14 約束
俺たちは【7net】ギルド支部で昼食を取り、今後の予定を話し合う。ここには小さな食堂と工房があり、ギルドメンバーが集まるには充分な施設が揃っていた。
それにしても、他ギルドの食堂で昼食を取るとはかなり図々しい。例えるのなら、大学の食堂で勝手に昼食を取る部外者のようだ。
ヴィオラさんはしっかりとマスターの任をこなし、今日明日の予定を取り決める。
「王都ビリジアンに行くには、オリーブの森を超えなくちゃいけないわ。今日はもう時間が無いから、この村でログアウトして明日出発よ」
午前中を丸々消費して、残りは半日。この時間でダンジョンを攻略するのは、流石に無理だろう。一応、ダンジョン内でログアウトする方法もあるらしいが、今回はそれを行う予定は無いようだ。
だが、時間を悪戯に潰すわけにもいかない。俺たちは【7net】の余った工房を借りて、初の生産活動を試みる事にする。バルディさんを助けた事もあり、【7net】のメンバーは快く工房を貸してくれた。
アイは【裁縫】を進め、俺とヴィオラさんはスキルショップで【小物製作】のスキルを買い、それをさっそく使用する。【機械製作】は素材が高く、失敗のデメリットが大きいので、もう少し進むまでお預けだ。
ヴィオラさんは細かい作業が苦手な様子で、製作にはかなり苦戦している。これが、生産職と戦闘職の決定的な違いなのだろうか。
「うー、何で私まで……」
「仕方ないでしょう。やる事もないんですから」
「二人とも、がんば~」
四人の人形に茶々を入れられつつ、俺とヴィオラさんは序盤のアクセサリーを量産する。今作っているのは鉄の腕輪。防御力を少し上げる単純なものだ。
俺はアイに言われた通り、人形たちと遊びながら、小物の制作を行う。彼女たちも、少々の手伝いを行い、皆楽しそうだった。
「お兄ちゃん、機械技師だろ? メカ作ってよ! メカ!」
「お金が無くて作ってられないよ。まだ、グレネードぐらいしか量産できないし」
「ぶーぶー!」
サーマに文句を言われるが、仕方ないだろ。俺の開発によって、このギルドが破産したら全く笑えない。
時々、【7net】のメンバーがアドバイスをしてくれるので、制作の方は驚くほどスムーズに進む。こりゃ、大きなギルドに入って製作した方が断然有利だな。こうやって、色々な人が知識を与えてくれるのだ。製作につまずくという事がまずないだろう。
ギルドメンバーの一人の男が、アドバイスをしつつ、俺らの様子を笑う。
「まったく、お前ら本当に楽しそうだな」
「はい、とっても楽しいですよ」
【裁縫】によってシルクのローブを作るアイも、赤い服のタームと共に楽しく生産を行っている。今、この工房はとても和やかな雰囲気に包まれていた。
だが、隣の工房を使うバルディさんには、そんな余裕はないだろう。今も、大量の生産を一人で行っているに違いない。
「バルディも、昔は楽しそうに生産をしていたんだがな……今はいつも思いつめた表情で、可愛そうだよ」
「何でこんな事に……」
「生産ランキング18位、総合ランキング98位。今やあいつは立派な上位生産プレイヤーだからな。上に行けば上に行くほど、優れた物を周りに望まれる。そして、その期待が重く伸し掛かり、あいつを苦しめているのかもしれないな」
このゲームだけではない。夢を求めて、極めて、その先にあるのは周りからの期待とプレッシャー。
何てくだらないのだろう。俺はそう思うからこそ、趣味も夢もなく、ただ適当に生きている。地味に、誠実に、誰にも意識されることなく、僅かな幸せを貪って生きるのは非常に楽だ。これが正しいのだと、俺は信じたかった。
【ディープガルド】時刻で8時、外は既に真っ暗だ。俺たちは生産に成功した物を全て売り払い、それなりの代価を手に入れる。ヴィオラさんが言うには、モンスターを倒すよりも遥かに稼ぎが良いらしいが、何だかとても地味だった。
用を済ませた俺たちは、村のアイテムショップを後にし、バルディさんの元へと向かう。そろそろ、ログアウトの時間だ。スプリたちを彼に帰して、一言挨拶をしなくてはならない。
しかし、そんな時だった。先ほどまで騒いでいたスプリが、急に黙り込み、辛辣な表情をする。
「……ん? どうした? スプリ」
「ご主人様が呼んでる……行かなきゃ……」
そう言った瞬間、スプリは俺の肩から飛び降り、どこか遠くへと走り去っていく。そんな彼女に誘発されたかのように、他の人形たちも飛び降り、同じ方向へと走り去ってしまう。
何だか様子がおかしい。先ほどまでの彼女たちとは、まるで雰囲気が違っていた。
「時間になったら、帰るように言われているのでしょうか?」
「いや……それにしても様子が……」
こんな事をアイと話している時だった。
俺たちが向かおうとしている方角で、何かが破壊されるような巨大な轟音が鳴り響く。あの方角は間違いない。【7net】のギルド支店がある場所だ。
何か嫌な予感がする。俺がそう思ったのと同時に、ヴィオラさんが剣を抜き、ギルドの方へと走り出す。
「レンジ、アイちゃん。二人は安全な所に避難していて!」
「断ります!」
「同じく」
「あのねえ……」
アイと俺はヴィオラさんの命令を拒否し、彼女に次いで走り出した。俺たちは同じギルドメンバーだ。危険だからと言って、自分たちだけ安全な場所に非難するほど腐っていない。
そして何より、バルディさんとスプリたちの安否が気になる。人形たちの急変とこの轟音、何か関係があるかもしれない。そう思ったら、居ても経ってもいられなかった。
俺たちは【7net】のギルド支店へと辿り着き、その入り口を潜る。するとそこには、目を疑うような光景が広がっていた。
所々が破壊され、大きな戦闘が起こった痕跡を残している。しかし、そんな状況にも拘らず、全く人の気配がしない。まるで、もの家の殻だった。
そんな時だ。ヴィオラさんが何者かの気配を感じたのか、剣を構え、俺たちに下がるように指示する。
「二人とも、下がってて!」
彼女の視線を追った先。工房へと続く扉から、一人の男が姿を現す。裁縫師の心優しい青年、バルディさんだ。彼は大針を右手に握り、深く俯きながらこちらへと歩いてくる。
「バルディさん……?」
だが、明らかに様子がおかしい。今までの彼とはまるで別人のようだ。
俺の第六感が、これはヤバいと言っている。一刻も早く逃げるべき状況だが、体が硬直して動かない。ああ、そうか。俺、恐怖で固まってるのか……
バルディさんと目が合う。その時、俺はある事に気づく。彼の瞳の中に、洋服などに使うボタンのマークが浮き上がっている事に……
「スキル【覚醒】」
そうバルディさんが呟いた瞬間、大針による強烈な突きがこちらに放たれた。だが、その攻撃は、瞬時に反応したヴィオラさんによって防がれる。彼女はこのゲームを一カ月以上プレイしているベテランプレイヤー。生産職ごときに後れを取るはずがない。
だが、そんな論理を覆すほど、今のバルディさんは異常だった。
「なっ……何よこれ……! 生産職の力じゃない!」
生産職の彼が、ベテラン戦闘職であるヴィオラさんと拮抗している。それは、通常であれば、決してあり得ない光景だった。
ヴィオラさんの剣とバルディさんの大針が、互いに火花を散らして打ち付けあう。予測しない急変に加え、上位戦闘職に匹敵するこの力。すでに【7net】のギルドメンバーは、彼の手によってゲームオーバーになっていると考えていいだろう。
バルディさんは、ヴィオラさんを押しのけると出入り口へと走る。
「もう遅いよ……すでに【使役人形】のスキルが発動されている。彼女たちが、村のプレイヤーを全てゲームオーバーにするんだ」
「そんな……何でこんな事を……」
「革命のためさ」
そう言い残すと、彼は俺たちを無視し、ギルドから姿を消した。
本来ならば、すぐに追うべき状況だろう。しかし、俺たち三人は動揺し、行動に移すことが出来なかった。なぜ、心優しいバルディさんが、自らの仲間を虐殺するような真似をしたのか。
これはゲームだ。死んだプレイヤーはすぐに蘇る。だが、だからこそ、彼の行動理念が全く分からなかった。
村の方は酷いありさまだった。
バルディさんと四体の人形による無双。一人のプレイヤーによって、他プレイヤーが次々とゲームオーバーにされていく状況だ。
いくら強いプレイヤーだとしても、これは明らかに異常。彼の動きは、自身のレベルを明らかに超越している。これではまるで……
「チートですね」
俺の代わりに、アイがそんな言葉をこぼす。チート、違法なツールによってゲームを改造し、本来出来ない事を強制的に行う行為。そんな事、俺にはよく分からない。
今、分かる事は一つ。俺と今まで遊んでいた人形たちが、プレイヤーを虐殺し、ゲームオーバーに追いやっている事。その事実の方が、俺にとっては重要だった。
「スプリ! サーマ、ターム、ウィン! いったいどうしたんだ! やめてくれ!」
「無駄よ。使役人形は所詮コンピューター知能。プレイヤーがタクトを振れば、兵器になるの」
「でも……でも……」
何でこんな事になったんだ。どうしても歯車が噛み合わない。
あいつらは、優しい奴らなんだ。こんな事をするような奴らじゃないんだ。俺が正気に戻さなくちゃならない。俺が行かなくちゃならない……
「ちょっと、レンジ!」
俺は二人を置いて、人形たちの元へと走り出す。居ても経ってもいられなかった。自分の身がどうなったって構わなかった。
ただ、救いたい。ただ、取り戻したい。その一心で、俺は自らの足で走り出した。
完全にヴィオラさんたちと逸れたこの状況。しかし、混乱する人々を掻き分け、俺はようやくスプリの前へと辿り着く。
我ながら、何て頭のおかしい行動をしているのだろう。自分で自分が嫌になって仕方がない。もっと、適当に、気楽にこのゲームをプレイする気だった。ああ、やっと気づいたよ。覚悟が足りなかったと……
彼女と目が合う。もう彼女は、俺の知っている彼女じゃなかった。
「ごめんなさい、お兄ちゃん……ご主人様の命令だから」
「やめてくれ……スプリ……」
俺の言葉など聞き入れず、スプリは力を溜め、高速の体当たりを繰り出した。恐怖心からか、俺はその攻撃を瞬時に読み、ジャストガードに成功する。
一度は上手くいった。だが、二度目が成功するという保証はない。バルディさんとのレベル差は歴然、一撃でも食らえば、俺は瞬時にゲームオーバーだ。
「なんで……スプリ……」
先ほどまで仲よく遊んでいた少女が、俺を殺そうと迫っている。ただ頭の中が真っ白になり、これ以上の行動を起こす事が出来なかった。
殺される。俺はそう確信した。
体は真面に動かすことが出来ず、冷静な判断力も失っている。まさに、絶体絶命の状況だ。
しかし、その時だった。この戦場に、ある機転が訪れる。
「【ゴールドラッシュ】だ……王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】の援軍だ!」
あるプレイヤーの声と共に、村の全方向から戦士の騎士団が進撃を始めた。数は数十人の少数部隊。しかし、通常のプレイヤーとはまるで実力が違っていた。
俺に襲い掛かるスプリの前にも、銀色の鎧を身に纏った大男が立ちふさがる。彼は黙ったまま盾を構え。彼女の攻撃を無傷で防いでいく。何という堅さだ。この一連の動作だけで、彼が相当のプレイヤーだと判断出来る。
この場にいる戦士は全て上位プレイヤー、この場を鎮圧する実力を充分に持っていた。
戦局が一気に変わる。だが、俺はそんな事など、どうでも良かった。
「ウィン……」
戦士の一人が、白い服を着た小さな少女に剣を振り落す。
瞬間、鋼の剣に切り裂かれたウィンは、光となって宙へと消えていった。バンドを引っ張り、俺の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜたあの少女が、この世界からその存在を消したのだ。
俺はその事実が信じられず、敵を前にして完全に意思を砕かれる。その場で膝を落とし、立ち上がる気力すらも失ってしまった。
そこからの展開は一方的だった。
レベル、技術、どちらも高レベルな【ゴールドラッシュ】の戦士プレイヤー。彼らは、幼気な人形たちを鉄の剣によって引き裂いていく。
「ご主人様……ごめんなさい……」
ウィンに続き、サーマとタームも銀色の刃によって切り裂かれ、地面に伏せる。その光景を俺は放心しながら見つめていた。
何も出来るはずがない。助けられるはずがない。
ただ、無力な自分を嘆く事しか出来なかった。
「お前で最後だ」
俺を助けてくれた大男が、スプリに剣を構える。
やめろ……やめてくれ……! 声にならない叫びをあげるが、誰にも届くはずがない。
スプリは何かを悟ったかのように、俺の前に佇む。そして、両手を後ろで組み、儚くその瞳を輝かせた。
「お兄ちゃん……」
彼女は笑う。初めて会った時と同じ、あの笑顔で……
「約束だよ!」
「スプリ……!」
瞬間、スプリは銀色の刃によって切り裂かれ、空を舞う。
俺は必死に手を伸ばし、彼女の手を掴もうとする。だが、どうしても届かない。
「ああ……」
彼女は笑顔を見せたまま、光の粒子となって消えていく。
俺はその光を浴び、そのまま地面へと伏せた。
これはゲームだ。
命は偽物だ。
でも、俺には確かに見えた。
暖かい何かが、俺の手から離れていくのを……生命の輝きが消えていくのを……
そうだ、あれは確かに――――
魂だったんだ……