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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
三十八日目~四十二日目 ガンボージ遺跡
148/208

148 エルドガルドギルド

 宮殿の庭園に飛空艇を着け、そこから一気に【ゴールドラッシュ】ギルド本部へと攻め入る。

 【ゴールドラッシュ】のギルド本部の場所は、ビリジアン王宮の内部。NPCの兵士とも衝突するが、彼らのステータスはプレイヤーよりも低い。突破は至極容易だった。

 警戒すべきは【ダブルブレイン】が操る覚醒持ちプレイヤーだが、その数は少ない。やはり、深夜に攻め入ったのは正解だ。


 【漆黑しっこく】の幹部、フウリンとゲッカ。二人は着陸した飛空艇から第二部隊として攻め入る。

 しかし、現状は参加の必要がないほど優勢だ。今いる戦力で充分敵を圧倒している。


「アイヤー、私たち要らなかっタ? 圧倒的だヨ」

「多士済々、この戦力ならば押し切れますが……」


 勝利を確信しているフウリンと違い、ゲッカは警戒していた。敵が全く行動を起こさないことが不可解だったからだ。


「【ダブルブレイン】どころか、レベル4の【覚醒】持ちも無し。加えて、レベル3の【覚醒】持ちも数人……どうにも消化不良ですね」


 【ダブルブレイン】のエルドとルルノー。それに、レベル4のランスとラプターは不在だ。

 幹部クラスがいないのに加え、完全な操り人形であるレベル3も少ない。敵はバーサク状態で暴れるレベル2ばかりだった。


「敵が弱くて良かったんじゃなイ? きっと、捨て駒だったんだヨ」

「だと良いのですが……」


 ゲッカはエルドとクロカゲの攻防を見ている。あの時は意地を張ったが、実際にエルドと戦えば一方的にやられるであろう。

 彼女の手が震える。あの悪魔が現れない限り、この戦いの勝利は確定していた。















 現実時刻の夜7時。各自、学校や仕事を挟み、ログインプレイヤーは一気に増え始める。敵のプレイヤーが合流する形となるが、街は既にクロカゲ達によって掌握されていた。

 街を治めるNPCと協定を結び、ディバインが【ゴールドラッシュ】を取り返す形となる。これで、ランスの下に付いていたプレイヤーは、全てこちらの戦力となった。

 すでに【覚醒】持ちとなったプレイヤーも、操られない限りは敵の支配下では無くなる。一般プレイヤーにとって、誰がギルドマスターかはどうでも良かった。


 司令本部の【ゴールドラッシュ】参謀、テイルは安堵の表情を浮かべる。ようやく彼女は、自分のギルドを取り戻せたのだ。


「決まりましたわね……」

「ああ、俺たちの勝ちだ!」


 アパッチはコンタクトの魔石を握りつつ、ガッツポーズをとる。彼らの見ているモニターには、王宮を掌握する仲間の姿が映っていた。

 普段は険しい表情をしているハリアーも、今回ばかりは笑みがこぼれてしまう。彼女は司令官として、ビリジアンで戦った仲間に賞賛を贈ろうとした。


「お前たち、よく戦っ……」

『あー、テステス。【ディープガルド】のプレイヤー、聞こえているか?』


 突如、コンタクトのモニターから聞き慣れない男の声が響く。どうやら、ビリジアンの街中から放送されているようだ。

 すぐに、戦闘部隊の【エンタープライズ】メンバーが、王都から状況を説明する。


『ハリアーさん大変です! 大人しかった【覚醒】持ちが、一斉にコンタクトの魔石を使用しました! 戦う気はないようですが、魔石からの放送が街中に響いています!』

「エルドめ……これが目的で……」


 コンタクトの魔石を多人数のプレイヤーで使用する事により、それはスピーカーの役割を果たす。物は使いようだった。

 この放送はおそらく、王都以外でも響いているだろう。大量のプレイヤーを操れるならそれも可能だった。


『はじめまして、俺はエルドだ。今、俺の仲間たちにコンタクトの魔石を使ってもらっている。察しの通り、手の伸びる街も同様だ。流石に全世界は無理だったけどな』

「何が仲間たちだ。【覚醒】持ちのレベル3を操っているだけだろう……」


 奥歯を噛み締め、相手には聞こえない罵倒をこぼす。エルドの言葉は全て、一方的に響いているものだった。

 少し話すと、別のプレイヤーが通信を代わる。元【ゴールドラッシュ】の副ギルドマスター、ランスだった。


『今、最強のゲームプレイヤーであるエルドが、【ゴールドラッシュ】ギルドマスター、ディバインの粛清を決めた! あいつはクロカゲやハリアーと結託し、卑劣な深夜の攻撃によって街を攻めた! どちらが悪かは明白だろう!』

「なっ……デタラメを!」


 テイルは悔しそうに爪を噛むが、彼の言っている事は正しい。状況を理解していない普通のプレイヤーには、卑怯な手段を使ったディバインの方が悪だった。

 この場面で現れたエルドはさながら救世主。追い詰められたプレイヤーを救う希望の星に見えるだろう。

 ランスの口車は更に続く。彼はエルドの参謀である今の自分に、満足げな様子だった。


『ずっとソロプレイヤーを貫いてきたエルドだが、今回ばかりは焦っている。上位プレイヤーが結託し、ゲームを都合の良いように動かそうとしていんるだ! お前ら、黙って見ていて良いのかよ!』


 震えた声で男は続ける。


『エルドは自分の意思を曲げて、お前らに助けを求めている! だから、俺は新たにギルドを作る! エルドを助けるために、このゲームを守るために! それが、【エルドガルド】だ!』

「ここに来て新たなギルドを……」


 ギルドは人と人とを繋ぐ歯車。そして絆のようなもの。

 同じギルドに入っているという意識は、プレイヤーの士気を上げ、結託させる。【エルドガルド】はその為のギルドだった。

 ギルドにプレイヤーの名前を使い、そのプレイヤーを神聖化する。エルドの強さとカリスマ性がそれを可能としていた。

 だが、本人は気乗りしていない様子。それでも、彼には引けない訳がある。


『俺の名前使うとか、気恥ずかしいだろ。そう言えば、失った仲間も俺を英雄だって言っていたな……』


 エルドの方も、後戻りが出来ない場所まで来ていた。

 例え、現実世界に影響を及ぼそうとも、この男は止まらない。むしろ、彼の目的は現実世界そのものを歪めることだ。

 英雄と呼ばれる彼は偽らずに話す。真実を話しても、強いゲーマーは付いてくると確信していたのだろう。


『俺はデータの世界を現実にしたいんだ。データの中なら誰でも英雄になれる。自分にとって気に入らない世界なら、別のデータに移ればいい。そうすれば、誰もが幸せになれるだろう』


 異常だ。普通の人間なら付いていける訳がない。

 だが、一部のプレイヤーは彼の言葉に惑わされている様子。ここに【覚醒】の操作が入れば、落とすのは容易いだろう。


『ディバイン、クロカゲ、ハリアー、俺の邪魔をするなら、強制的に分からせてやる。今は怖いだろうが、誰だって英雄になりたいのは事実だ。人は誰でも特別になりたがる。他人よりも優れた自分を望む……』


 珍しく、エルドが自分の思いを表に出している。それは、こちらのプレイヤーを黙らせるには充分な威圧感だ。

 だからこそ、ハリアーは強制的に放送を止めることが出来なかった。心の何処かで、エルドの思想を理解してしまったのかも知れない。


 今、世界はエルドの手中にあった。


『人間を捨ててダブルブレインになる。それこそが誰もが望む理想の……』

『それはどうかな。エルド』


 突如、第三者の声がエルドの放送をかき消す。それは彼の使った手段と全く同じ、多人数が使用するコンタクトの魔石がこの放送を可能としていた。

 しかし、魔石の使用数が【覚醒】持ちプレイヤーの比ではない。この声量での放送を可能にするには、とてもプレイヤーの力だけでは不可能だった。


「今度は何ですの! これほどの魔石を一体どうやって……」

『NPCです! 多数のNPCが一斉に魔石を使用しました!』


 混乱するテイルに対し、戦闘部隊のメンバーが説明する。今、王都ではNPCによる放送の上書きが行われていた。

 ハリアーは王都に響く声の主を知っている。彼は周囲を巻き込む影響力を持ちながらも、表舞台には一切出ていない存在。物語の始まりである愚者といえる存在だった。


『俺はランキングとは無縁の弱小プレイヤー。この場に不相応な存在だろう。だけど、これだけは分かる。このゲームは戦争ゲームじゃない!』

「レンジか……」


 ギルド【IRISイリス】の機械技師メカニックレンジ。数日前から連絡の付かなかった彼が、なぜこのような行動に移ったのか。接触のないハリアーには想像もつかないだろう。

 しかし、彼の言葉には耳を傾ける魔力があった。誰もが思う『こうではなかった』という感情に訴えかけるものだったからだ。


『エルドは自分の理想のために、この世界を動かしている。数え切れないほどのNPCの犠牲もいとわずにだ。こんな事のために、俺たちは【ディープガルド】に足を踏み入れたのか? このゲームはそんな物じゃなかったはずだ!』


 ゲームを楽しむために、ゲームをプレイするのは当然のこと。しかし、レンジはエルドの野望によってこの世界に訪れていた。

 だからこそ、彼は嫉妬していたのかもしれない。本気でゲームを楽しんでいる他プレイヤーが、彼にはとても輝いて見えていたのだ。

 ハリアーはそのことを知っていた。だからこそ、感慨深い表情でレンジの声を聴く。そんな彼女の指令室に、一人のプレイヤーが訪れた。


「どや、粋なもんやろ?」


 【7net(セブンネット)】のギルドマスター、ヒスイ。彼は扇子を広げ自らを仰ぐ。そして、図々しく部屋のソファーに座り、満足げな表情を浮かべた。

 彼が現れたことにより、ハリヤーは確信する。王都のNPCと【交渉】し、魔石を使わせたのはこのヒスイで間違いないだろう。


「ヒスイ……お前がやったのか」

「わいだけやない。商人マーチャントの知り合いに協力してもらって、NPCと【交渉】を進めとった。ヴィルやん経由でな」


 商人マーチャントの口から出たのは、ハリアーの部下である【エンタープライズ】のヴィル。この男の存在が何を意味しているのか、ギルドの頂点に立つ彼女は当然理解していた。


「ヴィル……要するに、お前はヴィルリオと下剋上でも狙っていたわけか」

「なんや、ヴィルやんの正体知っとったんか。正解、弱者と結託して戦うわいとヴィルやんは馬が合ってな。裏で色々こねくり回しとったわ」


 つまり、最強プレイヤーであるヴィルリオと、情報掲示板ギルド【7net(セブンネット)】はグル。ヒスイが以前言ったように、やはり裏では相当に悪いことをやっていたようだ。

 だが、それらは全てゲーム上の駆け引き。今戦っている【ダブルブレイン】という存在には関係ない。二人はレンジとの接触によって、別の計画へと動き出していた。


「せやけど、それはもうどうでもええ。今はレンジやんを信じたいわ」


 窮鼠猫を噛み、下剋上を粋とするヒスイ。そんな彼にとって、レンジの思想は理解できるものだったのかも知れない。

 この世界を大きく動かしたレンジだが、彼はずっと誰かの支えによってここまで来た。だからこそ、彼は個々の思想や繋がりを信じている。

 まさに、噛み合う歯車。ワンサイドゲームが面白いはずがなかった。


『ゲームに野望を持ち込んだ時点で詰みだ。エルド、ここはお前の世界じゃない……!』


 この言葉を最後にレンジの放送は途絶える。しかし、彼の言葉はゲーマーたちの魂に火をつけるには充分だった。

 突如割り込んだ妨害により、王都の空気が変わり始める。それを察知してか、エルドは「フッ……」と声を漏らした。そして、最後に一つだけ忠告を行う。


『どう動くかはお前らで決めろ。ただ、敵になるのなら容赦はしない』


 彼の放送が途切れたのと同時に、レベル3の【覚醒】持ちはワープの魔石によって撤退する。まるで嵐が去った後のように、王都に静寂が訪れた。

 これで、王都奪還作戦はハリアー側の勝利。しかし、敵の脅威はより鮮明的なものとなる。

 次はいよいよ、敵の本拠地であるスマルトを攻めることとなるだろう。ついに、戦いは最終局面に入ろうとしていた。


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