15 王都自警ギルド
四体の人形は葬られ。事件は一先ずの収拾へと向かう。
今回ゲームオーバーになったプレイヤーはすぐに死に戻りし、軽い金銭のペナルティのみで村へと戻っている。
所持品の強奪もなく、本当に何の意味もない虐殺。日頃のストレスが爆発し、単なる暴走行為に及んだのだと【ゴールドラッシュ】は判断したようだ。
俺たちは人目を避け、村はずれの畑で佇む。村の方は事件の処理で慌ただしい。未だに犯人のバルディさんは見つかっていないのだから。
「勝手な行動をして、すいませんでした……」
「貴方たちが無事なら、それで良いわよ。まあ、ゲームオーバーになっても、失う物なんて無かったみたいだけど」
俺はヴィオラさんに謝罪する。心にぽっかり穴が開いた気分だ。
丁度ログアウトの予定時刻になっており、当初の予定ならばこの村で解散となっただろう。しかし、今この村は混乱している。村を出て、テントというアイテムを使用し、フィールドでログアウトをするのが賢明かもしれない。
そんな話しを俺たちがしている時だった。二股帽子のポーカーフェイスな男、マーリックさんがこちらにトタトタと走ってくる。
「お三方! ご無事でしたか!」
「マーリックさん!」
彼は慌てたような仕草でお辞儀をし、オーバーなリアクションを取った。
「いやー、心配したんですよ。再びこの村に訪れたら、このありさまだったんですから」
どうやらマーリックさんは、今まで別の場所で仕事をしていたようだ。
その割には、情報の収拾が早い。彼は事件の当事者である俺たちより、多くの情報を持っていた。
「犯人は未だに逃走中です。早いうちにこの村を出た方が賢明ですよ。なにせ、貴方がたは事件の犯人であるバルディ氏とこの村に訪れましたから」
「んー、確かに面倒事はごめんね」
これ以上、事件に巻き込まれたらたまらない。そうでなくても、こちらの予定は散々狂っているのだ。
「そして、これはわたくしの憶測ですが……この事件、まだまだ縺れそうなんですよ」
マーリックさんは懐からトランプを取り出し、片手でそれをカットしていく。やがて、そこからジョーカーのカードを取り出し、それを俺たちに見せた。
「バルディ氏がゲームオーバーにした【7net】のギルドメンバーが、彼を庇っている様子なんですよ。何でも、バルディ氏を精神心的に追い詰めたのは自分たちの責任なんだ! 罪は私たちが背負うから、バルディ氏を見逃せ! って……まあ、当然【ゴールドラッシュ】の方々が認めるはずもなく、両方は一触即発状態という有様です」
元々、攻略組の【ゴールドラッシュ】と、道楽目的の【7net】は犬猿の仲。そんな両方の間に、こんな事件が起きたのだ。当然状況も縺れるだろう。
やはり、今の最善策はここを離れることだ。ヴィオラさんはマーリックさんのアドバイスを聞き入れ、今日中に村を出ることを決意する。
「じゃあ、さっさとこの村を出て……」
「それは困るな」
しかし、その時だった。俺たちの前に、一人の男が姿を現す。
鋼鉄の鎧を身に纏った大男。強面の外見に、引き締まった肉体。巨大な剣と盾を装備したその外見は、誰が何と言おうと戦士だった。
すぐに気付く、彼は襲い掛かるスプリから俺を守ってくれた【ゴールドラッシュ】のメンバーだ。そして、同時に彼女を手に掛けた男でもある。
「貴方はさっきの……」
「まさか……何であんたが!」
ヴィオラさんは彼の事を知っているようだ。それもそのはず、今目の前にいる男は、この【ディープガルド】世界でも上位に位置する存在なのだから。
「自己紹介をしよう。私は、王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】、ギルドマスターのディバインだ」
「鋼鉄のディバイン……まさか、こんな所で会うなんて」
先ほどの戦いから、ただ者ではないとは分かっていたが、まさかギルドマスターだったとは……
戦士、鋼鉄のディバイン。決闘ランキング一位、総合ランキング三位。実質、このゲームにおけるNo3と言える存在だ。
彼は鋭い眼光で俺たちを威圧しつつ、その巨大な体で進路を妨げた。
「……私たちを逃がす気はないってこと?」
「いや、くだらない私情だ。そこにいる少年と話したい」
俺と? 何か、彼の逆鱗に触れるような事をしたのだろうか。
困惑する俺に対し、ディバインさんはさらに混乱を招く質問をする。
「お前は私が憎いか?」
「え……」
「聞けば、あのスプリという人形。お前とは随分と仲が良かったらしいではないか。彼女を殺した私が憎いのではないか?」
そうだ、この人はスプリを殺した。腰に装備された鋼鉄の剣によって、無残にも彼女を切り裂いたのだ。
しかし、それ以前に、ディバインさんは俺を助けてくれた。彼がいなければ、俺は今頃ゲームオーバーになっていただろう。
そんな恩人に、憎しみの感情を抱くのは間違っている。俺は自分でも驚くほど冷静な答えを導き出した。
「いいえ、貴方は僕を助けてくれました。感謝することはあっても、憎いと思う事はありません」
そうだ、この答えが一番理屈が通っている。理屈さえ通っていれば、心に折り合いがつくのだ。
なにより、こう言っておけば、これ以上話が縺れることはない。完璧だ。模範解答だ。俺は、一時の感情に身を任せるバカじゃないんだ。
「そうか、お前は腰抜けだな」
「なっ……」
そう考える俺に、ディバインさんは冷酷な言葉を放つ。
「お前は自分の保身のために、彼女を消された怒りを消した。確かに利口な判断だ。正しく模範解答だろう。しかし、同時に冷めた答えだな。本当に彼女の事を思うのならば、一発私を殴るべきではなかったのか?」
「……っ」
そうだ、俺はこの場を穏便に済ますため、スプリが消えた事実を濁した。本当に彼女の死を嘆くのなら、くだらない理屈など捏ねずに、本能で動けば良かったんだ。
本当に自分が嫌になる。俺はいつもこうだ。安定のために周りに合わせ、感情を押し殺し、人生を適当に生きている。
ゲーム世界を見下し、大して調べもせずに進めているのもそうだ。エルドを探すと覚悟したなら、本気でこの世界と向き合うべきじゃないのか。
こんな事だから、何事にも真剣になれないのだ。こんな事だから、スプリたちを救えなかったんだ。
俺は……
俺は……
ドゴッ!
突如、鈍い音と共に、ディバインさんの頬に拳が放たれる。当然、それは俺の拳などではない。今の話しとは全く関係のない、第三者から放たれたものだった。
「怒り? 思い? 笑わせてくれますね」
自らより遥かに体格の大きなディバインさんに、強烈な一撃を与える少女。またお前か、アイ……
彼女は拳を収めると、毅然とした態度で言葉をぶつける。
「勇気があるのが偉いんですか? 意思を貫けば本望なんですか? 自惚れないでください。凄さや偉さは此方で証明します。貴方の価値観を押し付けないでください!」
自らの胸に手を当て、アイは続けた。
「熱血理念は大変結構。ですが、それによって冷めた観点を否定する資格が、あってたまりますか!」
そうだ……情熱に身を任せることが、必ずしも正しいとは限らない。冷静だからこそ、最善の手段を見つけることが出来るのだ。
俺の判断は間違ってなかった。もし相手がディバインさんじゃなかったら、一回の暴力であらゆる物を失っていただろう。だから、これで良い。勝者は勇気がある者じゃない。最後に笑った者なんだ。
ディバインさんは殴られた頬を抑えつつ、アイと向かい合う。
「だが、お前のそれは正しく熱血理念ではないか? そんなお前が、何故彼をそこまで評価する? 彼との噛み合いは悪いように思えるのだが」
ああ、そうだ。アイ、お前は俺とは噛み合わない。俺たちとでは、あまりにも温度差がありすぎる。お前の暴走には、本当に呆れ返っているぐらいなんだから。
だが、彼女はそんな理屈全てを笑顔で洗い流した。
「だって、行動や理念だけで人の価値が決まってしまったら、つまらないじゃないですか!」
ディバインさんは、きょとんとした表情で固まる。
やがて、その強面の外見に、似合わない笑顔を浮かべた。
「はーはっはっ! 違いない!」
先ほどまでイライラは嘘のように、今の彼は上機嫌だった。
アイの奴。余計な事をして……俺も、ヘタレてばかりいられない。俺は俺らしく、論理と直感で進むのみだ。
「ディバインさん!」
俺は自分の信じる理屈を、彼に向かって話していく。
「犯人からの犯行表明には、この村を火の海に変えると記されていたはずです。ですが、バルディさんはプレイヤーの虐殺を行っただけで、村に被害を出していません」
「……何が言いたい?」
「まだ、終わっていないという事です。気を付けてください」
「……ああ、気を付ける事にしよう」
ディバインさんは嬉しそうに笑みをこぼすと、俺たちに背を向け、村の方へと戻っていく。彼にはまだ山ほど仕事が残っている。それが、巨大なギルドを支えるギルドマスターの務めだ。
「今度は王都で合おう。勇気ある少年少女たち」
【ゴールドラッシュ】は王都自警ギルド。本拠地は、俺たちが向かう王都ビリジアンで間違いないだろう。機会があれば、また会えるかもしれない。
ディバインさんはそれだけ言い残すと、ガシャガシャと甲冑の音を鳴らしつつ、俺たちの視界から消えていく。
本来ならば、バルディさんと関係のある俺たちを呼び止め、みっちり情報を聞き出すべきだ。しかし、彼はそれをしなかった。実際の所、その目的は何だったのだろう。
「結局、何をしに来たのかしら」
「たぶん、殴られに来たんじゃないですか?」
「なにそれ、変態?」
「そうですね……ちょっと不器用な変態なのかもしれません」
ヴィオラさんとアイで、そんな話をする。
ディバインさん……彼は俺を救っておいて、勝手に気負いして、殴られて罪滅ぼしをしようと思っていたのだろうか。もしそうなら、確かに不器用な変態だ。どMと言う意味ではない。突拍子のない行動を行うという意味での変態だった。
色々な人と言葉を交わし、俺の精神はだいぶ落ち着きを取り戻す。これなら何とか進めそうだ。
そんな俺に対し、アイは突然その手を握る。そして、俺の心を見透かすように、優しく語りかけた。
「レンジさん、迷うのは良い事です。ですが、自分の気持ちに嘘はつかないでください! 今、貴方は何をしたいんですか? 何か思う事があるんでしょう!」
アイ、お前は何でこうも俺に世話を焼くのか。こんな俺をなぜ信用してくれるのか。そんな疑問は、心の中にしまっておこう。
今は自分の心に嘘を付かず、自分のやりたい事をしよう。彼女が、こんな俺の行動を認めてくれるのなら、俺も彼女を信じてみたくなった。
「こんな事を言ったら変な奴だと思うかもしれない……でも……」
俺は右手を握りしめ、続ける。
「お墓を作りたいんだ……」
スプリ、サーマ、ターム、ウィン。肉体も、命も持っていないNPC。そんな彼女たちのお墓を作りたいなど、頭のおかしい奴の考えだろう。
しかし、それでも俺は作りたかった。作らなければ、前に進むことが出来ないのだから。
「これはゲームだって分かってる。でも、俺は弱いから、自分の心に整理がつかないんだよ……」
そうだ、俺は弱い。
今回の件で身を持って思い知った。戦闘能力だけの意味ではない。もっと、心も鍛えなくてはならない。全ては、スプリとの約束を果たすためだ。
そんな俺を、ヴィオラさんとアイは受け入れてくれた。
「レンジ、それは弱いからじゃないわ。優しいからよ」
「作りましょう! 偽物だってかまいません! 大切なのは心ですよ!」
「お前ら……優しすぎだろ……! ちくしょう!」
泣きたいほど嬉しいが、寸でのところで耐え抜く。女性の前で、涙を流したくはなかった。
そんな俺たちギルドの様子を、ニヤニヤと見つめるマーリックさん。今回の件で思う事があるのか、彼は右手を前に出し、深く頭を下げた。
「ではでは、この村に残った問題の処理はわたくしにお任せを、その代わりと言っては何ですが、闘技場の事は頼みますよ」
「ええ、色々とありがとう」
「いえいえ」
マーリックさんと分かれた俺たちは、道具屋へと向かう。ログアウト用のテントと、森での状態異常を対策する毒消しや眠気覚ましを購入するためだ。
あまりこの村では、もたもたしていられない。スプリたちのお墓は、セラドン平原に出てから作る事に決める。
凝った物などいらない。大きな石と草原に生えた花があれば、充分だった。
「強くならなくちゃな……」
道具屋に歩み進める途中、不意に俺はそんな言葉をこぼす。それを聞いたアイは、笑顔で言った。
「はい! レンジさんは強くなりますよ。絶対、絶対、強くなります!」
何の保証もない言葉だが、なぜか自信が湧いてくる。彼女の期待に応えるため、スプリとの約束を果たすため、エルドに出会うため、俺はこのゲームを進めることを決意した。