145 マイナーパーティー
ギルド【IRIS】がレンジとの接触に動かないと決まり、私にとって大きなチャンスが訪れる。
ずっと置いてきぼりだったけど、ここで動けばあいつらに借りを作ることが出来るわ。敵が【ダブルブレイン】ってわけじゃないし、実力だって充分足りてる。
あとはシュトラとハクシャを説得するだけね。ギルド支店から出た私は、一緒に歩く二人に話しを持ちかける。
「今から【イエロラ大陸】、ガンボージ遺跡に行くわ。レンジを見つけましょ」
当然、シュトラもハクシャも目を丸くした。
「無理だよ! 無理無理無理! だから私たち、三人しかいないんだって!」
「イシュラ、お前は相変わらず滅茶苦茶だな」
まあ、流石にこの人数でダンジョン攻略に動いてくれないでしょうね。でも、レンジの奴は今、一人で行動を行っている。そんなあいつに私は負けたくない。
人数が足りないっていうなら無理にでも補うわ。私たちは【エンタープライズ】のメンバー。弱小ギルドの【IRIS】と違って、協力者はいくらでもいるのよ。
「じゃ、適当に【エンタープライズ】から誰か連れてくる? アパッチとか」
「アパッチさんはハリアーさんのサポートだよ。明日は大事な戦いなんだから、誰も協力してくれないよ!」
あー、そう言えばあったわねビリジアン奪還作戦。ギルドマスターのハリアーが指揮官だから、当然他メンバーは全員参加でしょうね。
【ダブルブレイン】との大きな戦い。たぶんフルメンバーで動くから、【漆黑】も【ゴールドラッシュ】も行動不能か。まあ、その二つのギルドにコネなんてないんだけど。
「やっぱ、三人で行くわ」
「だから無理だよ……」
改めて言ってもダメだった。こうなったら無理やり引きずっていくか、私一人で行くしかないわね。
でもそう言えば、ハリアーの奴に考えて行動することを説かれてたっけ。焦って暴走するのはダメよ。あんまり頭良くないけどちゃんと考えて……
「仲間が足りないのですね。ならば、私にお任せください!」
突然、聞き覚えのない声が私の耳に響く。
声の主は貝殻の髪飾りを付けた年上の女。猫型のモンスター、ケットシーを抱きかかえていて、プレイヤーじゃないNPCみたい。
まったく見覚えがないわね。シュトラもハクシャも、こいつの知り合いじゃないみたい。どっちも完全に呆けてるわ。
とりあえず誰かを聞く。話はそれからよ。
「えっと、誰?」
「ギルド【IRIS】の受付嬢。ビスカと申します」
ふーん、あいつらNPCを雇ってたんだ。いっちょ前に巨大ギルドの真似事をしてるじゃない。
多分、こいつもレンジを探してほしいんでしょうね。王都ビリジアンから逃げてきて、暇してるってのもあるんだろうけど。
でも、NPCは基本役立たずなのよね。護衛依頼で時々強い奴とチームを組む時もあるけど。
「協力は嬉しいけど、NPCじゃねー」
「さ……サポートなら出来ます! それに、協力者に心当たりがありますよ!」
ギルド【IRIS】は顔が広いから、プレイヤーに知り合いがいるわけか。じゃ、お言葉に甘えるしかないわね。
でも、他のギルドは王都の奪還に行っちゃうし、本当に協力者なんているのかしら。ま、期待はしない方が良いって事でしょう。
私たちはステラとケットシーの後に続く。NPCとの協力攻略なんて、随分珍しい流れになっちゃったわ。
街の外れ、ギルド【漆黑】の飛空艇が停泊するシエナ平原。そこに何人ものNPCが集まっていた。
こいつらは歯車の街テラコッタの技術者ね。ギルド【漆黑】と協定を結び、飛空艇の修理を行っていたみたい。
そんなNPCに向かって、演説をするプレイヤーが一人。ターバンを巻いた胡散臭い男で、ジョブは商人かしら。
このジョブを選んだ奴をハッキリ見たのは初めてかも。符術師に匹敵するほどマイナージョブね。
彼はこちらに気づくと、NPCへの演説を終えてこちらに走る。どうも、ビスカの知り合いらしいわ。
「なんや、ビスカやん。どないした?」
「ちょっと協力してほしいのです」
まさか、こいつが協力者? 商人なんて役に立つの? アイテムを使うジョブとは聞いてるけど、動きが全く分からないわね。
それ以前に誰なのよこいつ。なんでNPCに演説してるのよ。私より先に、ハクシャが疑問をこぼす。
「誰だこいつ」
「情報掲示版ギルド【7net】、ギルドマスターヒスイさんです」
なるほどね。生産職のこいつだったら、明日の作戦には参加しない。自由に行動出来るってことか。
そう言えば、ヴィオラたちはこいつと一緒に行動していたわね。当然、連れてこられたビスカも知り合いって事か。
彼女は毒舌を吐きつつ、ヒスイに協力を促す。
「暇そうですので、ガンボージ遺跡の攻略に協力してください」
「はあ!? 暇じゃないわ! めっちゃ【交渉】しとるやんけ!」
あれNPCとの【交渉】だったんだ。世界の危機を訴える怪しい演説かと思ったわ。
そう言えば、ハリアーの奴が言っていたわね。レンジの奴がNPCとの交渉計画を考えているって。
こいつ、本気でNPCを一つにして【ダブルブレイン】への対抗策にするつもりなのかしら。そもそも、レンジの思想をどのタイミングで聞いたのか。微妙に引っかかるけど、まあどうでも良いわ。
ヒスイは頭を抱えながら、飛空艇の影で休む一人のプレイヤーに視線を向ける。
「NPCに【ダブルブレイン】の危険性を説く。まったく、えらいこっちゃやで……ミミやんは全く使えんし……」
「恐縮です」
「無駄に正しい言葉の使い方すな!」
突っ込みを受けたミミという女性が、こっちに向かって歩いてくる。麦わら帽子を被った私より年上の女性。鍬を背中に背負ってるし、ジョブは農家でしょうね。こっちもマイナージョブ。
キリリとして頭が良さそうだけど、扱いは完全にボケポジションね。ビスカがこいつの説明をする。
「彼女は生産市場ギルド【ROCO】、ギルドマスターのミミさんです」
「よろしくお願いします」
仕事が出来そうな印象だけど、使えないのね……
候補はどちらもギルドマスターだけど、正直心配すぎるわ。せめて、もう一人まともな奴が欲しいところ。
私がそんなことを考えていると、ビスカなぜかほくそ笑む。
「今、まともな人が欲しいと思いましたね? 安心してください。もう一人まともな人がいますよ」
「ミミっちー!」
彼女がそう言うと、こちらに向かって一人の機械技師が走ってくる。赤毛で褐色肌の女性で、頭にゴーグルを装備。歳はミミさんと同じぐらいかしら。確かに、雰囲気はまともそうかしら。
ゴーグルの女性は私たちに頭を下げ、軽いノリで自己紹介を行う。
「【ROCO】のメンバー、イリアスっす。レンジくんの師匠っすよ」
「師匠と言っても生産の方ですけどね」
その自己紹介に対し、ビスカは付け加える。生産の方の師匠じゃ、攻略には全く関係ないわね。生産市場ギルドのメンバーじゃあまり期待できないわ。
でも、ギルドマスター二人よりは真面に動けるでしょう。そもそも、私たちの誘いが断られるかもしれないんだし。
ビスカは私たちの目的を三人に説明する。さて、何人付いてきてくれるかしら。
「実はレンジさんを探すために、ガンボージ遺跡の攻略を行ってほしいのです」
「れ……レンジやん!? ぎょわー! 知らん! 知らん! 知らん! わいはなんも知らんでー!」
説明を聞いた途端、なぜか【7net】のヒスイが走り出す。まるで、不都合なことがあったから逃げるかのように……
こいつ、絶対何か知ってるわね。絶対レンジと繋がってるわね。
暴力で問い詰める事も出来たんだけど、【7net】を敵に回したくないから止めておく。そもそも、私の目的は暇つぶしだから、レンジ自身はどうでも良いのよね。
「何なんっすかね……」
「さあ……」
逃げ出すヒスイをイリアスとシュトラは唖然とした表情で見つめる。そんな二人とは対照的に、ハクシャとミミはポーカーフェイスを決めていた。
ハクシャはバカそうに見えて鋭いし、ミミは全く考えが読めない。やっぱ、私が警戒しなきゃならないのはこの二人ね。
私の好きにメンバーを動かすためには、上手く仲間を出し抜かないと……
ヒスイが逃げだし、私、シュトラ、ハクシャ、ミミ、イリアス。それにNPCのビスカと、ケットシーのリンゴが揃う。戦闘職はハクシャのみ、他はだいたい生産っていう偏ったパーティーね。
それに、一番戦えそうな【7net】のヒスイを逃がしちゃったのは残念。結果的に女だらけになっちゃったわ。
シュトラとビスカは早くも打ち解け、二人で現状を話していく。
「ヒスイさん、協力してくれないみたいですね」
「仕方ないでしょう。残ったメンバーで頑張るしかありません!」
『ニャー!』
ビスカとリンゴ、やる気充分なのは分かるけどNPCじゃね……特に後者の猫。
今一番期待してるのは機械技師のイリアス。彼女は私たちを見渡し、その人数を確認していく。
「ま、五人と一匹いれば充分っすね」
「六人と一匹です」
誰か一人を頭数に加えなかった彼女をミミが否定する。どうも、ギルドマスターが一緒に来ることを想定していなかったみたいね。
でも、ミミの奴は同行する気満々みたい。自分の意思を示すかのように、再び人数を念押しする。
「六人です。私も行きます」
「なななっ……何でミミっちが! どういう風の吹き回しっすか!」
よっぽど驚きなのか、イリアスは完全にテンパってる様子。
まあ、最弱で生産特化の農家がダンジョン攻略なんて、驚くのも無理ないか。一応、他ゲームで言うドルイドの役割を持ってるらしいけど、それでもイメージが湧かないわ。
そんな戦わないこいつが、何でいきなり同行を決めたのか。
「人を探しています。もう一度会って、しっかりと話しを聞きたいのです」
そう、ミミは打ち明ける。言い方からして、その探し人はレンジじゃないみたい。
誰かは知らないけど、【イエロラ大陸】に行けば会えるという事かしら。ハクシャがその詳細を問う。
「【イエロラ大陸】に行けば会えるのか?」
「恐らくですが、彼は遺跡を見るのが日課だったので」
遺跡マニアの謎プレイヤー。特に心当たりはないわね。
別にこいつの目的なんてどうでも良いわ。今必要なのは戦力よ戦力。戦えなかった何の意味もないわ。
「って言うか、あんたたち戦えるの? 特に農家!」
「ミミっちは一応ヒーラーっす。あと、私はレンジくんと同じタンクっすね。戦闘スキルは育ててないから、ロボットの耐久力命っす」
やっぱ、戦闘スキルの強化はなしか。ま、私も半分は生産スキルを育ててるから人のこと言えないけど。
それにしても、ミミの奴はヒーラーか。パーティーバランスを考えると有難いんだけど、この重要ポジションをこいつ一人に任せていいのか……
「私とハクシャがアタッカーで、シュトラはバッファー。奇跡的にバランスは取れているけど……」
「回復サポートなら私も行えますよ!」
NPCのビスカもサポートできるみたい。こっちの方がまだマシね。
人数も揃ったし、何だか行けそうな気がして来たわ。レベルを確認する限り、ミミもイリアスも私たちより高レベル。戦闘経験が薄いことに目をつぶれば、完璧なパーティーと言えるわね。
だけど、シュトラだけは不満げみたい。一人でさっきから唸ってるけど、どうしたのかしら。
「うーん……」
「どうしたのシュトラ」
「このメンバーだと、私の影が薄くなっちゃうな……」
「むしろ、あんたが消えないメンバーを聞きたいわね」
こいつ、本当にオチ担当にしかならないわね。地味に一番心配なのかもしれないわ。
信用できるのはハクシャだけか。まあ、バカとハサミは使いようだし、こいつを上手く使えば全然余裕よ。
幻影沙漠のピラミッド、ガンボージ遺跡。ようやく、ゲーム後半のダンジョンに参入よ。
どんなモンスターだって、ボコボコにしてやるんだから!