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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
三十四日目~三十七日目 バルナス山
139/208

138 疑心の詩人

 今日は日曜日。昨日はダンジョンの入り口でログアウトし、今日は現実時刻の朝8時から開始する。

 途中、他パーティから回復薬を購入し、準備は万全。俺たち三人はセルリアン雪原からバルナス山の洞窟へと入り、それを超えたスマルトの街を目指して歩いていった。


 氷に囲まれたバルナス山の洞窟。まるでクリスタルの世界のようで、幻想的な光景が広がるっていた。

 出てくるモンスターはアイススライム、ホワイトベア、それに氷の巨人アイスゴーレム、凍る息吹を吐くホワイトバジリスク。そして、癒し系モンスターのスノーマンだ。


「凍結の状態異常が厄介ですね。状態異常耐性の高い俺が盾になります」

「では、サポートします。スキル【祭り縫い】!」


 アイの放った糸が大型モンスター、アイスゴーレムを束縛する。敵の動きが停止したのならこっちの物だ。俺はスパナで殴りつける【解体テイキング】を放ち、敵のライフを積極的に削っていった。

 中々良いコンビプレーが決まっている。俺がジャストガードを行いつつ、隙を見て技スキルを使用。中距離からアイが【祭り縫い】と【使役人形】でサポートを行うという戦法だ。

 このままでは前衛の負担が大きく、敵に与えるダメージも単体に絞られるだろう。しかし、俺たちには優れた後衛プレイヤーがいた。


「スキル【奏鳴曲ソナタ】。精々自滅してくれ」


 吟遊詩人バードのヴィルさん。彼が耳障りな曲を奏でるとホワイトベアが暴れ出し、仲間のモンスターに鋭い爪を立てた。

 敵を混乱状態に陥れる【奏鳴曲ソナタ】。スキルレベルも上がっているのか、かなり広範囲を巻き込んでいるように感じる。敵の自滅だけで相当のライフを削っていた。


 中堅プレイヤーに追い付き、このダンジョンで一緒に戦って分かる。

 ヴィルさんは強い。アイに匹敵するほど不自然に強い。ギンガさんは彼が総合ランキング65位と言っていたが、本当にそんな器なのか?

 でもまあ、強いのならそれに越したことはない。彼はデバフという敵の妨害の他にも、【回復魔法】によるサポートも行っている。スノーマンに雪玉をぶつけられたアイに、俺は支援を求めた。


「ヴィルさん! アイの回復を……」

「【回復魔法】ヒールリス」


 しかし、そんな俺の言葉を聞く前に、ヴィルさんは的確に回復を行う。後方支援の技量だけなら、アイやマシロ以上の実力を持っているな。やっぱり、どうにも不自然に強い。

 戦闘を終えるとアイは彼の手を握り、それをぶんぶんと上下させる。強者のオーラを感じ取ったのか、彼女は明らかに上機嫌となっていた。


「ヴィルさんがデバファー以外にヒーラーを兼ねていて助かりました! お強いんですね」

「いやー、完璧なサポート。憧れちゃうなー」


 とにかくヴィルさんを褒める。褒め倒す。大事なことに気づく前に……

 しかし、彼はアイの手を振りほどき右手を前に出す。そして、焦った様子で一人騒ぎ出した。


「まてまてまて……どうしてこうなった!」


 ついに突っ込まれたか。随分と遅かったな。


「昨日の話し聞いてたよね!? 僕は混乱ごとを避けて後半の大陸まで来たんだよ! 何で混乱の中心である君たちと行動しないといけないのかな!」


 ど正論ありがとうございます。しかし、こっちも必死なんだ。どんな手を使っても貴方と共に行動します。


「いや、偶然ログアウトした場所と、ログインした時間が一緒だったから……」

「白々しいね君! 明らかに僕のログインを待っていたよね!」


 ばれたか、まあばれるよな。思いっきり貴方にターゲットを絞って、同行を狙っていました。

 今でもこの行為は正解だと思っている。ヴィルさんは咽から手が出るほど欲しい回復サポートであり、何より圧倒的に強い。彼の力を借りれれば、スマルトまで行くのは難しくないのだから。

 しかし、拒まれたからには仕方ない。今度はプライドを捨てて頼み込むまでだ。


「ええ、待っていましたとも! 助けてくださいよ! 事情は昨日話したでしょう!」

「開き直ったね……」


 明らかに嫌な顔をするヴィルさん。いや、ここまで一緒に来ておいて今さら何なんだよ。

 このバルナス山さえ超えれば、スマルトの街まではすぐ。彼の協力は絶対的に必要なんだ。意地でも逃がすつもりはない。

 とにかく、ぐちぐち文句を言っているこの人を掌握しないと。


「悪いけど、君たちの都合なんて知らないよ。わけの分からない戦いに巻き込まれるのは御免だからね」

「そんな……ヴィルさんお願いします! スマルトの街までで良いですから!」


 アイが目的地を話すと、ヴィルさんは昨日と同じように目を細める。今までの反応とは少々異なっていた。


「スマルトは敵の本部があるんだよね。君たちは二人で乗り込む気かい?」

「いえ、本部の王宮にはいきませんよ。ビューシアが待っているのは教会です」


 その言葉を聞くと、ヴィルさんは目を丸くする。やがて、彼は何かを真剣に考え、嫌みったらしく前髪をかきあげた。


「……良いよ。行こう」

「あ……ありがとうございます!」


 随分軽々と了承してくれたな。アイは素直に喜んでいるが、俺にはどうにも怪しく感じる。

 しかし、今は藁にも縋りたい思いだ。彼が協力してくれるというのなら、こんなにも嬉しい事はない。これで、ビューシアの元にたどり着けるのだから。

 これは素直に善意だと受け取っておこう。絶対にスマルトに行き、アイの記憶を取り戻すんだ。強く決意し、ダンジョンを進むだけだった。















 氷の洞窟を抜け、バルサスの山道へと出る。吹雪は和らぎ、今はちらつく程度に雪が降っていた。

 雲の隙間から太陽の光が漏れ、ここから見える雪山の風景を照らす。山の中腹から見える銀世界は、このゲームでも屈指の絶景だと感じられるな。


 山道のモンスターは洞窟のモンスターに加え、スノウハーピィとホワイトマンドラゴラが出現する。どちらも睡眠の状態異常を使うため、俺が盾になる必要があるだろう。

 しかし、ハーピィは【氷魔法】も使用する。魔法が大の苦手な俺にとって、こいつは天敵中の天敵だった。


「また、【氷魔法】ですよ!」

「くっそ、流石にAIレベルが高くなってきたな」


 一体のスノウハーピィが、執拗に魔法攻撃を放ってくる。それも、アイやヴィルさんを無視して俺に対してだけだ。

 逆に、状態異常が得意なマンドラゴラは、技術力の高いアイを無効化しようとしてくる。実に嫌らしい奴らだ。

 俺は敵の放つ【氷魔法】を防御しようと構える。しかし、ここでヴィルさんのサポートが入った。


「悪いけど、その技はロックだよ。スキル【前奏曲プレリュード】」


 ハーピィの【氷魔法】は曲に阻害され不発となる。その隙を利用し、俺は敵を銃によって狙撃していった。

 直前に使用した技を一定時間使用禁止にする【前奏曲(プリュレード)】。相変わらず吟遊詩人(バード)は面倒なスキルばかり使うな。こちらの方がよっぽど嫌らしい。

 いつも口だけだったヴィルさんが今日は真剣だ。彼は更なるデバフサポートを行っていく。


「スキル【賛美歌キャロル】。能力変化動作の一切を禁止する」


 これでマンドラゴラの能力ダウン胞子と、ゴーレムの攻撃力アップは封じられた。敵モンスターの戦略も崩壊だ。

 一見、ただスキルを放っているだけのように見える。しかし、ヴィルさんは位置取りに気を使っているようで、スキルが敵全体に影響を及ぼすように移動していた。それも見つからないようにだ。

 俺だけではなく、当然アイも彼の強さに気づいている。戦闘が終わると、彼女は探るように話を持ち出す。


「……とってもお強いんですね!」

「当然だよ。僕は強いからね」


 前髪を払い、その言葉を流すヴィルさん。だが、アイは食い下がらなかった。


「でも、そんなに強いのにあまり有名じゃないんですね。勿体ないです」

「色々と事情があるのさ。君が言えた事じゃないだろ?」


 何だよこれ……

 普通に会話をしているように見える。しかし、互いが殺気を放っているのは何故だ。

 嫌な空気だ。互いが警戒しあい、ぴりぴりとした感覚を受ける。表面上は仲が良いのが余計に怖かった。

 雪の山道は長く険しい。何事もなくここを突破する事を願うばかりだ。















 山道の山小屋で俺たちは休息を取る。【ディープガルド】時刻は夕方の6時。ようやくダンジョンは半分を超え、終盤に差し掛かる頃だろう。

 ヴィルさんは暖炉に材木を入れ、【炎魔法】を放つ。すると、暖炉に炎が広がり、部屋の温度は徐々に上がっていく。


「言っておくけど、スマルトの街までは丸一日はかかるよ。夜も休まず進んで、午後からも続行さ」

「流石に遠いですね」


 部屋も暖まり、俺たちは夕食を取ることにした。例えダンジョン内でも、食事を取らなければゲーオーバーに繋がる。食事は重要な要素だ。

 意外とグルメなアイは、アイテムバッグから街で買ったパンを取り出した。そして、いつの間にか入手した【料理】のスキルによって、サンドイッチを作っていった。


「はい! レンジさん。ヴィルさんもどうぞ!」

「僕は簡易食料で良いよ。そんなのいらない」


 アイが渡すサンドイッチをヴィルさんは拒む。初めは彼女のことが嫌いなのかと思ったが、すぐに違うと気づく。


「そう言えば、前に一緒に行動した時も簡易食料しか食べていませんでしたっけ」

「この世界で食べるものは何一つおいしく感じないからね。実際の体を騙して味覚や満腹中枢を満たすなんて、気持ち悪くて仕方がないよ」


 ジト目で語るヴィルさん。この考えは、以前の俺と全く同じだ。

 そういえば、前にハリアーさんは俺とヴィルさんが似ていると言っていたな。それは、この人と思想が近かったからだろう。

 俺たちは他のプレイヤーからしてみれば異質だ。特に俺より遥かにゲーム馴れしているヴィルさんは異質中の異質だった。


「さて、それを食べたら行くよ」


 俺はヴィルさんに急かされつつ、サンドイッチを口に詰め込む。結局理解は出来なかったが、やっぱりこの世界でも美味しいものは美味しい。ヴィルさんと俺は少し違うみたいだ。


「ありがとうアイ。美味しかったよ」

「どういたしまして!」


 俺がお礼を言うと、アイは嬉しそうに笑う。そんな彼女をヴィルさんは疑心の表情で見ていた。

 帽子のつばに手を当て、吟遊詩人バードは少女を睨み続ける。やがて、大きくため息をつき、山小屋のドアを開けた。


「いちゃいちゃしてないで早く行くよ。まだ先は長いんだ」

「ま、待ってください!」


 俺たちは山小屋を後にし、バルナス山の攻略に戻る。夜になり、月の無い真っ暗なダンジョンを俺たちはただ歩み進めた。

 洞窟内は明かりが灯っているが、山道は完全な闇。ヴィルさんはイルミネートの魔石を使い、その効果によって周囲を照らす。そう言えば、魔石にはこういう効果の物もあったな。完全に忘れていた。




 ヴィルさんとアイの滅茶苦茶な強さにより、攻略の方は安定して進む。そして、二人の実力に引っ張られるように、俺の技術も研ぎ澄まされていった。

 ダンジョンは再び氷の洞窟になり、視界と足場が良好になる。だが、現実時刻は昼になる。ここで一度ログアウトしなければならない。


 きりが良いため、俺たちは洞窟内のセーブポイントでログアウトする。

 午後にはスマルトの街に到着する。敵の本部がある街であり、ビューシアとの約束の地。右拳を握りしめ、俺は決意を固めるのだった。

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