144 私のターン!
今日は水曜日。私、イシュラは歯車の街テラコッタで武器作りに没頭する。
同じ元ヴィルパーティーのシュトラとハクシャに加え、ギルド【IRIS】のリュイとルージュ。合計5人で【エンタープライズ】のギルド支部に集まり、ただ静かに待機するしかなかった。
それもこれも、レンジとアイのバカコンビが【漆黑】から離反し、どっかに消えちゃったのが原因ね。レンジの方はログインしているみたいだけど、コンタクトの魔石を通信拒否して一人で活動しているみたい。ほんと、何考えてるんだか。
あれから3日、ようやく私たちに機転が訪れる。
ギルド【ROCO】と【7net】の実力者を集め、【IRIS】の残りメンバーがテラコッタに到着したの。
そんな彼女たちを出迎えたのは、ギルド【漆黑】の幹部であるフウリン。彼女はレンジとアイが消えるまでの経緯をヴィオラに説明する。まあ、当然口論になるわね。
「そういうわけだかラ。レンジもアイもいないヨ」
「分け分かんないわ! 最強ギルドの【漆黑】が付いていながら、なにボケボケしてんのよ!」
「アイヤー、私に言われても困るヨ。今までは大人しかったんだシ」
うるさい。とにかくうるさい。私は静かに武器作りを勤しみたいのに……
そもそも、こんな狭くて簡易的なギルド支店に、これ以上の人数が集まるのが無理ってものよ。【エンタープライズ】は大規模ギルドだけど、そこまで人数に特化されてるわけじゃない。なにより、この場所も私たちだけで使ってるわけじゃないんだから。
騒ぐヴィオラを生真面目なリュイが宥める。こいつ、私より年下の癖に本当に人が出来てるわね。
「ヴィオラさん、フウリンさんを責めても仕方ありません。少し落ち着いてください」
「分かってるわよ……」
「やれやれ」っていう感じのアスールに、ケットシーのリンゴと遊んでいるノラン。一気に人数が増えて、私たち元ヴィルパーティーも若干混乱気味ね。
まあ、あいつらがどんな都合があろうと、こっちには関係ないわ。レンジたちが消えたのに、このヴィルパーティーは全く関わっていないんだから。
「賑やかになってきたね」
「そうだな。レンジがいないのが残念だけどな」
シュトラはお気楽だけど、ハクシャは結構心配してるみたい。ほんと、無駄に友情に熱いんだから。善意なのは分かるけど、鬱陶しいと言えば鬱陶しいわ。
それに加えて、無駄に鋭いところもあるのよね。私が何かを知っていると感づいたのか、こんな事を聞いてくる。
「イシュラ、お前はレンジから何か聞いてないか?」
めんどくさい。あるって言えばあるけど、適当なこと言っとこ。
「べっつにー、あいつの事なんて知らないわよ」
『ご主人様、ナチュラルに嘘を付きますね』
会話に入ってきたわね。お喋りハンマー。
こいつの相手をしてると不審者扱いされるからスルー安定よ。そもそも、ここでレンジの様子がおかしかった事を伝えても、肝心の居場所が分からないし。議論しても無駄ってものね。
せめて、情報が欲しいところよ。なんか、都合よく情報持った奴が来れば……
「はーい! そんな貴方がたに朗報です!」
「あーもう、唯でさえ狭いのにまた変な奴が……」
二股帽子をかぶり、頬に星のマークのメイクをしたプレイヤーが現れる。こいつは確か、【漆黑】の諜報員、マーリックだったかしら。何度もギルド【IRIS】をサポートしてきたと聞いているけど、今日初めて会ったわね。
見た目は怪しさマックスだけど、それは道化師だからという事にしときましょう。まあ、一応信用できる奴みたいだから、話しは聞いてみるか。
「実はですね……ギルド【漆黑】メンバーの一人が、【イエロラ大陸】のガンボージ遺跡でレンジさんを目撃されたようです」
「【イエロラ大陸】!? 何で今さら……」
まあ、ヴィオラが驚くのも無理ないか。レンジたちは以前に【イエロラ大陸】を訪れていて、街は全て周っているんだから。
しかも、目撃された場所は幻影の砂漠を超えた先にあるピラミッド、ガンボージ遺跡。【イエロラ大陸】は序盤でも行ける大陸だけど、このダンジョンだけは第一階層から難易度が高く、ある程度進んでから再び訪れないと入れないダンジョンね。
唯でさえ過疎り気味の【イエロラ大陸】に加え、砂漠を越える面倒さ。最悪の立地もあって、文句なしの不人気ダンジョンでしょうね。こんな場所で攻略してるのって……
「レンジ、何で私たちを避けてるの……アイちゃんも一緒なのかしら」
「避けてるなら、俺たちが行く必要はないな。何か考えがあるんだろう」
心配するヴィオラに、全く心配していないアスール。ギルドマスターなのに情けないわね。あんた以外はレンジとアイの事を信じてるって顔よ。
でもまあ、こういう奴が一人いた方がバランス取れているのかも。全員仲間を信じていたら気持ち悪いってレベルじゃないわ。宗教よ宗教。
ギルド【IRIS】の絆は本物。だけど、その絆が揺らぐ事実があった。それが、マーリックの口から明かされる。
「後、もう一つ不可解な報告が。目撃者が言うには、レンジさんの容姿が以前と異なっていたようです」
「容姿?」
「どうやら、猫耳バンドを装備していなかったらしいですよ」
うわ、どうでも良いー。あいつは相当【状態異常耐性up】を鍛えているし、今取り外しても全く問題ないじゃない。何がどう不可解なのか聞きたいわね。
でも、ギルド【IRIS】の奴らは辛辣な表情をしているみたい。その理由を丁寧にルージュが説明してくれる。
「なっ……! 猫耳バンドはアイとレンジの友情の証だぞ……! なぜそれを取り外している!」
ああ、そういう意味があったのね。まったく、いちゃいちゃいちゃいちゃ……うっざ……
ま、私には関係ないけどー。どうぞご自由にいちゃいちゃしていれば良いんじゃない? どうせゲーム上で発展した恋なんて先が短いしー。すぐに崩壊するわよ。絶対する。
実際、今猫耳バンドが取り外されたことがその前兆。もしくはすでに崩壊してしまったのかもしれない。
「友情がブチ壊れたのかもしれないな」
「ちょっとアスール。どういう意味よ」
「そのままの意味だ。どうにもきな臭くて仕方ないんだよ」
アスールはホモだから、レンジは信じてもアイの事は信じていないようね。口の悪い彼をヴィオラがムッとした表情で睨む。これは空気読めない発言をしたアスールが悪いかしら。まあ、こいつの言い分も分かるけど。
そんな二人をノランとルージュが叱りつける。今は喧嘩をしている場合じゃないって事ね。
「もう! ヴィオラちゃんもアスールくんも喧嘩しちゃダメ! ルージュちゃんも見てるんだよ! ぷんぷん!」
「そ……そうだぞ……! ボクも見ているんだ!」
自分で言うな。っと、心の中で突っ込んでおく。下手なことを言ったら巻き込まれるから、絶対口には出さないけど。
アスールはぶれない態度のまま、ベレー帽に手を乗せる。こいつ、相変わらず厨二病を患っているわね。
「とにかくだ。俺は明日に控える王都ビリジアンの奪還に参加する。ヴィオラ、お前の先輩であるハリアーが作戦の指揮官らしいが、それでも付き合う気はないのか?」
「誰も付き合わないなんて言ってないわよ。良いわ。レンジとアイちゃんは二人の意思に任せる。私たちは私たちで行動しましょう」
ギルドマスターの決定により、ギルド【IRIS】の方向性は決まったみたい。そっか、レンジとアイは放置って事ね。ま、別に良いけど。
避けて行動してる奴に会っても仕方ないから、結論は最初から出ていたのかも。ヴィオラの答えを聞くと、ずっと黙っていたフウリンが動き出す。
「決まったネ。じゃあ、私はクロカゲに報告してくるかラ」
両手を合わせ、中華風の女性は頭を下げる。そして、私たちに背を向け、このギルド支店を後にした。
さーて、こいつらの事はどうでも良いけど、私はどうしようかしら。一応、ヴィオラたちが来るのを一緒に待っていたけど、待ったところで何も切り開けなかったわね。
お喋りハンマーは、主人である私に判断を求める。あんたは動けないんだから、聞いたところで意味ないでしょ。
『ご主人様、この人たちはこの場の指示に従うみたいですよ。私たちはどうしましょう?』
「ノープランで」
ハクシャとシュトラもいるし、私が勝手に動いても仕方ないわ。まあ、必要なら無視して一人で動くけど。
とにかく、一つ言える事はこんな場所に居ても息が詰まるって事。私はとにかく自由にのびのびと行動したい。だから、待機ってのはまずあり得ないわ。
【イエロラ大陸】か……ちょっと興味が湧いて来たわね。
とあるVRMMO、とある仮想空間。そこに一つの家があった。
豪華な装飾に、豪華な家具。そこは何一つ不自由のない恵まれた空間。しかし、そこに住まうのは、この贅沢に不相応な一人の少女だった。
少女はもう高校生。しかし、彼女の周りに置かれているのは、積木にままごとセット、ぬいぐるみに着せ替え人形……ここはまるで子供部屋だった。
「うーさーぎーおーいし、なーのーやまー……」
少女、アイは一人で歌い、首を横に倒す。
「また独りぼっちになっちゃいました」
今、彼女がいる場所は彼女の暮らす家。仮想空間内だが、彼女は生まれも育ちもずっとこの家だった。
この家で意思を手に入れ、この家で実態を手に入れ、この家で自分を認識した。この場所こそが彼女にとっての現実だった。
10年前、アイはこの場所で一人の男と出会った。彼は少女に意思を与え、実態を与え、そして自己認識を与えた……
「こんにちはアイさん。お邪魔しますよ」
「お父さん、お姉さん」
少女の前に現れたのは、黒いスーツを身に纏った外国人と、【ディープガルド】のログイン空間に現れる女性。前者がアイの父であり、後者が姉と言える存在だった。
アイは人間だ。生身の肉体は確かに存在している。しかし、それを動かし、認識できるかどうかはまた別問題だ。
スーツの男、Dr.ブレインは試みていた。この少女に現実を与えることに成功すれば、人類の進化は更なる高みへと到達すると……
「獲物を逃がした。そんな顔をしていますね」
「えへへ……バレちゃいましたか」
彼に図星を言われたが、アイは笑ってごまかす。もっとも、知られたところで問題はない。Dr.ブレインは、アイがゲーム上で行う行動を全て遊びと見ているのだから。
また、姉に知られたところでこちらも問題はない。彼女は【ディープガルド】を管理する存在、プレイヤーの行いに対して一切の口出しは許されなかった。
『アイさん……また瞳が曇ってしまいましたね』
「PC、彼女はまだ進化の途中です。焦らず、その成長を見守ればいいんです。やがて、必ず現実を取り戻すはずですから」
PCと呼ばれた女性は視線を伏せる。そんな二人のやり取りをアイは真っ黒い瞳で見つめていた。
彼女の心の内は、父や姉に対する敬意などではない。どす黒く、憎しみのこもった不の感情だ。
「精々、余裕をかましている事です。私の目的が達成された暁には、真っ先に殺す……」
誰にも聞こえないよう。小声で少女は呟く。
大国愛、人間にもNPCにも成れない存在。彼女はただ真っ黒い感情を募らせ、世界の混沌を望む。
美しく咲き誇る悪。ただそれだけを目指して、少女は【ディープガルド】に身を投じるのだった。