149 本部にただいま
王都奪還作戦は成功し、プレイヤーたちにつかの間の平穏が訪れた。
高台に立つディバインとクロカゲは、エルドの参入を警戒して街を見渡していく。どうやら、敵は別の場所から放送を行っていたらしい。いくら探してもその姿は確認出来なかった。
警戒を解いたディバインは、しみじみとした様子でビリジアン王宮を見る。彼は自らのギルド本部を取り戻したのだ。
「王都よ……私は帰ってきたぞ」
「ディバイン、感動に浸っている場合じゃないヨ。次の戦いがあるんだかラ」
この戦いは前座に過ぎない。次に控えるのはスマルトの街を攻める最終決戦。休んでいる暇などなかった。
今回、エルドとの戦闘にならなかったのは幸いだ。戦線を整える有余を与えてくれたのだから。
「結局、エルド本人は参戦しなかったか」
「その方が良かったヨ。あんな化け物が参入したら、絶対に上手くいかなかったからネ」
「違いない」
苦笑いをする二人。やはり、目的を達成するにはエルドの存在がネックだ。
今回もレンジが妨害を行ったことで最悪の事態を避けれた。あれが無ければ、【ダブルブレイン】側に組みするプレイヤーが増加していただろう。
今は戦力的にしか五分と五分。しかし、こちらの戦力には【覚醒】持ちが含まれている。【ゴールドラッシュ】のように、裏切りによって崩壊する可能性もあるだろう。
「次にエルドはどう動くだろうか……」
「候補一、俺たちを迎え撃つためにスマルトの街で待機すル。候補二、【覚醒】持ちプレイヤーを操るためにNPCの魂エネルギーを搾取すル。候補三、そのNPCの虐殺を行うためにも新たなダブルブレインを作り出ス」
ここ数日、【ダブルブレイン】が行動を起こさなかったのには理由がある。ギルド【IRIS】の奮闘によってメンバーが倒され、NPCの虐殺を行うことが出来なくなってしまったのだ。
NPCを殺せるのは人間を捨てたダブルブレインのみ。そのため、クロカゲの部下であるゲッカは、エルドがダブルブレインを増やすための行動に出ると予測した。
現実世界の人間を操り、自殺させることによってコンピューター内の知能を自立させる。【ダブルブレイン】たちは、虐殺行為を狙っているとしか思えなかった。
「簡単に候補三を行えるのなら、敵も苦労はしないはずだ。出来ない理由があるのでは?」
「さあネ。何にしても【覚醒】持ちプレイヤーは警戒しないト。今はエネルギーが不足してるみたいだけど、いつ操られるか分からないヨ」
「それどころか、彼らの生命に危機が及ぶやもしれん。残念だが、【覚醒】持ちにはデータの消去を勧めるべきだろう」
操られれば敵になる可能性がある。ならば、データを消去して、ゲームオーバーの事実を無かったことにする以外にない。
当然、こんな事をすればこちらの戦力は減る一方だろう。しかし、本当に強い上位プレイヤーは、いまだにゲームオーバーになってはいない。
全ては作戦しだい。足りない戦力は質で補う以外になかった。
王都ビリジアンのはずれ。東の最下層に小さなギルドがあった。
ギルド【IRIS】の本部。メンバーは長い旅を終え、ようやくこの場所に帰って来た。
しかし、そこにレンジとアイの二人はいない。いるのはヴィオラ、リュイ、ルージュ、アスール、ノランの五人だった。
その中の踊子ノランは、ハイテンションでギルドの机に立つ。どうやら、王都奪還作戦で行ったレンジの演説に興奮しているようだ。
「レンジくん! さっすがエンターテイナーだね! 観客の心を鷲掴みだよ!」
「ノランさん、それは少し違うと思います……」
ショーか何かだと思っている少女ノランに、生真面目なリュイが突っ込む。彼もどこか安心しているようで、レンジの声が聞けたことに意味はあった。
しかし、魔導師のルージュはふくれっ面だ。口を三角に尖らせて、ブーブーと文句を言っている。
「れ……レンジは一体何をしているんだ……!」
「あいつのことはもう良いだろ。とにかく、ギルド本部に戻れて良かった」
そんな彼女を宥めるアスール。相変わらず、彼はレンジに対して一切の心配をしていない様子。ソファーに深く座り、完全にくつろいでいた。
ギルド本部に戻れたことで、ギルド【IRIS】としての活動を積極的に行えるようになる。いくつもの大陸を渡り歩いたので、ワープの魔石による移動も楽なものとなった。
ギルド【漆黑】もレンジを信用し、このギルドの管理を外している。今が一時の安らぎと言えるだろう。
テンションの上がっているノランは、ギルドマスターのヴィオラに聞く。
「これからどうするのかな? ノランちゃん、やる気百倍だよ!」
「やっぱり、レンジのいる【イエロラ大陸】に行くべきなのかしら……」
いまだにヴィオラは、レンジの事を心配しているようだ。そんな彼女を見たアスールはため息をつき、自分の意見を語っていく。
「レンジは今、ガンボージ遺跡で【ダブルブレイン】の調査をしている。俺たちが下手に手を出して、その邪魔をするのは得策じゃない」
「ちょっと、なんであんたがそんな事を知ってるのよ」
「前に接触したレベル4の覚醒持ち、ランスというプレイヤーに【追尾】のスキルを適応した。その結果、奴はガンボージ遺跡を出入りしていると分かったからな。恐らく、あのダンジョンは敵の隠れ家だ」
誰にも話していない。彼だけが知っている情報。
当然、他のメンバーは腹を立てる。なぜ、誰にも話さなかったのか理解に苦しむところだ。
「き……貴様なぜ言わなかったアホールが!」
「今まで話す機会はいくらでもあったでしょ! ほんとバカなの!」
「おいおい、子猫ちゃんたち。怒ると奇麗な顔が台無しだぜ」
騒ぐルージュとヴィオラを少年ノランが止める。相も変わらずギルド【IRIS】は騒がしい。
ここに居る誰もが、7人全員が集まる事を望んでいるだろう。
しかし、厳密には7人のメンバーではなかった。このギルドには他にも、構成するメンバーがいるのだから。
リュイはその事に気づき、周囲を見渡す。そして、その額に冷や汗を流した。
「あの……受付嬢のビスカさんが見当たらないんですが……」
「え……?」
NPCのビスカとケットシーのリンゴ。二人の姿がどこにも見当たらない。
すぐにヴィオラはコンタクトの魔石によって通信を行う。どうやらビスカは、ヴィオラたちに何も言わずに消えてしまったらしい。自由奔放で天然が入っているので、本当にはた迷惑だと言えるだろう。
魔石はNPCにも使用が可能。レンジのように通信拒否しない限り、これで連絡が取れるはずだ。
一難去ってまた一難。ギルド【IRIS】に平穏は訪れないようだ。
今日は木曜日。私たちは【イエロラ大陸】、ガンボージ遺跡の攻略を開始していた。
ここ、ガンボージ遺跡はこのゲームでも屈指の難易度のダンジョン。でも、それは最下層の話しで、上層の方は私たちでも充分に攻略可能ね。テキパキ進んでいきましょう。
内部は石のブロックで作られていて、まさにピラミッドの内部って感じ。出てくるモンスターもマミーにゾンビと死霊モンスターが多め。あと、ジンっていうランプの魔人みたいなモンスターが厄介ね。
他は砂漠お馴染みのブラックスコーピオン、変わったところで宝箱型のミミックなんて奴もいるわ。モンスターの人材豊富なダンジョンと言えるわね。
「よっしゃー! スキル【発剄】!」
ハクシャの拳から放たれる衝撃波が、包帯グルグル巻きのマミーをぶっ飛ばす。
やっぱり、モンスターとの戦闘では戦闘職が輝くわ。こっちは、バッファーのシュトラが居るから、さらに格闘家の戦闘能力が研ぎ澄まされる。
「スキル【属性付与魔法】炎の印! 炎属性は死霊モンスターにも威力倍増です!」
それにしても、本当に附術士って地味ね。ハクシャは炎を纏って目立ってるけど、使っている本人はまったく輝いて見えないわ。
まあ、本人も気にしてるみたいだし、言わないであげましょう。地味でも強いんだから全く文句はないわ。
問題なのはこいつ、農家のミミ。
「す……スキル【マンドラゴラ】……! 何とか頑張ってください!」
襲い掛かるゾンビから逃げつつ、植物型の支援キャラクターを出現させる。でも、何も考えずに適当に出現させたから、一瞬にしてマンドラゴラは引き裂かれてしまった。
スキルレベルが全く上がっていないのもあるけど、本人が逃げ腰じゃどうしようもないわね。何より、戦闘センスが全くないのが痛すぎるわ。
「つ……使えないスキルです」
「ミミっち、スキルのせいにしちゃダメっすよ! スキル【解体】!」
すぐにゾンビをイリアスがスパナでぶん殴る。こいつもスキルレベルが全く上がっていないけど、最低限の戦闘技術はあるみたい。なにより、ロボットに乗った時は結構強い。
ハクシャとケットシーのリンゴが強いし、私も戦える方だからダンジョンの進みは好調。本当にネックはミミの奴だけなのよね……
人魚のビスカもシュトラから魔法の使い方を習って、NPCながらも頑張ってる。でも、ミミの奴は頑張る素振りもない。ま、根っからの生産職で、しかもお嬢様っぽいから仕方ないわね。
「ミミ、無理なら止めてもいいのよ。さっきからあんた涙目じゃない」
「涙目ではありません。これは素晴らしい戦いに歓喜しているのです」
「はいはい」
よくそんな強がりが言えるわね。でも、強がりが言えるうちはマジな方でしょ。
ミミには悪いけど、力不足だろうが何だろうが無視してダンジョンは進める。レンジは数人で攻略しているだろうから、そう下層には行っていないと思うけど……それでも立ち止まる理由にはならないわね。
もっとも、一日そこらで下層まで行こうとは思っていない。数日ここで技術を磨いて、何とかマシになってもらうしかないわ。
「大丈夫だってミミ! すぐにコツを掴むさ!」
「無理をせず、後ろから回復スキルを使いましょう。ミミさんはヒーラーなんですから」
ハクシャとシュトラが優しく励ます。まったく、こいつらは本当に甘いわね。ミミのような汚れを知らない奴には、少しスパルタな方が丁度いいのよ。
「言っておくけど、私は二人のように甘くは……」
「イシュラさん! 物凄い情報を手に入れましたよ!」
私が厳しい事を言おうとした瞬間、人魚のビスカが声を張り上げる。彼女はコンタクトの魔石を握りつつ、満面の笑みで私の前に立った。
どうも、ギルド【IRIS】の奴らと連絡を取っていたようね。宙に表示されたモニターには、以前会ったことのあるプレイヤーが映っていた。
「あんた、ギルド【IRIS】のバルメリオ!」
『アスールだ。諸事情でデータを消して、プレイヤー名を変えた。テラコッタで話しただろ』
そう言えばそうだったわね。こいつ以外にも、ビスカの表示したモニターにはギルド【IRIS】のメンバーが映っていた。
何だか辛気臭い空気ね。私たち、何だか不味い事でもしているのかしら。
アスールの後ろにいるヴィオラが私たちに質問する。彼女の顔は真剣そのもので、私たちのやっている事は思っている以上に重要な事だと感じられた。
『貴方たち、本気でレンジに会うつもりなの……? 【ダブルブレイン】が関係してると言っても?』
【ダブルブレイン】、この世界を脅かす私たちプレイヤーの敵……
まあ、何となく分かっていたわよ。遠足気分でこの攻略を決めたわけじゃない。だから、私はずっとピリピリしていたんだから。
「当然よ。私はもう躊躇なんてしたくない」
『……分かった。以前、【追尾】のスキルでランスが向かった場所を教える。レンジを見つけたら、俺たちにも連絡してくれ』
私がそう言うと、アスールが答えてくれる。私以外のメンバーが本気でここに来てるか分からないけど、そのあたりは問答無用ね。気に入らないなら、今すぐ帰れと言うしかないわ。
でも、誰も帰ろうとはしなかった。ハクシャはいつでも本気。シュトラは涙目だけど知らない。ミミにはもう一度会いたい人物がいる。
ビスカにはギルド【IRIS】として意地がある。イリアスとリンゴはよく分からないけど、まあ残っているのなら協力するという事でしょう。
以前問題なし、このメンバーでダンジョンを進むしかなかった。