146 因縁の始まり
【ディープガルド】時刻の12時。私たちはワープの魔石を使い、【イエロラ大陸】道楽の街オーピメントに移動する。
昼食を取ったらすぐに砂漠越えね。明日にはガンボージ遺跡の攻略を開始したいから、今日中に幻影沙漠を突破しないと。
でも、私以外のメンバーは急ぐ気がないみたい。
街のレストラン。香辛料で作られたカレーのようなものを食べつつ、ミミとハクシャはお喋りを続ける。
「ROCOというギルド名はハワイで生まれ育った人を意味します。私はハワイが好きなので」
「それならさ、RじゃなくてLじゃね? 正しくはLOCOだろ」
無駄に博識なハクシャにより、【ROCO】というギルドの根本が否定された。このギルドマスター、やっぱりおバカだったのね。
初めて指摘されたのか、ミミは動揺した様子で口をパクパクとさせる。そして、精いっぱいの強がりを言いだす。
「わ………わざとに決まっています……おしゃれです!」
「そうか、良い名前だな!」
笑顔でそう返すハクシャ。この聖人め、裏がない奴は世渡り上手ね。
それにしても、こいつらやる気あるのかしら。シュトラはビスカやイリアスと話してるし、お喋りしに来たわけじゃないのよ。
そろそろ、文句の一つを言おうとした時、お喋りハンマーが私に話しかける。
『ご主人様ボッチですね』
「うるさいわゴルァ!」
机を両手で叩き、私は叫んでしまう。またやっちゃったわね……それもこれも、こいつが変なことを言うから……
これは不味いわ。完全に周囲から変な目で見られてるし、イリアスさんは私のことを心配しているみたい。
「ど……どうしたっすかイシュラっち」
「ごめんなさい。最近、お姉ちゃんの頭がおかしいんです……」
フォローに見せかけて喧嘩を売ってくるシュトラ。よし、こいつは後で殴ろう。
今はそれよりお喋りハンマーね。こう会話の度に口を挟まれたら、こっちのペースが狂わされて仕方ないわ。
私はハンマーを床に打ち付けるが、金属製のこいつに効くわけがない。まったく悪びれる様子もなく、ハンマーは言う。
『ほーら、私のことを話さないからこうなるんです』
「うっさいわね。あんたは切り札なの。今はまだ明かさないわ」
何も持っていない凡骨の私が、唯一持ってる特別な力。それが製作した武器と会話する【万象】のスキルだった。
たとえ仲間でも、こいつの事は絶対に話さない。私は何の力もないプレイヤーの振りをしつつ、いつか大きな事をするんだから。ま、その大きな事については何も考えてないんだけど。
「とにかく、あんたは黙ってなさい。いつか皆にも話すから」
小声でハンマーを注意し、私は作り笑いを浮かべる。そして、周囲に無理のある弁解をしていく。
「ちょっと人が多いところが苦手で……思わずうるさいって言っちゃったわー」
「イシュラ、カルシウムを取れ! 牛乳だ牛乳!」
ハクシャの言うように、私はイライラしすぎなのかもしれない。カルシウムで落ち着くとは思えないけど、やっぱり頭は冷やした方が良さそうね。
この暑い砂漠の街だと、余計にイライラして仕方がないわ。それに加えて、ギルド【IRIS】から遅れているという焦り。晴らすためにはやっぱり前に進むしかない。
とりあえず、目の前にあるカレーを口に入れる。今は焦っても仕方ないし、幻影沙漠の突破方法を考えるしかないわ。
オーピメントの街を出て、私たちはサンビーム砂漠を歩いて行く。
とにかく日差しが熱くして仕方ないけど、モンスターは序盤の雑魚ばかり。一々相手にしてられないから、全部逃げて対処していく。敵も格上の私たちを襲おうとはしないし、進みが速くて助かるわ。
道中、うるさいお喋りハンマーにお仕置きするため、ケットシーのリンゴをけしかけてみる。
こいつ、ハンマーが喋っている事が分かっているのか、積極的に引っ掻いたり噛み付いたりしてるわね。空気が読める子で本当に助かるわ。
『ニャー!』
『や……やめてください! ご主人さま助けてー!』
誰が助けるか、あんたに必要なのは自重よ。私はリンゴによって揉みくちゃにされるハンマーを満足げに観察する。
「ざまーみろ、お喋りハンマー!」
「お姉ちゃん……」
シュトラたちに変な目で見られるけど、今は我慢よ我慢。いつか【万象】の力で皆をぎゃふんと言わせてやる。その為にも、お喋りハンマーの調教が必要なのよ。
気が済んだところで、ハンマーを回収する。さーて、あと少し歩いたら幻影沙漠、モンスターのレベルも一気に上がるから注意しないとね。
サンビーム砂漠の幻影地帯。砂嵐が吹き荒れ、幻影の風景が見えるフィールドね。
この砂漠を突破するのが面倒だから、ガンボージ遺跡の攻略はあまり進んでいない。本気で進むなら、数週間は街に戻らない事を考えないといけないわ。
ワープの魔石は街にしか対応してないから、一度街に戻ったらまた砂漠越え……本当、何でこんな場所にダンジョン作ったのよ。
この幻影沙漠を突破する方法は既に調査済み。街で買ったコンパスを頼りに、ひたすら真っ直ぐ進めば良いだけだった。
見えるものは幻影だから無視。砂嵐は大変だけど、仲間とさえ離れなければ問題ないわね。幸い、モンスターはほとんど出てこないから、本当に越えるだけのフィールドみたい。
「コンパスに従えば余裕よ余裕。あんたたち、逸れちゃダメよ」
「あ、燃料の石炭買い忘れたっす! 帰って良いっすか?」
はぁ……!? 砂嵐をもろに受けつつ、イリアスがとんでもない事を言い出す。
ちょっと、まだ入ったばっかなんだけど……石炭が無いんじゃ、あんたロボット動かせないじゃない! タンクの機能が停止するじゃない!
バカすぎる……私が文句を言おうとした時、今度はミミとビスカが騒ぎ出す。
「……? このコンパスという物は何を意味しているのでしょう? 針の方向に遺跡があるのでしょうか?」
「さ……砂漠はダメ……水……水……水……」
明後日の方向へ行こうとするミミをハクシャが止め、砂の上に膝を落とすビスカをシュトラが介保する。ダメだこれ……こんなんじゃ真面にダンジョンを進むなんて無理よ……
ハクシャはこのありさまに爆笑する。まあ、笑うしかないでしょうね。
「ハッハッハッ! イシュラ、このパーティーヤバいな!」
「全く笑えないわよ!」
まだダンジョンにも到達していないのに、一度目の攻略は失敗ね。私たちはミミとビスカを引きずりつつ、砂嵐の当たらない方へと引き返した。
こんなんじゃ先が思いやられるわ……とにかく、丁度近くにオアシスがあるからそこで作戦会議ね。サンビーム砂漠の中央にあるナルシスの泉。ここなら、多分石炭も買えるでしょう。
やっぱり、生産職を戦わせるのは無理があるのかしら。私一人頑張ったって、何の意味もないじゃない……
幻影地帯から少し歩き、私たちはナルシスの泉で休息を取る。
イリアスは石炭の入手に行き、ミミはテントで販売されてる果物や野菜に真剣みたい。バカから目を離すと怖いから、それぞれにシュトラとハクシャを同行させた。
私はNPCのビスカと行動。彼女は泉を見ると、その前で上衣を脱ぎ捨てる。まさかこいつ……
「わあい! みっずだー!」
「ちょ……」
ビスカが池に飛び込み、あたりに水しぶきが巻き上がった。猫のリンゴはその水を被り、『フニャー!』と鳴き声を上げる。こいつもいい迷惑ね……
ナルシスの泉を悠々と泳ぐビスカ。その時、私は不自然な点気付いた。こいつ、あまりにも泳ぐのが早すぎる。明らかに人間の速さじゃない。
彼女の姿を観察すると水の中に見える下半身。それは、本当に人間の物とは異なっていた。
「さ……魚ー!?」
「人魚です。人魚の街セレスティアル出身ですので」
泳ぎを止め、こちらを見るビスカ。尾びれのある魚のような下半身はまさに人魚の物だった。
ギルド【IRIS】の奴ら、こんな隠し玉を用意していたのね。NPCの他種族とも仲良しって、どんだけチートギルドなのよ。
まあ、私には関係ないわ。こいつが人魚であろうと何だろうと、攻略に協力してくれるって言うのなら何だっていい。
「ふーん、人魚が砂漠なんて越えれるの? 大の苦手でしょ?」
「い……行けます! 行かせてください! 初めは興味本意でしたが、ここまで来たら頑張りたいです!」
NPCは私たちプレイヤーと違って、死んだらそこでお終い。同じキャラクターが新たに生成されるけど、消えた本人は蘇らない。
こんな奴を本当に連れて行っていいのかしら……やる気でどうこう出来る問題じゃないでしょ。
「でも、死なれたら気分悪いし……」
『ご主人様! 私からも頼みます! 同じNPCとして、彼女の気持ちが分かるんです!』
ハンマーがいきなり熱血口調で参入する。いや、ビスカもハンマーに気持ちを分かってほしくないでしょ……だって、あんた無機物じゃない。
まあ、それはそれとして、こいつもこう言ってるし連れていくか。いざとなったら、このハンマーを盾にすればいいや。
「分かった。ただし、死ぬんじゃないわよ」
「わあい! ありがとうございます!」
泉から飛び出し、ビスカは私の手を握る。ひたひたに濡れてるからちょっと不快……でも、感謝の気持ちは伝わったわ。
さーて、充分休息したし、そろそろ攻略を再開ね。今度こそ幻影沙漠を突破して、レンジの奴を見つけてやるんだから!
私がそう決意を固めた時だった。
この泉に訪れたことによって、新たな機転が生まれてしまう。ある人物と私たちは出会ってしまったから……
「人魚……いえ、失礼。珍しかったのでつい……」
珍しいものを見るような顔で、一人のプレイヤーがビスカを見る。でも、失礼だと思ったのか、すぐに謝罪をして視線を逸らした。
学者のような服装をした眼鏡の男。ジョブは錬金術師かしら。彼は眼鏡のズレを直し、私たちの前へと歩いてくる。
「セレスティアルから遥々ようこそ。砂漠の大陸は不慣れでしょう」
「はい、でも大丈夫ですよ。頑張りますよ!」
こいつ、初めて会ったのにペラペラ喋るわね。馴れ馴れしい性格なのかしら。
でも、悪い奴じゃなさそう。結構年上のプレイヤーだけど、誠実そうで嫌な印象は受けないわね。
こいつに疑う部分なんて何一つない。でも、ここでお喋りハンマーがいきなり騒ぎ出す。いったい、何が気に食わないって言うのかしら。
『ご主人様……この人、何か嫌です……怖いです……』
「何が怖いのよ。唯のおっさんじゃない……」
口ではそう言うけど、確かに怪しいかも。ケットシーのリンゴは全身の毛を逆立て『フー……!』と威嚇していた。
握ったハンマーから震えが伝わる。まるで、こいつと精神が繋がっているかのように、次第に恐怖心が芽生え始めた。
そんな私をビスカと男は不思議そうに見る。また、変な人に思われちゃうわね……ほんと、ハンマーの奴は何をさせたいのかしら。
「あんた……何者なの……」
「しがない砂漠の錬金術師ですよ。仮想空間の研究をしています」
再び眼鏡のズレを直し、錬金術師は私の質問に答える。何者かと聞かれて名乗らない事が、私の恐怖心を確信へと変えた。
すぐに、ビスカとリンゴを抱き寄せる。そして震えるハンマーを思いっきり握りしめた。
当然、戦闘なんてする気はないわ。これは念を入れた警戒よ。何事もなく終わってくれるなら、それが一番良いの。お願いだから、このまま退いて……
私に警戒されたことを悟ったのか、男は残念そうに頭を下げる。物腰は紳士な男性で、やっぱりこいつに疑う余地なんて何一つなかった。
「申し訳ございません。いきなり話しかけて怖がらせてしまいましたね。では、そろそろお暇させてもらいます」
本当に偶然私たちに会ったのか、錬金術師は何もせずに姿を消す。もしかして、私の勘違いだった……? お喋りハンマーの奴、無駄にあの人を傷つけちゃったじゃない。
でも、怪しいのは事実だったわね。結局、何者だったのかしら……
そうこうしているうちに、ハクシャやシュトラたちがこちらへと戻ってくる。色々あったけど、これでようやく冒険再開ね。
私たちの行動は、【ディープガルド】の命運とは関係ないと思ったけど……少しづつ、大きな因縁に巻き込まれていると感じてしまった。