした対人戦特化で、この戦いを祭事として楽しんでいるようにも感じられた。
しかし、ルルノーたちが戦いをゲームで終わらせるはずがない。理想を叶えるために、ダブルブレインの世界を作るために、彼は目の前にモニターを表示させる。
一般人には分からない数列を動かし、ルルノーは連合軍側に【覚醒】使用の指示を送る。彼らの中に入れたNPCエネルギーを発動させたのだ。
「随時操作するには無意識である必要がありますが、アクセサリーを外す動作ぐらいならば操作可能。【覚醒】は使ってもらいます」
「バーサク対策のアクセサリーなんて無意味だよ」
過半数の【覚醒】持ちプレイヤーは、一斉にバーサク対策のアクセサリーを取り外す。そして、ルルノーたちの予定通り、【覚醒】のスキルを発動させた。
今出来る操作の限界によって、連合軍側は一斉に裏切られる形となる。【覚醒】持ちでありながら操作の行き届かなかったプレイヤーは、混乱して逃げ惑う事しか出来なかった。
全ては予定通り。ラプターはカウボーイハットのつばを掴み、満足げに雪原を見下ろした。
「順調順調、これで同士討ちだね!」
「ですが、想定よりも操作されたプレイヤーが多い……」
連合軍の中には【覚醒】持ち以外のプレイヤーも含まれている。にも拘らず、第一部隊の過半数が【覚醒】によって操作されるなど、あまりにも比率がおかしかった。
考えられる理由は一つ、敵の第一部隊は【覚醒】持ちのみで構成されている。つまり、はなから操作されることを前提で進軍させたという事だった。
第一部隊が混乱状態に陥ったことにより、アパッチはハリアーに向かって叫ぶ。
どうやら、副司令官の彼ですら今回行った作戦の詳細を聞いていないようだ。
「前方部隊の大半が【覚醒】状態に……レベル3の操作によって操り人形っすよ!」
「よし、作戦通り。指示が届く者は撤退だ! 後続に控える第二部隊に合流しろ!」
「って、ええ!? 逃げちゃうんっすか!?」
彼女は事前に、第一部隊全員に撤退用アイテムを支給していた。そして、緊急事態が起きた場合は迅速に撤退し、第二部隊に合流することも指示してある。初めからこの結果を想定していたのだ。
コンタクトの魔石を通した指示により、【覚醒】の操作から免れた者は次々に前線から撤退していく。敵として見れば負けを認めて逃走しているようにも見えるだろう。
だが逃走はない。これは一時的な撤退に他ならなかった。
「作戦を知られたくなかったからな。お前にも話していないが、これには理由がある。見ろ、操作を受けたプレイヤーを炙り出した。これで、残りの【覚醒】持ちプレイヤーを安心して戦力に組み込める」
「そうか……急な裏切りが怖いなら、先に裏切らせれば良いんっすね。ハリヤーさんマジパねえっす!」
裏切りで一番怖い事は、寝首を狩られることだろう。今、敵にプレイヤー操作を行わせたことにより、こちら側に潜伏していた操作可能プレイヤーを炙り出したのだ。
残りの【覚醒】持ちプレイヤーは信頼できる。彼らは第二部隊に合流し、そこで上位プレイヤーたちと共に戦ってもらう。軍を率いるのは、【漆黑】幹部の格闘家フウリンだ。
数では圧倒的に劣っている連合軍だが、質は圧倒的に良い。第二部隊に残っているのは、一度もゲームオーバーになっていない精鋭たちの集まりだったからだ。
そこに今混ざった【覚醒】持ちプレイヤーは、ルルノーに操作先送りを判断された弱小プレイヤーばかり。【インディ大陸】まで辿り着く実力は持っているが、小学生、中学生が大半だった。
「今撤退した第一部隊は良い経験をするはずだ。上位プレイヤーと肩を並べるのだからな」
「ははっ、トラウマものっすね……」
こうして、上位と下位によって構成された部隊が完成する。
ここからは策略などない。ただ、敵を叩き潰すために攻めて、攻めて、攻めつくすのみだった。
「派手に戦って、敵の意識を戦争に向けさせる。敵はゲームオーバーになっても復活する不死身の部隊だが、こちらの目的が達成されれば必ず正気に戻るはずだ」
ハリアーはこの戦いに全力を尽くすつもりだが、本命はこちらではない。
こちらは負ければ敵の操作を受けてしまうが、敵はゲームペナルティを受けるだけ。こんな不利な戦いに全てを託すはずがなかった。
彼女が希望を託すのは、イシュラの考えるルルノー撃破作戦。ギルド【IRIS】が中心となり、ヴィオラが指揮する作戦だ。
「頼んだぞ。ヴィオラ」
情けない後輩だが、何だかんだでハリアーは信じていた。
ヴィオラなら必ず、この戦いを勝利に導いてくれると……
今日、長い一日が始まった。
私、【エンタープライズ】のイシュラは、ギルド【IRIS】の指示で動いている。無事、ターンブル山を越えて、この街まで移動出来たわ。
【エルドガルド】の本拠地、スマルトの街。ヴィオラ、リュイ、ルージュ、アスール、ノラン、そして私とシュトラは、この街に密かに潜伏していた。
フウリンたちはセルリアン平原から進軍するみたいだけど、その隙に乗じて王宮に潜入する作戦よ。
少数部隊だけど、密かに動きたいから仕方ないわ。それに、弱小ギルドであるこいつらだからこそ、この街に潜入出来たのも事実。
「無名の僕たちだからこそ、【エルドガルド】に気づかれませんでしたね」
「う……リュイ、貴方ねえ……」
リュイが毒舌で自分のギルドをディスっていく。ヴィオラは何だか解せないみたいだけど。
私たちはスマルト王宮の裏に回り、あるプレイヤーとコンタクトを取る。すでにギルド【漆黑】は数週間前から工作員を忍ばせており、敵の動きを監視していたみたい。
もっとも、その工作員は工作員というには派手すぎるんだけど……
「よく、この街に辿り着きました! ブラボー!」
「し……静かにしろマーリック……! 気付かれるだろ!」
「ルージュ、お前もな」
大声で指摘するルージュに、アスールが突っ込む。こいつら、本当にいつ見ても楽しそうね。完全に遠足気分じゃない。
ま、私も気を張ってるけど楽しんではいるわ。こういう秘密作戦ってワクワクするじゃない。本当に正義の味方気分だわ。
それはともかく、道化師のマーリックは仲間と協力し、スマルト王宮の侵入経路を確保していたみたい。これなら、スムーズに作戦を実行できるわ。
「【エルドガルド】にスパイを忍ばせています。下水道からのルートを確保していますので、わたくしと共に侵入しましょう」
「頼んだわよ」
雪の被ったマンホールの蓋を開け、下水道のダンジョンに侵入する。敵のギルドにはスパイが潜り込んでいるようで、宮殿への侵入経路は問題ないみたい。
私たちのミッションは一つ。科学者ルルノーを倒し、プレイヤー操作システムを破壊する。
アスールの読みが正しければ、操作システムはパソコンのようなコンピューター機器。物理で破壊できるなら全く問題ないわ。
「行くわよ。お喋りハンマー」
『はい、ご主人様!』
このお喋りハンマーでぶっ壊す。
頼んだわよ。あんたは私の切り札なんだから。