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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十三日目~四十七日目 竜人の村ハイドレンジア
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154 淡い乙女の恋心

 王都ビリジアンの借り工房で、私はレンジに装備を手渡した。

 鋼鉄スパナを作り変えた創造者のスパナ。レア物ってわけじゃないけど、立派な上級装備よ。

 レンジには最高の武器を作るつもりだったし、レシピもしっかり入手しておいたわ。アイの作ったオーバーガウンにも負けていないでしょう。


「はい、確かに渡したわよ」

「ありがとう。本当にお代はいいのか?」

「二言はないわ。感謝しなさい」


 知りたい事は知れたし見返りは貰った。だけど、何だかセンチな気分になっちゃったわね。

 レンジはアイの裏切りを隠している。ヴィルの力を借りて、何もかも穏便に解決するつもりみたい。

 一途な恋はここまで人を変えるのかしら。もう、全部分かっちゃった。


 こいつはずっと、アイの事しか見えていなかったんだ……


「レンジ、これからどうするの?」

「スマルトの街に戻ってルルノーさんを止める。エルドの奴に好き勝手させるわけにはいかない」


 私の質問に対し、予想通りの答えを出すレンジ。本当はそんな事を望んでないのに、無理してるってバレバレよ。

 だから、私はそんなあいつを滅茶苦茶に罵る。今までは何も知らない部外者だったけど、今は誰よりもあんたを知ってるわ。


「ボケボケしてるあんたが来ても邪魔なだけだし、足手まといよ。さっさとログアウトして、当分ここに戻らないことね」

「な……何だよ急に……俺の実力が足りてないって言うのかよ」


 足りてない訳がない。【覚醒】を使ったあんたは、文句なしの最強。私がひっくり返ってもなれない存在ね。

 だけど、それでもレンジはこの世界に居ちゃいけないの。アイは現実世界で待っている。あんたが迎えに行かなくてどうするのよ。


「ええ、足りてないわ。アイの居ないあんたなんて、どこまで行ってもへなちょこよ。取り戻さなくちゃ、前になんて進めない」

「だけど、俺にはルルノーさんを……」

「止める使命でもある? だったら残念ね」


 私は笑いながら続ける。


「その使命。私が貰うわ」

『ご……ご主人様なに言ってるんですか!』


 レンジと一緒になって驚くお喋りハンマー。私自身、この決断には驚いているわ。

 あいつの覚悟を聞いた以上、私も知らないふりなんて出来ない。もう、手を伸ばすことに戸惑いたくないの。

 それに、砂漠で初めて会ったルルノーに、私は因縁を感じた。そうよ、これが私の役目なんだ。


「イシュラ……自分の言っていることが分かっているのか……?」

「当然よ。私達をなめないでレンジ。あんたが居なくても、【ディープガルド】を守る事は出来るんだから!」


 たぶんこいつは、この世界に混乱事を持ってきた責任とか何とか考えているんでしょうね。ばっからし、何でレンジが【ダブルブレイン】の責任を取らなくちゃならないのよ。

 あんたは自分のやりたい事をやればいいの。大丈夫よ。ここには私以外にも、あんたを支えるプレイヤーがいっぱい居るんだから。

 そんな事を考えていると、私の言葉に同意するプレイヤーが現れる。


「そうだヨ。レンジ、彼女の言うとおりダ」


 突如、空中から降ってくる黒ずくめの忍者ニンジャ。誰こいつ。全く知らないんだけど……

 彼は膝を落とし、右手を上げて謎のポーズを決める。戦隊ものじゃないんだから……この外国人、明らかに忍者というものを誤認してるわね。


「ニンジャー! 参上!」

「うわ、なにこの忍者ニンジャ

「クロカゲだヨー。【漆黑しっこく】のギルドマスターだヨー」


 こいつが総合ランキング2位のクロカゲか。確かに、聞いている特徴と一致しているわ。

 それにしても、レンジと私たちの居場所をどうやって掴んだのかしら。王都に移動した事は誰にも話していないはずなんだけど。

 戸惑った様子で、レンジは疑問を放つ。


「クロカゲさん、どうしてここが……」

「マーリックに後を付けさせていたヨ。オレがキーパーソンを野放しにすると思ったのかナ?」

「いつから……」

「【インディ大陸】に入る時からだネ。大丈夫だヨ。ビューシアの正体について、他言はしていないかラ」


 ふーん、こいつも結構やるわね。流石は総合ランキング2位。結構先に行ってるじゃない。

 クロカゲは飄々とした態度のまま、自らの目的を語る。


「エルドはオレが倒ス。レンジがビューシアを食い止めてくれるなら、その方がこっちもやり易いんだよネ」

「確かに、俺があいつを抑えれば、戦いの負担も減るよな……」


 何だか厄介なことになったわね。レンジはヴィルにエルドを任せる予定だったみたいだけど、ここでクロカゲが入ってくるわけか。

 確かに、戦力は充分に整っている。レンジがビューシアとの決着を先送りにする必要ないわ。

 あいつもそれに納得したのか、クロカゲと私に全てを託した。


「分かりました。クロカゲさん、イシュラ……俺、行ってきま……」

「ちょっと待って! だから、何で私をスルーするの!」


 せっかく良い場面だったのに、空気だったシュトラが台無しにする。

 本気でこいつの存在を認識していなかったのか、レンジとクロカゲは眼を丸くした。


「いつの間に……」

「忍者だネ……」

「ずーっと居たし、隠れてもないよ!」


 最初から私と行動してたわ。一切会話には参加出来なかったみたいだけど……

 私はルルノーと対峙することによって、色々なことを考えたわ。たぶん、ここにいないハクシャも思う事があるんでしょう。

 だけど、シュトラはどこまで行ってもノンポリね。これから起こる戦いに対して、一切の感情移入はないみたい。

 むしろそれが良いかも。シュトラはシュトラらしく、不幸な巻き込まれ少女でいればいい。

 いつか絶対、あんたの力が必要な時が来るわ。
















 レンジは現実世界にログアウトし、私は謎の忍者ニンジャと一緒に残される。

 あいつが素直に出ていって良かったわ。絶対にビューシアと和解して、その恋を成就させなさい。失恋なんかしたら承知しないんだから。

 だけど、そう考える私に対し、シュトラとお喋りハンマーは物言いがあるみたい。まるで打ち合わせをしていたかのように、二人は同じような事を叫びだす。


「お姉ちゃん! レンジくんと冒険しなくて良かったの!?」

『何でですかご主人様! あのまま彼を引き留めればご主人様ルートに直行。進展のチャンスは今しかなかったでしょう!』


 浅はかな考えね。私にあいつらの絆を引き裂く力はないし、何よりそんな事は望まない。

 それに、私はまだあいつに恋なんてしていないわ。始まろうとしたところで諦めがついて、丁度良かったのよ。

 だけど、お喋りハンマーは言葉を続ける。よっぽど私とレンジをくっつけたいのかしら。


『私もスパナさんの声を聞きました。アイという人は彼を裏切ったんです! ご主人様が積極的にアプローチすれば、恋敵から奪い取ることが出来たはずです! なのに何で!』


 愚問ね。その質問の答えは一つ。


「見苦しい」


 理由なんてそれで充分よ。

 シュトラとお喋りハンマーは、何故か感動した様子で震えている。何よこいつら気持ち悪い……別にかっこ付けた訳じゃないわよ。くっだらない。

 それより、今は【漆黑しっこく】のクロカゲね。何だか要件があるみたいだし、そっちの方が重要よ。

 私は彼に視線を移し、その用件を聞く。


「で、私に何かご用?」

「そうそう、一つ質問があるんダ。ルルノーは魂の回収をあと一ヶ所で行うって言っていたんだよネ?」

「そうね、確かに言ってたわ」


 そう疑問に答えると、私の背筋に悪寒が走った。

 あのふざけた態度だったクロカゲが、鋭い眼光で何か考えているみたい。これが、本気になった総合ランキング2位のプレイヤーって事かしら。

 彼は一言だけ、意味深な言葉を口にする。


「候補二かナ……」

「何の話しよ」

「こっちの話しだヨ」


 こいつ、バカじゃないわね。飄々としているけど、綿密な計算によって動いていると分かるわ。

 だからこそ、こっちも気になっていたことを聞いてみる。私たちも、こいつの計算によって動かされていたのかもしれない。


「じゃあ、こっちも質問するわ。私をレンジの元に向かわせたのはあんた? マーリックから居場所を聞いたんだけど」

「オレは知らないヨ。レンジくんが寂しそうだったから、独断で動いたのかもしれないネ」


 どうも、あの道化師ジェスターの方に動かされたみたい。やってくれるわね。本当に食えない奴ばかりよ。

 散々好き勝手利用されたんだし、こっちの要望にも応えてもらうわ。

 十中八九、マーリックはヴィルの居場所を知っている。私はあいつに言いたいことがあるの。


「マーリックはヴィルの居場所を知っているでしょう」

「知ってるヨ。今監視中だネ」

「じゃあ、伝言を伝えてくれない?」


 私はあいつの事を知らなかった。ずっと自分の実力を隠して、ただ眩い栄光を求め続けていたのね……

 そんな先輩に一つだけ、私はメッセージを送った。


「私たちも、あんたを待っているって」

「うん、良いヨ。マーリックに指示しておくネ」


 伝言を快く引き受けたクロカゲは、まさに忍者のようにその場から消えてしまう。まあ、ワープの魔石を使ったんだって、種は分かっているんだけど。

 あいつがヴィルと私たちを繋いでくれるなら、もう心配事は何もないわ。あとは私の全力を科学者ルルノーにぶつけるだけよ。

 そう、ただ単純にボコボコにする! これが私の見つけた答えだった。


「さあ、シュトラ。行くわよ」

「行かないよ。だって二人しかいないし……」

「行くわよ」

「二回言ってもダメだからね! 私はレンジくんのような無茶しないから!」


 せっかくシリアスな流れになったのに、またシュトラの奴が雰囲気を壊す。

 何でこいつは私の歩みを止めようとするのかしら。【インディ大陸】ぐらい、私たち姉妹の力を合わせれば余裕よ余裕。

 だけどまあ、仲間がいる事に越したことはないわね。幸い、心当たりだったら結構あるし。


「じゃ、他パーティーに同行するわよ」

「他って、どこのパーティー……?」

「何ボケてるの。ギルド【IRISイリス】に決まってるじゃない。あいつらだって、【インディ大陸】は未知の大陸よ」


 確かにあいつらは私たちのライバル。だけど、今は別の目的があるから、共闘するってのも悪くないわ。

 ルルノーを倒すには、スマルトの王宮に攻め込む必要がある。それも、軍力で突撃するんじゃなくて、少数部隊で闇討ちするのが一番ね。

 だから私は考えた。ハリアー率いるプレイヤーたちが城に攻めている間に、私と【IRISイリス】のメンバーで城内へと侵入する。

 そして、敵に気づかれないよう、確実にルルノーを仕留めるって戦法よ。


「私はルルノーを倒すって約束した。保管されたNPCの魂を見て分かったわ。あいつの研究は絶対にヤバいって」

「うん、許せないよ。これ以上悪い事はさせない」

 

 あの消極的なシュトラも、今回ばかりはやる気になってるみたい。こいつがここまで真剣になるなんて、雪が降ってもおかしくないわ。

 だからこそ、私もいいとこ見せないとね。その為にはまず、ギルド【IRISイリス】の奴らと話し合わないと……そう思った時だった。


『ご主人様、先ほどからずっと見張られていますよ』

「え……?」


 私はお喋りハンマーの言葉を聞き、周囲を見渡していく。すると、派手なドレスを着た一人の少女と目が合ってしまった。

 あいつ、ギルド【IRISイリス】のノランよね。人魚のビスカから聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかしら。私に気づかれたと気付き、ノランは物影に隠れてしまった。

 だけど、なぜかお尻だけ見えている。頭隠して尻隠さず。随分とあざとい仕草ね……


「ノラン、もう目と目が合ってるんだけど」

「わあ、ノランちゃん気付かれちゃった! テヘペロ!」


 うっざ、今世紀最大のウザさ。性別不明が何をやってるのよ。

 私とシュトラは、これから行う予定の計画についてノランに話していく。彼女は快く受け入れ、私たちを【IRISイリス】のギルド本部へと引っ張っていった。


 さって、大陸の移動については何とかなりそうな雰囲気だし、あとは私とシュトラ次第と言えるわ。

 どんなに辛くても、どんな困難が待っていようとも、迷ったりなんかしない。

 ようやく掴んだレンジの手。もう絶対に話さないんだから。


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