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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十三日目~四十七日目 竜人の村ハイドレンジア
157/208

156 戦いの火蓋

 金曜日の深夜11時、【ディープガルド】時刻で夜の8時。決戦の日を明日に控え、ギルド【エルドガルド】は最後の準備に入ろうとしていた。

 両陣営とも、土曜日に決戦を行うという事は分かっている。これは王都奪還作戦の時とは違い、プレイヤー同士の全面戦争。今更、不意打ち騙し討ちを行う必要はなかった。


 【インディ大陸】スマルトの王宮で、エルドは二人のプレイヤーに頭を下げる。彼が行っているのは『感謝』。ここまで付き合ってくれたすべてのプレイヤーに対し、彼はただ礼を尽くす。


「ランス、ラプター、本当にありがとう」

「何だよ改まって……」


 リーダーである彼がこの行為に及んだことに、ランスとラプターは困惑する。頂点というものはどっしり構えているものだ。

 しかし、エルドはそんな柄ではない。彼にとって、自分に付く全ての存在は仲間であり、決して駒ではないからだ。

 だが、これは矛盾と言える。レベル3の操作によって、大半のプレイヤーは完全な操り人形。ただの駒に変えているのは他ならぬ彼自身だ。

 そんな彼らに合わせる顔がなく、エルドはレベル4の二人に頭を下げるしかなかった。


「お前たちは人柱だ。俺たちの夢を成就させるために、利用させてもらっている」

「そんな事は分かってるよ。でもさ、私はエルドくんの考え方に同意してるんだ。だって、ゲームの世界のほうが素敵だもん」


 ラプターは意図して【覚醒】持ちになったわけではないが、計画には自らの意思で賛同している。現実に未練の無いプレイヤーからしてみれば、【ダブルブレイン】の理想は同意できるのかもしれない。

 どうやら、それはランスも同じらしい。


「ひきニートの俺からしてみれば、現実なんてどうでもいいさ。最後まで付き合うよ」


 二人の答えを聞き、エルドは意志は更に断固としたものとなる。

 現実を捨てたいと願うプレイヤーが存在するのも事実。特にこの世界には多数存在するだろう。

 そういったプレイヤーには、レベル3の操作は必要ない。バーサクによって暴走するレベル2を状態異常対策で抑えれば良かった。

 エルドのカリスマ性が更にギルドを強くする。もう、誰にも止められない。


「俺は人間を捨てたことに後悔はない。計画を実行した暁には、お前たちもダブルブレインに変える」

「全然怖くないよ!」

「ああ、英雄様のために」


 死も、転生も怖くない。これが新しい人類なのか。

 エルド自身にもそれは分からなかった。


 やがて、彼らの部屋に眼鏡をかけたプレイヤーが訪れる。組織の研究者ルルノーだ。

 彼は眼鏡のズレを直すと、エルドに最終報告を行う。


「エルドさん、準備は整いました。これで、いつでも【覚醒】持ちの操作を行えます。今ある魂エネルギーの量までですが」

「全員操作するには、もう一箇所足りないか」


 決戦の日を前にして、エルドは外出の準備に取り掛かる。敵が明日の準備を行っている今こそ、やるべき事があるからだ。

 最初から、エルドはこの日に最終準備を行うと決めていた。明日の決戦へ、勢いを維持したかったからだろう。

 ルルノーとエルド、二人は最後の言葉を交わす。


「行きますか?」

「ああ、エネルギーを取ってくる。明日のためにな」


 NPCの魂エネルギー、決戦の前日にその搾取を行う。これで、誰にも邪魔されずに全てのプレイヤーを操作できる算段だ。

 だが、エルドは油断していなかった。敵がこちらの動きを把握していないとは、とても思えなかったからだ。
















 竜人の村ハイドレンジア。【インディ大陸】ターンブル山の途中に作られた隠れ里だ。

 その名の通り、この村に住むのは竜人のNPC。有翼種と同じく、人間とは一切の関わりを持たない隔離された種族だ。

 竜の角と翼を持ち、渓谷に囲まれたこの過酷な地でも悠々と暮らしている。身体能力は非常に高く、魔族と並び屈強なNPCと言えるだろう。

 他の【ダブルブレイン】も返り討ちを警戒し、この村は狙わなかった。しかし、エルドは違う。


「何者だ貴様! ここは人間の訪れる場所ではない! どうしても通りたいなら、強さを示……」

「悪いな。そういうイベントに付き合っている余裕は無いんだ」


 村の入り口、徒歩でここまで訪れたエルドは門番と向き合う。

 ワープの魔石で村に入ることも出来たが、彼はそれをしなかった。理由は単純だ。


 彼は襲撃者を演じているのだから。


「なっ……!」

「これで俺は晴れて極悪人だな」


 二人いた門番の一人が、一瞬にして切り裂かれる。まるで一筋の風のように、それは一瞬にして行われた。

 雪の上に膝を落とす門番、そこへ更なる追い打ちが放たれていく。二人のNPCを同時に方むる広範囲魔法だ。


「し……侵入者だ……!」

「スキル【風魔法】ウィンディスオール」


 魔法が放たれる瞬間、門番の一人が村に向かって叫ぶ。瞬間、エルドの手から放たれた疾風が、二人を同時に切り裂いていった。

 魂の回収方法は単純。NPCを消滅させる事だ。

 通常のプレイヤーには出来ないこの行為を、ダブルブレインは行う事が出来る。マシロが消滅した今、リーダーであるエルドが行う以外にない。


「流石は竜人、NPCにしてはタフだな」

「お前は……いったい……」


 周囲の積雪を吹き飛ばす風。それを耐えた竜人に待っていたのは、剣撃による追い打ちだった。

 よほどスピードに差があるのか、攻撃は一方的に放たれていく。NPCの力でどうにか出来る相手ではなかった。

 やがて、ライフが限界となった門番二人は、光となって消滅する。しかし、これは惨劇の始まりに過ぎない。

 エルドは村へと歩みつつ、消えた門番の質問に答える。


「俺は英雄エルド。これから行うのは一方的な殺戮だ」


 どこか不機嫌な表情をしつつ、英雄は竜人の里に足を踏み入れた。

 門番の声を聞き、一斉に里の戦闘部隊が彼を取り囲む。全員鋭い爪を輝かせ、爬虫類特有の有鱗目が外敵を捉えていた。

 上空には翼を羽ばたかせる竜人。他の大陸では決して見られない完全な武闘派種族だと言えるだろう。

 エルドはため息をつく。決してこの事態に困惑しているわけでも、焦っているわけでもない。


 ただ、単純に面倒だったからだ。


「全員、かかれ……!」

「やれやれだ。スキル【ジャンプ】」


 一斉に飛びかかる竜人の部隊。並のプレイヤーでは一瞬にしてやられてしまうほどのスピードだろう。

 だが、エルドは【素早さup】を鍛えた俊足の剣士ソードマン。スピード勝負で彼に敵うはずがなかった。

 敵の突撃より速く、彼は上空へと飛び上がる。そして、空中で飛行する竜人を速攻で切り裂いた。

 何が起こったか、このNPCに理解できるはずがない。上空から獲物を狩るつもりだったのが、逆に地上から切り上げられてしまったのだから当然だろう。

 【ジャンプ】を得意とするエルドに空中で勝てるはずがない。彼の専門は飛竜狩りなのだから。


「スキル【エリアルバッシュ】」


 空中のエルドは間髪入れずに、地上に向かって剣を振り落す。瞬間、凄まじい衝撃が竜人たちへと走り、足元の積雪全てを吹き飛ばしてしまった。

 あまりの衝撃にバランスを崩す戦士たち。そこにエルドは着地し、今度は一人づつ通常攻撃によって切り裂いていく。無論、そのスピードが減速することはない。

 襲い来る強靭な爪を回避し、逆に胸部へと剣を突き立てる。また、空中から奇襲する敵は剣でいなし、それを地面へと叩きつけてしまう。別種族から見ても彼は間違いなく化け物だった。


「お前は……人間なのか……!?」

「よく、そう聞かれるよ」


 言葉をこぼした竜人の前にエルドが立つ。瞬間、彼は風を纏ったの剣によって、簡単に切り裂かれてしまった。

 ロングソードは驚異の攻撃範囲を誇り、属性特化によって研ぎ澄まされた風は全てを吹き飛ばす。そして、ダブルブレインとなった彼の剣は、NPCである竜人たちの魂を奪っていった。

 切り裂かれた者は光となって消滅し、魂だけはエルドの懐へと吸収される。全てはエネルギーのため、革命を成就させるためだ。


「だいぶ減ったな。そろそろ村を消すか」


 傷ついた竜の戦士を振り払い、彼は村人のいる方角へと歩き出す。どの道、皆殺しが目的だ。今更躊躇するはずがなかった。

 山に掘られた洞穴、そこに竜人たちが住んでいる。殲滅すれば、それ相応のエネルギーが手に入るのは確実。全プレイヤーを操作するには絶対不可欠だった。

 そんな中、エルドの視界に竜人族の少女が映る。彼女は目に涙を浮かべ、先ほどまで戦士が戦っていた虚空を見つめていた。


「お父さん……」

「そんな顔をするな。どの道、誰も助からない。そういう予定だ」


 英雄は目を閉じ、大きくため息をつく。これも全ては計画の内。今までリルベやマシロに仕事をさせておいて、自分だけが綺麗で居続けるつもりはない。

 エルドは考える。ここでこの少女を切り捨てれば、覚悟は更に本物になるだろう。ここまで来たのなら、魔王にでもなってやるのが示しというものだ。

 だからこそ、彼は無表情のまま少女へと剣を振り落とす。これで良い。これがここに来た理由。彼はそう考え続けた。


 しかし、その時だ。


「……スキル【かばう】!」


 鋼鉄の盾がエルドの剣を防ぐ。

 風を弾く、この為に強化された盾。風属性耐性が追加された対エルド用の装備だった。

 エルドはすぐに間合いを取り、気だるそうな態度で攻撃を防いだプレイヤーを見る。銀色の鎧に身を包み、厳つい顔をした大男。彼は優しく竜人の少女を抱き上げ、その手を怒りに震わせた。


「女子供にも容赦なしか……エルド!」

「ディバインか。たかがゲームにそう熱くなるな」


 泣きわめく少女を宥めつつ、ディバインは村の奥へと歩いて行く。そんな彼に代わり、金髪の忍者ニンジャがエルドの前に立った。

 忍者ニンジャは複雑な表情をしながら、英雄と呼ばれる存在を睨む。この男にとっても、エルドの行動は許しがたいものなのかも知れない。


「変わったねエルド。一番熱くなってたのは、そっちの方だったんだけどナー」

「ああ、立場が変わった。そうも言っていられなくなったんだ」


 クロカゲの皮肉に対し、彼はそう返す。この言葉こそが、今の英雄を動かす全てだ。

 飛龍狩りのエルドは自由だった。好きにダンジョンを攻略し、好きにモンスターを狩り、好きなようにゲームを楽しんだ。自由で気まぐれで、彼の存在はまさに風のようなものだった。

 しかし、今は違う。散っていった仲間に託され、数々のプレイヤーに指示され、彼は英雄へと祭り上げられた。

 消滅したイデンマの理想が、エルドを束縛しつづける。だが、同時にこれは、初めて芽生えた『誰かのために戦う』という意思そのものだった。

 唯でさえ強いにもかかわらず、未だに進化を続けるエルド。そんな彼に対し、クロカゲは冷や汗を流す。


「イシュラがルルノーから聞いタ。最後の一箇所で魂を搾取するってネ……」

「ああ、そうだ」

「場所もNPCの情報で絞れたヨ。ヒスイに感謝だネ」


 警戒していた通り、クロカゲたちは行動を読んでいた。絶対に魂を搾取したいエルドにとっては、彼らの存在は邪魔でしかない。

 もう楽しむことはないだろう。ただ、計画を実行するためにエルドは剣を向けた。

 しかし、彼の敵はクロカゲだけでない。竜人たちを村の奥へと非難させ、鋼鉄のディバインが戻る。それに加え、この場にはもう一人上位プレイヤーがいた。


「悪いがエルド、お前を戦線に参加させるわけにはいかない」

「悪逆無道の英雄。ここで果ててもらいます!」


 【漆黑しっこく】幹部、総合ランキング8位のゲッカ。瞳に桜の花びらを輝かせ、彼女は英雄に対して日本刀を構えた。

 クロカゲ、ディバイン、ゲッカの三人がエルドを囲む。そんな彼らに対し、英雄は気怠そうな態度のまま頭をかき、さらに大きなため息をつく。


「あー……」


 瞬間、彼はクロカゲたちに殺気を向けた。


「鬱陶しいな」


 エルドの眼光が彼らを捉える。しかし、相手も強者。怯むわけもなく、互いに殺気をぶつけ合った。

 僅かに実力が劣るゲッカは、一人その手を震わせる。恐らく、僅かに恐怖を感じているのだろう。

 無論、エルドがそれを見逃すはずがない。

 一番仕留めやすいものを確実に仕留める。それが彼の狙う戦闘方法だった。

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