155 決戦に向かう全ての者へ
王都ビリジアン、街外れに建てられたギルド【IRIS】の本部。
ノランと行動していたシュトラは、墓石に向かって手を合わせる少年と少女を見つける。
彼らは【IRIS】のリュイとルージュ。シュトラは二人の元に駆け寄り、地面に置かれた墓石を見下ろした。
「ルージュちゃん、リュイくん。お墓参り?」
「はい、これはNPCやダブルブレインのお墓です」
彼女の疑問に対し、リュイはそう答えた。
【インディ大陸】に移動すれば、すぐに最終決戦へと入る。当然、余裕も無くなるので、今の内にやるべき事をやっているのだ。
あまりギルド本部に帰っていないノランは、お墓の事を知らない。少年モードの彼は、口にくわえていたバラを足元に添えた。
「死者への敬意を忘れない良い子ちゃんだ。二人で作ったのか?」
「あ……アイとレンジが作ったんだ。奴らは優しいからな!」
これは、レンジが気持ちを整理するために作ったもの。【ダブルブレイン】に消された魂、そして【ダブルブレイン】自身。この世界で消えた全ての存在に作られたものだ。
リュイとルージュに習い、ノランとシュトラも両手を合わせる。レンジの存在が、このゲームをプレイする者たちの意識を変えつつあった。
シュトラは祈り終えると、遠い目をしながら空の彼方を見つめる。ついに、決戦の日が迫ろうとしていた。
「いよいよだね……」
「はい……」
「夏休み」
「そっちですか!」
相も変わらずノンポリなシュトラに、リュイが思わず突っ込む。しかし、夏休みに入ろうとしている事も重要な要素だった。
決戦の日は社会人も戦力に加えるため、土曜日に設定されている。しかし、それより先にギルド【エルドガルド】が攻撃を開始しないという保証はない。
戦いの鍵を握るのは、子供たちだと言えるだろう。
ビリジアン王宮、【ゴールドラッシュ】のギルド本部。そこで【エンタープライズ】のハリアーとアパッチはコンタクトの通信を受ける。
モニターに表示されたのは、ギルド【IRIS】のヴィオラ。どうやら、彼女は司令官に対し、自分たちが決行する作戦を話しているようだ。
『ってわけよ。私たちギルド【IRIS】は、イシュラちゃんの作戦に参加するから』
イシュラの作戦。それは他プレイヤーに宮殿を攻めさせ、その間に科学者ルルノーを撃破するというものだ。
ルルノーというダブルブレインが、プレイヤー操作の要という事はハリアーも知っている。しかし、彼を倒したところで、【覚醒】持ちが操作から解放されるとは限らない。
「奴を倒したところで、事態が好転するとは思えないが」
『その点に関してはアスールが説明するわ』
ヴィオラが後ろに下がり、代わりにベレー帽のアスールがモニター越しに立つ。彼は自分なりの考えを語り、ハリアーを会話に引き込んでいった。
『カエンと姉貴が教えてくれた。ルルノーは消す記憶を選んでいる。つまり、記憶の消去入れ替えは手動的に行われているって事だ。さて、ここで疑問が浮かぶ。この世界でしか生きられないあいつが、どうやって魂のプログラミングを行っている』
「ん……コンピューターの事は分からん」
『ああ、俺も分からない。だが、これだけは分かる。この世界でもあいつは、データを弄るプログラマーって事がな』
ルルノーのジョブは錬金術師。しかし、錬金術でプレイヤーを操作できるはずがない。あくまでも、彼が行っているのはデータ改変だった。
しかし、それと今の話しの関係性が見つからない。アパッチは両手で頭を掴み、髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
「あー! つまりどういう事だ。ハッキリ言ってくれ!」
『簡単だ。この世界にもプログラミング用のシステム装置があるって事だよ。それを使ってプレイヤーの記憶を操作しているんだ』
現実世界でパソコンを使ってデータ改変するように、この世界でも同じことが行われている。アスールはルルノーのデータ改変をそのように読んだ。
このファンタジー世界にパソコンがあるかどうかは疑問だが、それに代わる物が存在する可能性は高い。なぜなら、ルルノーの持っている技術は、あくまでもパソコンの技術だからだ。
「つまり……」
『つまりぶっ壊せるって事よ!』
ハリアーが気付いたのと同時に、【エンタープライズ】のイシュラが画面に現れる。彼女たちが狙っているのは、ルルノーが扱う装置を破壊するというものだ。
本当にその装置によって、プレイヤーが操作されているという保証はない。しかし、狙ってみる価値は充分にあった。
ビリジアン王宮の中庭に停泊する【漆黑】本部。そこではギルドマスターのクロカゲと、【7net】のヒスイが会話をしていた。
今論点となっているのは、【交渉】のスキルによるNPCの説得についてだ。
【エルドガルド】の危険性を説明できれば、その情報について協力関係になれる。それだけで、大きなメリットとなるのだ。
「ヒスイ、【交渉】はどれだけ進んでル?」
「人間には大方説明できたつもりやけども、別種族は結構苦戦しとるわ」
ヒスイは扇子で肩を叩きつつ、【交渉】の進み具合を報告していく。
「レンジやんのおかげで、スプラウトのエルフとセレスティアルの人魚は上手く説得できたわ。レネットの妖精とカーディナルのドワーフは、よー分からんが信じてくれたけども……」
「運営が細工をしたのか、一度消滅したNPCには危機意識があるらしい。恐らく、【ダブルブレイン】はこれを警戒して、同じ村を狙わなかったのだろう」
二人が会話をしていると、そこに【ゴールドラッシュ】のディバインが入った。
彼はクロカゲと共に計画を進めるため、この場に訪れている。計画の内容は勿論、エルドの進撃を止める事。その為にはスマルトの戦闘には参加しない事も考えていた。
NPCからの報告は計画には必須だ。エルドの動向を探るには、この方法が最も確実だと言える。
「問題はバレンシアの有翼種とハイドレンジアの竜人。あとはウィスタリアの魔族がおったな……」
「的が絞れて丁度いいヨ。もう、次の狙いは分かったシ」
有翼種、竜人、魔族にはヒスイの説得が及んでいない。しかし、クロカゲにとってはこれで充分。あとはエルドが動き出すのを待つだけだった。
クロカゲはディバインと共闘して、エルドを打ち取るつもりだ。他のプレイヤーが支援に入っても、足手まといになるだけだろう。
しかし、それに納得できない者が二人いた。その二人は計画を練る三人の前に突如現れる。
「クロカゲさん!」
「ン? ゲッカと【ゴールドラッシュ】のテイルだネ。どしたノ?」
ゲッカとテイル、彼女たちは来て早々に頭を下げ、クロカゲたちに頼み込む。どうしても、エルドと戦いたいようだ。
「お願いします! 私たちを連れていってください!」
「絶対にお役にたってみせますわ!」
そんな二人をクロカゲは「やれやれ」といった様子で対応する。彼女たちがこちらの戦いに参加すれば、他の作戦に影響してくるだろう。
二人の意思をくみ取るか、最善と思える策を取るか。クロカゲは顎に手を当て、その両方を天秤にかけた。
【インディ大陸】スマルトの街へと向かう列車。この列車に乗れるのは、NPCからの依頼を熟し、プレイヤーとしての地位を手に入れた者だけだ。
許可書がなければ、列車での大陸移動は行えない。これは生産職や討伐依頼などに力を入れ、冒険を行わないプレイヤーに対する救済処置だった。
そんな車両の中で一人の女性が揺られる。
【インディ大陸】への許可書を持つ者が、並大抵のプレイヤーであるはずがない。彼女も例外ではなく、プレイヤーとしての地位を高めた上位プレイヤーだった。
一人の男が、そんな女性の隣に座る。図々しく、態度がデカい銀髪の魔導師。ソロプレイヤーのギンガだった。
「ふん、貴様。この列車に乗っているという事は、かなりの手練れのようだな」
「生産の方を少々やっています」
彼の言葉に答えるのは、【ROCO】のギルドマスター、ミミ。相も変わらず、彼女の対応はドライだった。
これから列車が向かうスマルトは、【エルドガルド】の本拠地。当然、ギンガもその事を知っているため、ミミの行動に疑問を持つ。
「スマルトの街に何の用だ?」
「見届けたい人がいるんです。彼がどのような事をし、どのように消えるのか」
女性は窓の外に視線を向け、珍しく遠い表情をする。
「話し合ってもダメでした。私の力ではなにも出来ません。だから、せめてこの目に焼き付けたいんです。戦えない私にも意地がありますから」
ギンガからしてみれば、何を言っているかさっぱり分からないはずだ。しかし、この女性が何かを覚悟し、意志を貫くために行動している事は分かる。
ギンガは意志を貫く者が好きだ。だからこそ、ガラにでもなく気配りを行った。
「ふん、【インディ大陸】は寒い。精々厚着をしておくことだ」
「はい、たくさん着ます」
ミミはアイテムボックスから過剰なほどの防具を用意する。流石のギンガもこの量には唖然とするしかない。
変わり者として有名な彼だったが、どうやらミミには一歩及ばないようだ。
【インディ大陸】、スマルトの街で王宮を見上げる一人の男。騙し討ちのヴィルリオこと、元【エンタープライズ】のヴィルだった。
そんな彼の元に、二股帽子をかぶった道化師が伝言を伝える。
彼は【漆黑】の諜報員マーリック。クロカゲから、イシュラの言葉を預かっていたのだ。
「確かに伝えましたよ」
後輩の思いを聞くと、ヴィルは複雑そうに目を細める。今の自分に何が出来るのか、彼はそれを考え続けているようだ。
しかし、この男と違ってマーリックのポーカーフェイスは変わらない。丁寧に頭を下げ、最強と呼ばれるプレイヤーに敬意を払う。
「それにしても、かの有名なヴィルリオ氏が貴方だとは……改めて、出会えて光栄です」
「有名と言っても、悪い意味でだろう」
彼の誠意に対し、ヴィルは皮肉のこもった言葉を返す。今更、自分が尊敬されるプレイヤーだと思っているはずがなかった。
しかし、マーリックは真剣だ。目の前にいる強者を心の底から評価していた。
「とんでもございません。エルド氏が貴方に敗北したことにより、プレイヤーたちは自分でも上位に追いつけるのではと蜂起したと聞きます。貴方の勝利が全プレイヤーの希望となり、VRMMOをさらに活気づけたのは事実」
嘘偽りはない。そんな表情で道化師は言う。
「そんな貴方を一部の方は『裏の英雄』と呼びます。わたくしも、貴方に対し敬意を払います」
ずっと、栄光を求め続けていたヴィルにとって、この言葉は何よりも掛け換えのない物だろう。
彼は瞳を潤ませつつ、スマルトの王宮を再び見上げる。そして前髪を振り払い、ギターの弦を軽く指で弾いた。
雪の街は空気が澄み、音はどこまでも響いていく。ここなら、この男も全力が出せるだろう。
セラドン平原、プレイヤー名レンジの冒険はここから始まった……
昨日、俺はイシュラたちと別れ、すぐにログアウトを行った。当分ログインはしないつもりだったけど、一つだけやる事を思い出したんだ。
「サーマ、ターム、ウィン。それにスプリ、久しぶりだな……」
農村の村エルブの付近に作られた粗末なお墓。ほんと、まだ残っていたのが奇跡だよ。
俺は一輪の花を添え、それをただ見つめる。思えば、俺の戦いはここから始まったのかもしれない。決して忘れてはいけない大切な記憶だ。
一人感傷に浸っていると、突然後ろから声を掛けられる。ここでこの人に会うなんて、やっぱり運命を感じるよ。
「この石、お墓だったんだね。不思議と訪れてしまうから、気になっていたんだ」
「お墓と言っても、置いただけですけどね」
俺と一緒に、バルディさんは祈る。顔も知らない誰かに向かって……
意味深な表情をする彼。やがて男は、今初めて会った俺に向かってこんな事を聞く。
「行くのかい?」
「はい……」
「そう、それは気を付けて」
俺はバルディさんたちに背を向け、セラドン平原を歩き出した。
状況は絶望的に見えて、実際は希望などいくらでも見つかる。全ては俺の戦略次第。後は野となれ山となれだ。
「では、行ってきます」
覚悟の決まった俺は、一言だけ彼らに言葉を返した。