151 ロボット乗りの少年
ガンボージ遺跡の28階層。私たちはマンティコアに似た謎のモンスターと対峙していた。
こいつは二つの首を持ち、それぞれが別の属性を持っている。動きも鈍足な部類で、マンティコアとはまったく違うモンスターみたい。
私は【武器変更】した杖を握り、シュトラと共に後ろに下がる。それと同時に、イリアスとハクシャが前に出た。
「守りは私に任せるっす!」
「俺も協力するぜ。スキル【内丹術】」
二人は敵の爪をガードし、攻撃を阻害していく。
いつも突っ込んでばかりのハクシャが、自信を回復する【内丹術】で守りに出たわね。こいつも私の戦法を把握しているみたい。
ケットシーのリンゴと並び、私とシュトラは魔法の詠唱を始める。敵の首は二つ、属性も二つよ!
「スキル【炎魔法】ファイアリス」
「スキル【水魔法】アクアリス!」
『ニャニャ!』
ヤギの頭には私の炎魔法が、ライオンの頭にはシュトラの水魔法が命中。続いて、リンゴのサンダリジョンオールが二体の首に放たれた。
【魔攻付与魔法】の府術によって雷の追い打ち。それと同時にリンゴの雷が炸裂する。
モンスターは叫び声を上げ、前衛のハクシャとイリアスに猛攻を加えていく。当然、後衛の私たちに届くはずがないわ。
「パターン入ったっす!」
「スキル【回復魔法】ヒールリスオール! イリアスさんも無茶しないでくださいね」
イリアスのロボットは、恐ろしく鈍足だけど持続性は充分。そこに、ビスカの回復魔法が加われば、まさに鉄壁の障壁ね。
タンク、アタッカー、ヒーラーの基本戦術が完全に決まり、勝利へのパターンに入る。あとは、敵にモーションが追加されない事を祈るだけだった。
相手も強いけど、こっちは人数もプレイヤースキルも安定してる。焦らず敵の動きを把握すれば、安定した勝利が手に入るわ。
「だいぶ魔法を打ち込んだし、そろそろ止めよ! スキル【武器魔法】!」
使い捨ての魔導師の杖を【闇魔法】ダークリスに変換する。そして、それを偽マンティコアに向かって放った。
闇は敵を飲み込み、暗闇の状態異常を与える。さらに、シュトラの【魔攻付与魔法】によって雷が追撃された。攻め倒すには今しかないわね。
私はそこそこ高性能な斧、ドラゴニックハルバードを装備する。そして、それに【武器解放】の効果を加えて前線に走り出した。
「スキル【武器解放】! いっけえええ!」
「お姉ちゃん! それ返り討ちフラグだよ!」
叫ぶシュトラなんて無視。ハクシャとイリアスを交わし、巨大化させた斧で標的に殴りかかる。その瞬間、私は闘技場でレンジと戦った時を思い出した。
巨大な武器を振り上げた今の私は完全な無防備。闘技場ではその隙を利用されてしまった。
背筋に悪感が走る。まさか、この偽マンティコア、暗闇状態で攻撃してくるんじゃ……
『グルガアアア!』
「ちょ……」
モンスターは闇雲に暴れ、斧を掲げた私に牙をむける。音によってか、においによってか、何にしても私の位置を把握しているみたい。これはちょっと不味いかも……
敵の牙が、私の頭部を切り裂く。完全なクリティカルヒット、耐えがたい痛みが頭に走った。
「こいつ……」
「イシュラ! 下がれ!」
床にへたり込みながら、私は敵モンスターを睨む。ハクシャの指示通り、後ろに下がる気なんて全くなかった。
ハルバードを再び握り直す。それと同時に暗闇から回復したモンスターが、私に向かって襲い掛かった。
絶対、ボコボコにしてやる……このまま斧を振り回して返り討ちにしてやる……!
私は座った姿勢のまま、ただ我武者羅に斧を振りかぶった。その瞬間……
「詰めが甘いな。イシュラ」
誰かの声と共に、巨大な手が私の体を掴む。鉄で出来たロボットの手。それは掴んだ体を持ち上げ、上空へと放り投げた。
何が起こったか分からないまま、空中で唖然とする私。やがて、下界へと降下し、何らかの装置へと着座される。
これはロボットの操縦席ね。一人乗りの狭い空間。目の前には機体を操作する少年が座っていた。
彼はこっちを振り向き、不敵な笑みを零す。
「行くぞ、イシュラ。しっかり捕まっておけ。スキル【加速】!」
「あんた、レンジ!」
消えていたレンジが、私をロボットに乗せて笑っている。どんな状況か全く分からないわ!
混乱する私を尻目に、彼は額に付けていたゴーグルを装着する。それと同時に偽マンティコアが灼熱の炎を噴いた。
ロボットは背部に装着されたジェットから火を吹かす。瞬間、高い機動力によって一気にその場から走り出した。
「きゃっ!」
「ははっ、女の子らしい声を出すじゃないか」
「う……うるさい! バカ!」
間一髪、機体は炎を回避する。思わず変な声が出ちゃったじゃない。最悪よ……
猛スピードで動くロボットは、しっかり掴んでいないと振り落されそう。何も掴むものがないし、私は嫌々レンジの背中を掴む。
悔しいけど、こいつの背中が大きく感じた。そんな私の思いも知らずに、レンジは楽しそうにロボットを動かす。
「敵に突っ込むぞ。迎え撃ってくれ」
「私が!? 良いわよ……やってやるわ!」
ロボットのスピードが減速し、自由に動けるようになる。私は操縦席から立ち上がり、大斧を構えた。
機体は遺跡を駆け廻り、やがて偽マンティコアへと近づいていく。もう、最強のスキルで迎え撃つしかない!
私は斧の刃を敵モンスターに向け、それを一気に振り下ろした。
「スキル【武器破砕】!」
ドラゴニックハルバードが敵モンスターに炸裂した瞬間、それは砕けて消滅する。同時に、偽マンティコアのライフもゼロとなった。
【武器解放】以上に高い威力を発揮するスキルだけど、代わりに使用武器が消滅してしまう【武器破砕】。高級なドラゴニックハルバードがロストしちゃったけど、その役割は充分果たしたわ。
敵モンスターの撃破と同時に、レンジはロボットを停止させる。すぐに、私は彼を質問攻めにしていった。
「ちょっと、あんた! 何で急に!」
「ピンチだったからな。あのまま善戦していたら手を出さなかったよ」
「何ですぐに顔を出さなかったの!」
「勝手に消えた奴が、ノコノコ顔を出すのは恥ずかしいだろ」
質問に答えつつ、レンジはロボットをアイテムボックスに戻す。それと同時に、私は外に投げ出され遺跡の地面に尻餅をついた。
こいつ、絶対わざとね……文句を言いたかったけど、ビスカが会話に入ってタイミングを逃す。
「レンジさん! 私たち心配したんですよ! さあ、ギルド【IRIS】に帰りましょう! アイさんも一緒に!」
「……それは出来ない。アイは今、俺たちとは会えないんだ」
レンジはアイと一緒に行動していると思ったけど、今は離れ離れになっているみたい。
私はレンジの帽子を見る。そこに、以前付けていた猫耳バンドは付けられていなかった。
そう言えばアスールが、『友情が壊れたかもしれない』と言っていたわね。真実か確かめるため、私は鎌をかけてみた。
「友情が壊れちゃったのかしら?」
「……今はいないだけだ。必ず戻ってくるよ」
ちょっと、状況が違うみたい。猫耳バンドが外されても、レンジの友情は変わらなかった。
ま、友情云々なんて正直どーでもいいのよね。それより、この遺跡に潜んでいる【ダブルブレイン】の事が重要なのよ。
私と思っている事は同じなのか、イリアスが先ほどのモンスターについて言及する。あの偽マンティコアは明らかに不自然だったわ。
「さっきのマンティコアは敵の刺客っすか……」
「マンティコアじゃない。【合成獣】だ。錬金術師ルルノーさんが作ったペットキャラクターだよ」
プレイヤーの扱うペットスキルの一種だったのね。マンティコアのグラフィックを使いまわしているとか、紛らわしいわね。
それにしても、錬金術師ルルノーって確か【ROCO】の副ギルドマスターよね。ミミの会いたいプレイヤーって、もしかして……
「ミミ……あんた、レンジがルルノーを探していると読んでいたのね。私たちを利用してここまで……」
「【ROCO】のギルド本部は【イエロラ大陸】にあります。なので、彼の研究室も同じ大陸にあると踏んだだけですよ。彼は遺跡も好きでしたし」
この狸女に一杯食わされたわね。天然でおバカなのは本物だろうけど、頭の方は結構回るみたい。悪くないわ。こういう女は嫌いじゃないのよね。
ダンジョンの奥に潜む敵の詳細は分かった。でも、何でレンジが一人でそいつに会おうとしているの? っていうか、ビューシアとの決着はどうなったのよ。
「レンジ、あんた何でこの場所にいるの。ビューシアはどうなったのよ」
「ビューシアは現実世界に逃げた。あいつはダブルブレインではなく、普通のプレイヤー。現実世界で追いつめなくちゃ倒す手段はない」
「それで、ルルノーから情報を奪おうって算段ね」
ビューシアはダブルブレインじゃないけど、【ダブルブレイン】という組織に入っている。【覚醒】持ちになっても操作はされず、ゲームオーバーでは止まらない。つまり、あいつはこのゲームで唯一、無敵の体を持っているプレイヤーと言えるわ。
ふーん、だいたい状況が読めてきたかしら。レンジの目的は今でもビューシア一人みたい。あいつは目を細めつつ、私たちを見る。
「もう分かってるだろ。ここは錬金術師ルルノーさんの研究所だ。巻き込まれたくないのなら、今すぐ帰ってくれ」
「俺はいくぜ。ちょっと、思うことがあるからな」
レンジの言葉に対し、真っ先にハクシャが答える。イリアスやミミにはここから先に進む理由があるけど、ハクシャには何もないわよね? 何でこんなに息巻いているのかしら。
でもまあ、ハクシャの事なんてどうでも良いわ。当然、あからさまに行きたくなさそうなシュトラの事も知らない。
目指すは30階層。誰一人引き返す事はなく、レンジの後へと続いていく。
そんな私たちの答えを聞くと、あいつは心なしか嬉しそうだった。
30階層、壁の裏に隠れた通路。その先へ進むと奇妙な空間が存在していた。
黒魔術師の隠れ家のような薄暗い実験施設。そこにはいくつもクリスタルが置かれ、色とりどりの光を発している。
幻想的で美しい空間。だけど、物悲しい気分になるのは何故かしら。
鈍いシュトラは何も感じないのか、能天気にアホ面を浮かべていた。
「わー、お姉ちゃん綺麗だね」
「だけどこれって……」
私は不意にレンジの方を見る。あいつは顔色を悪くし、その場にうずくまっていた。
何度もむせ返るように咳をし、必死に吐き気を抑えるレンジ。人魚のビスカが彼を優しく介抱する。
「レンジさん……! 大丈夫ですか……!」
「ああ……悪い」
レンジは一人で立ち上がり、周囲を見渡していく。
ルルノーはどこかにいる。私の感がそう言ってるわ。奥にもまだ部屋があるみたいだし、敵はそこに隠れているはずよ。
やがて、奥の部屋から足音が近づいてくる。私たちはそれぞれの武器を構え、戦闘態勢をとった。
ドアを開け、姿を現す眼鏡の男。私とビスカはこいつと面識があった。
「辛そうですね。【奇跡】のスキルを持つレンジさんには、少々刺激が強かったようです」
「あんたがルルノーだったのね……」
ずれた眼鏡を直す錬金術師。
砂漠のオアシスで会った謎の男が、敵組織の幹部だったなんて………ほんと、どういう巡り合わせかしら。
お喋りハンマーは珍しく押し黙っている。こいつがどれほどヤバイ奴か、何となく想像がついちゃったわ。
だけど、こっちは7人と1匹。悪いけど、数の暴力でボコボコにしてやるわ!