13 裁縫師のお仕事
セラドン平原を順調に進み、そろそろエルブの村に到着しようとした所だ。
小川の付近で、何やら人だかりが出来ている様子。どうやら一人の男が、数人のパーティーに取り囲まれている様子だ。
まったく、一難去ってまた一難。これは厄介事の臭いがして仕方がないな。
「こ……困るよ。これからエルブで生産の依頼があるんだ……」
「なあ、頼むよー」
「一枚だけで良いからさ」
パーティメンバー全員で、寄って集って何らかの要求をしているように見える。これはまた、相当に迷惑なパーティーもいたものだ。
当然、世話好きのヴィオラさんが、それを放っておくはずがない。彼女は人だかりの元までいくと、威圧的な態度で男たちを叱りつけた。
「ちょっとあんた達、その人困ってるでしょ! 自警ギルドに通報するわよ!」
「何だよ。部外者のくせによー」
「ちぇー、分かったよ」
自分たちが悪い事をしているという自覚はあったのか、彼らは素直にその場から離れていく。以外にも、厄介事にならずに済んだようだ。俺の感が鈍っていて助かった。
ヴィオラさんによって助けられた青年は、丁寧に頭を下げ、その感謝の気持ちを表す。肩に掛けた大きなバッグに、ツギハギ模様の入ったエプロン。間違いない、彼のジョブはアイと同じ裁縫師だ。
「あ……ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。言っておくけど、これはあんたが悪いのよ? しっかり断れば、あんな風に縺れることも無かったんだから」
「はは……耳が痛いよ」
確かに、小さな声で「困る困る」と言っていた彼の対応にも問題があった。ここは、しっかりと断るべきだったのだ。もっとも、俺もこの人と同じ立場だったら、断りづらかったと思うが。
優しい顔つきだが、どこか頼りない雰囲気の青年。虫も殺せないような彼が、どうやって一人で戦闘を行ってきたのだろうか。その疑問は、彼の肩に掛けたバックの中から明らかになる。
「ご主人様~。この人たち、良い人~?」
「ああ、良い人だよ。出ておいで」
なんと、大きなバックの中から幼い少女の声が響いたのだ。青年が言葉を返すと、その中から何体もの人形が飛び出てくる。一体、二体、三体、合計で四体。少年少女の形をした人形は、それぞれ俺たちの肩に飛び移った。
「わーい! 良い人! 良い人!」
「すごい! 剣だ! 剣だ!」
「この人、ご主人様と同じ裁縫師だよ……」
「わあ~。この人、獣の耳だ~」
桃色の服を着た少女と、白色の服を着た少女が、俺の肩で騒いでいる。ヴィオラさんには、青色の服を着た少年。アイには、赤色の服を着た少女。みんな小さく可愛らしいが、急に飛び移られてびっくりだ。
「なっ……何だ!」
「か……可愛いです」
アイはその妖精のような人形たちを愛でて、うっとりしている。やはり女の子は、こういう可愛いものが大好きな様子。だが、俺は子供が嫌いだ。正直、うっとうしいという気持ちでいっぱいだった。
まるで本当の妖精のように感情豊かで、見た目以外はとても人形だとは思えない。しかし、バルディさんは、そんな彼女たちを人形だと明言する。
「僕が作った人形だよ。NPCとして戦闘を助けてくれるんだ」
「へー、裁縫師はこんな事も出来るのね」
NPCはプレイヤーの操作していないキャラクター。つまり、彼女たちの感情は全て電子上で作られた人工知能という事だ。
正直信じがたい。人間の力で、感情や思考を表現できるものだのだろうか。いや、思い返してみれば、最初に出会ったヘルプ機能の女性も、アイテムを買ったお店の店主も、普通の人間と変わらない感情を持っていた。やはり、これらは全て現実なのだ。
「私、スプリ~」
「俺はサーマだ!」
「タームです……」
「ウィンだよ!」
人形たちはそれぞれ自己紹介を始める。桃色の服でマイペースな少女、スプリ。青色の服で腕白な少年、サーマ。赤色の服で内気な少女、ターム。白色の服で明るい少女、ウィン。
無邪気な四人の人形と、その主人である青年に対し、ヴィオラさんも自己紹介を返す。
「私はヴィオラ、ゴーグル猫耳の子がレンジ、青いリボンの子がアイよ」
「僕はバルディ、裁縫師としてこの世界を回って、生産の仕事をしているんだ」
「なるほどね。さっきは急な制作依頼に困っていたわけね」
「うん……これからエルブで仕事なのに、平原でそんな事を言われても困ってね。本当に助かったよ」
先輩二人が会話をしていると、我慢の限界となった人形たちが、それぞれ行動を始める。その中の白い服の明るい少女、ウィンが俺の肩から頭に飛び移る。そして、頭に装備した猫耳バンドを楽しそうに引っ張り出した。
「わー、獣耳だー! 耳だー!」
「お……おい、やめろ!」
彼女に続き、桃色の服の少女、スプリも頭に飛び移る。そして二人で協力し、バンドを何度も引っ張った。二人はこれを本物の耳と勘違いしているようだが、残念ながら偽物だ。耳は簡単に俺の頭から外れ、ウィンの手に握られる。
「うわ、取れちゃった!」
「なーんだ。偽物か~」
「ぶーぶー!」
偽物だったらこの仕打ちかよ。別に付け耳でも良いだろ……
俺がバンドを装備し直していると、少年の人形、サーマがヴィオラさんから俺に飛び移る。
「お前、強いのかー?」
「う……弱いよ」
「ざこ~! レンジざこ~!」
先ほどから無駄に煽るのはスプリか、ほっといてくれよ。傷つくだろ……
彼女にバカにされっぱなしなのも気に食わない。俺は、精いっぱいの見栄を張った。
「う……うるさい。これから強くなるんだ」
「これからって、いつ~?」
「いつかだよ!」
スプリはその言葉を聞くと、頭の上から俺の目を覗きこんだ。ここで初めて、俺は彼女と目が合った。
「じゃあ、スプリとの約束! 絶対強くなってね、お兄ちゃん!」
「あ……ああ! もちろん!」
まずいな……守れる保証もない約束をしてしまった。この純粋無垢な笑顔を裏切るわけにはいかないぞ。本当に、子供の相手は面倒だった。
結局、最終的にはアイに乗っていたタームもこちらに飛び移り。俺は四体の人形たちに群がられつつ、草原を歩くことになる。耳を引っ張られ、髪を揉みくちゃにされ、散々な目にあった。
なんで、こいつらは俺ばかり粘着するんだよ……俺は子供が大嫌いなんだ。勘弁してくれ。
俺たちはバルディさん達と同行し、農村の村エルブへと到着する。
あれから数体のモンスターと戦い、俺のレベルは6へと上がる。時間の方は1時、何だかんだで昼を過ぎてしまった。
俺たちは、田畑に囲まれた小さな集落へと足を踏み入れる。ヴィオラさんから聞いた話では、ここは自然に溢れた静かな村らしい。しかし、今は様子が違っていた。
屈強な戦士の男が集まり、鬼の形相で村のプレイヤーを監視している。俺たちも彼らに睨まれ、下手な動きが出来ない状況だ。明らかに、今の状況は異常だった。
「何だか騒がしいわね……」
「あれ、王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】じゃないかな」
「うわ、本当だ。結構な人数来てるわね……PKでも発生したのかしら?」
王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】、ギルドランキング二位の強豪ギルドだ。
そう言えば、俺がログインした時、二人のプレイヤーが自警ギルドに追われていた。だいぶこの世界に詳しくなっているが、これはまだ明らかになっていない。俺はヴィオラさんに聞いてみた。
「自警ギルドって何ですか?」
「このゲームは、運営が悪質プレイヤーを取り締まるという事をしないの。代わりに、マナーの悪いプレイヤーをポイントにして、捕獲した人に報酬を与える仕組みになってるわけ。自警ギルドは、そういうポイントが科せられたプレイヤーを取り締まって、運営資金にするギルドなの」
良い言い方をすれば正義の組織、悪い言い方をすれば賞金稼ぎ集団と言うわけか。その中でも、今この村にいる【ゴールドラッシュ】は相当の実力者が集まっているのだろう。
そんな彼らがここに何をしに来たのか。その疑問は、第三者の口によって明かされる。
「おやおや~? またお会いしましたね」
「貴方は、マーリックさん」
闘技場でアルバイトをしていたマーリックさん。まさに神出鬼没だ。
彼ならば、この村の状況を知っているかもしれない。ヴィオラさんは道化師に疑問を放った。
「何があったか知ってる?」
「ええ、犯行声明ですよ。何でも、近日中にエルブの村を火の海にするという手紙が、【ゴールドラッシュ】に届いたらしいんですよ。いやー、怖いですねー。恐ろしいですねー」
ポーカーフェイスかつ、緊張感のない彼が言っても説得力が無い。だが、今の話しは本当らしい。
【ゴールドラッシュ】のメンバーはピリピリとした様子で、村の全てを監視している。明らかに、警備、犯人探しの類をしているように感じられる。
「これは、長居は無用かもしれないわね」
「うう、火の海だなんて、なんて物騒な! 許せませんね!」
ヴィオラさんの言う通り、長居は危険だ。アイは許せないといった様子だが、俺としては一刻も早く逃げ出したい。凶悪犯罪者にヘタレな俺が敵うはずがなかった。
「では、私はお仕事がありますので、さらばです!」
話しを終えると、マーリックさんはどこかへと走り去っていく。本当に忙しい人だった。
俺たちは昼食を取るついでに、バルディさんの目的であるギルド支店へと向かう。彼は情報掲示板ギルド【7net】に所属しているメンバーだ。そのため、工房は各街や村にあるギルド支店を借りて生産活動を行っているのだ。
だが、少し引っかかる。確か【7net】はゲームクリアに興味のない遊び人の集まりだったはずだ。にも拘らず、バルディさんは完全に生産を仕事として見ている。元々、彼の生産に対する思いの入れ方は違っていたのかもしれない。それが、少しづつ、変わっていってしまったのだろうか。
バルディさんに連れられ、俺たちは【7net】のギルド支店に足を踏み入れる。すると、そこには何人ものプレイヤーが集まっていた。
ジョブは格闘家に魔道師など様々、共通点は全員布の装備をしている所だろう。彼らはバルディさんを見るや否や、一斉にその周りを取り囲む。
「おー、来た来た。バルディさん、製作頼みますよ!」
「俺は太陽のローブをお願いします!」
「私は閃光の衣を」
どこで情報を手に入れたのか、彼らはバルディさんがここに来ることを知っていたらしい。これならば、仕事の方は大繁盛だろう。しかし、全て依頼を受けるにはあまりにも多すぎる。断るところは、断らなければならないが、彼の性格上それは無理だった。
「あ……ああ。分かったよ……」
人々の熱意に押されて、たじたじな様子のバルディさん。あれだけの依頼を全て熟すつもりなのだろうか。あまりにも気が遠くなるような話だ。
「あの子、大変ね……」
「俺のグレネードみたいにポン! と作れないんですか?」
「使用アイテムと装備アイテムとじゃ、製作の手間が桁違いなのよ。勿論、リターンも大きいけどね。装備は消費されない、付加した能力は永遠に残る。爆弾や回復薬と同じわけないじゃない」
恐らく、それなりの報酬は貰っているだろう。しかし、それにしてもあの量は酷すぎる。これでは、バルディさんの体が持たないはずだ。このゲームには体力はない。しかし、物事を続ける精神力は存在しているのだから。
「その大変な装備をあの人数製作ですか。何と言うか、ゲームをしてるというより、ゲームをさせられているって感じですね……」
「あの子、人が良さそうだから全部依頼を受けちゃうみたい」
プレイヤーに連れ去られるバルディさんを、人形たちはシュン……と見つめる。あの調子では、とても相手をしてくれる雰囲気ではないだろう。
「ご主人様とってもお疲れ~。私たち、お役にたてないよ……」
「あーあ、ご主人様、全然遊んでくれなくてつまらないなー」
スプリとサーマがそう言うと、アイが彼女たちを励ますように、ある提案をする。
「大丈夫です! 私たちギルドが、皆さんの遊び相手になってあげますよ!」
「え……」
「え……!」
俺とヴィオラさんは絶句した。勝手に決めるなよアイ!
「わ~い、やった~!」
「お兄ちゃん! 遊ぼ!」
瞬間、スプリとウィンが俺に飛びつく。おいおい、残りの時間こいつらの相手をするのかよ……精神がゴリゴリ削られそうだ。
「アイ……勘弁してくれ……」
「良いじゃないですか、皆さんレンジさんの事が大好きみたいですし」
どうやら俺はとんでもない奴らに懐かれてしまったようだ。
しかし、好意を持たれるというのは悪い気がしない。仕方ない。面倒だが、こいつらの遊びに付きやってやるか。そう、俺は心に決めるのだった。