142 まだ終われない
ルージュが何の脈絡もなく、突然覚醒持ちになった原因。それは、仲間による裏切りが原因だったのだ。
確かに、こいつならいつでも俺たちをゲームオーバーに出来る。迅速に行動を起こせば、誰にも見つからずに片を付けることが出来た。
しかし、理屈では分かっていても納得は出来ない。ビューシアが俺たちに抱く仲間意識は決して偽りの物ではない。俺はそう信じたかった。
「ルージュは……お前を大切な仲間だと思っていた……」
「知ってますよ。でも、仕方ないじゃないですか。彼女、『思い通りにならないのは面白い』って言ったら、私の正体に気付いちゃったんですから。そういえば、決闘の時に似たことを言いましたね。ほんと、バカだけど感は鋭いです」
やはり、ルージュの記憶を消した理由は保身のためだったか。どうやら、アイの時とビューシアの時、それぞれ同じ口癖を言った事で気づかれてしまったらしい。
思えば、ルージュは『ビューシアを憎むな』と言っていた。確かに、あいつに対して負の感情を抱いていたら、俺の心はどうかなっていたかも知れない。考えてだけでもぞっとする。
アイとビューシアが同人物なら、マシロを殺したのも彼女という事だ。真意を聞くためにも、俺は彼女を問質す。
「何でマシロを殺した。仲間だったはずだ」
「マシロさんですか……彼女を消去したのは非常に有意義でした。貴方たちとは違うと確信し、心に区切りがついたのですから……」
俺から視線を逸らし、どこか後ろめたい表情でビューシアは言う。
悪を貫くために必要な行為だったのか。あるいは、俺たちの代わりに汚れ役を買ったのか。どちらにしても、快楽目的の行動ではなさそうだ。
許すことは出来ない。しかし、我慢することは出来そうだ。
初めての感覚かもしれない。真っ白になった頭でも、心は冷静に物事を判断できる。今の俺なら、こいつを出し抜くことが出来るかもしれない。
「もういいビューシア……お前の御託は沢山だ……泣いてマシロに詫びるんだな……!」
「良い顔になりましたね。私と同じ真っ黒な瞳です……」
俺は怒りに支配されてはいなし、当然瞳も曇ってはいない。こいつは、自分に酔って適当なことを言っているだけだ。
恐らくビューシアは、俺が二つの人格を持っていると思っている。アイとビューシアという二人のキャラを演じた自分と同じように、俺も同類の存在だと錯覚してるのだろう。
だけど違う、俺はあくまでも一人。頭が真っ白な俺と小細工が好きな俺。両方を両立することは可能だろう。それが成長するという事だ。
熱い怒りを冷たく操作しろ。それが勝利への鍵となる。
「ビューシアァァァァァ……!」
雄たけびをあげ、ロボットで突っ込む。ビューシアはそんな俺の怒りに答えるよう、ぬいぐるみで迎え撃った。
今はただ、あいつに怒りをぶつければいい。ただ、標的を叩き潰すことだけを考えるんだ。今の状態の俺が普段の俺より強いというのは紛れもない事実なんだからな。
「スキル【解体】……!」
「スキル【使役人形】」
ロボットの腕を思いっきり振り落すが、それはぬいぐるみによってジャストガードされてしまう。弾かれ、隙が生まれてしまったのと同時に、ビューシアは再び人形を自らの周りに集める。
巨大なぬいぐるみの周囲を飛ぶ三体の少女は、さながらファンネルのようだ。それぞれが機械的に俺を判断し、一斉に襲い掛かる。
読みやすい攻撃だ。こんなものは簡単に振り払える。俺はロボットの両腕を振り回し、三体全てを容易く殴り飛ばしていった。
「お前は……お前はルージュとマシロの気持ちを踏みにじった……! 絶対に許せねえ……!」
「感情論こそ愚かなものはありませんよ。レンジさん……」
普段の自分では絶対に出来ない動き。しかし、それでもビューシアには届かない。彼女は人形たちを囮に使い、自らはぬいぐるみによる通常攻撃を狙っていた。
クマのパンチがロボットを操縦する俺を狙う。人形の方に気を取られていたため、俺はそのクリティカルヒットをもろに受けてしまった。
だが、決して振り落されるわけにはいかない。必死に操縦桿を掴み、態勢を立て直していく。
「負けて……堪るか……!」
「まったく、しつこいですねレンジさん。いい加減やられちゃってください!」
しつこい? 結構だ! ロボットの持続時間も限界が近い。とにかく怒りに任せて攻めるしかないんだ!
アイは俺が今まで見たこともないような戦い方をしているが、俺だって新しい攻撃方法を研究している。ロケットパンチとパイルバンカーより劣るため使い道はなかったが、意表が付ければ上等。俺は鉄くずと雷の魔石を取り出し、それにスパナを打ち付ける。
「スキル【発明】! アイテム、レールガン!」
「今さらそのアイテムですか。スキル【囮人形】」
ロボットの腕に装備される銃のような兵器。そこから雷属性の砲撃を放つ。
しかし、ビューシアは自分そっくりの人形を作りだし、それを盾として使ってしまう。これは忍者の扱う【変わり身の術】に近いスキルだな。雷撃は阻害され、周囲に光が走る。
「俺は……まだ終われない……!」
「いいえ、無理です無駄です。諦めてください」
どんな攻撃を放っても、ビューシアは涼しい顔で全てを防いでしまう。まさに戦士、とにかく硬くて攻撃が全く通らない。
やがて、ロボットの石炭が底を付き、その機能を停止させる。瞬時にアイテムボックスに戻すが、既に目の前には巨大なぬいぐるみが迫っていた。
俺はスパナを構え直し、ジャストガードを狙う。しかし、アイは攻撃タイミングをずらし、ギリギリのところで突破されてしまった。
細かい攻撃が重なり、こちらライフも限界が近い。このままでクリティカル攻撃を受けて終わってしまう。
「くそ……」
「グッバイ、レンジさん。フォーエバー!」
クマのパンチが俺の顔面に打ち付けられる。運よくライフは残ったが、次の攻撃を防ぐ手立てがない。
ビューシアは勝利を確信した様子で次の攻撃を放つ。当然、俺はそれに対し何もすることが出来なかった。
だが、これで良い。これで勝利の歯車は噛み合った!
「ぐ……なっ……!」
「言っただろ。まだ終われないって。スキル【発明】アイテム、グレネード!」
鉄くずと火薬を取り出し、グレネードを作る。そして、急に動きを止めたビューシアに対し、それを思いっきり投げつけた。
瞬間、グレネードは爆発を起こし、灼熱の炎が彼女を包む。ようやく真面な一撃を与えたな。作戦通り、敵の攻撃が止まって助かったよ。
ビューシアは荒い息遣いをしながら、炎の中から姿を現す。その手には、俺が【衛星】によって作り出した小型ロボットが握られていた。
「私が最後の一撃を放つ瞬間を狙っていたというわけですか。いつの間に……」
「最初からだよ。最初に出して、サポートを装いながらずっと隠していた」
そう、敵が獲物をしとめる瞬間。ただそれだけを狙って、俺はずっと小型ロボットを隠し続けてきた。怒りに身を任せ、狂人のように攻め続けてな。
そして、あいつの最後の攻撃が放たれる瞬間。後方から、ロボットに攻撃を命じた。あいつからしてみれば、突然第三者からの不意打ちを受けたように感じただろう。
「出会って二日目。お前は俺に戦闘技術を仕込むためにトレーニングを強制した。その時、噴水の水をぶっかけて初めての一撃を与えたよな。お前はそれに対し、目を輝かせて心の底から喜んでいた」
これだけではなく、ルージュと決闘した時も突然の物理攻撃に興奮していた。そう、ビューシアは想定外を楽しんでいるのだ。
こいつは熱血バトルマニアで、力と力のぶつあり合いこそが本分。俺の扱う小細工の数々は彼女にとって新鮮で、そして理解の及ばない手段だったのだ。
「元々、プレイヤーキラービューシアは戦士のジョブを使っていた。正々堂々の真剣勝負はお得意だが、こういう小細工は苦手なんだよな!」
「どこまでも……どこまでも……どこまでも……! 貴方はこの私をこけにしてくれますね! 憎らしい……ですが愛おしい!」
彼女は自らの胸を抑え、どこか切なげな表情を浮かべる。
「貴方が存在していると私はおかしくなる……消去しないと……」
「俺はまだ終われない。決めたんだ……必ずお前を取り戻す!」
俺は確信した。確かにアイはビューシアだったが、その性格の根本は変わっていない。
こいつはアイというキャラクターを演じ切れていなかった。俺とトレーニングを行った彼女。ディバインさんをぶん殴った彼女。カジノでギャンブルを行った彼女。沙漠の遺跡で矢を受けた彼女。一人で進む俺をぶっ飛ばした彼女。
そして、飛空艇の上で初めて頬を染めた彼女……雪の街で切なげに心の内を明かした彼女……
それらは優しいアイではなく、ビューシアだった。
そうか……俺はビューシアに惚れていたんだ……
「私は悪を貫く……貴方をこちら側に引っ張り込む!」
「綱引きなら負けない。逆にお前を引っ張り込んでやるさ!」
グレネードによって【巨大人形】と【使役人形】が消滅したため、彼女は再び大針を構える。それに合わせ、こちらもスパナを強く握りしめた。
いよいよ、最後の衝突だ。この一撃で、ビューシアの悪を打ち砕いてやる……!
俺はヌンデルさんも、イデンマさんも、リルベも、マシロも……分かり合いたかったのに分かりえなかった。結局最後は失い、ずっと後悔してばかりだ。
だから、せめて本気で愛したこいつだけは分かり合いたい。それは、心からの切望だった。
俺とビューシアは同時に走り出す。そして、互いの武器が打ち付けられる……
その瞬間だった。
「え……?」
「なっ……!」
俺とビューシアは同時に攻撃を止め、驚愕の表情を浮かべる。
それも当然だ。耳が壊れそうなほどの巨大な音を放ち、教会のステンドグラスが叩き割られたのだから。
【ディープガルド】の神が砕け散る。そして、色鮮やかなガラスの破片となって降り注いだ。外には雪が降っており、割られたガラスの外から【インディ大陸】の冷たい風が吹き込んでいく。
「一体何が……」
「悪いね。レンジくん……」
混乱する俺の耳に聞きなれた声が響く。そう、ステンドグラスが割れた原因は、彼が教会の外から飛び込んだからだ。
「ヴィルさん……!」
「アーハッハッハッ! これで……! 今度こそ最高の名誉が手に入る! 僕は間違っていないんだァァァ!」
騙された……そう俺は確信した。
教会で戦うと言った途端、急にこちらへの協力を飲んだのには違和感を感じていた。しかし、読めなかった。ヴィルさんは最初からこの戦闘で漁夫の利を得ようとしていたのだ。
俺は思い出す。クロカゲさんに聞いた話だが、かつてエルドを倒した唯一のプレイヤーがいたらしい。その人は、上位二人の真剣勝負が決まった瞬間に参入し、全てを持っていった。
ヴィルさんの正体が分かる。しかし、時は既に遅かった。
騙し討ちのヴィルリオ。あの事件が再びここで起ころうとしていた。
「スキル【幻想曲】!」
吟遊詩人のギターが不思議な音を奏でる。俺もビューシアも既に限界、突然現れた強者に対抗する術などあるはずがない。
軽率だった。浅はかだった。しかし、これが勝負というもの。
俺は覚悟を決める。これは、ヴィルさんと分かりえなかった俺の責任なんだ。
でも、敵以外にやられるっていうのは、少し悔しいかな……