158 俺たちの希望
英雄エルドの猛攻に対し、ゲッカは脅威の粘りを見せていた。
彼はこう読む。ゲッカは風属性耐性の装備に加え、侍のテンプレ構成である【HPup】のスキルを鍛えていると。
全損まではまだ遠い。彼女は怒涛の斬撃をクリティカルから逸し、必死に喰らいついていた。
「スキル【ダブルスラッシュ】」
「スキル【岩浪】……!」
長剣による二連撃をゲッカは刀の柄によって受け止める。そして、その僅かな隙を見てカウンタースキルを発動した。
【岩浪】は一定時間攻撃を耐え、その間に受けたダメージを上乗せして返すスキル。エルドの猛攻を耐える事が出来たのなら、そのダメージも驚異的なものとなるだろう。
カウンターに成功すれば、いっきに彼の再生能力を削る事も可能。しかし、それは不可能に近い行為と言える。なぜなら、エルドの攻撃はゲッカの防御を上回っているのだから。
「無駄だ。返す前にお前のライフは尽きる」
「くっ……」
繰り返される剣技による通常攻撃。すでに、ゲッカのライフはレッドラインへと入っていた。
転倒から復帰したディバインは、彼女を守るためにスキルの発動を試みる。しかし、その行為をクロカゲが阻んだ。彼には考えがあったのだ。
「邪魔をするナ。これはゲッカの駆け引きダ」
ここでゲッカを守れば、彼女はただのお荷物だ。この少女も、足を引っ張るためにここに来たわけではないだろう。
やがて、エルドの剣から最後の一撃が放たれる。確実にゲッカを仕留める瞬速のスキルだ。
「スキル【スラッシュ】」
彼の攻撃に対し、ゲッカは何も出来なかった。【岩浪】の効果が継続しているため、その他一切の行動が出来なかったのだ。
今の彼女に【スラッシュ】を耐える事は出来ない。ここで勝負が決まると思われた。
その瞬間だった。
「スキル【回復魔法】ヒールリスですわ!」
エルドの【スラッシュ】がゲッカに打ち付けられるギリギリのタイミング。その僅かな時を狙い、癒やしの光が少女の体を包み込んだ。
長剣の一閃が彼女の胸部を切り割く。しかし、【回復魔法】の効果により、ゲッカのライフはイエローゾーンまで回復していた。当然、エルドの【スラッシュ】でもライフを削り切る事は出来ない。
流石のエルドも困惑する。全く予測していなかった第三者が、ゲッカを回復支援したとしか考えられなかった。
「新手……!?」
「スキル【岩浪】は耐えたダメージを上乗せして返します……!」
本来撃破していたはずのゲッカ。彼女は刀を強く握りしめ、エルドに向かって一閃を振り落とす。
避けれるはずがない。全く想定外の攻撃に加え、ゲッカのスキルには強力なカウンター効果が乗っているのだから。
やがて、刃は最強のプレイヤーを斬り捨てる。よほどの攻撃を今まで耐えていたのか、その威力も尋常ではないほどだ。
「……!? ぐ……! スキル【ジャンプ】!」
「そこ! スキル【追い撃ち】!」
攻撃を受けたエルドは当然回避行動へと移る。しかし、それが仇となり、飛躍するエルドを【追い撃ち】の矢が貫いた。
このスキルの効果は撤退行動に移る相手に対し、二倍のダメージを与えるというもの。今のエルドに対し、完全に刺さっていた。
飛んだエルドは地上に足をつける。距離は取ったが、カウンターによって受けたダメージは相当。彼は思わず、再生しつつある傷口を手で抑える。
「……危なかった」
「一矢報いる。とはまさにこの事ですわ!」
ゲッカの隣に立つもう一人の女性。【ゴールドラッシュ】の弓術師、縦ロールヘアーのテイルだった。
ずっと、この機会を狙って潜んでいたのだろう。エルドは完全に錯覚していた。
支援を警戒していなかった訳ではない。しかし、この戦いは一対一で行うと思っていた。
『邪魔をするナ。これはゲッカの駆け引きダ』
あのクロカゲの言葉にまんまと騙されていたのだ。
「エルド、お前の敵は四人いたのだ」
「ゲッカはオレたちより実力が劣るって油断していたよネ? なめるなよ化け物……これは足を引っ張るために、ここに来たわけじゃなイ」
普段飄々としているクロカゲが、鬼の形相で睨む。仲間をなめられたことが気に入らないようだ。
それに対し、エルドは後悔していた。油断は相手に対する侮辱に値する。この傷の痛みはそれに対する罰だ。
「再生が遅れている……ようやく希望が見えてきたか!」
「スキル【回復魔法】ヒールリスオール。戦闘職のわたくしでは、この程度が限界ですわ」
削ったディバインたちのライフも、テイルによって回復される。恐らく、彼女は【魔法防御力up】を鍛えたVIT(魔法防御力)特化の戦闘職。【回復魔法】の効果もそこそこあるようだ。
ヒーラーの登場により、戦いは更に遅延されるだろう。
もたもたしていれば、スマルトでの最終決戦が終わる。ただ勝つだけでは意味がない。
だが、それはもうどうでも良かった。
「笑っている……」
「ヤバいねこれは……ここからだヨ……」
エルドは歓喜する。
追い詰められている。追い込まれている。この感覚だ。
さっきまではずっと、責任によってイライラしていた。だが、今は違う。
楽しい……ゲームが、戦いが、楽しくて仕方がない!
「スキル【ジャンプ】! スキル【アサルトブロウ】!」
跳ぶ。そして空中から強襲のスキル。
一気に降下し、前衛のディバインに迫る。
「ぬ……! スキル【鉄壁】!」
「真下ががら空きだ! スキル【風属性】ウィンド!」
防がれるが想定内。着地と同時に下方から【風属性】を放つ。
強風で巻き上げられるディバイン。そして、こちらに矢尻を向けるテイル。
エルドは落下する戦士に回し蹴りを打ち付け、弓術師に向かって蹴り飛ばす。
「お前の上司だ。受け止めろ!」
「……きゃ!」
こんな巨体、受け止めれるはずがない。蹴り飛ばしたことが驚異的だ。
ディバインはテイルへと叩きつけられ、二人は同時に雪の地面へと沈む。ここまでの動作に数十秒すらも経っていない。
このスピードに付いていけるのはクロカゲぐらいだろう。
「ニンニン! スキル【口寄せの術】!」
「大ガエルのお出ましか。こい!」
印を結んだ忍者は、目の前に巨大なガマガエルを出現させる。そして自身は、影からサポートの体制をとった。
同時に、ゲッカがエルドの後ろへと回り込む。スピードでは二人に追いつけないが、先を読めば攻撃に移れると考えたのだろう。
目の前には大ガマ、その奥には忍者。そして後ろからは侍。それらは一斉に行動へと移る。
「【叫ぶ】ダ!」
『ゲローン……!』
大ガマが【叫ぶ】。それにより、エルドのスピードが僅かに落ちてしまう。その隙を見て、サポートのクロカゲと背後のゲッカが同時に攻撃へと移った。
「スキル【影縫いの術】!」
「スキル【燕返し】!」
クロカゲが印を結び、エルドの足は影によって拘束される。そして、そんな彼に迫るのはゲッカの刀。
スキル効果で移動することが出来ない。しかし、剣を握る手は動く。
ならば、選ぶ行動は一つ。力技だ!
「吹っ飛べ! スキル【チャージ】ッ!」
「はっ……!」
ノックバック効果の【チャージ】でゲッカをクロカゲの方へと吹き飛ばす。纏めて消し飛ばすため、同じ場所に移動させたのだ。
エルドは再び飛躍する。【影縫いの術】による拘束を引きちぎるほどの脚力で……
「スキル【ジャンプ】! いくぞ……スキル【エリアルバッシュ】!」
跳んだエルドが狙ったのは大ガマ、クロカゲ、ゲッカの全員。空中で逆さまとなったエルドは、そこを目がけて渾身の【エリアルバッシュ】を放った。
【エリアル】は上方を切り裂く剣。【バッシュ】周囲を薙ぎ払う剣。【エリアルバッシュ】はその両方を兼ね揃え、逆さまのエルドが使ったことにより、攻撃は地上を薙ぎ払う技へと変貌する。
「まだこれ程の力が……」
「ゲッカ! クロカゲ! 私が守る……! 絶対にッ……! スキル【守護の盾】!」
斬撃を受ける二人を守るため、ディバインは走った。彼はタンク、守る事がタンクの役目だ。
何としてでもエルドを食い止める。それが彼らの役割であり、【エルドガルド】の計画を潰す最低条件。
エルドをスマルトに戻らせたら終わる。リーダーの帰還により【エルドガルド】は本来の力を取り戻してしまう。
しかし、逆もまた然り。エルドの帰還を誰よりも望む者がいた。
「ディバイィィィィィン! スキル【諸刃の剣】!」
「ぬ……! ランス!」
突如、乱入した大槍を持った戦士。彼は元【ゴールドラッシュ】の副ギルドマスターであり、今は【エルドガルド】の中心人物となっているランス。レベル4の覚醒持ちだった。
彼はディバインの【守護の盾】に槍を打ち付け、その効果を受ける。これにより、クロカゲたちに盾役が赴くことはなかった。
突然の乱入に誰もが驚く。しかし、一番驚いてるのは仲間のエルドだった。
「ランス……どうして……」
「エルド! お前は戻るべきだ! 俺たち【エルドガルド】にはお前が……お前たちの夢が必要なんだ!」
エルドは満たされる。戦いへの歓喜と同じ目的を持った仲間の思いによって、乾いた心は潤っていた。
以前の彼なら、戦いを放棄することなど絶対にありえない。しかし、今は違う。自分を信じて待っている仲間がいる。
死んだ魚のような目をしていたエルドの瞳は輝いていた。死んで肉体を失い、人間を捨ててようやく彼は辿り着く。
大人になれ……今すべきことは何だ。
「ランス……悪い! 俺は行く、仲間の元へ!」
「この場に及んで退くのかエルド……! 【体当たり】ダ!」
「逃がしませんわ! スキル【追い撃ち】!」
クロカゲが口寄せした大ガマと、テイルの放った矢がエルドの背中を捉える。しかし、彼は無防備のまま、戦いから退くために走っていた。
英雄は信じていたのだ。ここを任せた仲間が、絶対に自分を逃がしてくれると……
「いけえええ……! エルドォォォ! お前は俺たちの希望だァァァ! スキル【騎乗】ワイバァァァン……!」
ランスは天に向かって叫ぶ。瞬間、強風を巻き上げつつ、矢と大ガマの前に小型の飛竜が降り立った。
突然モンスターが現れたことに戸惑うクロカゲたち。その隙を見て、エルドは颯爽と戦闘圏内から離脱していった。
彼は雪道を滑るように疾走する。そして、走っているうちに一つの策略を思いついた。
ワープの魔石で一気にスマルト街まで移動することが可能だが、それはあえてしない。このまま山道を徒歩で移動し、街の外から敵陣を攻め落とす。
裏をかけるのに加え、何より盛り上がるだろう。英雄には士気を高める演出が必要だった。
誰もが状況を理解していない。突如降り立った飛竜、ワイバーンがエルドへの攻撃を阻害したのだ。
しかし、冷静に考えることによって状況が見えてくる。今目の前にいる新手、【エルドガルド】のランスが【騎乗】のスキルを使用したのだ。
ワンバーンに飛び乗った彼は、ディバインたちに槍の矛先を向ける。絶対に、エルドの邪魔をさせる気はないようだ。
「ディバインさん、驚きましたか? 僕自身驚いていますよ」
「竜騎士か……ランス、戦略をスキルから組み直したか」
ディバインは知っていた。ランスは【騎乗】のスキルなど鍛えてはいない。これはエルドのアドバイスを受けて、戦い方を変えたものだった。
普通ならばありえないことだ。ここまでレベルが上がり、安定もしてきた今になって戦闘方法を変えるなど。しかし、ランスは真剣だ。
「エルドが言ったんですよ。俺は戦士より使役士の才能があると……考えてもみなかった。初めは怒れたけど、今となっては感謝してるさ……!」
その言葉と共に、ワイバーンはディバインへと爪を立てる。彼はそれを盾で受けるが、飛竜のパワーに圧倒されていた。
戦士の巨体は雪を掻き分け、崖の方へと押し負ける。このままでは崖下へと真っ逆さまだ。
当然、クロカゲたちは支援へと走る。
「ディバイン……!」
「エルドを追え! 私に構うな!」
だが、ディバインに言い返された。今は英雄を抑えるのが最優先だ。
ランスはディバインに任せ、残りの三人はスマルトの街に戻る。これが今行うべき最善の行動。
だからこそ、クロカゲはゲッカとテイルを引き連れてワープの魔石を使用した。迷っている時間すら惜しい。早くエルドを抑えなければ大変なことになるだろう。
残ったディバインは踏み止まり。ワイバーンを押し返す。
ここに【ゴールドラッシュ】の戦いが始まろうとしていた。