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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
三十八日目~四十二日目 ガンボージ遺跡
144/208

144 私のターン!

 今日は水曜日。私、イシュラは歯車の街テラコッタで武器作りに没頭する。

 同じ元ヴィルパーティーのシュトラとハクシャに加え、ギルド【IRISイリス】のリュイとルージュ。合計5人で【エンタープライズ】のギルド支部に集まり、ただ静かに待機するしかなかった。

 それもこれも、レンジとアイのバカコンビが【漆黑しっこく】から離反し、どっかに消えちゃったのが原因ね。レンジの方はログインしているみたいだけど、コンタクトの魔石を通信拒否して一人で活動しているみたい。ほんと、何考えてるんだか。


 あれから3日、ようやく私たちに機転が訪れる。

 ギルド【ROCOロコ】と【7net(セブンネット)】の実力者を集め、【IRISイリス】の残りメンバーがテラコッタに到着したの。

 そんな彼女たちを出迎えたのは、ギルド【漆黑しっこく】の幹部であるフウリン。彼女はレンジとアイが消えるまでの経緯をヴィオラに説明する。まあ、当然口論になるわね。


「そういうわけだかラ。レンジもアイもいないヨ」

「分け分かんないわ! 最強ギルドの【漆黑しっこく】が付いていながら、なにボケボケしてんのよ!」

「アイヤー、私に言われても困るヨ。今までは大人しかったんだシ」


 うるさい。とにかくうるさい。私は静かに武器作りを勤しみたいのに……

 そもそも、こんな狭くて簡易的なギルド支店に、これ以上の人数が集まるのが無理ってものよ。【エンタープライズ】は大規模ギルドだけど、そこまで人数に特化されてるわけじゃない。なにより、この場所も私たちだけで使ってるわけじゃないんだから。

 騒ぐヴィオラを生真面目なリュイが宥める。こいつ、私より年下の癖に本当に人が出来てるわね。


「ヴィオラさん、フウリンさんを責めても仕方ありません。少し落ち着いてください」

「分かってるわよ……」


 「やれやれ」っていう感じのアスールに、ケットシーのリンゴと遊んでいるノラン。一気に人数が増えて、私たち元ヴィルパーティーも若干混乱気味ね。

 まあ、あいつらがどんな都合があろうと、こっちには関係ないわ。レンジたちが消えたのに、このヴィルパーティーは全く関わっていないんだから。


「賑やかになってきたね」

「そうだな。レンジがいないのが残念だけどな」


 シュトラはお気楽だけど、ハクシャは結構心配してるみたい。ほんと、無駄に友情に熱いんだから。善意なのは分かるけど、鬱陶しいと言えば鬱陶しいわ。

 それに加えて、無駄に鋭いところもあるのよね。私が何かを知っていると感づいたのか、こんな事を聞いてくる。


「イシュラ、お前はレンジから何か聞いてないか?」


 めんどくさい。あるって言えばあるけど、適当なこと言っとこ。


「べっつにー、あいつの事なんて知らないわよ」

『ご主人様、ナチュラルに嘘を付きますね』


 会話に入ってきたわね。お喋りハンマー。

 こいつの相手をしてると不審者扱いされるからスルー安定よ。そもそも、ここでレンジの様子がおかしかった事を伝えても、肝心の居場所が分からないし。議論しても無駄ってものね。

 せめて、情報が欲しいところよ。なんか、都合よく情報持った奴が来れば……


「はーい! そんな貴方がたに朗報です!」

「あーもう、唯でさえ狭いのにまた変な奴が……」


 二股帽子をかぶり、頬に星のマークのメイクをしたプレイヤーが現れる。こいつは確か、【漆黑しっこく】の諜報員、マーリックだったかしら。何度もギルド【IRIS(イリス)】をサポートしてきたと聞いているけど、今日初めて会ったわね。

 見た目は怪しさマックスだけど、それは道化師ジェスターだからという事にしときましょう。まあ、一応信用できる奴みたいだから、話しは聞いてみるか。


「実はですね……ギルド【漆黑しっこく】メンバーの一人が、【イエロラ大陸】のガンボージ遺跡でレンジさんを目撃されたようです」

「【イエロラ大陸】!? 何で今さら……」


 まあ、ヴィオラが驚くのも無理ないか。レンジたちは以前に【イエロラ大陸】を訪れていて、街は全て周っているんだから。

 しかも、目撃された場所は幻影の砂漠を超えた先にあるピラミッド、ガンボージ遺跡。【イエロラ大陸】は序盤でも行ける大陸だけど、このダンジョンだけは第一階層から難易度が高く、ある程度進んでから再び訪れないと入れないダンジョンね。

 唯でさえ過疎り気味の【イエロラ大陸】に加え、砂漠を越える面倒さ。最悪の立地もあって、文句なしの不人気ダンジョンでしょうね。こんな場所で攻略してるのって……


「レンジ、何で私たちを避けてるの……アイちゃんも一緒なのかしら」

「避けてるなら、俺たちが行く必要はないな。何か考えがあるんだろう」


 心配するヴィオラに、全く心配していないアスール。ギルドマスターなのに情けないわね。あんた以外はレンジとアイの事を信じてるって顔よ。

 でもまあ、こういう奴が一人いた方がバランス取れているのかも。全員仲間を信じていたら気持ち悪いってレベルじゃないわ。宗教よ宗教。

 ギルド【IRISイリス】の絆は本物。だけど、その絆が揺らぐ事実があった。それが、マーリックの口から明かされる。


「後、もう一つ不可解な報告が。目撃者が言うには、レンジさんの容姿が以前と異なっていたようです」

「容姿?」

「どうやら、猫耳バンドを装備していなかったらしいですよ」


 うわ、どうでも良いー。あいつは相当【状態異常耐性up】を鍛えているし、今取り外しても全く問題ないじゃない。何がどう不可解なのか聞きたいわね。

 でも、ギルド【IRISイリス】の奴らは辛辣な表情をしているみたい。その理由を丁寧にルージュが説明してくれる。


「なっ……! 猫耳バンドはアイとレンジの友情の証だぞ……! なぜそれを取り外している!」


 ああ、そういう意味があったのね。まったく、いちゃいちゃいちゃいちゃ……うっざ……

 ま、私には関係ないけどー。どうぞご自由にいちゃいちゃしていれば良いんじゃない? どうせゲーム上で発展した恋なんて先が短いしー。すぐに崩壊するわよ。絶対する。

 実際、今猫耳バンドが取り外されたことがその前兆。もしくはすでに崩壊してしまったのかもしれない。


「友情がブチ壊れたのかもしれないな」

「ちょっとアスール。どういう意味よ」

「そのままの意味だ。どうにもきな臭くて仕方ないんだよ」


 アスールはホモだから、レンジは信じてもアイの事は信じていないようね。口の悪い彼をヴィオラがムッとした表情で睨む。これは空気読めない発言をしたアスールが悪いかしら。まあ、こいつの言い分も分かるけど。

 そんな二人をノランとルージュが叱りつける。今は喧嘩をしている場合じゃないって事ね。


「もう! ヴィオラちゃんもアスールくんも喧嘩しちゃダメ! ルージュちゃんも見てるんだよ! ぷんぷん!」

 「そ……そうだぞ……! ボクも見ているんだ!」


 自分で言うな。っと、心の中で突っ込んでおく。下手なことを言ったら巻き込まれるから、絶対口には出さないけど。

 アスールはぶれない態度のまま、ベレー帽に手を乗せる。こいつ、相変わらず厨二病を患っているわね。


「とにかくだ。俺は明日に控える王都ビリジアンの奪還に参加する。ヴィオラ、お前の先輩であるハリアーが作戦の指揮官らしいが、それでも付き合う気はないのか?」

「誰も付き合わないなんて言ってないわよ。良いわ。レンジとアイちゃんは二人の意思に任せる。私たちは私たちで行動しましょう」


 ギルドマスターの決定により、ギルド【IRISイリス】の方向性は決まったみたい。そっか、レンジとアイは放置って事ね。ま、別に良いけど。

 避けて行動してる奴に会っても仕方ないから、結論は最初から出ていたのかも。ヴィオラの答えを聞くと、ずっと黙っていたフウリンが動き出す。


「決まったネ。じゃあ、私はクロカゲに報告してくるかラ」


 両手を合わせ、中華風の女性は頭を下げる。そして、私たちに背を向け、このギルド支店を後にした。

 さーて、こいつらの事はどうでも良いけど、私はどうしようかしら。一応、ヴィオラたちが来るのを一緒に待っていたけど、待ったところで何も切り開けなかったわね。

 お喋りハンマーは、主人である私に判断を求める。あんたは動けないんだから、聞いたところで意味ないでしょ。


『ご主人様、この人たちはこの場の指示に従うみたいですよ。私たちはどうしましょう?』

「ノープランで」


 ハクシャとシュトラもいるし、私が勝手に動いても仕方ないわ。まあ、必要なら無視して一人で動くけど。

 とにかく、一つ言える事はこんな場所に居ても息が詰まるって事。私はとにかく自由にのびのびと行動したい。だから、待機ってのはまずあり得ないわ。

 【イエロラ大陸】か……ちょっと興味が湧いて来たわね。



















 とあるVRMMO、とある仮想空間。そこに一つの家があった。

 豪華な装飾に、豪華な家具。そこは何一つ不自由のない恵まれた空間。しかし、そこに住まうのは、この贅沢に不相応な一人の少女だった。

 少女はもう高校生。しかし、彼女の周りに置かれているのは、積木にままごとセット、ぬいぐるみに着せ替え人形……ここはまるで子供部屋だった。


「うーさーぎーおーいし、なーのーやまー……」


 少女、アイは一人で歌い、首を横に倒す。


「また独りぼっちになっちゃいました」


 今、彼女がいる場所は彼女の暮らす家。仮想空間内だが、彼女は生まれも育ちもずっとこの家だった。

 この家で意思を手に入れ、この家で実態を手に入れ、この家で自分を認識した。この場所こそが彼女にとっての現実だった。

 10年前、アイはこの場所で一人の男と出会った。彼は少女に意思を与え、実態を与え、そして自己認識を与えた……


「こんにちはアイさん。お邪魔しますよ」

「お父さん、お姉さん」


 少女の前に現れたのは、黒いスーツを身に纏った外国人と、【ディープガルド】のログイン空間に現れる女性。前者がアイの父であり、後者が姉と言える存在だった。

 アイは人間だ。生身の肉体は確かに存在している。しかし、それを動かし、認識できるかどうかはまた別問題だ。

 スーツの男、Dr.ブレインは試みていた。この少女に現実を与えることに成功すれば、人類の進化は更なる高みへと到達すると……


「獲物を逃がした。そんな顔をしていますね」

「えへへ……バレちゃいましたか」


 彼に図星を言われたが、アイは笑ってごまかす。もっとも、知られたところで問題はない。Dr.ブレインは、アイがゲーム上で行う行動を全て遊びと見ているのだから。

 また、姉に知られたところでこちらも問題はない。彼女は【ディープガルド】を管理する存在、プレイヤーの行いに対して一切の口出しは許されなかった。


『アイさん……また瞳が曇ってしまいましたね』

「PC、彼女はまだ進化の途中です。焦らず、その成長を見守ればいいんです。やがて、必ず現実を取り戻すはずですから」


 PCと呼ばれた女性は視線を伏せる。そんな二人のやり取りをアイは真っ黒い瞳で見つめていた。

 彼女の心の内は、父や姉に対する敬意などではない。どす黒く、憎しみのこもった不の感情だ。


「精々、余裕をかましている事です。私の目的が達成された暁には、真っ先に殺す……」


 誰にも聞こえないよう。小声で少女は呟く。

 大国おおくにあい、人間にもNPCにも成れない存在。彼女はただ真っ黒い感情を募らせ、世界の混沌を望む。

 美しく咲き誇る悪。ただそれだけを目指して、少女は【ディープガルド】に身を投じるのだった。


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