153 その拳は何のために
今日は月曜日。【ディープガルド】は混沌に向ってるみたいだけど、私は気にせず学校に行き、そして帰ってすぐにログインする。
レンジが消えちゃうと困るし、昨日はあいつと同じ場所でログアウトしたわ。
サンビーム砂漠のど真ん中に建てられたテント。そこで、私とシュトラはレンジを待ち伏せた。
「こんばんはレンジ。逃げちゃダメよ」
「逃げるも何も、俺はスマルトの街に行きたいんだけどな」
残念だけどそれもダメ。私たちは【インディ大陸】に行ったことがないから、ワープの魔石が使えないのよ。レンジだけ抜け駆けは許さないから。
それに、こいつには聞きたいことが山ほどある。絶対に逃がすわけにはいかないわ。
「レンジ、今アイはどこにいるの」
「ログインしていない。【覚醒】持ちになったから控えているんだ」
「何で猫耳バンドを取ったの」
「アイに預けただけだ。平和になったら、また会おうって約束してな。ほら、あいつの青いリボンを持ってるのが証拠だ」
そう言って、レンジはアイが装備していたリボンを見せる。再会を約束してのアクセサリー交換ってわけね。こいつの話は筋が通っていた。
でも、なんか怪しいのよ。肝心な事を隠されているような……
私が疑心の表情でレンジを睨んでいると、お喋りハンマーが何かに気づく。
『そう言えば、他の方は見えないですね。私たちだけですよ』
「ビスカは砂漠が苦手だから、ビリジアンの街に帰ったわよ。たぶん【IRIS】の奴らに今回の報告をしてるんでしょ」
私はお喋りハンマーとレンジに対して、同時に説明をした。当然、ギルドメンバーに会いたくないレンジは、苦虫を噛み潰したような表情をする。
誰にも悟られずに行動出来るわけないじゃない。だから、今回の件はぜんっぜん私のせいじゃないから。
って、私は思っていてもシュトラは違うみたい。
「レンジさんごめんなさい。ずっと隠れてたのに、私たちのせいで台無しになっちゃいましたね」
「言っただろ、気まずかっただけだ。隠れてたわけじゃない」
しゅんとするシュトラをレンジが慰める。良い子ちゃん同士の会話はなんだかイライラするわね。
この二人はそんなに接点がないけど、この場面で互いに歩み寄る。ようやく、レンジはシュトラの存在を認識したみたい。
「シュトラ、無理な敬語はそろそろやめてくれ。ハクシャと同じように扱ってくれれば良いんだ」
「そ……そう? じゃあ、遠慮なく話すよ」
シュトラの奴、一応歳上に気を使っていたのね。ハクシャみたいなフレンドリーな奴には普段通りだったけど。
ん? そう言えばハクシャの奴がいないわ。この時間だったらとっくにログインしているはずなのに……
「シュトラ、ハクシャがいないんだけど知らない?」
「え……えっと、その話しなんだけど……」
話し辛そうに、シュトラはモゴモゴしている。本当にめんどくさい奴ね。はっきり言ってほしいものだわ。
私が無理やり吐かせようとした時、砂漠に一人のプレイヤーが現れる。昨日も一緒に行動した【ROCO】のイリアスだった。
「それは私が話すっす」
褐色肌の女性は真剣な眼差しでそう言う。昨日私たちと別れた後に、何かあったみたいね。
一応、その後接触した時にハクシャの姿はあった。ゲームオーバーになった訳じゃないみたいだけど……
何だか不穏な感じがして仕方がないわね。
気づくべきだった。それしか言いようがないわ。
昨日、少しだけ様子がおかしかったハクシャ。あいつは【ダブルブレイン】の事なんて全く関係ないのに、やけに気合が入っているように感じていたけど……
その気合いが、行き過ぎた行為に動かしたのかもしれない。
「それを……ハクシャがやったの……?」
「うん……昨日のハクシャくん。何だか怖かったよ……」
私の質問に対し、シュトラが答える。冗談を言えるような雰囲気じゃないし、本当にやっちゃったんでしょうね。
レンジは複雑な表情をしつつ、砂漠の向こうを見つめている。まあ、こんな話を聞いたら気分も悪くなるか。
まさかあいつが、自発的にNPCを手にかけるなんて……
「ハクシャくんは戦闘不能の【人造人間】に追い打ちをして、キャラクターをロストさせたっす。『敵の戦力を削るなら当然だ』って……」
「プレイヤーはNPCを殺せないんじゃなかったのか……?」
「ペットキャラクターに無理な戦闘を強要すると、戦闘不能より上のロスト状態になるっす。ルルっちは【自動使役】のスキルを使っていたから、【人造人間】は主人の管理から外れていて……それで……」
イリアスとレンジの話を聞く限り、アパッチのゲソノウミと同じか。ペットキャラクターを囮にして逃げたら、そりゃそのまま死んじゃうのも無理ないわ。
錬金術師の【人造人間】は、召喚士の【従属召喚魔法】や使役士の【使役獣】と同じ仕様。魂を持つNPCを飼育し、独立したAIで行動させるスキルよ。
私の【武器精霊】やレンジの【衛星】みたいに、命のないキャラクターを人形のように操るスキルとは訳が違う。だからこそ、それがロストするなんて滅多にない事と言えるわ。
でも事実消えたって事は……まあ、よっぽど酷い追い撃ちをしたんでしょうね。
「ハクシャくん、けじめを付けるまでログインしないんだって……あと、レンジくんに伝言があるよ」
シュトラは息を吸い込むと、それを思いっきり吐き出す。そして、ハクシャの声真似をしながら、レンジに伝言を伝えていった。
「『悪いレンジ、俺はお前とは違うみたいだ。誰も傷つけたくない。人を信じたいと思うお前は間違っていない。だから、たとえ何が起きても胸を張れ』だって……」
「ハクシャ……」
正義感が強い奴だとは思ってたけど、ここまで徹底的になれるものなのね。ま、私は敵に同情するほど甘くないし、ハクシャがやったことは正しいと思うわ。
あいつが拳を何のために振るおうと、私にそれをどうこう言う権利はない。ただ、けじめとかよく分からないことを言って消えちゃったのは頂けないわね……
ん? 消えちゃったと言ったら、ミミの姿も見当たらないわ。てっきり、イリアスと一緒に行動してると思ったんだけど。
「イリアス、そう言えばミミの奴はどこに行ったの?」
「消えちゃったっす。昨日、遺跡から脱出した時にはもう居なかったっすね……」
「ちょっと、それって結構ヤバいんじゃないの……?」
あいつはルルノーと会いたがっていた。その割には大人しかったのが気になっていたけど……
ここで勝手に動くとは思わなかったわ。そんなに記憶を失いたいのかしら。
「ミミっちは自由奔放っす。前から失踪したりしてたっすから、気にするだけ無駄かもしれないっす」
「本当に不思議な奴ね……」
イリアスも心配してないし、まあ大丈夫でしょう。あいつは頭は悪いけどバカじゃないみたいだし。
あれでも生産市場のトップ、ランキング順位も文句なしのトップレベル。中堅レベルの私より肝が座っているわ。
私も同じ生産職として、今出来る事をしないといけない。レンジの着ているオーバーガウンを見て、それを決意した。
「レンジ、私が作った鋼鉄スパナを貸しなさい」
「何だよ急に……」
困惑するレンジから、無理やりスパナを奪い取る。
改めて見てみると、装備の出来は最高だった。これを作った時の私は、普段より良い仕事をしているみたい。
何でこんな奴に、私は全力を出しちゃったんだろ。ほんと、ムカついてムカついて仕方がないわ。
「鋼鉄スパナなんて低級装備。ここから先やっていけないわよ。私が上級装備に打ち直してあげる」
「お金は……」
「欠陥だったから、その修正よ。私の好きでやるから構わないで」
欠陥なんてある訳がない。なに私は見栄を張っちゃってるのかしら。
これはレンジが勝手に動かないようにする為の口実。そうに決まってる。うん、絶対そうよ。
そんな私に対し、レンジは嬉しそうにお礼を言う。
「イシュラ、ありがとう」
「ど……どういたしまして」
ほんと、こいつも変わったわ。最初の頃は死んだ魚のような眼をしてたのに、今は無駄に輝いているわね。
なんか、顔がまともに見れない……不思議とこっ恥ずかしくなって、熱が出てくるわ。こんなの初めて……
『おやおや〜? ご主人様おやおや〜?』
「おやおや〜? お姉ちゃんおやおや〜?」
「うっざ……」
お喋りハンマーとシュトラが同時に煽ってくる。ハンマーぶん投げてシュトラに当てれば良いのね。分かったわ。
それは冗談として、レンジの装備を強化する必要があるのは事実。悔しいけど、こいつはこの【ディープガルド】にとって絶対に必要なんだから。
手は拔かない。私の全力を正義の味方くんに見せてやるわ。
私たちはワープの魔石を使い、【グリン大陸】王都ビリジアンに移動する。
王都奪還作戦が成功したみたいだし、ここが一番平和なのよね。レンジは【IRIS】に見つからないようにキョロキョロしてるけど、広いからたぶん大丈夫よ。
でも、一応警戒して【エンタープライズ】のギルド支店は使わないことにする。代わりに、NPCの経営する鍛冶工房を借りて【鍛冶】を行っていった。
「よーし、制作開始よ。今日一日かけて完璧なのを作るわ。目障りだから、他は出てちょうだい」
「イシュラ、頼んだ」
尻尾をピンと立て、気合を入れる。レンジの影響力は大きいから、今となっては責任重大ね。
私が作業に取り掛かると、【ROCO】のイリアスが別れを告げる。どうも、こいつとの行動はここまでみたいね。
「私はアルゴ先輩のお店に戻るっす。最終戦に参加するつもりはないっすけど、いつでも応援してるっすよ!」
「あんたは生産が本業だから、そっちで頑張ることね。決着だったら私たちで付けるから」
イリアスは部屋を後にし、それに続いてシュトラとレンジもここを離れる。私はただ一人で黙々とスパナを打ち直していった。
熱しては叩くを繰り返す。何だか、武器からレンジの意志が伝わってくるみたいで不思議な感覚……
私はスパナに導かれるように、制作を進めていった。
「なに……これ……」
『ご主人様……! なんか、滅茶苦茶光ってますよ!』
お喋りハンマーが叫んで気づく。今の私とスパナからは、眩い光が放たれているみたい。
こんなこと初めて……不意に耳を澄ますと誰かの声が聞こえてくる。
『こいつには教えてやっても良いよな。レンジ、お前の覚悟をさ……!』
これは鋼鉄スパナの声? そうか……最近ずっと、武器の声を聞ける【万象】のスキルを鍛えていたから、その影響が出てきたんだ。
私の頭の中に流れていく情報。このスパナが全ての真実を教えてくれる。
レンジとアイが消えたあの日、あの時……
二人の間で何が起きたのか……