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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
四十三日目~四十七日目 竜人の村ハイドレンジア
154/208

143 切実な願い

 スマルトの教会、ビューシアとの決戦に乱入したのは、吟遊詩人バードのヴィルさんだった。

 彼は詳細不明のスキル、【幻想曲ファンタジア】の効果を俺とビューシアに与える。

 恐らく、高レベルの者しか習得できない上位スキル。本気で俺たち二人を同時に葬るつもりらしい。


「最強のプレイヤーキラービューシアに、この世界のキーマンであるレンジくん……! 二人を倒せば、みんな僕を認めてくれるんだァァァ!」


 ヴィルさんはギターを鈍器のように掲げ、それを俺に向かって振り落とす。

 彼が求めるものは栄光。否定するつもりはないが、そんな物のために全てを終わらせる訳にはいかない。

 諦めかけていた心が再び燃え盛る。魔法職の物理攻撃ぐらい、残り僅かなライフでも充分に耐えれるはずだ。

 敵の技術は高いため、ジャストガードは狙えない。通常のガードで防ぎ、そこから反撃だ!

 俺はビューシアとの戦闘を放棄し、ヴィルさんのギターを受け止める。しかし、ガードの上から叩き付けられたのは、予想外の高火力攻撃だった。


「くそ……魔法職の威力じゃない……!」

「スキル【幻想曲ファンタジア】は一定時間、防御力と魔法防御力のスッテータスを入れ替えるゥ……! 君の機能は停止したんだよねェェェ!」


 ビューシアにも負けず劣らない歪んだ形相で、ヴィルさんは俺を殴り飛ばした。

 俺は【防御力up】を鍛えた前衛特化で、VIT(魔法防御力)のステータスはとにかく低い。それを物理防御力と入れ替えられたらたまったものじゃないぞ。

 なんて恐ろしいスキルなんだ。これ一つで前衛後衛の機能が全て崩壊する。反則だ……滅茶苦茶だ……!

 それに加えて的確な攻撃、予想外の不意打ち。こちらの体力は既にレッドライン。こうやってエルドも負けたのか……!


「レェェェンジくん! これで終わりだァァァ!」


 打倒され、床に手を付ける俺に騙し討のヴィルリオが迫る。

 もう、対抗手段はない。だけど絶対に諦めるものか! 俺は腰を落としつつも迫る敵にスパナを構える。


 その時だった。


「レンジさん……!」


 何故か、懐かしい声が響く。

 存在していなかった彼女の声が、俺には確かに聞こえてしまった。


 声と同時に、ヴィルさんの攻撃は止まる。

 あのビューシアが、俺を庇うように敵のギターを受けていたのだから。


「ビューシアくん……」

「私は……いったい何を……」


 ヴィルさん以上に、ビューシアはこの事態に困惑している。まるで、自分自身も意図していなかったかのような振る舞いだ。

 彼女の姿と、共にゲームをしてきたアイの姿が重なる。同じ感覚を受けたのか、ヴィルさんは焦った様子で距離を取った。

 アイなんて存在しない。俺はビューシアに救われた。だけど、俺は思わずその名前を口にしてしまう。


「アイ……お前……」

「違う……違う違う違う……! 私はアイじゃない……!」


 頭を抱え、苦しむように少女は悶える。


「うるさい……! 黙れ……! 偽物の分際で出てくるなァ……!」

「アハハ……どうやら気が狂ったみたいだねェ!」


 ヴィルさんはビューシアを見てそう言うが、たぶんこの人も正気じゃないな……

 彼はギターを握りしめ、ゾンビのようにフラフラと少女に近づく。そして、それを再び振りかざした。


「好都合ゥ……! 死ねェ! 最強ォォォ!」

「レンジさん……これを!」


 最後の一撃が迫ろうという時、ビューシアは頭から藍色のリボンを取り外す。そして、それを俺に向かって投げた。

 あいつにプレゼントしたアクセサリーが、再びこの手に握られる。その瞬間、ビューシアはギターによって殴りつけられた。

 こんな事をしなければ、攻撃を避けれただろう。今の行動に意味があるなら、俺にだってやることがある!


「どけ! ヴィルリオ! スキル【発明クリエイト】アイテム、ロケットパンチ!」

「なにぃ……!?」


 俺は鉄くずと炎の魔石、メタルナックルを取り出してスパナを打ち付けた。それにより、右腕にロケットパンチが装着され、ヴィルさんの元へと突き進んだ。

 ビューシアに集中していたのか、正気を失っていたからか、右腕は無防備な彼のボディに叩きつけられる。ノックバック効果により、男は後方へと殴り飛ばされた。

 俺の目に映るのは、ゲームオーバーによって体が消えていくビューシア。そんな彼女に、俺は渡すものがあった。


「お前がリボンを預けるなら、俺もこれを預ける。お前は可哀想な奴だ。だから絶対に助けてやる……」

「戯言を……ですがまあ、期待していますよ……」


 取り外した猫耳バンドをビューシアの頭にかぶせる。こうやって装備しておけば、ゲームオーバーによるペナルティで消失することはないはずだ。

 彼女は冷静さを取り戻したのか、ゲスな笑みを浮かべたまま消えていく。こいつは【ダブルブレイン】、記憶を失うことも、操られることもない。

 決着を付けるなら、現実世界で会う必要がある。本当の彼女と俺は向き合わなくてはならない。


 だけど今は別の人と向き合わないと……

 俺は目前の敵、ヴィルさんの方を見る。彼はひとり寂しく、歓喜に震えていた。


「やった……ついにやったぞ……! 最強のプレイヤーキラーを倒した……! これで僕は……僕は……」


 瞬間、男は武器を落とし、力なく崩れ落ちる。


「僕は……何をやっているんだ……」


 ヴィルさんは俺とビューシアのやり取りを見ていた。

 真剣勝負を汚したという自覚はあるだろう。二人の繋がりを引き裂いた悪者とも分かっている。その良心がついに限界となった。

 彼の目には涙が溢れ、遣り切れない思いは言葉となって放たれていく。


「僕は勝ったんだ……負けて……負けて負けて負けて……! ようやくエルドに勝った! だけど、誰も認めてくれなかった……」


 最強プレイヤーと呼ばれる五人の中、ヴィルさんだけは秀才肌だったんだろう。敗北に次ぐ敗北の中でプレイヤースキルを研ぎ澄まし、そしてようやく勝った。

 周囲から認められるはずのない卑劣な手段によって……


「僕はただ欲しかったんだ……みんなからの称賛が……! 喝采が……! 欲しかったんだ……」


 それは切実な願いだった。

 大の大人が、大粒の涙を流して叫んでいる。そんな彼に、罰を与えることなんて出来るはずがなかった。

 俺はこのゲームで学んだことを話す。例え力がなくても、誠意を持って接すれば必ず周りが応えてくれると……


「みんなに認められたいのなら、まずは自分がみんなを認めないとダメなんだと思います」


 ヴィルさんはそれを聞くと、情けなさそうに視線を伏せた。もう、彼に戦う気力なんて残っていない。戦わずして、勝敗が決してしまったようだ。

 まったく、ビューシアといい、ヴィルさんといい。俺はメンタルカウンセラーじゃないんだぞ……

 やはり、ゲーム廃人に真面な人はいない。しっかり覚えておこう。


 敵は去り、ようやく平穏が訪れる。

 さて、これからどうしようか。そんな事を考えていると、ふと視界にビューシアの割った薬ビンが映る。

 これはルルノーさんの作った薬か。そうだ、あの人ならビューシアの事を知っているかも知れない。当然、現実世界での所在だって……

 探すしかないな。そう俺が決め、歩き出した時だった。


「待ってくれ……! 僕にも何かをさせてほしい! お願いだ……これ以上、僕を惨めにさせないでくれ……!」


 突如、ヴィルさんが叫ぶ。あの自分勝手な彼が、まさかこんな事を言い出すとは……

 だけど、特に協力してほしい事が思い浮かばない。しいて言うなら、エルドの行動を静止して貰いたいところだ。


「例えば、何が出来ます?」

「NPCの協力を得られるかもしれない。状況次第で、敵の行動を静止できる」


 ヴィルさんはコンタクトの魔石を取り出すと、それを使って誰かと通信を始める。恐らく、協力者がいるのだろう。

 やがて交信が繋がり、頭上に表示されたモニターにプレイヤーが映る。それは俺の知っている人物だった。


「……ヒスイさん?」

『れ……レンジやん! 行方不明になってたとちゃうんか! なんでヴィルやんと!』


 それはこっちが聞きたいです。この人、騙し討のヴィルリオと繋がっていたのか。裏で悪い事をしているとは聞いていたけど、確かにこの二人が組んでいたなら納得だ。

 元々、ヒスイさんには協力を求めるつもりだった。これなら、スムーズに話が進んで助かる。


 俺とヴィルさんは、今まで起きたことを全て話していく。ヒスイさんは聞いた言葉を心意に受け止め、感動した様子で何度も頷いた。


『そっか……! そっか……! 大変だったなあ……! 辛かったなあ……! よー頑張った。わい、感動して感動して……』

「あはは、ようやく真面な人と会話できました」


 泣くのは流石にやりすぎだろ。って思ったけど、これでも常識人な部類だ。

 ヒスイさんは扇子を開くと、それによって自らを扇ぐ。そして、鋭い眼光でヴィルさんと会話を始めた。


『【覚醒】持ちの間で不穏な動きを察知しとる。エルドの奴が王都奪還作戦でなんかやらかすやろな』

「『勧誘』だね。僕が彼の立場ならそうするよ。さーて、レンジくん。そろそろこちらから仕掛けてみるのはどうかな?」


 【ディープガルド】で燻る腹黒二人が、ニヤニヤしながら同意を求める。確かに、やられっぱなしってのは気分が悪いな。

 どうやら、腹黒いのは俺も同じのようだ。


「良いですね。策があるのなら、是非とも乗りたいところです」

『決まりやな。英雄様の鼻をへし折ったる』


 ヒスイさんとも結託し、【ダブルブレイン】に対抗するための計画が着々と進む。やっぱり、俺にはどうしても仲間というものが必要らしい。

 確かに、最初に貰った三つのスキルは、ソロプレイヤー向けのものだった。でも、それをどのように使うかはまた別の問題だろう。

 ここから一人で行動することがあっても、仲間との絆は変わらない。そう、アスールさんにも言った覚えがある。


「ヴィルさん、ヒスイさん。色々考えましたが決めました」


 だからこそ、俺はある決意をする。

 ずっと後悔ばかりしてきた俺だが、この選択に悔いはない。これは俺の持っている切実な願いだった。


「僕はアイを取り戻して、あいつの裏切りを無かったことにする」

「それはつまり、彼女の正体を隠し、何事もなかったかのように仲間に引き入れると……」

「そうです。こんな思いをするのは、僕一人で充分ですから」


 ビューシアが心変わりするかどうかは分からない。だけど、あいつは俺をヴィルさんから守ってくれた。

 それは良心だったのか、単なる気まぐれだったのか。現実世界のあいつに会えば、何かが掴めるかもしれない。

 恐らく、ビューシアは特別な境遇の持ち主。あの残虐性、異常性は普通の境遇ではあり得ない。

 居所を掴む方法はただ一つ。【ダブルブレイン】の科学者、ルルノーさんに聞くしかなかった。


「その為にはまずルルノーさんを探さないと」

『エルドの邪魔をしつつ、ルルノーって奴も探す。まったく、えらいこっちゃ』


 すぐにヒスイさんは、知り合いの商人マーチャントへと連絡していく。とにかく今は、出来る限りたくさんのNPCを味方に付けなくてはならない。

 【交渉】のスキルを使い、積極的に呼び掛けていく。それしかないだろう。こればかりは俺やヴィルさんには出来ない芸当だった。

 手の空いたヴィルさんは俺に向かって聞く。


「ところで、僕に出来る事はあるかな?」


 今は俺と一緒にルルノーさんの居所を探す事しか出来ない。だけど、この人には一つ大きな役目があった。


「じゃあ、エルドを倒してください」

「……は?」


 呆然とするヴィルさん。だって、貴方しかエルドを倒した人がいないんだもの。貴方が一番、勝率が高いのでは?

 勿論、自分が滅茶苦茶を言っている事は分かっている。恐らく、一番の苦行を押し付けようとしている事も理解していた。

 だけど、エルドを倒さない限り、この人は前に進めない。

 あいつと真正面からぶつかる事が、騙し討ちのヴィルリオを振り払う唯一の方法だった。

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