147 王都奪還作戦
【ディープガルド】時刻は7時。日が落ちたことにより、砂漠の温度は急激に下がっていた。
私たちは再びサンビーム砂漠を進み、幻影地帯に入る。さっきは失敗したけど、今回は奥の手があるわ。方向音痴のミミとすぐにへばるビスカ。二人をイリアスのロボットに乗せ、なおかつそれを砂嵐の盾として使う手段だった。
結果は成功、大型のロボットは砂嵐を物ともせずに突き進む。
「さあ、行け! タロスGX-3! 砂嵐など吹き飛ばせェェェ!」
「ちょっと、イリアスさん……?」
ロボットに乗った途端、人が変わったかのように叫ぶイリアス。一緒に乗っているビスカも困惑の表情を浮かべていた。
でも、これならミミやビスカも砂漠を越えれるわ。まったく、一次はどうなる事かと思ったわよ。
砂漠のモンスターは雑魚ばかりだから、戦闘は極力回避していく。それでも戦わざる負えない敵は、【エンタープライズ】メンバー以外の三人に戦わせてみたわ。
評価を言うと、まずイリアスは結構強い。ロボットの性能によるゴリ押しだけど、適当に暴れてるだけでも充分に戦力になる。
ビスカはまあ、NPCだから強くも弱くもない。積極的に【回復魔法】を使ってくれるけど、やっぱりプレイヤーと違って使い方にズレがあるわね。
ミミは論外。戦闘のせの字も分かっていないのに加えてスキルも弱い。それにボケてて基本の動きも怪しいところ。はっきり言ってヤバいわね。
で、一番強いのがまさかのケットシーのリンゴ。的確な判断によって攻撃魔法を使い分けるのはプレイヤーさながらね。
ビスカが言うに元々は使役士が使役していたモンスターらしいけど……前のご主人様は頭がおかしいほど強い奴だって分かるわ。いったい何者なのよ……
顔も知らないそいつに感謝して、私たちは幻影沙漠をただ突き進む。コンパスの針を従えば、見える幻影なんて全くの無意味。これは、余裕で突破できそうかしら。
調子はいい感じ。でも、ハクシャは一人さえない顔をしていた。これは、向こうの作戦が気になってるわね……
「どうしたのハクシャ。真剣じゃない」
「いよいよだな。王都奪還作戦」
私の我ままでこいつの予定も狂ったって事かしら。ちょっと悪いことしたかしら……
でも、こいつが居たところで作戦は何も変わらないってのも事実。それなら、私に協力してレンジを探す方が絶対に影響力があるわ。そう、これはあんたのためなの!
なんて、私は自分自身に言い聞かすしかなかった。
木曜日、現実時刻の深夜2時。【ディープガルド】時刻は朝の8時。いよいよ、王都奪還作戦が決行される。
指令は【エンタープライズ】ハリアー。副指令、【ゴールドラッシュ】テイル。歯車の街テラコッタの本部にて、指揮官の二人はコンタクトの魔法によるモニターを睨んでいた。映し出されているのは、王都ビリジアンに攻め入る先鋒部隊のプレイヤー。
20人ほどの部隊だが、その殆どがランキング50位以内のプレイヤー。今構成できる最強の精鋭部隊と言っていい。
そんな彼らの中に本来は混ざるべきだったアパッチ。彼は【エンタープライズ】ハリアーの右腕だ。しかし、今は主力の使役獣を失っており、戦いに参加することは出来なかった。
「すいません、ハリアーさん。本当は俺も戦闘に出たいんっすけど……」
「ゲソノウミの事は残念だった。お前は私のサポートとして付け」
「はい……」
ビビりな彼が、珍しく唇を噛みしめている。本来自分が出るべき戦いだったと分かっているのだろう。しかし、残ったゲソスケではとても戦力にはならない。今はサポートに徹するしかなかった。
先夫部隊の準備が整い、副指令のテイルが報告を行う。彼女は尻尾をピンと上げ、気合充分と言った様子だ。
「ハリアー、準備が整いましたわ」
「よし! 王都奪還作戦、開戦だ!」
ハリアーが巨大碇を振り上げ、戦いの幕が切って落とされる。
敵は王都ビリジアンを占拠する元【ゴールドラッシュ】部隊。それに【エンタープライズ】などが加わり、こちらよりも大きな戦力となっている。
しかし、【覚醒】のスキルを持っていないプレイヤーは周囲の空気に流されているだけ。さらに、【覚醒】持ち全てに完全な操作が行き届いているわけではなく、操られていないプレイヤーも多い。
つまり、敵は烏合の衆。同じ志を持って集まったこちらとは、意思の強さで大きな差があった。
今、ハリアーの指揮する者たちは、【ダブルブレイン】という驚異に追いつめられたプレイヤー。混乱する【ディープガルド】で、一度も死なずに勝ち抜いたプレイヤー。そして、クロカゲに絶対的な信頼を寄せた【漆黑】のメンバー。大きく分けてこの三種。
彼らには、この戦いにゲームの命運を賭ける価値があった。
王都奪還作戦は今までのプレイヤー同士のいざこざとは違う。この戦いは楽しむことを目的としていない。【ダブルブレイン】という巨大な存在と対峙する負けられない戦いだった。
当然、それ相応の策を取る。綺麗ごとも、戦いの美学も不必要。要はどんな手を使ってでも勝てばいい。
即ち、速攻の奇襲作戦だった。
「スキル【アサルトブロウ】!」
王都ビリジアン、宿屋の前の大通り。そこで、一筋の剣が元【ゴールドラッシュ】のプレイヤーを切り裂く。
放ったのは剣士ヴィオラ。ギルド【IRIS】のメンバーだ。
彼女は何もない空間から突如現れ、そして敵を一気に切り裂いた。しかし、それも当然。なぜなら、ハリアーの指揮する先鋒部隊は、ワープの魔石によって瞬間的な移動を行ったのだから。
「て……敵襲ー!」
「こいつら……深夜にワープの魔石で……! それでもゲーマーかよ!」
【ダブルブレイン】に組した者には、これが唯のゲームだと思っているプレイヤーが多い。ヴィオラの攻撃を受けた弓術士は、完全に【ディープガルド】の流れから乗り遅れているようだ。
彼の声により、すぐに深夜組のプレイヤーたちが集まってくる。この奇襲作戦をもってしても、敵の数はとにかく多い。こちらとは圧倒的な戦力差があった。
しかし、ヴィオラが組するのは精鋭部隊。ワープの魔石によって、次々に宿屋前に転送されていく。
「速攻よ! 速攻! アスール! しっかりサポートしなさいよ!」
「はいはい、俺は銃士らしく一歩引いてるさ」
剣を軽く振り回すヴィオラに、それをサポートする位置に付くアスール。ギルド【IRIS】で先鋒部隊に選ばれたのはこの二人だった。
勿論、戦力はこの二人だけではない。【漆黑】メンバーに、生き残った【ゴールドラッシュ】と【エンタープライズ】メンバー。それに加え、腕に自信のある【7net】メンバーに、物好きなソロプレイヤー。
ここに弱者は誰一人としていなかった。
「錬金術師! 頼んだぞ!」
「おっけー! スキル【スキル鑑定】!」
【漆黑】の忍者が、【ROCO】の少女に指示を出す。すると、彼女は【スキル鑑定】というスキルを使用して、周囲の敵プレイヤーのスキルを見破っていった。
「【覚醒】持ちじゃないプレイヤーが二人! ゲームオーバーにしちゃダメ! 説得よろしくー」
「おい、生産職! あまり前に出るな! カー助! 【ルビーの光】で守れ!」
カーバンクルという召喚獣を操る召喚士が、味方プレイヤーに光のバリアーを張る。
錬金術師は【覚醒】を持たないプレイヤーを探す部隊の要だった。とにかく、彼女を守りつつも王宮を目指して突き進む。
「誰一人ゲームオーバーにさせません! スキル【回復魔法】オールリジェネートです!」
「だが、守ってばかりじゃ進めないぞ。スキル【クイックステップ】!」
【ゴールドラッシュ】の僧侶が味方をオート回復状態にし、【7net】の踊子がスピードを上げる。
ヒーラーとバッファーのサポートも的確。当然、敵を打倒するアタッカーも上位の実力者ばかりだ。
「スキル【パイレーツガード】、からのスキル【サマーソルト】!」
「うおおおおお! スキル【ぶん回し】ィ!」
【エンタープライズ】の海賊。彼は盗賊のナイフを同じナイフで受け止め、そこから【サマーソルト】によって蹴り上げる。
その隣では【ゴールドラッシュ】の戦士が巨大な斧を振り回し、数人のプレイヤーを吹き飛ばしていた。
そんな部隊の前線に出ているのは、ギルド【IRIS】のヴィオラともう一人。
「スキル【氷魔法】アイスリジョンオール! そして……」
【漆黑】の剣士が敵部隊を凍結させる。さらに、動きの停止した彼らに対し、男は剣を振りかざした。
「スキル【チャージ】!」
ノックバック効果のある一閃は、標的を氷の上から叩き斬る。彼は【漆黑】メンバー、総合ランキング15位の剣士。力量は同じ剣士のヴィオラに並ぶほどだった。
部隊は敵のプレイヤーを物ともせず、ビリジアン王宮へと迫っていく。途中、何人かのプレイヤーを仲間に引き入れ、作戦は順調に進んでいた。
しかし、それもそのはず。この部隊は味方の中で選りすぐりの人材を集めている。こちらには彼らに次ぐ戦力が存在していなかったのだ。
それに対し、アスールは戦いつつも苦言をこぼす。
「一人一人が強い。先方部隊に戦力を集中させすぎじゃないか?」
「ハリアーもそこまでバカじゃないわ。私たちは私たちの役目を果たしましょう」
何だかんだで、ヴィオラは先輩を信用していた。【エンタープライズ】は巨獣討伐ギルド。対レイドボスに特化した大人数戦のスペシャリストと言える。
そんなハリアーが指揮を取っているのだ。何の策もなしに戦力を集中させるはずがなかった。
ヴィオラを初めとする先鋒部隊が目指すのは、ビリジアン王宮の庭園。この王都でもっと広い空間で、ここを抑えることによって勝利は確定となるだろう。
アスールは回復薬を一気に飲み、再び部隊の支援に戻っていく。勢いは充分。後はアイテムが底を付くまでに進軍できるかどうかだった。
先鋒部隊から少し遅れ、二人のプレイヤーが王都ビリジアンにワープする。一人は【漆黑】のギルドマスター、クロカゲ。もう一人は【ゴールドラッシュ】のギルドマスター、ディバインだった。
彼らは味方の支援に入ることなく、王都で一際高い建物の屋根へと上る。これは、街全体を見渡すためだった。
「彼らは上手くやっているが……ぬう……」
「ディバイン、出ちゃダメだヨ。オレたちの役目はエルドを迎え撃つこト。戦わないのなら戦わない方が良いんダ」
戦闘を行う先鋒部隊を恨めしそうに見るディバイン。ここでも根っからの戦闘狂だ。
しかし、そんな彼をクロカゲが止める。今いる二人が戦いに出てしまったら、最強のプレイヤーであるエルドに対抗できなくなるからだ。
もっとも、二人が戦いに出るまでもない。既に、部隊は目的の王宮庭園を制圧していた。
「ほら、上手くいっただロ。これで、こっちの戦力を直接流し込めるヨ」
「飛空艇とは便利なものだ」
彼らの目線の先に移っていたのは、【漆黑】のギルド本部である飛空艇黑翼。機体は既にビリジアン王宮の真上を飛行しており、ゆっくりと庭園に着陸していく。
全ては作戦通りだ。音を立て、庭園の花壇や噴水を潰しつつも、黑翼は無事に翼を下ろす。瞬間、機体から味方の増援が一斉に溢れ出ていった。
敵の本部であるビリジアン王宮、その玄関横づけで部隊が投入される。こうなってしまえば、敵プレイヤーはどうすることも出来なかった。
先鋒部隊に戦力を集中させた理由。それは、飛空艇から増援を投入するため、広い場所を確保する必要があったからだ。
ワープの魔石を使って宿屋の前から攻め入るよりも、こちらの方が遥かに効率的。見事、ハリアーの作戦は成功となった。