141 ライバルバトル
俺はまだ戦える。例え、相手がかつての仲間だったとしてもだ。
こいつは他の【ダブルブレイン】と違って通常のゲームプレイヤー。何もゲームオーバーで消滅する訳じゃない。
なら、ここで倒しても問題はないはずだ。割り切って、熱いお灸を据えてやるしかない。
俺が戦いを覚悟すると、ビューシアも戦闘体制を取る。彼女の手に握られているのは、イシュラの作った天使の大針だった。
「なるほど……意気地のない貴方に勇気を与えるため、あらゆる手解きを行いましたが……どうやら教育方法を誤ったようです!」
目尻を吊り上げ、少女はその場で針を振り落とす。素振りという所か、殺る気充分ってわけだな。
やがて、彼女はいつものトレーニングと同じように、俺に向かって一礼する。やることは邪悪そのものだが、戦闘に対する敬意は持っているらしい。本当に根っからのバトルマニアだ。
「貴方は正義に育ってしまった。やはり、貴方を倒すことによって私の悪は完成するという事ですか……良いでしょう。思い通りにならないお人形さんはいりません。さようなら、レンジさん!」
最強のプレイヤーキラー、ビューシアが動く。こいつは裁縫師であるのにも拘らず戦士を演じてきた。当然、装備していた剣も鎧も適正装備ではない。攻撃力も素早さも大きく下がっていただろう。
それに加え、今まではジョブを隠す必要があるため、スキルの使用を控えてきた。正体を明かした今が全力というわけだ。
「スキル【覚醒】!」
此方に向かって走るビューシアを前に、俺は【覚醒】による自己強化を行う。敵のAGL(素早さ)はそこまで高くはない。裁縫師は低ステータスジョブで、高い能力はDEX(器用さ)程度。攻撃の命中精度が高いので、ジャストガードを狙うのが正解だ。
俺の目前まで距離を詰めた少女は、大針によってこちらのクリティカルポイントを狙う。その攻撃方法はトレーニングで何度も体感してきた。充分にジャストガード可能だろう。
一歩後ろに下がり、針をスパナによって弾く。すると、彼女は体勢を崩しながらも、今度は右足からのローキックを繰り出してきた。こちらもまあ、想定内だ。
俺は攻撃を避けなかった。蹴り飛ばされないようその場で耐え、逆にスパナを振り落して攻めに出る。裁縫師の武器を使わない攻撃など、牽制か崩し程度にしか使えない。そんな低威力の攻撃に対抗するより、少しでも敵の体力を削る方が正解だ。
「スキル【解体】!」
「素晴らしい……」
しかし、ビューシアの読みは更に上を行っていた。彼女は俺が攻めに出る事を知っていたかのように、大針を動かしていく。そして、俺が習った本元のジャストガードによって、攻撃を容易く弾いてしまった。
読み合っているとらちが明かないな。両方ともジャストガードを得意とする技術特化プレイヤー。互いに突破策がなく、通常攻撃すらまともに通らない。
なら、俺たちが取る行動はただ一つ。このゲームで最も白熱する戦闘。互いに感覚で武器を打ち付け合うチャンバラだった。
俺は隙を狙いつつ、スパナによる通常攻撃を繰り返していく。当然、あちらが放つ大針による攻撃を相殺しつつだ。相手もこちらの攻撃を相殺する。ただ、二人は武器を何度も何度も打ち付け合っていった。
戦闘を行いながらも、ビューシアは満足げに笑っている。いや、むしろ彼女はこの戦闘を楽しんでいるのかもしれない。
「貴方は、自分の進む道を自らの手で選択してきたと思っていましたね。ですが、全ては私のひいたレールの上を走っていただけにすぎません」
「例えお前の引いたレールの上を走っていたとしても、仲間との絆は本物だ! その中にお前の姿がないのは残念だけどな」
俺のスパナが、敵の体にヒットする。敵の大針が、俺の体にヒットする。
技術はまだまだビューシアの方が上だが、こっちには【覚醒】のスキルがあるんだ。能力差で何とか互角の戦闘に持っていくことが出来た。
しかし、小手調べはここまでらしい。このゲームはスキル攻撃を主体としたRPG。敵は急に武器の打ち付け合いを放棄し、一気に俺から距離を取った。
「しまった……!」
「スキル【仕立直し】」
俺の着ていたオーバーガウンから、糸のようなものを奪われる。すると、恐らく彼女が付与していたであろう【防御力up】と【氷耐性up】の追加効果が消去されてしまった。
【仕立直し】、戦闘の間だけ防具に付与されている効果を削除するスキル。俺は防具の効果を戦略に組み込んでいないため、能力が下がるだけで抑えることが出来た。
「私が作った防具の効果を私自身が消去する。良い演出でしょう?」
「お前の美学には付き合っていられないな」
まさか【氷耐性up】が入っているとはな。こいつは俺が一人で【インディ大陸】に行くことを分かっていたんだ。どこかで【鑑定】のスキルを使ってもらうべきだったよ。
だが、今さら悔やんでも仕方ない。ここからの戦闘は、敵のスキル攻撃を警戒しなければならないのだから。
目には目を、スキルにはスキルを。相手がスキルを使うなら、こちらもスキルを使うまでだ。俺は鉄くずを二つ取出し、それにスパナを叩きつけた。
「スキル【衛星】!」
「スキル【使役人形】」
小形のロボットを作り、サポートとして横に付ける。しかし、相手もその隙を利用し、同じペットスキルによってサポートキャラクターを召喚した。
ビューシアの周囲を飛ぶ三体の人形。こいつ、今まで手を抜いていたな。三体同時に使役したところなんて初めて見たぞ。
少女型の人形は、主人の合図と共に一斉に襲い掛かる。【奇跡】のスキルを研ぎ澄ましても、こいつらからは魂を感じない。おそらく、バルディさんのは何らかのスキルを鍛えて、スプリたちに命を吹き込んでいたのだろう。
なら、容赦はしない。このままスパナで返り討ちだ。
「スキル……」
「遅い……! スキル【まつり縫い】!」
【解体】を放とうとした瞬間、敵は針孔からの糸によって俺を拘束状態にする。拘束状態は状態異常として扱われない。当然、【状態異常耐性up】を鍛えていても効果はなかった。
無防備になった俺に向かって、三体の人形が襲い掛かる。だが、俺は慌てていない。【防御力up】を鍛えているため、人形の体当たりなど大したダメージではないからだ。
だが、過信は禁物。二体の体当たりで拘束状態が解けたため、三体目の攻撃を受ける前にスキルを使用する。
「スキル【発明】アイテム、マジックハンド!」
鉄くずとレザーグローブを伸縮自在のアームに変え、こちらに突っ込む人形を掴む。そして、それを残りの二体に向かって勢いよくぶん投げた。
見事、人形同士は衝突。その隙に後方で人形を操るビューシア本体に走る。今度は鉄くずと炎の魔石、そしてメタルナックルを取り出し、それにスパナを打ち付けた。
「スキル【発明】アイテム、ロケットパンチ!」
右腕に装備された鉄の拳、それは炎を吹き上げ真っ直ぐと敵に向かう。こいつでビューシアをぶっ飛ばせれば嬉しいが、どうせ奴はジャストガードを行うだろうな。
なら、攻撃タイミングをずらし、奴のガードを突破する。果たして出来るのか……? 俺より遥かに上のあいつに対し、一撃を加えられるのか……?
考えていても仕方がない。もう既にアイテムは使用され、敵に向かって走っているのだから。
目の前に迫るビューシア。あいつはガードの態勢には移らない様子。迷っているのか……? これなら、このまま一気に殴り飛ばせ……
「レンジさん、ざーんねん。スキル【返し縫い】」
「なっ……!」
また新スキルかよ……! スキルの効果が発動され、俺の足は地面に結び付けられる。それにより、ロケットパンチのスピードを受けたまま、思いっきり地面に倒れこんでしまった。
こいつは転倒状態にするスキルか。顔面を教会の床に打ち付け、大ダメージを受けてしまった。足りない攻撃力を補っているのか、あるいは俺の自滅を嘲笑っているのか。何にしても嫌な戦い方だ。
地面に手を付け、立ち上がろうとしたところに人形たちが襲い掛かる。まさに泣きっ面に蜂か、こうなったら俺も手段は選んでいられない。あのスキルを使うしかなかった。
「ちっくしょう……! スキル【起動】!」
「ついに使ってしまいましたね。制限時間のあるそのスキルを……」
ロボットに乗り込み、すぐさま三体の人形を振り払う。こいつの高火力、高機動力、そして高い防御性能によって、生身のビューシアを圧倒するしかない。ジャストガードによる遅延が気掛かりだが、それは【覚醒】によって上昇した攻撃力と素早さで強制突破するしかないな。
以前としてビューシアは、糸や人形によってジワジワ削りに出ている。こいつが対人戦でこの戦略を取るのは初めて見たかもしれない。
もしや、敵も裁縫師の性能を把握していないので、色々と手探りしているのか……? ありえる。こいつは今まで、大針による接近戦で俺と戦っていた。別に戦士でも出来る事だ。
だが、今の戦法は裁縫師にしか出来ない。そうか……敵も俺から技術を盗み、新しい戦い方を生み出そうとしているのか……
このまま、奴をジョブに馴染ませたら不味い。僅かな勝率すらも奪われてしまう。敵が戦い方を見定める前にぶっ飛ばすしかない。
「スキル【光子砲】!」
「ちっ……これは魔法攻撃ですか……!」
ロボットからMPを消費して使用する【光子砲】を放つ。こいつは魔法攻撃だが、STR(攻撃力)に対応して放たれるスキルだ。機械技師はSTR(攻撃力)も低いが、ジャストガードを得意とするあいつには効果的だろう。
たまらず攻撃を避けるビューシア。ようやく彼女の表情が変わったか。
この攻撃ならいける。最強のプレイヤーキラーなんて大層な二つ名を持っているが、魔法攻撃さえあればジャストガードは不能。おまけに裁縫師はステータスが低い。
俺は今まで、再生を繰り返すダブルブレインたちと戦ってきた。例えトップレベルの技術を持っていようが、【覚醒】を持つ俺には対抗できない。このまま一気に決め……
「スキル【巨大人形】」
ビューシアがそのスキルを宣言した瞬間。アイテムバッグから大きなぬいぐるみが飛び出す。熊の形をしたそれは、俺のロボットと同じほどの大きさだった。
こいつ、何個スキルを隠していたんだよ……そして、俺はなぜその事に気づかなかったのか。
敵はぬいぐるみに飛び乗り、それをがっしりと掴む。まるで、俺がロボットに乗るのと同じように……
「レンジさんの真似です。あまり使ったことがないスキルなので、ご教授をお願いします!」
「ああ、しっかり見とけよ!」
俺はスキルを使わずにロボットを走らせる。それに合わせるように、ビューシアもぬいぐるみを走らせた。
向き合うロボットとぬいぐるみ。やがて、俺たちはその両腕を互いに打ち付け合っていく。どちらも一歩も引かない猛ラッシュだった。
「どっらあああああァァァ……!」
「まだまだまだまだ……! ぜんっぜん足りませんよ!」
敵はこの手のジョブに慣れていない。だが、すぐに動かし方を把握し、俺の攻撃に付いて行っている。少しでも手を抜けば、あちらのラッシュを受けてしまうだろう。
なぜ攻めきれない。相手は遊んでいるような兆候が見られる。俺が100パーセントの力を引き出せるなら、充分に突破できるはずだ。
やはり俺はアイを諦めきれない……もう一度優しいあいつに会いたいんだ……
「おやおや、レンジさんまだ迷いがあるようですね。では、特別に良い事を教えてあげましょう!」
距離を取ったビューシアはゲスな笑みを浮かべる。そして、挑発するように自らの行いを話していった。
「ルージュさんをゲームオーバーにしたのは、このビューシアちゃんでーす!」
ああ、知っていた。当然そうなんだろう。
とっくに認識していたことだ。今さら感は否めない。しかし、その言葉を彼女本人から聞いたことにより、俺の頭は少しづつ真っ白に染まっていく。
ルージュが奪われた記憶……彼女が気付いたこと……それこそが、ビューシアの正体だったのだ。